経営改革・IT化事例

経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 RKS社における経営戦略策定、経営改革企画、戦略情報化企画の事例(J010)
事例報告者 小池 昇司 ITC認定番号 0015582001A
事例キーワード 〔業種〕販売業
〔業務〕経営戦略、経営改革
〔IT〕顧客データベース

2.事例企業概要
事例企業・団体名 リコー教育システム株式会社 企業概要調査時点 2002年07月
URL http://www.rks-net.com/
代表者 小宮 康男 業種・業態 教育教材販売業
創業 1969年12月 会社設立 1995年11月
資本金 1,000万円 年商 25億円 従業員数 88人
本社所在地 東京都
事業所 国立・千葉・高崎・甲府・長野・郡山・仙台・札幌・旭川・帯広
業界特性  少子高齢化、個人情報保護傾向、訪問販売法改訂による家庭訪販の効率低下など経営環境変化の中で、 従来のビジネスモデルでの顧客数が減少している。一方、文部科学省による「ゆとり」教育方針、学習指導要領改訂、 学校の週休2日制等の変化に伴う家庭学習ニーズが変化している。また、ITを優位に活かす異業種の新規参入等競争環境が変化している
競合他社 小、中、高校生向けの家庭用学習教材の販売会社
リード文  経営者の認識に基づきプロジェクトチームをつくり、ITCプロセスに沿って経営戦略策定フェーズから戦略情報化企画戦略版フェーズまで進めた。 また、戦略を実現させるための実行を重視し、経営改革プロセスもセットにして施策に織り込んだ。各フェーズの進め方の事例を紹介する。

3.コーディネート内容概略
関与経緯  グループ会社の事業戦略策定支援としてかかわった。
事例対象期間
(執筆時点)
2002年05月~2002年06月(2002年06月28日)
事例分野 ■経営戦略  □IT戦略  □経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  □情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  □運用サービス・デリバリー
留意したこと 事業戦略を実行に移すためのしくみに展開したこと。
主な成果 社長のリーダーシップとして戦略が全社員の行動計画に展開された。
パッケージソフト情報  

【事例詳細】
1.会社概要と経営環境の変化に対する認識

1-1.会社概要
 RKS社は小学生、中学生、高校生を対象とする家庭学習用準拠教材の販売会社である。 準拠教材とは、文部科学省が認可する教科書の内容に準拠した教材である。 RKS社は1996年に全国の教材販売会社11社を統合して設立され、今日まで準拠教材を中心とした販売を行ってきた。 RKS社の販売部門は、教材メーカーから仕入れた商品を顧客に直接販売する直販部門と、ご販売店である訪問販売業者に卸す代販部門から成る。 販売拠点は本社の東京の他に、国立・千葉・高崎・甲府・長野・郡山・仙台・札幌・旭川・帯広、その他に顧客との接点であるコールセンター、お客様サービスセンターを有する。
 2001年度の会社概要は、資本金1,000万円、売上25億円、従業員88名(パートの人員数を含む)である。

1-2.経営環境の変化とその影響
 少子高齢化、個人情報保護の傾向、訪問販売法の改訂による訪問販売の効率低下など経営環境の変化により、従来のビジネスモデルにより契約する顧客数が減少し続けてきた。 また、文部科学省による「ゆとり」教育方針、学習指導要領改訂、学校の週休2日制等の変化に伴い、家庭学習のニーズが変化している。
 情報化という観点では、販売会社を統合した時の複数のITシステムが混在しており、業務効率上の問題が指摘されている。 ITCとしては、最新のITの進歩を戦略実現のために競争優位に取り込むことを期待している。 一方、デジタル化やネットワーク化など、ITを優位に活かしたインターネットを活用した学習塾など、訪問販売業にとって異業種からの家庭学習分野への新規参入が相次ぎ、 競争環境も変化している。インターネットの家庭への普及により直接競合する相手が増えていると認識し、新たな脅威と位置付けている。

