山本精工事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
山本精工(株) 作成者:(株)日本コンサルタントグループ
      高村 弘史
ITC認定番号:0001472001C
作成年月日:2002年4月18日

■はじめに
昨今の経営を取り巻く環境は厳しくなり、小手先だけの対応では手遅れになるケースも多々見受けられる。 そのような時、経営者は、事業領域自体の見直しを迫られることがある。それは「従来どおりの顧客や商品では最早生き残りができないと判断し、変革の決断をしなければならない。」ということを意味する。 当事例は、多くの悩める企業経営者にとって、「決断」の意味を新たに問い直すきっかけとなり、また勇気付けられる事例である。

■どのレベルの経営判断かを明確にする。
経営者は、経営方針の選択と決断をするが、一般的には戦略レベルにおけるもの、戦術レベルにおけるもの、さらにオペレーション(現場)レベルにおけるものという分類が可能である。 大企業においては、コントロールすべき目標を設定した上で、それぞれのレベルのマネジャーに権限が委譲され、階層的に管理されているが、中堅中小企業においては、その役割は経営者が兼ねる事が多い。 しかし、「意思決定がどのレベルにおいてなされているのか」を明確にすることは、整理するという意味において有効である。

■山本精工における経営判断プロセスを考える。
ここで私は、TOC理論とその思考プロセス図<参考1>の考え方を一部引用して、この事例を検討していくことにする。 (説明用に独自の解釈を加えているので正式な文法等は関係書、関連URLを参考にしていただきたい。)
TOC理論とは、1980年代に米国で唱えられた「制約理論」とよばれるものであり、企業の最終目標を明確にした上で、全体最適の視点から、最もネックとなっている部分を、そのプロセスの中で発見し、そこを集中的に改善するための考え方である。 この理論を説明しベストセラーになった「ザ・ゴール」シリーズ<参考2>はお読みになった方も多いと思われる。ここで提唱されている思考プロセスツリーは、後にテンプレートに当てはめられるなどして、各種の経営技法の中で発展を遂げている。 (例えばBSC(バランススコアカード)の戦略マップ<参考3>もこの発展形である。)図表1は、事例の中で述べられている幾つかのキーワードを抽出、補筆し、経営意思決定レベルごとに目標(ゴール)を設定し、それを実現する手段を対立関係で書き表したものである。 (図において赤円に囲まれた4つの「選択」がある。これはそれぞれのレベルでの選択肢と意思決定を示す。)

1.戦略・ビジョンレベルの目標:製造業としての生き残り。
 (図表1の一番上の部分)
第1の「選択」は、製造業の生き残りの条件は、顧客満足にあるとし、その「顧客」とは誰かを決めなおしたということである。当事例では、7割の売上を占める自動車の部品加工(売上拡大を目指す)をやめ、 アルミ事業に特化する(従業員一人当たりの利益率の増加を目指す)という大きな選択をした。これは大変勇気の要る選択であり、多くの製造業では夢を見ることはあっても、実行することは中々できないものである。 経営者は何故このような大きな選択をすることができたのか?このヒントは下位のレベルの意思決定にある。
2.戦術レベルの目標:人間的な創造性のある仕事をしたい。
 (図表1の中間から上)
ここでの「選択」は大量受注をやめ(ファーストロット)、特注・単品モノに特化するというものである。製造業を囲む環境は、従来よりも大変厳しいものとなっている。(当事例は1999年時点のものであるが、 参考までに2001年度版の経営課題を付記しておいた<参考4>)単純なルーティン作業は人件費の安い外国に奪われ、取引先の値下げ要求は限界を超えている。事例にも述べられているように、 利益が3%~8%では到底食べていくことはできない。「人間的な創造性のある仕事」は単にロマンを追い求めているだけではなく、差別要因である。これは製造業には「NC(数値制御)旋盤」、「マシニングセンター」、 「ロボット」<参考5>が多品種少量生産の大きな武器であり、「知的生産性を向上させることによって、大きな利益を生む。」という構造があることが経営者の意思決定に大きな追い風となったとも言えよう。
3.戦術・オペレーションレベルの目標:人間的な創造性のある仕事をしたい。
またこの目標はオペレーションレベルにおいては、「展開・学習すべきコンピテンシー」<参考6>の「選択」という見方をすることもできる。
コンピテンシーとは、「目的を達成するための必要な能力」を定義したもので、特に人材の評価指標として使われるものであるが、ここの場合では「同じものを繰り返し安く作る能力」と「違ったものを常に新しく作る能力」と考えて見たい。(図表2)
左の場合ポジティブ(好ましい)スパイラル(らせん的繰り返し)と関連していると言え、右の場合ネガティブ(好ましくない)スパイラルと関連していると言える。経営者は自社に必要とされるコアの能力の方向性を伸ばすことが重要であることも、この事例から読み取れる部分である。
この考え方を応用する際の注意として、その企業のおかれている経営環境によっては、ポジティブスパイラルは正反対の方針になることもある。常に市場との相対的なポジションを確認することが重要である。
4.オペレーションレベルの目標:プロセスノウハウの創造。
 (図表1の左下の部分)
さらに加工デザイニング領域においても、経営者は大きな決断をしている。
ものづくりの能力は経験をつんだ個人に依存するという考え方が伝統的な製造業にはある。これは「暗黙知」と言われるように、数値化や文書化ができない領域であると言われていた。「免許皆伝虎の巻」には技の名前しか書いてないといわれる所以である。
この領域を企業において共有するために、「仕事を細分化する」という手法を使い、ヒトとコンピュータの役割を明確に分けるということを行った。その結果一つ一つの資源要素は名称がつけられ、数値化がされ、このマスターデータの変化の様子を記録することによって、 結果的に人間の行う不定形の作業を記録することに成功したのである。このデータは「同じ作業を再現する」ことと「類似の作業のテンプレートとして再利用する」ことに使われ、ヒトが行うことはあくまで創造作業である。とすることができる。 ここでは職人という名のブラックボックス(内部工程が見えない)をやめ、データ化というオープンボックス(内部工程が見える)にするという「選択」がなされている。

