経営改革・IT化事例

経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 POSデータを活用し地域1番店になった酒販店(J005)
事例報告者 土田 泰治 ITC認定番号 0012022001C
事例キーワード 〔業種〕酒販店
〔業務〕酒・食品販売
〔IT〕POSシステム

2.事例企業概要
事例企業・団体名 有限会社メガテン 企業概要調査時点 平成15年1月
URL http://www.mega-ten.com/
代表者 熊谷 仁志 業種・業態 酒販店
創業 平成6年7月 会社設立 平成6年7月
資本金 1000万円 年商 13億円 従業員数 18人
本社所在地 長野県飯田市
事業所 飯田市上郷店
下伊那郡松川町松川店
業界特性 酒業界は構造不況業界と呼ばれ、毎月のように倒産が発生している。
競合他社 2社あったが、当社に押されて元気がない
リード文  福祉関係のサラリーマンがまったくの経験のない小売業を始めるときから地域1番店になるまで、ベテランプロコンがどのようにリードしていったか

3.コーディネート内容概略
関与経緯  平成5年からコンサルティングを続けている。
事例対象期間
(執筆時点)
(平成15年1月執筆)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  ■情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  ■運用サービス・デリバリー
留意したこと  じっくりと何回も何回も繰り返していく。
主な成果 競合相手の店長や幹部社員が入社してきた。
NB(ナショナルブランド)メーカーと組むことができた。
全国に商友店ができた。
パッケージソフト情報  富士通のパッケージソフトを導入したが、業務に合わない部分はカスタマイズせず、アクセス・エクセルで外付け開発した。

【事例詳細】
1.経営とは意思決定也を地で行くスタートだった
 「河内屋さん、お酒って免許がなければ売れないのですか」・・・これは平成5年秋に商店経営指導センターが東京で開催した 「酒販店ゼミナール」の終了後に開かれた懇親会で、メインゲストの河内屋樋口社長(東京葛西に本店があり、当時は全国的な有名人)に対しての質問である。 質問者は60歳を過ぎているであろうと思われるご婦人であった。
 当時は酒のDS(ディスカウンター)が一世を風靡していて、この世の花であった。自分もこの花にあやかろうと、 酒ゼミがある事を聞きつけると必ず何人かの参加者がおいでだった。ほとんどが酒販店以外の方であった。 その訳は、酒販店の方ならば今から酒のDSを始めても「もう遅い」ことを知っているからである。このご婦人には連れがあって、聞くと弟さんである。 長野県の飯田市で郵便局長をしていたが定年で退職し、その後の身のふり方として酒販店を、と考えてゼミに参加したのであった。
 当センターの中にある「1億クラブ」の会員さんであったので翌月飯田市にお伺いした。
 私は開口一番「酒のDSは退職後の隠居商売では無理である」ことを伝えた。