1-3.経営環境変化に対する経営者の認識
 以上のような、市場・顧客の変化、競争環境の変化、社会インフラの変化の中で、経営者は「新たな顧客価値の提供」のしくみに変革することにより事業の成長を目指すこととした。 ここで、経営者の言う顧客価値とは、「顧客がその商品を選択する理由」という意味である。 RKS社の経営者の認識に基づきプロジェクトチームをつくった。ITCプロセスに沿って経営戦略策定フェーズからスタートし、戦略情報化企画戦略版のステップまで進めてきた。 また、戦略を実行に移していくということの重要性も認識され、そのための経営改革プロセスも施策に織り込んだ。ここまでの各フェーズにおける事例を紹介する。 特に戦略が実践されることを重視して工夫した進め方を中心に紹介する。

2.この事例の特徴と、ITCとして重視したこと
 本事例には二つの特徴がある。第一の特徴は、企業経営者が「新たな顧客価値による成長戦略を目指す」というビジョンを有しているところからスタートしたことである。 成熟し硬直化したビジネスモデルを変えようとするためのビジョンが存在していた事例である。 第二の特徴は、人材の不足するグループ会社に対してITCプロセスを適用したということである。 今まで事業戦略を作ってもなかなか実行できなかったグループ会社の事業体に対して、事業戦略を実現させるためのしくみを重視し、事業戦略と経営改革をセットにして、 戦略実現を狙うように工夫したという特徴である。 具体的には、ITCプロセスガイドラインにある各原則を忠実に守りながら、RKS社固有の課題に取り組んだ。そのためにITCとして意識して実行したことは、次の7点である。
(1) プロジェクト発足前に社長の意識改革と改革実行の決意をせまった。その理由は、過去何度か事業戦略が策定されたが、なかなか組織的に実行に移せなかったからである。 その反省をふまえて、戦略実践の意志を明確にしていただいた。
(2) 社長自身が明確なゴールと戦略を理解して、自分のリーダーシップで進めることを重視した。 そして、企業規模から判断して、トップダウンで確実な戦略展開をすることにより改革のスピードを上げようとした。
(3) 全社員に対し戦略がよく見えるように工夫し、展開して浸透させること。
(4) 実践を促すために関与者とのコミュニケーションを密にすることを重視した。
(5) 戦略が通りやすいマネジメントにするために、戦略展開を方針展開の重点施策に盛り込んだ。
(6) 戦略展開を中期経営計画や事業計画に結び付けた。
(7) 戦略策定フェーズに情報システム部員を参画させ、情報システム担当者の意識変革をリードした。情報システム担当者の戦略理解を重視した。

3.現状調査

3-1.組織プロフィールから得たトップの認識
RKS社の社長はかねてから日本経営品質賞におけるセルフアセスメントを経営に活用していた。RKS社の組織プロフィールの記述を読み、次の4つの事項を認識した。
(1) 顧客・市場に関する認識:新たな顧客価値を提案するターゲット顧客層を定めている。
(2) 競争に関する認識:A社のa部門を競合と定め、自社優位点を定めている。顧客に対して顧客価値を提供するに当たって、販売経験から判断してもっとも競合する相手である。
(3) 変革に関する認識:保有顧客に対する学習サービスを提供する事業体にしたい。 従来は、教科書に準拠しているという価値を有する教材を一律に提供する事業であったが、顧客の学習ニーズに合う教材やサービスを提供する事業体にしたいという認識である。
(4) KGI2)(指標とする組織情報):継続顧客数、新規開拓顧客数

3-2.基本戦略の確認
 次に、組織プロフィールの記述から事業戦略に関する基本的事項を確認した。 おおむね方向は定められているが、実行に移し易くするには更にフォーカスした戦略策定を要することを認識した。
(1) ビジョンは指標と目標値として定量化されているかどうかを確認した。
(2) 事業ドメインの確認:従来のドメインと将来のドメインをどのように考えているか、顧客価値は具体的であるか、競争優位性があるか、 ターゲット顧客は具体的に絞り込まれているか、コアコンピタンスの認識がひとりよがりでないか、競合相手の選定は適切か、などについて聴取した。

