経営改革・IT化事例

経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 とある工具屋さんのお話(J002)
事例報告者 田中 圭子 ITC認定番号 0007242001C
事例キーワード 〔業種〕製造業、工具メーカー
〔業務〕経営再建、経営改革
〔IT〕URL開設、インターネット取引

2.事例企業概要
事例企業・団体名 ○○工具株式会社 企業概要調査時点 2002年3月
URL http://
代表者 業種・業態 製造業・工具メーカー
創業 会社設立 昭和37年3月
資本金 1800万円 年商 3億円 従業員数 20名
本社所在地 大阪市
事業所 大阪市
業界特性  工具業界は商品単位に細分化された製造業であり、特異性も強く他の工具を製造することが設備の関係においても出来にくい業界である。 工具全般において特別な開発もなく低迷状況にあり、特に不況に弱い業態でもある。
競合他社  大手工具メーカー、中堅工具メーカー、零細工具メーカーとある零細の位置にあり零細では上位に位置している。
リード文  ITコーディネータの仕事は、ITを有効に活用して会社経営の改善につなげるということに尽きるが、 それを進める過程では経営者と深く意見を交換して信頼関係を築いていかなければできない仕事といえる。 ある会社の再建を題材にITコーディネータの仕事の一端がみえる話を紹介する。

3.コーディネート内容概略
関与経緯 事例企業創業者の娘である、大学の後輩から相談を持ちかけられた
事例対象期間
(執筆時点)
2001年10月 ~ 2002年3月(2002年5月初旬)
事例分野 ■経営戦略  □IT戦略  □経営戦略+IT戦略
事例範囲 ■基礎調査
■経営戦略策定  □戦略情報化企画  □情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  □運用サービス・デリバリー
留意したこと 経営者の奮起を促すことと従業員の協力を得ること
主な成果 ・一時は倒産も覚悟したが持ち直し、売上も計画以上に達成できた。
・従業員は当初の半分になったが売上は以前の水準を達成
パッケージソフト情報 ホールソートパンチカードからURLの開設までを自力で開発させた(ホールソートパンチカードの導入で情報の捕捉方法と重要性を認識させ、今後のIT化につなげた)

【事例詳細】
相談(コンタクト)

 ITコーディネータの研修が終了して間もない日曜日、大学の後輩から電話がかかってきた。「先輩、・・・」(泣いている様子) 「私の父の会社なのですが、・・・業績が悪くて・・・もうだめみたいなのです。私ではどうしていいかわからないのです、 ・・・・とにかく今からすぐ伺ってよろしいですか」と途切れ途切れである。彼女の父親は、工具製造業の創業者社長であった。 学生時代は、立派な会社の様子をよく話していたのにと思い出した。ともかく詳しい話を聞くことにした。
 経理担当者は、あまりの業績の悪さにさっさと辞めてしまい、兄の専務は父親との折り合いが悪く、経営から逃げ出したいようである。 とにかくその後輩が経理を手伝うことにして専務と一緒に事務所にやって来た。
 いきなり「先生、Xデーをいつにしようかと思っているのです」から話は始まった。どうやらお兄さんは本当に逃げ出したい様子である。 経理担当になって数か月というのに、そのような言葉が出るとは、やはり弁護士さんを紹介しなくてはいけないのかなと思いながら、 持ち込まれた決算書と試算表を見て、事業概況をひととおり聞いた。
 「10年ぐらい前から売上高は落ちていくばかりで、法人所有の土地を順次売却して息をつないできました。でも、もうどうしようもありません。 個人破産までしないといけないかと考えているのです」
 「社長さん(お父さん)も覚悟を決めておられるのですか」
 「社長は数年前病気を患ってからは、会社のことはまかせっ放しでよくわかってないのです。閉鎖しようと言うと、何とか続けてくれないものかとだけ、 いつも言うのです」
 「それでは、早速明日会社にお伺いしましょう」と言って、資料を置いて帰ってもらった。

調  査

 2人が帰った後、持参された決算書や試算表をゆっくりと見直した。銀行借入をするために無理に黒字にしているような決算書では、 まったく実態がつかめない。会社に行って徹底的に調べることにした。
 ① 財務
  ・前月の試算表に基づいて、資産・負債科目についての内容と残高確認
  ・売掛金残高・買掛金残高は補助簿まで確認
  ・借入金は個別に返済表を確認
  ・製造経費・販売管理費は総勘定元帳で1年分の内容をチェック
  ・過去5年間の売上一覧表など会計に関連するあらゆる資料の整理
  ・上記以外にリース契約書で残債高の計算
財務諸表(サンプル)