手伝おうとしている姉の方にも「割れモノ・がさモノ・重いモノ」の三拍子で、とても年寄りのできる事ではないことを伝えた。 するとお二人とも、今サラリーマンをしているが辞めさせて、それぞれ次男を参加させると言い出したのである。その通りになった。 この4人の決断が、飯田地区20万商圏で1番店になる始まりだった。  経営とは意思決定である、と言われるが一番の決定者は河内屋さんに質問をした姉(熊谷加舟さん)であった。 その後も折に触れ決定的な意思決定をくだした。現社長熊谷仁志氏のご母堂である。(写真1)
(写真1)
2-1.小売業の成功は立地7割
 熊谷加舟さんは(有)飯田縫製という会社を経営しており、ワコールなどの下請け工場であった。この関係から一時婦人服店を経営しており、 小売りに関しては慣れがあり、理解も早かった。
 しかし、残りの3人は(熊谷仁志氏の夫人を加えると4人)商売は初めてであった。全くのシロウト、「あのー、ハチガケッて何ですか」などと聞いてくる。 説明に困ったりもした。
 まずはともあれ、熊谷さんが商売を始めたとすると競争相手になる店全部を見せてもらうことにした。立地と品揃えを見るためである。 全部の店に入って様子を探った。市役所に行って「都市計画図」を買い、店の位置をスポットし、幹線道路は重要度別に色分けした。 バイパスやトンネル、橋梁などなどについては計画段階なのか、 実施はいつ頃なのかできるだけ調べたりお願いして(地元政治家や役所へのコネなど)聞きまわってもらうことにした。
 小売業が成功する最大重要なものは「立地」である。自分が1番良い場所に出店することだ。
 次に行ったのは場所探しである。飯田市は河岸段丘で知られた街である。高段から低い段丘まで相当の高低差がある。ぐるぐる回って探し回った。 そうこうしているうちに、飯田縫製の工場跡に案内された。ここなら自分の物件だし、新規に買うなり借りるなりして出店するより有利になる。 立地としては良いが、工場の敷地が狭すぎる。しかし、国道から1本ずれているのが何よりも気に入った。 女性客が子供連れでも安心して買い物に来ることができる。場所的にも飯田市の「へそ」に当る。
 しかし、狭い。工場の隣接地には、元郵便局長の小池さんの家があった。向かいには熊谷さんの分家にあたる人の田圃があった。 ここでも極めて重要かつ容易な意思決定があった。
 小池さんの住居は取り壊して店の一部にする。熊谷さんの田圃は、借り受けて駐車場にする。 小池さんは自分の意思で決め、田圃は加舟社長の談判で押し捲って決めた。
 品揃え的には大丈夫である。偵察したときに、これなら勝てることを確信した。蔵や問屋を知っているし、自分が育成し成功した店は全国にたくさんある。 既にこの店たちで組織的に、PB品づくりや共同運営をしている。
 新規出店のオープンは4-5月か10月が良い。しかし、いろいろ検討したが翌年4-5月のオープンは無理である。7月に目標を定めた。 熊谷仁志氏には、修業のため短期間であるが住み込みで働きに行ってもらうことにした。 同様に、初めて酒販店の開店をし、その後繁盛店に成長した店が福島にあるので依頼して承諾を得た。 只働きながら、経験を積むのが1番だし、その後は一生つきあいが続く。