3-3.経営の成熟度
 日本経営品質賞のアセスメント基準を活用した平成13年度のセルフアセスメント結果は下記であった。
(1) 戦略策定の方法と展開の評点   B-(30%~40%)
(2) 経営戦略策定プロセスのアセスメントによる「経営の成熟度」レベルの判定
  戦略策定情報 成熟度レベル 1
  戦略策定アプローチ 成熟度レベル 2 ; 戦略展開の仕組みあり
  戦略実行計画 成熟度レベル 2 ; 方針管理の仕組み定着
  戦略実行のモニタリング 成熟度レベル 1
(参考資料:
 JQAアセスメント基準に基く簡易アセスメント:「ITC専門知識教材テキスト 03」、経営の成熟度、P.115~118)
 RKS社には方針管理による「戦略策定プロセス」としての戦略展開のしくみが存在していた。 また、「戦略実行状況をモニタリングしコントロールするプロセス」に関連したプロセスとして方針管理のしくみが定着していた。 戦略の策定と展開にはこれらのしくみをうまく活用することとした。

4.経営戦略策定フェーズ、戦略情報化企画フェーズのプロジェクトの体制

 プロジェクト体制は、図1のように編成された。 決算期前に戦略を組織に展開するまでに許される納期から逆算して、プロジェクト期間は2ケ月間とした。 ITCプロセスに沿ってITCがリードしつつ周知を集めて行えば、2ケ月間で可能と判断した。実会合時間は48時間である。 メンバーの人選は、戦略を社員全員に浸透させる方針に沿った。組織への浸透のリーダーシップを出来そうな基準で選定した。 IT/S(情報システム)担当を加えたのは、次のフェーズ以降での戦略をよく理解した活躍を期待したからである。 このフェーズにおいて、ITCの役割として意識したことは、ITCプロセスの「コミュニケーションの基本6原則」の遵守に努めたことである。 また、事業戦略の狙いの軸がずれないように戦略展開し、方針管理のしくみにまで整合させるようにしたことである。

5.戦略目標の確認

 プロジェクトを編成した直後に、事業理念を再確認し、定量的な戦略目標、定性的な戦略目標をメンバーで共有化した。
(1) 事業理念の再確認:戦略は使命と理念に従う、という認識の基に、企業理念、行動指針、事業ビジョン、トップデザイヤを確認した。
(2) 戦略目標(定量目標)の確認:プロジェクトスタート時点で設定されていた中期的な成果指標と目標値を図2に示す。 当初は、財務的な目標値と顧客の観点の目標値が設定されていたことがわかる。
(3) 中期戦略目標の確認:中期的に、自社が「こうありたい」という姿につき話し合い、図3のように明文化した。 顧客価値、競争優位、変革目標、社員等の各観点で導くことにより、社員が納得できて、挑戦できるような表現を心がけた。 具体的な指標化に手間取り、納期以外の目標値の定量化は敢えて行わず、意味する姿・イメージの共有化に努め、定性目標にとどめた。
     



6.経営環境の分析

6-1.マクロ環境変化に対する認識とSWOT分析
 クールに受けとめるべき社会、政治経済、グローバル化、IT環境などトレンドの大枠とその影響を網羅的に把握して、SWOT分析へのインプットとした。

6-2.SWOT分析
 SWOT分析用のデータは関係者から広く集めてから、データのモレやダブリをなくして整理した。 SWOT分析は、知ったかぶりせず、定石とおりにクールに実行してもらい、メンバーの意識統合にも役立てた。 メンバーによるSWOT分析をする過程で戦略素案が幾つか出された。 また、戦略素案とセットにして強み・弱みや重要成功要因(CSF)も抽出された。 本当にCSFか否かの検証は、CSFが獲得されておれば勝てるのか、という逆算的な観点から調査を加えることにより行った。 各CSFの内容を定義し、戦略展開時の指標とするために定量化の仕方を決めた。実行段階でこの指標をモニタリングしていくという狙いがある。