 ② 工場
 製造については、生産工程についての説明を受けてから現場に行って、機械の設置状況を見ながら原材料から製品にいたる状況を聞いた。
 棚卸は、段ボールケースの中身までチェックしながら、不良品や棚ざらしになったものはないか、工場の隅々まで見て歩いた。
 ③ 個人資産
 社長の個人資産は借入担保物件にもなっているので、所有の固定資産を聞いて、不動産業者に時価評価等を依頼した。

 この後、この調査に基づき質問事項・問題点を整理した。また経理担当者には、担当してから間もないということもあるので、 会社経理の1年間の流れを理解してもらい、むだな経費がないか見てもらうために、1年間の月次損益計算書を作成してもらうことにした。

会  議

 1週間後、社長と専務、営業担当役員、そして経理担当になった後輩に集まってもらった。
 ① 3年間の月別売上一覧表
 ② 作成してもらった前1年間の月次損益計算書
をもとに、私から細部にわたって質問していった。
[現状把握]
 まず、現在の組織体制について、役員・従業員すべての人について、担当業務は何か、名前の横に仕事内容を書いてもらった。 従業員については記入できるが、役員については空白状況に近い人もいた。業績が悪くなっているというのに、 役員が週休2日で残業もしないという状況であった。
 次に財務の方向から、例えば製造経費について、こんなやり取りをした。
「修繕費が毎月どうしてこんなに高いのですか」
「プレス機を使うときに、材料の置く位置が少しずれて機械が故障してしまうからです」
「置く位置がずれないようにできないのですか」
「いやぁ、気が緩んでいるから起こるんですよ。いつも注意しろと言っているのですが」
「そうすると、気の緩み料が1か月約20万円、年間240万円、10年で2,400万円流出していたのですか」全員唖然。
 具体的な項目で1か月、1年、10年間のトータルの数字を言うことで説得力をもたせた。
 一般経費では運賃について
「どこの業者を使っていますか。他の業者と見積もりをとって、比較したりしていますか」
「いいえ」
「一度やってみてください。例えば近距離と遠距離に分けて地域別に業者の検討をするとか・・・・」 (結果、交渉をしたり他の業者の見積もりをとったりして、経費の節約につながった)
 私から細かい所まで質問していくと、逆に自分たちの方ではっと気がついて検討していこうという気持ちになるようだ。
 製造工程については、原材料の購入、外注の依頼状況、工程順に、機械の台数・配置、携わる人員数、包装、出荷にいたるまでを、 担当者名も入れて図式化した。そして、もう一度現場に戻って、製造の流れを見直した。
 営業については、国内売上・海外売上の割合、ここ数年の推移、そして今後の市場動向も含めての予想売上高を聞き取った。 売れ筋商品はどれであるかをはっきりさせていった。
 一番の問題である在庫についても、現在の実在庫と、死在庫はないかどうかを徹底的に検討した。 説明があやふやになると、現場に一緒に行って、在庫の棚を見ながら確認した。
 核心部分に触れるとどうしても、責任逃れやあやふやな言葉が飛び出してくるが、そこをしっかりと数字や図などで確認して、現状をはっきり認識させた。
 検討は深夜に及んだ。
 SWOT分析を意識しながら、みんなの本音を聞き出し、整理して問題点を明確にしていった。

再建案作成

 昨日の調査分析をもとに財務の方からも検討していくと、再建の可能性が出てきた。しかし、それにはまず役員全員が、 どんなことをしても再建するという強い意思が必要である。専務はいまだに会社の解散を考えている。従業員の気持ちがわからない。 後輩に従業員の様子を聞くと、賃金カットはもとより、閉鎖や倒産も覚悟しているという。
 とにかく、再建事業計画案を作成することにした。過去や現状にこだわらず、一番経営効率のよい製造業を目標にした。 特に製造原価に関係する部分では、機械を最低の人数で動かしてフル稼働状況を考えた。
 そうして第一案(CSF1))が完成した。
 後は、人事を考えなくてはならなかった。社長は高齢であるし、専務がリーダーになってもらわなくてはならない。従業員にも、 ついてきてもらわないと困るのである。
 しかし、資金繰りの悪い状況にあるためか、専務は、辞めたい気持ちで逃げ腰の状況が続いていた。後輩からは悩みの電話が毎日のようにかかってきた。 私は思いきって専務に弁護士を紹介し、倒産のことや個人破産のことを相談しに行かせた。
 結局、専務自身のやる気ひとつで決まると弁護士にも宣告された。
資金繰りの状況から時間的にも余裕がないので、再建の決意の確認を3日後に行うことに決めた。