2-2.売れ筋情報の把握からスタート
 立地が決まると、あとは品揃えである。とりあえず日本酒については、初めから飯田一番の品揃えをすることにした。問題は仕入れ価格である。 酒の問屋には全国問屋と地方問屋がある。地方問屋では仕入れ条件を出せないことがほとんどである。しかし、地元は大切にしなければならない。 各問屋さんに集まってもらい、私は通告した、「少しくらい高くても取引はします、その代わりメーカー折衝は極力努力してください」。 と同時に「時々は全国の仲間と一緒に交渉したものについては仕入れます」。 細かい品揃えについては、小回りの聞く地方問屋から仕入れ、特売品や利益の取れるPBなどは独自のルートから仕入れる。
 ここまで決まっていくと、後は販売データをどう集めるかにかかってくる。 なるべくたくさんのアイテムを揃えて、お客さんに選択の機会をたくさん持ってもらいたい。
しかし、輸入ウイスキー・ブランデー・ワインなどはうっかりすると、死に筋在庫の山になってしまう。 特に今回のように初めて商売する人たちに難しいことは無理である。その代わり、売れている物の把握をしっかりすることのみからやることにした。

2-3.初代POS「商艦やまと」は簡易言語でつくられた
 当時70~80坪くらいの酒や食品店でPOSを導入すると、 レジが2~3台とコンピュータ・周辺機器などのハード・ソフト併せて1300万円から1500万円していた。 そして、そのリース代は、多くの場合経営を圧迫していた。酒DSの場合は粗利益率が低いので、年商の1%くらいしかITに予算は振れない。 しかし、これに合うPOSシステムを提供してくれるITメーカーやベンダーはどんなに探してもいなかった。
 最後に私は自分でやることにした。SEやプログラマーの経験はゼロであるが、簡易言語で経営帳票をプログラム化していたことと、 プロコンとして酒販店の経営指導には相当の実績があったので思いついた。 用いた簡易言語はリコーの「マイツール」である。そしてただ1社のレジメーカーさんのみレジデータの公開をしてくれたので、 POSデータをマイツールで処理できるようにトランザクションファイルとして落とし込むよう改造をしてもらった。そこからは私の仕事である。 目標は現行価格の1300~1500万円の半分である。結果、レジ2台使用店は700万円位であがった。その代わり欠点もあった。 予算の関係で、レジとPCを直結できなくてFD渡しにしたことであった。 稼動し始めて解った事なのであるが、店主の中にはFDをPCに取り込むことを忘れたり・しなかったりするのである。 ひまなうちはやるが、商品が売れ出すとレジデータ取り込みに段々と時間がかかってくたびれるためである。 当時のPCは300万円くらい売れた日のデータをPCに取り込むのに30分はかかったのである。積んで溜めているうちに壊れてしまうFDも出てくる。 データがデータでなくなるのである。ひどい場合は、信用できるデータはレジの清算テープになってしまう。これではただの少し便利なレジ。 悔やんでも遅い。私としては元の半分も回収しないうちに諦めざるを得なくなった。 しかし、メガテンの熊谷仁志氏とつき合っている内に、氏の真面目さと、取り組み始めたことはやり遂げないと気がすまない性格を知って、 「商艦やまとPOS」を薦める気になった。プログラムは全部公開なので、少し勉強すれば自分でカスタマイズが可能になる。 (事実、大阪の寝屋川市で自由自在に自店用に改造した店があった)

2-4.商艦やまとのMENUの一部を紹介
 商艦やまとのメニューは大きく4つに分かれている。1.販売管理 2.発注・仕入れ管理 3.在庫管理 4.経営・財務管理である。(図1)


2-4-1.販売管理
 一日の商売が終わるとレジは清算される。そのときスキャンデータはFDに落とされる。 FDをパソコンに差し込むと、スキャンデータはマイツールで処理・加工される形でDAYファイルと言う1日限りのファイルに取り込まれる。 DAYファイルは部門別売上日報などの帳票作成のため使用された後、決算期までの期間1年間、トランデータファイルURIという累積ファイルに転記されていく。 販売管理用の帳票は7つあるが、一番実務に使えたのは「SKU別売上ベスト100」であった。 しかし問題があった。日本酒の場合、遮光紙にくるんであったりするとソースマークされたJANコードを読み取ることができないので、 自社コードを貼り付けることになる。糊を強くしても貼り付けたものははがれる。 そんな商品をお客さんがレジに持ってきたときや、忙しくてお客さんがレジにならんでいる時など、仕方なしにその商品は部門の手打になってしまう。 「地酒が1本売れました」だけとなり、単品データが消えてしまうのである。 ラベルのバーコード部分の汚れ、レジの面倒くさがり、マスター登録の手抜きなどなどで部門の手打がなくならないのだ。 単品別の数量や粗利益などは信用がなくなってしまう。 かくして、多少の違いがあっても地酒の売上ベスト100が出力できるので、仕入れや販売促進には使えた。

2-4-2.発注・仕入管理
 SKU(単品)管理帳票には、最低在庫量が入力されているので、自働発注一覧表が作成される。 発注数量はマニュアルで入力されるが、原則としてこの1ライティングしかしない。人間の手入力は一番ミスがあるから、その防止のためである。 発注品が納品されると数量のチェックを行い、そのまま仕入れデータになる。零細企業でできる最低のEDIのつもりであった。