■意思決定
これらの一連の分析が行われたとき、(図表1)の右辺にある「7割の売上を占める顧客」というメリットを無くしたとしても、アルミ事業に特化するほうが、より大きなメリット(より大きなスループット)を生む可能性がある、ということが判断できる。(経営資源の成熟度も考慮に入れる必要がある。)
先に私はこのヒントは下位のレベルの意思決定にある。と述べさせていただいたが、「人間的な創造性のある仕事をしたい」、「プロセスノウハウの創造」という2つの目標が、少なくとも描けるめどがついたか、或いは強固な意志を持てたことが、上位の意思決定につながったのではないかと思われる。

■おわりに
最後に同社のコンセプトである Hilltop の意味をご紹介したい。「よりグロ-バルに、よりボ-ダレスに展開する産業構造の中で、ある一部門だけにとらわれず多くの情報や知識を集め、 独自のノウハウと固有技術により、自らがイノベ-ションを起こす原動力となる。そして、 たとえ小さくてもそれぞれの丘の上を目指す夢と目標を持った頭脳集団となることである。」
そしてこのコンセプトを具現化する目標として以下を挙げておられる。

図表3(ホームページより)

HILLTOP って自分の得意なものにもっと磨きをかけて一番になろうということ!

山本精工のめざすHILLTOP!

● アルミの加工(単品、試作、削り出し)で一番に!
● 超短納期をいとも簡単にこなせる企業に!
● 何よりも『楽しい』と思える企業に!
● 苦しいを楽しいに! じゃまくさいを生き生きに!
● 歌って踊れる企業に!

私たちは、注文をいただいた製品だけを作るのでは、ありません!

強烈な個性と自信のあふれた宣言である。

■以下参考
山本精工(株)
http://www.joho-kyoto.or.jp/~hilltop/hilltop-hp/index.html
<参考1> TOC (Theory of Constraints;制約理論または制約条件の理論)
制約理論の広場
http://www01.u-page.so-net.ne.jp/pk9/toshio/TOC-JP/index.htm
<参考2> ザ・ゴールシリーズ
「ザ・ゴール」-企業の究極の目的とは何か-
  The Goal: A Process of Ongoing Improvement
  エリヤフ・ゴールドラット 著 三本木 亮 訳  稲垣公夫 解説
「ザ・ゴール2思考プロセス」 It's Not Luck

   エリヤフ・ゴールドラット 著 三本木 亮 訳  稲垣公夫 解説
(いずれもダイヤモンド社)
<参考3> BSC バランススコアカードの戦略マップ
ITコーディネータのためのバランス・スコアカード講座」
  ITC-Colabo 松原 恭司郎
http://www.itc-pro.com/collabo/lepo/matsubara/03.html
<参考4> 中小企業総合事業団調査-H13年度経営上の問題点-より 図表4
http://www.jasmec.go.jp/ck/cyousa/index.htm
<参考5> 社団法人 日本工作機械工業会 工作機械とは
http://www.kskbldg-unet.ocn.ne.jp/
<参考6> コンピテンシー(Competency)参考文献
「コンピテンシー・マネジメントの展開―導入・構築・活用」
  ライル・M. スペンサー (著) シグネ・M. スペンサー (著)
  梅津 祐良 (翻訳), 成田 攻 (翻訳), 横山 哲夫 (翻訳)
  生産性出版 ; ISBN: 482011722X
※なお、コンピテンシーは、人材の能力評価を対象に使われている。
  

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