決 意 確 認

 3日後、役員に集まってもらった。
 「調査した資料を分析・検討しました。今日は、一番大事なことをお話します。会社の現状はとても悪い状況ですが、 思い切ったリストラや個人資産の処分等を行えば、再建は可能です。しかし、一番大事なことは、ここにいらっしゃる役員の方々の絶対に再建する、 どんなことがあっても会社を続けるという強い決意です。今日はそのお返事を伺いにまいりました。」
 社長が、一番に立ち上がって「やります。ぜひやりますからよろしくお願いします」と言った。
あれほどやめる日をいつにするか検討していた専務が「再建します」と強く一言。 そして同席していた後輩も「ぜひ私からもお願いします。」と立ち上がった。
 全員の気持ちがひとつになった。
 早速、再建計画案(アクションプラン)の最終検討を始めた。
 人件費については、リストラをしなければならないため、特に注意を払った。仕事の流れと担当者を慎重に検討していった。 役員であっても、仕事をしなければ給与は払わないことにした。借入金返済可能な数字が出た。 すべてを細かく見直すことで、いかに甘い経営であったのかがわかったらしく、徹底してスリムな財務となったのには皆驚いていた。
 十分に利益を出せるのになぜできなかったのか、検討が進むにつれて、不思議に感じていたようであった。が、まだ疑心暗鬼の気持ちもあったようだ。
 再建計画表をまとめあげ(後に銀行に提出し交渉していった)、全員で見直し、もう一度意思の統一を図った。 これで従業員に再建計画の発表を10日後にすることが決まった。
 1.社長は退き、従業員に対して業績の悪化をわびる
 2.専務がリーダーとなる
 3.現在の会社の状況を説明し、社長個人の資産を売却して再建する決意を表明する

発  表

 当日、始業の8時に会社の会議室に行く。すでに専務は工場長を呼んで本日の発表を説明している。 初めて工場長を紹介された(この工場長がキーマンとなる)。
(専務)「先生、リストラする従業員のリストを見せて説明しています。一点、問題が起きました。 どうしても現場に○○さんを残して欲しいと言われているのですが・・・・・」
(私)「工場長にとっては、どうしても必要な方なのでしょう。専務、残しましょう。一人分何とかやりくりを考えてみましょうよ」
(工場長)「ところで、先生、突然この計画を聞いたのですが、再建の光はあるのでしょうか。そうでないと、いくら協力してくれと言われても・・・・」
(私)「専務、再建計画表を見せてあげてください。この表のとおりです。借入金の返済については、これ以外に社長個人の土地を処分しますから、 返済は可能になります。もちろん従業員、皆さんの協力があってのことですが」
(専務)「そろそろ発表の時間ですから、行きましょう」

 社内の放送が流れた。「みなさん、工場の2階へ至急集まってください」
 階段を上がる足取りは重かった。
 社長の挨拶が始まった。
 「みなさん、長い間ご苦労をかけました。会社の業績は悪く、私は現役を引退します。これからは、専務に一切を任せますので、皆さんもひとつ、 協力してやってください。ほんとにありがとう。よろしく頼みます」
 社長は深々と頭を下げた。従業員のひとりが大きな声で「ご苦労さまでした」と言った。
 続いて専務から説明があった。「皆さんもご存じのように、数年前から昇給もできていません。会社は債務超過の状態です。 今年の夏もボーナスが出せませんでした。業績は非常に悪い状況です。会社を閉めることも考えました。 しかしいろいろ検討した結果、個人の自宅も全部処分して、再建計画をたて継続することを決めました。 ついては、誠につらいのですが、全員に残留していただくことは無理です。 退職金は退職年金契約を解約して皆さんにお支払いいたします。私もできる限り、何役もの働きをしますし、 "全員現場"をモットーにがんばっていくと決めました。必ず再建させてみせますので、協力してください。 よろしくお願いします。この後、1人ずつ面談して説明します。
 それから、このたびうちの会社の顧問をお願いした税理士の田中先生です」
 「おはようございます。田中圭子です。このなかには、今日お目にかかるのが最初で最後の日になる方もいらっしゃいます。 本当にとても辛い日です。この会社のことを相談されて、一生懸命検討してきました。現在、企業としては非常に悪い状況ですが、 そのなかで社長も専務も、絶対にどんなことがあっても再建するという決断をされました。 もちろんご自身の土地も家も年末までに処分することを覚悟しておられます。他の役員の方々には『働かざる者食うべからず』と強く申し上げています。 また、今までの3倍も4倍も働く覚悟をしてくださいとも言っています。それでもがんばると決意し約束されました。 そして『やりましょう』と会社を継続することが決まりました。私は現場のことはよくわかりません。 皆さんが長年培ってこられた技術と能力と知恵をぜひお貸しください。皆さんの協力がなければ再建はあり得ません。 どうぞよろしくご協力ください。そして、お辞めになる方たちにまた戻って来てもらえるようにがんばって、立派に再建しましょう。」 と私も深々と頭を下げた。
 たった30分の発表であったが、静かに終わった。周囲には凶器になるものが山積みである。そうでなくても、殴られてもおかしくない状況である。 私は昨夜から決めていた。もし殴ってくる人があっても黙って殴られ続けようと。 立場を逆転して考えれば、突然現れた人から30数年勤めてきた会社を辞めてくださいと言われたら、殴ってやろうと思うだろう。
しかし、あれだけ威張っていた社長が、従業員に頭を下げて息子の再建への協力を頼み、 専務の絶対に再建するという強い決意が従業員に十分伝わったことは間違いなかった。