2-4-3.「商艦やまと」を含むIT導入の課題
 早稲田大学のシステム科学研究所の教える、「ゼネラリストとしてのシステム設計」の自習と通いのゼミ・泊り込みゼミは受けてはいるが、 これだけではITベンダーには対抗できなかった。
 「商艦やまと」を開発する前は、プロコンとしてお手伝いしている企業のIT化に何度が立ち会ったことがある。 ここで1番問題になったのは、ITベンダーの営業マンのタチの悪さであった。くちから出まかせもあり、ソリューションの代金のことにはふれず 「それやれます」など簡単にいってのけたりするのである。神戸ではある有名会社が、シロウト相手にオフコンの売りっぱなしをしていた。 筆者の教え子であった。
 ユーザーも似たようなもので、頻繁なシステム変更を平気でしてきて、代金を請求されて怒り出す。最後には若いSEがキレて「それ以上要求するなら、 ボク辞めます」と本当に会社を辞めてしまい、そのあとそのオフコンは白い布を掛けられて、続くのはファイナンス・リース。
 初期の食品POSを導入した、中小企業のSM経営者たちのほとんどは、まったく使いこなせないまま、 「コンピュータきらい」になっているのではないかと思われる。 ただ、POSレジでないと不便なので、この人たちはただスキャンすれば良い、便利なレジとして使っている。
 ITとは、導入する側の「心構えの改善」と「仕事の改革」が成功してからの導入でないとほとんど失敗すると思う。 (この部分を話し出すと本1冊でも足りなくなりますので省略します)
 (1)真面目に棚卸をしないので、粗利益が信用できない。
 (2)インストアマーキングのラベルの設計と糊の強さ・弱さに問題があった。
 (3)自分でカスタマイズできるので、結果的に壊してしまう。その機能を使わなくなる。
 (4)酒業界独自の商習慣があり、システム処理ができなくなる。
 (5)日本的な商習慣も同様。(特にこれはSCMがほとんど成功していない本当の理由かも)

3.2代目のPOSはカスタマイズをしなかった
 メガテンは順調に売上を伸ばし、開店の翌年には数量べースで飯田市1番になった。
その後もじりじり売上を伸ばし続けた。2番店の出店も視野に入ってきた。1日の売上が500万円を超える日も多くなってきた。 「商艦やまと」の限界がやってきた。熊谷社長から相談されたとき、2つのことが頭をよぎった。
 早大のシステム科学研究所が外部の研修者を対象とした合宿ゼミを受けたとき、 主任教授から「システム屋は自分の作ったシステムを捨てなければならない」と教わったことがある。 診断事例だが、自分で作ったソフトに愛着があるため、未だにカタカナ出力の帳票を捨てられなく使っている御殿場の店主を思い出した。
 新システム導入に積極的に賛成した。導入したPOSシステムは富士通のパッケージソフトTeamPOS5000/TeamPOS4000だった。 機能として使える部分のみ使い、カスタマイズは一切しないことにした。カスタマイズするから、いつまでたっても動かないし、どんどん費用も増していく。 必要な、欲しい機能は別に造ることにした。POSデータを「MS-Access」で加工するようにして約20帳票、さらに「MS-EXCEL」でもつくった。 この費用はしめて122万円であった。支店にはこの半分で済む。一部を紹介する。(写真2)
(写真2)

3-1.売上日報・月報
 これは日報というより月単位での推移や構成を見ていく。画面で見るだけにし、印刷してファイル化はしないほうが良いが、何故かそうしない店が多い。 その他詳細は省略。(図2)

