田中精密工業の事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
田中精密工業(株) 作成者:古家後 啓太
ITC認定番号:0003222001C
作成年月日:2002年7月24日
 田中精密工業株式会社は、自動車関連製造事業を富山県内の拠点で展開する地場企業でありながら、グローバルな展開を図る自動車業界への対応も含め、 ネットワーク構築を中心とした情報技術を活用し体質改善をはかり、2000年12月に店頭公開を果たしている。
 本事例は、「グローバルな競争市場に勝つためのビジネススピード向上による体質改革」に取り組んだ田中精密工業(株)殿の情報技術活用の経緯を報告したものである。

(1)自動車業界および自動車部品業界の動向
 自動車業界は、互いに合従連衡を行う大再編時代を迎えている。1998年のダイムラー・クライスラーの誕生し、その後日産自動車とルノー、富士重工とGM、 三菱とダイムラー、GMとフィアット等新たな提携が実現し、年間400万台以上の生産が生き残りの条件といわれている。 一方、日本においてもトヨタ、ルノー&日産、本田、GM、 フォード、ダイムラーの6グループに再編されてきた。
 自動車生産は、部品や材料の生産を外部に依存しており、それらを含めて全体の分業システムが成り立っている。日本の自動車メーカーの部品調達は、 従来系列による長期取引を基本としていたが、自動車業界のグローバルな再編の流れの中、世界最適調達とそれに伴う資材費のドラスティックな削減の動きに変わってきた。
 完成車メーカーと部品メーカーの過去20年間程度の経常利益伸び率について、株式会社日本格付研究所のレポートに報告されている。(図-1) これによると1991年3月期までは近似した動きをしており、国内自動車生産が右肩上がりに増加する中、「系列」「共存共栄」という考えのもとにパラレルな動きになっていたと考えられる。 それに対し1992年3月期以降は両者の相関性が薄れてきており、特に2001年3月期・2002年3月期においては経常利益伸び率で逆の動きをしているのがわかる。1) このことは、日本自動車業界を支えてきた特徴的な考え方である「系列」「共存共栄」が崩壊したためと考えられる。



 「変わる自動車部品取引」2)の中では、このような自動車部品取引の変化を①グローバル化、②モジュール化、③デジタル化という 3つのキーワードで捉え、Web-EDI(*1)やSCM(*2)、 更にはリアルタイムサイマル活動(*3)などの情報技術活用の必要性を述べている。 さらに『QCDD(品質、価格、納期、開発力)を強化し、魅力ある製品つくりを進めることは勿論重要であるが、製品でライバルに決定的な差をつけることが難しくなった現在、 競争に勝ち抜くにはITを道具に情報活用を強化して、製品やサービスを顧客に迅速に提供する"スピード経営"の実践が重要な競争力の源泉の一つとなった。』と論じている。
 本事例は、まさにこのような業界の動き的確に捉えた活動といえる。