6-3.コアコンピタンス分析と戦略の選択
 SWOT分析から出された強みとCSFからコアコンピタンスを選定した。 コアコンピタンスについて競合比較を行ったが、一人よがりでなくデータとしての客観評価を重視したため、競合情報の収集に時間を要した。 図5に示すように、戦略目標の観点からコアコンピタンスの評価を行い、評価点による競合比較をした。 ウェイトの係数は「学習サービス市場での顧客価値創出」という観点から設定した。評価点は5段階評価とした。



 ポイント数は、競合A社より低くB社と同等である。顧客価値の提供にフォーカスして、強み1,強み2を活かして、競合Aが弱く、 自社の強み1,2が活きる顧客に絞る集中差別化戦略とした。CSFと強みとは因果関係にある。

7.ビジネスモデルつくり

7-1.ターゲット顧客の絞込みと事業ドメインの具体化
 集中差別化戦略をとるという立場から、組織プロフィールに記載されているターゲット顧客をさらに絞り込んだ。 組織プロフィールに記述されている顧客層の定義はおおまかであったたため、顧客セグメントの決定に苦労した。 市場の魅力度、顧客価値を提供できるか、自社の得意点発揮等の観点から極力絞り込んだ。 ニッチャー戦略である。 事業ドメインの表現は「...の仕組みを活かして上記キー顧客層の信頼を得て、...の価値提供につなげることにより、ターゲット顧客...に貢献する」、 ということでメンバーが共通認識した。

7-2.顧客価値創出プロセスの認識
 顧客価値を創出するキーとなるプロセスを定めるための分析を行った。 まず、既存顧客の中からターゲット顧客を抽出し、リピート契約要因を探った。サービス提供頻度、サービス内容、接点対応などの観点から要因を見つけた。 次に、その要因を左右するビジネスプロセスを特定して「キープロセス」として位置付けた。 図6.は顧客サイドから顧客満足度の高いサービス価値創出を行うためのキープロセス設定例である。 結局、「指導・サービスからの情報」プロセスが顧客価値創出のためのキープロセスであると決定した。



7-3.ビジネスプロセスモデル作り
 プロジェクトメンバーによりビジネスの関与者(パートナー)を含めたビジネスプロセスのモデルを描いた。 次のポイントを意識しながら完成させていった。図7に①~④の手順で示した。① 先ず、7-1で定めた顧客価値を起点に置く。 次に、その川上の業務プロセスを付け加えていく。② 重要指標(顧客数)が増加するような正のフィードバックループを形成する。 ③ プロセスモデルにはコアコンピタンスのプロセスを含める。④ 7-2で定めたキープロセスをビジネスプロセスモデルに組み込む。 図7は、ビジネスプロセスモデルである。視覚化されているので戦略を共有化するためには重宝される。 IT化により競争優位にすべきプロセスを検討する場合にも役立つ。 重要なプロセスは戦略展開して、バランストスコアカード(BSC3))の指標設定にまでつなげるという腹づもりを持ちながらモデルを作る。



7-4.収益モデル作り
 収益モデルは、ビジネスモデルが収益性の原則を満たすことを表現したり、検証したり、収益シミュレーションに活用できる。 どのプロセスが収益確保に重要かの検討に活用できる。このプロジェクトで行った収益モデル作りの手順を図8の概念図にそって説明する。 先ず「再投資のための収益」を書き入れる。次にその「収益」をあげる為の6-3.で定めた「戦略パターン」を定める。 この事例の場合は集中差別化戦略をとる。 そのために新規ターゲットユーザーを獲得するプロセス、差別化商品サービスを実現するプロセス、それらのプロセスの基盤となる人材、ITインフラなどを表現する。 重点的に経営資源を投入すべきプロセスへの収益再投資のフィードバックループを書き入れと、収益モデルの閉ループが完成する。 この閉ループにより生まれる収益が正帰還するかどうか、すなわち収益が逓増することを顧客価値創造と競争優位性から検証する。 この場合は、サービス開発プロセスが収益源である、という認識をした。各プロセス間の関係が数式化されれば、収益モデルを使って収益のシミュレーションに使うことが可能になる。