                           図2 売上日報・月報


3-2.売上ベスト200
 部門というグループ毎に売れ筋ベストアイテムが解る。ベスト200としているが、ベスト50にすることもできるしベスト500にすることもできる。 帳票出力のときの範囲指定は自由なため、重要度合いによって決めるが、それは季節によって異なる。帳票列の最終にランクが出ている。 私はメガテンさんに行って、この帳票片手に売り場に立つとき、繰り返し言うことがいくつかある。 Aランク商品は「毎日目で見る管理」が必要であることを強く言う。B・Cアイテムはコンピュータに任した方が正しいことが多い。 (これはある上場企業の専務さんとお話をしたとき、「いただき」ました。)膨大なアイテム数になるB・C品はとても人間の頭で管理できるものではない。 人間のする棚卸より、システムの行う論理棚卸の方が正しいことが多いという経験学であった。
 目で見る管理ではしてはいけないことがある。写真3は1個だけ残ったサクランボである。
このサクランボは限界客しか買わない。限界客とは、よその店にはもう売り切れていてここにしかない・なにが何でもサクランボが欲しい、お客さんである。 SKUとはここでの場合、ストック・キーピング・ユニット、最低陳列量のことである。SKUぎれとは、いわゆる「売れ残し感」を出してしまうことである。 このサクランボは一度バックヤードに下げて、次の入荷まで売り場に出さないか、SKU切れになったとき、値下げをして完売しなければならない。 人間誰でも自分が大事、その大事な人に「売れ残し」を「買わせるのか」と思わしてはいけないのだ。
 写真4は月桂冠の上撰が品切れをおこしている。売れ筋は品切れしてはいけないが、やむを得ず切れたときは必ず品切れ札を出し、 つぎの入荷見通しを案内しなければ、お客さんは別の店に行ってしまうかもしれないのだ。
 最後のとどめに、商品ロスには大きく4つある。値下げロス・汚破損ロス・万引きロス・チャンス・ロスであり、 初めから3つのロスは店長以下販売員には仕方なく出すこともあろうが、最後のチャンスロスは「販売員の恥である」ことを強く言う。
(写真3)
(写真4)

 この他、グループ毎のベスト10アイテムを知っているかどうかを店長に聞くことも多いし、その売り場に案内してもらって、実際に手にとって見せてもらう。 また、販売員たちにも同様の指導をするように店長にお願いもすることにしている。
 販売データには数々あるが、私はこのデータを一番重要視している。 日本で超有名な酒販店さんの常務さんも常時手元において見ているのは、このベストアイテムと同様な帳票だけと聞いたことがある。(図3)

                         図3 売上ベスト200


3-3.売上・客数Zチャート
 今までの帳票の数値は全部本番データである。全体のデータではなく一部のものだから掲載した。しかし、この帳票からは全体がわかってしまう。 帳票名と票頭の項目を削除して掲載した。(図4)

                   図4 売上・客数Zチャート


 さらにメガテンでは(有)メガテンのほかにもう1社酒販店を経営している。当然ながら決算日が違う。それをまとめたのがこの表である。 表頭の項目は、左から年月・売上高・売上高累計・12ヶ月移動累計・客数・客数累計・12ヶ月移動累計・客単価である。
 メガテンのこのチャートまでの年別売上高は以下のとおりである。(図5)



 売上の12ヶ月移動累計の数値を見ると14年1月にピークを迎え、その後徐々に落ちはじめているが、対策として支店の移転・増床と本店の増床をしている。 この効果は11月からあがり始め、平成15年中には元以上に回復する予定である。
 (1)景気不安による買い控えやデフレ
 (2)酒販免許緩和による売り場面積の増大がもたらす新規の競争発生
 (3)ビールの発泡酒への切り替え
この3項目が売上低下の主な原因である。
また、客単価も低下してきている。新規の免許がSMやコンビニにおりると、これらの店はビールのケース売りをあまり好まない。 バラ売りや6缶パック売りが主力になる。
 この購買パターンが影響するのとビールの発泡酒への切り替えが客単価低下の主な原因であろう。しかし、将来楽しみなデータもある。 それは客数の12ヶ月移動累計の数値が一貫して増えつづけていることである。経営コンサルの方針としては、売上の伸びよりも客数の伸びを重視する 「客数主義」を採っている。お客さんさえ来てくれれば、必ず追いかけて売上が伸びてくる。経験則であるが、鉄則としてもらっている。