団  結

 翌日、残った従業員一同から会社に申し入れがあった。給与は時間給計算でもよいが、休日の多い月もあるから、 日数の最低保証だけはしてほしいということだった。今まで従業員が一致して何かするということがなかった会社だけに、役員も驚いた。 しかし、給与のこととはいえ、従業員が初めて一致団結したことが、その後の仕事にとても役に立った。

■プロジェクト会議
 その夜、専務、営業担当役員、工場長、技術者そして私で初めて会議を開催した。今までと違って現場の工場長、技術者に入ってもらい、 プロジェクトチームを発足した。現場の人に入ってもらい、よい提案をしてもらうことで、計画をスムーズに進めたかった。
 この会議ではまず、役職にかかわらず発言の重みは同じとすることを取り決めた。
そして、問題点を解決するための前向きな議論をした。以前は、従業員がいくらよい提案をしても役員側から否定的な意見が出されて没にされるため、 提案が出ない環境になっていた。
 それだけに、工場長や技術者は改善案をどんどん出してくれた。また財務内容をオープンにすることで、従業員側の不安もなくなった。

成果報告

 2週間後、専務からの報告があった。一般従業員は、午後7時まで残業し、プロジェクトメンバーは午後9時半まで毎日仕事をしている。 売上も計画の数字以上に達成でき、逆に生産に追われているということであった。
 営業が現場に行って手伝おうとすれば、「現場に来るぐらいなら、しっかり売って来い。このメンバーで生産は間に合わせるから」と大声が響き渡り、 工場は活気いっぱいであるとのことだ。

 年末賞与もないままに、その年の御用納めの日がきた。今までは会社の行事に参加しなかった人もいたのに、今日は全員が参加して飲み会を開催した。
「人員は半分になったのに以前と同じだけの売上が達成できるとは、やればできるんだな」
「今までで一番忙しいけど、仕事はとても楽しい」など、従業員のやる気のある声でいっぱいであった。

全員参加で来年もがんばろうと2001年を終えた。

これから

2002年元旦
 あけましておめでとうございます。
 先生、本当に本当に昨年はお世話になりました。
 先生がいらっしゃらなければ、今、両親とこうして
 おだやかなお正月を迎えることができなかったと思います。
 まだまだ、これからですが私も微力ながら手伝って
 いきたいと思っています、
 今年もよろしくお願いいたします。

 後輩から届いた年賀状。本当にうれしい年の始めになった。
 この会社は、再建計画発表後、半年経過した現在も毎月利益を出し続け、借入金の返済も順調である。 プロジェクト会議も毎月続け、従業員も創意工夫の提案をして仕事に取り組んでいる。
 ITコーディネータは、本来なら企業のIT化を進めることが目的だと研修では習ってきた。 しかし、その前にある企業の業務改革は、すべての企業において必要な事であると思う。 すぐにIT化にはつながらなくても、業務改革を的確に進めることで利益を生む体質にすることが可能であると実感できた。 私の場合、この一件の事案を誠実に対応し成功させたことで、口コミで相談依頼が舞い込むようになった。 中小企業の経営者や個人事業主は、真剣に相談に乗り、解決の方向性を示し、共に考えてくれる人を捜し求めている。 これからも、積極的に支援できるように研鑚し続けていきたいと改めて決意している。

出典 清文社:ITコーディネータの中小企業経営改善実践マニュアル 前川寿住編
          プロローグ 経営改善関与事例より

【用語解説】
  用語 解説
CSF Critical Success Factors 主要成功要因

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