8.戦略情報化企画

8-1.情報システムの現状
 1995年に販売会社が統合して出来た会社であり、その当時の複数の情報システムが独立に存在している。 販売システム、会計システムともに2000年前後ころのIT/Sの進化を優位に取り込むことがなされていない。 このまま継続すると、少なくとも7-3で述べたコアコンピタンスのプロセス③をIT化により競争優位に実現することは出来ない。 現状システムを評価し、ビジネスモデル実現という将来ニーズに照らし合わせてみると、プロジェクトメンバー全員が、 狙いのビジネスモデルの実現にはIT/Sの刷新が必要である、という認識を持つに至った。

8-2.情報化システムの成熟度とIT化の方針
 COBITの成熟度モデル5)による評価結果は「レベル2」であった。 顧客接点情報を商品サービス開発に結びつけるビジネスプロセスに重点を絞ってIT化を行う方針である。

8-3.経営改革を要するわけ
 戦略の実現を重視すると、経営戦略の展開と経営改革企画とをセットにすることが重要となる。 何を改革すべきかを決めるにあたって、作った戦略が実行されないことを問題化し、改革をしない社内要因を分析した。 過去になされた事業戦略答申がなぜ実行されないのだろうか。下記のような要因が出された。
(1) リーダーシップ、マネジメント関連の要因
・変革のリーダーシップが弱い ・人の価値観や信念、納得性を重視しない
・早くあきらめたり、抵抗があると撤回する ・抵抗勢力の既存のマネジメントを許容する
・不幸な人がいないようにすすめる  
(2) 戦略性
・たくさんの管理にエネルギーを分散 ・資源を手当しない
・重点思考しない  
(3) プロセス関連要因
・従来ビジネスモデルの中で進める ・プロセスを変革せず修正する
・ビジネスプロセスに焦点をあてない ・プロセスの再設計をしない

8-4.改革をしない要因への対策
(1) トップのリーダーシップを大前提で進める : 改革施策を全員に展開、経営計画への展開
(2) 明確化(顧客、強み、競合の明確化による共有化)
(3) 戦略展開目標に意識改革指標を入れ、展開する
(4) 改革目標の共有化
(5) ビジネスモデルの共有化、キープロセスの認識
(6) 変えるべきプロセスの共通認識
(7) キープロセスへの資源配分の実行
(8) 戦略の実現度合いを見えるようにする

9.戦略の実現度合いをモニタリング・コントロールするしくみ

 RKS社には半年を管理のサイクルとして回す方針管理のしくみが定着していた。 このしくみにBSC(バランドスコアカード)による戦略目標の管理、モニタリング・コントロ-ルのしくみをつなげた。

9-1.4つの視点



 販売会社であるRKS社の主な管理指標は、従来は売上や営業利益というものであった。 戦略の実現には、プロセス改革、人材の育成というような時間のかかる先行資源投入が伴う。 財務の観点や顧客の観点の指標と、社内プロセスや学習・成長の観点の指標とをセットにして、因果関係を保ちながらバランスさせて管理することにより、 戦略を実現に導こうと説いた。 また、現在の社内プロセスや学習・成長の指標と、将来の財務や顧客の指標とを時系列でバランスさせて仕組んでおく必要がある。 図9は、「~の仕組みを活かしてキー顧客層の信頼を得て、~の価値提供につなげることにより、ターゲット顧客の~に貢献する」 という共通目的に対して4つの観点の指標と目標値をバランスさせている。

9-2.戦略マップによる経営改革構造の共有化
 戦略の筋の通った論理構造をワンチャートで視覚化し、説得性を持たせたい。 そのために、メンバー自身の手で指標の因果関係を4つの観点に分けて図10のようにレイアウトした。 この戦略マップにより戦略の指標を視覚化し、メンバー自身が説明できるようにし、共感され易くした。