3-4.データ訂正
 POSシステムを正しく稼動させるためには、商品マスターのメンテナンスが欠かせないが、やはり人間はミスをしてしまう。 入力ミスや入力そのものを忘れたり・省いたりする。レジの手打と同様、どんなPOSシステムでもこの2つは解決できない。 しかし、なるべく訂正措置はとらなければならない。
 そこでEXCELで作成されたのが図6のデータ訂正である。

                     図6 データ訂正


 一日が終わりレジの清算を済ましたあと、本日の売上データの中から粗利益が50%以上のもの、5%以下のもの、マイナスのものをサーチする。 要するに、ありえないと考えられる数値を探し出して、平均的な粗利益に訂正してしまうのである。もちろんその後は商品マスターの点検を行う。 これを毎日繰り返している。

4.投資効果測定
 平成14年1月、決算事務を行った税理士さんに会った。税理士さんは「今飯田市にある企業の80%は赤字だと思うが、 それに比べるとメガテンさんは立派だ、しっかりと経常利益を出しています」と言った。
 当社は3店舗あって当期の売上は13億1千万円ほど。POSシステムのリース料は年間1008万円である。損益計算的には年商の1%以下なので合格である。
 メガテンは2社あって、当然だがそれぞれに決算をしている。創業当時からPOSシステムを導入しているので、導入以前との比較はできない。 そこで決算を連結させて、経営数値を調べてみた。
 (1)労働生産性、一人あたりの粗利益額は8696千円
 (2)坪効率、1坪あたりの年間売上高は9546千円
 (3)商品回転率、17.3回
 (4)一人あたりの年間売上高は58335千円
 このどれもが一般の酒販店と比べたら目が飛び出るほど、それこそメガ-テンになってしまうくらい良い数値である。 全国に散在する優秀な酒DSと比べてみると、労働生産性と坪効率は優れていると思われる。商品回転率と一人当りの売上高は少し悪いようだ。 しかし、飯田は陸の孤島的な立地だから、商品回転率は買い置きの商品やロット買いのPB(プライベートブランド)商品があるためなので合格である。 いまやPOSは必須道具なので、ことさら投資効果をうんぬんするようなことではないが、 ネット販売やFSP(フリークエント・ショッパー・プログラム=メガテンの売上の70-80%は2-3割のお客さんがあげている。 このお客さんを大切に囲い込んでいこうとする方法)、ワン・ツー・ワンマーケティングなど、戦略的に取り組む場合は投資的に考えなければならない。
 日本の場合、IT投資を損益計算書で捉えてしまい、費用的に年商の1%以下などと考えるのが普通である。 これに対してアメリカは何故日本より早く・優れてIT大国になったのかを考えると、それは貸借対照表つまり投資項目と考えて、 シミュレーションで投資効果をしっかり計算し、必要なら年商の2%や3%も果敢に投資したのが原因である。
 ワン・ツー・ワンマーケティングは必需的に捕らえることである。そのためには、現在のPOSシステムにカード・システムを外付けすることである。 また、このソフトウエアは商友さんが既に開発済みなので、当社システムと合体して新パッケージにすることも考えて欲しい。
 最後にPOSを導入していることで、導入をしていない場合と比べて有利な点があることである。 それはレジ教育をしなくても、簡単なレクチュアーをするだけで、すぐにチェッカーがつとまることである。

5.ビジュアル・運用・モニタリング
 「店は見せる」である。入り易く・回り易く・取り易く・戻し易く、そして今の季節と肌で感じられる1ヵ月後の季節が表現されていなければならない。 この故に、節の見出しにビジュアルを付け加えた。
(写真5)
(写真6)
(写真7)
(写真8)

