事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
(株)喜多屋 作成者:四国ビジネスコンサルタント
     東矢 憲ニ
ITC認定番号:0005152001C
作成年月日:2002年3月14日

酒造業界においては、過去4度に渡り近代化事業に取り組んだ結果、企業規模適正化の必要性から、中小メーカーの企業合同・合併・転廃業が強力に推進された。加えて、需要の低迷や大手への生産集中が転廃業への動きに拍車をかけ、平成11年の事業者数は2,152社と昭和40年(,690社)の約60%まで減少している。
 このような厳しい業界にあって、㈱喜多屋は、情報化の風を吹き込み、抜本的な経営体質の強化を図ろうとしている。しかも、強力な風を吹きおこして一気に革新的な改善を行うのではなく、社長の明確なIT導入コンセプトのもと、さわやかな風、緩やかな改革を狙っているところに妙味がある。以下、事例の背景や関連データ・資料などを付け加えて、IT化の進め方のポイントを押さえてみよう。

【業界の需要低迷】
業界の経営課題は「需要の低迷」を筆頭に、「中小メーカーの経営き弱性」「蔵人の減少と高齢化」などが挙げられるが、最も重要な問題は「需要の低迷」なので、どの程度消費量が落ちているか、国税庁の資料をもとにご紹介しよう。

酒税課税状況の推移

 同社の取扱品は、需要の落ち込みが大きい「清酒」と、緩やかな上昇傾向を見せている「焼酎」が主力であり、全体的には楽観視出来ない状況にある。
 したがって、市場が小さくなっている業界に位置する同社としては、確実に利益を確保する為に、ITを活用するにしても、「如何に売上を伸ばすか」「如何に経費を削減するか」の二つの道の両方でその活用法を模索している。今回の紹介事例は、後者の経費削減がメインになっているが、実は間接的に売上増進に寄与している部分もあり(後述)、事例では紹介されていない通信販売の存在なども加味すると、同社の全体的な捉え方のバランスの良さが評価される。

IT導入方針】
○「大上段に構えない」「必要十分なものにする」
 同社がIT導入に成功に成功した理由の一つは、明確で適切な導入方針を持っていたことにある。「大上段に構えない」「必要十分なものにする」というトップの方針は、中小企業ならではの考え方であり、「情報化の的を絞り、過大な望みを持たない」ことを一貫して貫いたことが実益性の高いシステム構築につながったと考えられる。

成熟度の低い中小企業が陥りやすい間違い

中小企業の成功パターン

業務の全体プロセスを組み込んで、理想的なシステムをいきなり構築しようとする

情報化の的を効果の出そうなところに絞り込んで、集中投資する

トップ一人・あるいは担当責任者の思い込みで、誰の助言も聞かないで導入する

適切な専門家を選んで、パートナーシップを組んで推進する

ベンダー(注1)に頼ってしまって、ベンダーのチェック機能が働いていない

予算・納期・システム機能など、ベンダーに対してのチェック機能を持っている

部分的・短期的視点で導入する(今のことしか見えていない状態)

全体的・長期的視点で導入する(現在行っている活動が終了すれば、次はどの方向に向かうべきか、常に次の構図が描かれている)

○「分からないところは人に聞く」
 自力で全て仕上げることは不可能に近い。したがって、経営の専門家、ITの専門家、あるいは両方の分野に秀でた専門家(ITコーディネータなど)を活用することが必要だ。その最初の窓口になるのが各地の商工団体(商工会・商工会議所・中小企業団体中央会)であり、地域の中小企業支援センターなり、場合によってはITSSP(注2)、中小企業総合事業団の支援事業・補助事業を紹介してもらうことになるだろう。
 同社の場合は、福岡県中小企業振興公社の情報化支援アドバイザー事業を利用して、好結果を得られた。

【全ては問題意識から始まる】
 どの業界においても在庫管理は小さな問題ではないが、特に酒造業界では、課税対象になるか否かの税額決定に関わる重要事項である。酒税法では、酒税の納税義務者を酒類の製造業者及び保税地域から酒類を引き取るものと規定しているが、製造場において飲用されたものが課税され、腐敗したものを処分する場合においても、所轄税務署に連絡して当該職員立会いの上、処分しなければならないなど、在庫に関する取扱は厳重を極めている。そのため、在庫の精度を高く保つ必要があり、計算上の在庫と実在庫が数値上完全に一致しないと、おびただしい「人時数」(注3)が必要になる。数字合わせのために多くの人が狩り出され、長時間非生産的な業務に携わらなければならない。
 しかし、このような現状を毎日見ていても、業界では当たり前の話として、何ら問題意識が生まれないのが世の常である。
 したがって、経営改善とか経営革新は、どの程度のことをどの程度問題視するかにことの発端がある。業界では当たり前のことでも、他の業界から見ると問題になる程度のものに対して、改善が試みられれば、これは経営改善のレベルであり、普通ならば誰も気がつかない程度のことに対して、革命的な改善が試みられれば、これは経営革新のレベルにまで行き着く。要は、どの程度のことを問題視できるかなのである。
 今回の事例においては、在庫管理の問題がことの発端になったが、「ペーパーレス」「顧客要求の即時対応」「経理・営業データの戦略活用」など高度な問題意識が生まれたことも、成果に結びついた。