9-3.戦略目標の再設定
 図2.に示した当初の指標・目標値の他に、図11に示す指標を追加した。図11の指標は、プロセスの観点、学習・成長の観点の指標である。

9-4.戦略展開の仕組み
 戦略指標を重点施策展開の目標値として組織に展開し、モニタリング・コントロ-ルする仕組みを図12に示す。 指標と目標値を期初に確認し、期間・期末に評価することは以前からの方針管理の仕組みと同じである。 以前との違いは、期末において学習と成長、社内プロセスの観点の指標の達成度合いが顧客、財務の指標にどのように影響するかの考察がなされ、 顧客や財務の観点の結果指標に対する是正処置を手段系の指標で議論できるようになったことである。 図12は、このようなPDCAの管理のサイクルを回して目標値と実績とのギャップを是正する仕組みしくみである。 基本戦略を戦略展開したものに対し、半年ごとのマイルストーンを達成するための重点施策を立てる。 各重点施策の指標と目標値を財務、顧客、社内プロセス、学習・成長の観点にわけてバランスのとれた指標としてレイアウトする。 計画のコミットと実績のモニタリング・コントロールは組織階層を通じて行う。 目標値と実績とのギャップを是正する前向きな対処が戦略実現のために意味あるものにつながる。 8-3節、8-4節で述べた改革のための指標についても、自己変革施策、意識改革指標として学習・成長の観点の目標値として設定する。 各管理者は、改革テーマに対して上司との間で個別面談により自己変革・意識変革テーマと指標/目標値を約束し、期末の結果により人事評価につなげる施策をとった。 それにより、意識改革の実現を積極的に推進するしくみができた。







10.おわりに:ITCプロセスを適用したことによる成果
(1) 戦略の浸透効果:戦略策定、戦略情報化企画、コミュニケーションの各フェーズの原則に極力忠実に進めた。 ITCが進行をうまくリードしながら、情報を結集し、意思決定をしていった結果、比較的短期間に戦略が意志統合された。
(2) グループ会社の経営者のリーダーシップをモニタリング・コントロールするしくみができた。
(3) ビジネスモデルの絵、戦略マップによる戦略の視覚化と共通認識の促進ができた。
(4) 関与者全員への戦略浸透と管理指標の展開ができた。
(5) BSCによる重点施策の達成進捗/是正の仕組みが実行レベルになった。
(6) 意識変革の仕組みをBSCに織り込んだ。
  ITCプロセスの経営戦略策定フェーズ、戦略情報化フェーズでのITCとしての目標値は2月間で経営戦略を策定し、 関係者の同意を得て方針・施策として打ち出すことであり、ITCプロセスに沿って忠実に実行することにより、その目標を達成した。 IT/Sのメンバーはビジネスモデルの中のキープロセスをITにより実現することにより戦略実現に貢献することを自覚した。 顧客価値(顧客が商品を選択し契約を継続するための「顧客のつまずきポイントに対する解決策を提供する」という価値)を、顧客接点のキープロセスを大事にして提供し、 ITを有効に活かして指導員の記録をナレッジとして蓄積し、顧客接点を介して提供するという戦略により実現できる。 準拠という一律の商品を提供する事業から、顧客の学習ニーズに合う教材やサービスを提供する事業に転換していくというロジックの意志統合、仕組み、目標値ができたと認識した。


【用語解説】
  用語 解説
KPI Key Performance Indicator 重要業績評価指標。ITプロセスの実行状況を評価する尺度であり、どのレベルを達成すべきかを示す。
KGI Key Goal Indicator 重要達成目標指標。何を達成すべきかの評価指標であり、達成すべきゴールを示す。
BSC Balanced Score Card ロバート・キャプラン教授とデビット・ノートン氏が1990年代に提唱した戦略的経営管理コンセプトである。 ITビジネス活動でのモニタリング・コントロールではBSCの指標を使って行われる。 BSCの基本構成は、「財務の観点、顧客の観点、社内プロセスの観点、学習・成長の観点」の4つの観点で構成される。
CSF Critical Success Factor 重要成功要因。ITプロセスでは、目標達成のため資源投下を重点的にすべき最重要な成功要因である。
COBITの成熟度モデル Control Objectives for Interface and Related Technology 米国情報システム内部統制財団が作成した情報技術コントロール目標。 COBITの成熟度モデルはITプロセス管理の成熟度が現状どのレベルにあり、将来目標とする管理レベルを設定するために用いる。 成熟度を「存在しない」から「最適化された」(0~5)まで得点化する手法から構成される。

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