 ビジュアルとしてのモニタリング例は写真3と4である。 ここではビジュアルな運用例を示すことにする。写真5は入店するとフロントエンド1本奥に清酒の島陳列があり、POPがついている。 こういうのを「エスプリPOP」と言う。お客さんの心理をくすぐるからエスプリと言う。 このPOPを見て怒る人はいない、逆に「ニャッ」とさせる。ニャッとしたついでに手が伸びて1本取ってくれるかもしれない。 POPの両脇にはキリンの「1番絞り」がTVコマーシャルで使っていた「旨い」の表現を「パクッて」いる。 とにかくすぐに目に入るし、これを可視率と言って、高ければ高いほど売れていくのである。 店は売れて「何ぼ」である。店長が偉いのではなく、売る人が偉いのである。
 写真6の売り場も「見せている」。お客さんの目線に合わせた陳列をしている。珍味は利益商品であることが多く、メガテンもしっかり売っている。 12月になると、ガイドにSカンをたくさんつけてスルメを売る。このように「ガーン」と迫ってくるような陳列をしなければならない。
 写真7は宝のレジェンドの量り売りである。メガテンではこの他にも焼酎甲の量り売り、清酒の量り売りをしている。 写真にもある通り「全国初」である。では何故? NB(ナショナルブランド)である「宝」さんがメガテンで初売りをしたのであろうか。 理由の1つはテストマーケティングであろう。飯田地区は南信州にあたり、長野市と名古屋市の間にポツンとある20万人の閉鎖商圏である。 この20万人を母集団として統計をとるためにメガテンで始めたのに違いない。 松川店で行っていた量り売りの成績が良いのでメガテンを選んだという理由もあろう。 しかし、メーカーにとってメガテンを選んだ理由の最大なものは、この商圏でメガテンと組めればあとはいいのである。 他の酒販店にもちかけなくても、自社の製品は商圏内にいきわたるからである。それほどメガテンは成長したと言える。 また、そうならなくては一人前の企業家とはい言えまい。
 写真8はメガテンの社長熊谷仁志氏である。温厚な人柄に見えると思う。また、素直な方でもあり、研究熱心でもある。 家庭で楽しめるビール・サーバーの開発をしたこともある。お客さんが安い生ビールを家庭で飲めるように冷蔵庫の中にサーバーを入れる試作品を開発した。
 筆者としては、熊会社長に絶対的に伝えたのは「店はお客のためにある」である。 この一言でジャスコの岡田氏もイトーヨーカドーの鈴木氏もユニーの西川氏も理解してくれる小売業の経営理念と哲学である。 値入MIXの仕方・チラシの打ち方・接客の仕方・サービスレベルなどなど、良く理解してくれた。実行してくれた。 この一連の活動が地域一番店に導いたのである。
 メガテンが創業する前には既に同様な業態店が2社あり、その後アピタなどの大手が1万平米を超える出店が続き、 また名古屋で有名なディスカウンターの出店もあり、酒販店の売り場面積は大きく増えた。 その中で一貫して売上を伸ばし続け、ゼロサムに負けた競合店2社からは、店長経験者や幹部社員のメガテンへの入社が続いた。 ITというデジタル機器を道具として使い、一方人徳というアナログが一体となって成功したケーススタディと言ってよいであろう。
 成功要因で、この他忘れてならないのは、企業というものは最終意思決定者がきちっと決まっていなければならないと言うこと。 これを摩擦をも恐れずに貫いたことである。小池元郵便局長は、会長職についたが今は退職している。 もめたわけではないが、この点のけじめを守った結果こうなったのである。「いつか解ってくれる」と言っていた。
 人を信じて任すことは任す、これも成功要因にいれて良いだろう。よくある事だが、オーナーとしてレジや金庫を人に任せられない人がいる。 仕入れは全部自分で抑え、部下には秘密にしておく人もいる。組織を知らないのだから仕方ないが、商店主にはこんな方がいるのだ。

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