・酒税の対象となる酒類は、アルコール分1度以上の飲料で、次のとおり大きく10種類に分類されている。

・清 酒

・合成清酒

・しょうちゅう

・みりん

・ビール

・果実酒類

・ウィスキー類

・スピリッツ類

・リキュール類

・雑 酒

・酒税の納入義務者は「酒類の製造者」で、酒類を外国から輸入する場合には、その輸入者が納税義務者になる。
・酒税は、製造場から出荷した酒類、または輸入した酒類の数量に一定の税率を乗じて計算する。その、税率は、種類、品目及びアルコール分などに応じ細かく定められている。

【意思疎通の重要性】
トップダウンとボトムアップ
 IT導入の成否の分かれ目の重要要因として、「意思疎通」の問題が挙げられる。特に、ソリューション(注4)の規模が大きくなるほど、この意思疎通が上手くいっているかどうかの比重が大きくなってくる。経営者と現場、プロジェクトチーム内、プロジェクトチームと社内組織、色々な局面でこの意思疎通が足を引っ張ってくることになる。要注意事項である。
 その点、同社の場合、トップダウンとボトムアップで、両方向から、両者の考え方を伝え合う努力を惜しみなく尽くしている。
現場密着型の専門家の助言
 通常、専門家はどのような分野においても、頭デッカチの人が多く、上手に使うという意味では、現場をよく見てもらうということを積み重ねなければならない。反対に、現場無視型の専門家は利用すべきではない。
 同社の場合、計画段階から専門家に参加してもらい、しかも、通常、表に現れにくい問題を抱えた「朝・夕の出荷状況」まで見てもらっていることは、陰に隠れた小さな成功要因になっている。
 この様に、「依頼した専門家」と「発注者」との意思疎通も重要な局面である。
【導入システムの貢献内容】
導入システムの貢献内容

 前の項(業界の需要低迷)で、導入システムは間接的に売上増進に貢献している部分もあると述べたが、導入システムとその貢献内容を、その因果関係を捉えることによって確認してみよう。
 図表(情報システムの貢献内容)で明らかなように、今回のIT化は経費削減分野の方で大きく貢献しているが、「顧客満足度の向上」や「戦略を組み立ててデータを活かす」という間接ステップを踏むことによって、売上増進にも寄与していると捉えられる。

【人為的エラーの排除】
 見間違い、入力間違い、勘違いなどの人為的エラーを排除するためには、原資データを活用して転記作業をなくすことを、IT化のベースラインに置いておかなければならない。同社の在庫管理においては、この基本原則に一貫性を持たせるために「ハンディターミナル」を活用した。コンピュータからプリントアウトされた伝票を目で確認すると、「見間違い」「勘違い」が発生する可能性があるが、ハンディターミナルが商品に付されたバーコードを機械的に読み取る作業を組み込むことによって、人為的ミスを皆無の状態にしてしまった。
 今回のIT導入の最大の課題であった在庫管理を、実用性のあるシステムに仕上げたポイントはこの部分にある。簡単な仕掛けを施すだけで、システム全体の使い勝手・実用性が変わってくるので、その意味では、如何に現場と一体化した計画化が必要であるかがよく分かるであろう。

参考にしたサイト
国税庁の発表資料
  http://www.nta.go.jp/category/press/press/alc12/01.htm
お酒の話題
  http://www.sapporo.nta.go.jp/5/5_4_1.html

参考文献
「業種別業界情報」経営情報出版社

(1)「ベンダー」
 もともとの意味は販売者だが、IT関連では、メーカーとほぼ同義に使われている例が多い。
(注2)ITSSP
 ITSSPは、経済産業省と情報処理振興事業協会(IPA)が推進する公的なプロジェクトであり、産業競争力回復を目指した戦略的情報化投資活性化事業である。
(
注3)「人時数」
 1人が1時間従事する場合を「1人時」として把握し、従事人数と従事時間数の延べトータル数を人時数という。
(注4)「ソリューション」
 直訳すると「解明」「解決法」「解答」になるが、IT関連では、「求めている仕事の解決方法を提供する情報システム」ということになる。
 (注5)「ビジネスモデル」
 ビジネスモデルとは、「誰にどのような価値を提供するか、そのために経営資源をどのように組み合わせ、その資源をどのように調達し、パートナーや顧客とのコミュニケーションをどのように行い、いかなる流通戦略と価値体系のもとで届けるか、というビジネスのデザインについての設計思想である」(慶応大学助教授、国領二郎氏による)と定義されている。
 しかし、一言で表現するならば、「利益をあげるための事業の仕組み」ということになる。

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