(2)企業の情報化への取り組み動向との関連
 総務省の平成14年度の情報通信白書では、企業の情報化への取り組みについて、①主に社内における情報通信インフラの基盤整備を目的とする「基盤整備型」、 ②経理・人事等の基幹業務における業務効率の向上等を目的とする「コスト削減型」、③新規市場の開拓、顧客へのサービスや顧客満足度の向上等を目的とする「付加価値創造型」の3つに分類し、 その状況について以下の通り報告している。(図-2)3)
 『全国の上場企業における情報化の状況をみると、「ITと企業行動に関する調査」によれば、おおむね「基盤整備型」、「コスト削減型」、「付加価値創造型」の順で取組が進められていることがうかがえる。 個別にみると、「基盤整備型」では90%以上の上場企業が既に取り組みを行っており、最も取り組みが進んでいる。また、「コスト削減型」では、 「基幹業務向けシステム」(73.8%)が70%を上回る上場企業が取り組みを行っている一方、「経営・管理業務向けシステム」(40.1%)では4割程度にとどまっている。 さらに、「付加価値創造型」では、「営業・販売支援システム」(36.8%)、「販売業務向けシステム」(23.2%)ともに、比較的低い割合となっている(図-3)。 また、ネットワークの整備状況については、企業内通信網は既に「部分的に構築」している企業を含め、全体の85%以上が何らかの取り組みを行っていることが分かる。 また、企業間通信網では、「全社的に構築」(18.3%)している企業よりも、「部分的に構築」(22.1%)している企業の割合が高く、 段階的に取り組みが進みつつある状況であることがうかがえる(図-4)。』3)
 今回の事例も、1988年に事業計画の作成に表計算ソフトを活用したことからパソコンの可能性に気づき、自分がやる仕事とコンピュータに任せた方がいい仕事の区分ができたことがひとつの契機となっている。 その後、1990年に生産管理系の汎用機と経理系のオフコンを導入して情報化基盤を整備した上で、1998年にネットワーク構築の段階に入り、主要顧客である本田技研工業への付加価値創造を果たしている。 「付加価値創造型」実現には高い成熟度が必要であるが、本事例では「小さく生んで大きく育てる」という事例企業のポリシーのもと、ISOの取得や役員クラスからの情報教育などの活動を展開し成功へ結びついたものであり、 そのプロセスは高く評価できる。
 また、平成13年情報通信白書によると300人以上の企業のインターネット普及率は1996年50.4%から1998年80.0%に急速に増加しており(図-5)4)、 本事例でネットワークを構築した1998年は、インターネットの普及が進んだ時期である。取引先企業とのネットワーク構築において効果を発揮しやすい時期の意思決定であったと評価できる。 逆に、この時期に導入していないとビジネスの機会を失われる恐れがあったとも考えられる。
 さらに、本事例では特に間接部門の事務の合理化が大きな課題となっている。特に製造業においては、生産管理システムと経理システムが単独で動いていては効率的な経営情報が把握できない。 このような問題を解決するために社内のネットワーク構築によって迅速かつ効率的に管理できる体制にするとともに、海外を含むグループ企業や取引先等との情報の共有化・同時化を果たし、 効果をあげている。
 ISOの文書管理システム導入の過程では、全ての文書を管理しようと試みたが、端末数が限られていることからうまくいかなかったと反省しているが、 多くの現場を含む管理となるとハードの配備状況を勘案したシステム導入の検討が重要であるといえる。
 電子メールの活用に関しては第1ステップとしてブロックリーダー(課長クラス)以上の間で始め、現在チームリーダー(係長クラス)まで展開している。 情報の共有化は全社員に展開して初めて効果が出るものである。しかし一方では、パソコンは配備しても役員や部長といった上層部がパソコンを使わないため、 本来の効果がでないケースもある。本事例では、パソコンに最も取り組み難い役員等上層部からハードのみならずソフトである人材教育を行い、上から順次下へ展開したことにより、 経営トップからの情報の共有化・同時化が図れ、チームリーダー以上だけでも効果が現れたものと思われる。









(3)自動車産業のBtoB
 前述したとおり自動車産業は分業システムが構築されており、情報技術の進展とともに企業間のネットワーク化も積極的に進められている。 しかし、部品メーカーでは複数の取引先との専用回線が必要となり複雑なネットワークを管理しなければなかった。
このような問題点を解決することを目的に、財団法人日本自動車研究所JNX(*4)センターでは、自動車産業を初めとして広く産業界で共通に使用可能な BtoBのためのネットワークインフラを構築している。本事例でも得意先とのネットワーク(NMS+)は、JNXを活用している。 従来のネットワークとJNXの違いを図-6に、JNXの構造を図-7に示す。
 従来のネットワークでは、部品メーカーは各自動車会社と専用の回線が必要で複雑なネットワークであったが、JNXでは、単一のネットワークで複数の自動車メーカーなどと 専用線と同等のセキュリティと通信品質を確保しつつ通信が可能となる。JNXは、マルチプロバイダー方式のネットワークを特徴としており、JNXセンターを中心に 各プロバイダーが接続されている図-7に示す構造となっている。複数のプロバイダーがCSP(認定プロバイダー)として参加していることにより、 共通のサービスレベルを保証しながらも、結果として競争環境が作られコスト低減が図られることも目指している。現在JNXには約400社が加入している。5)





(4)今後の展開
 事例企業は、事例発表の後予定通り店頭公開し、その後も好業績を継続している。単独では、売り上げが1998年度168億円から2001年度は208億円に、 経常利益が1998年度540百万円から2001年度1324百万円に大幅な増収増益を果たしている。 また、タイや米国の子会社も好調で連結でも3年間で売り上げが1.48倍の410億円、経常利益が3.18倍の2260百万円になっている。6)
 このような成果は、「グローバルな競争市場に勝つためのビジネススピードの向上による体質改革」を、①情報の共有化/同時化による時間の短縮、 ②間接部門の合理化・スリム化による生産性の向上、③ネットワークを経営のツールとして自己革新を加速、 ④グローバルな自由競争市場に挑戦できる体質づくりの4つの考えをベースに、全社員一丸となって推進してきた賜物であると評価できる。
 今後も引き続き継続的発展を遂げるためには、これまでの情報技術導入のノウハウを田中精密工業の知的資産として形のあるものとして伝承していくとともに、 「小さく生んで大きく育てる」というポリシーを忘れず、業界内外の情報を収集しながら、経営改革を目的とした情報技術の積極的活用を展開することが重要である。

用語解説

(*1)Web-EDI(Electronic Data Interchange)
電子データ交換の略で、標準のプロトコル(ネットワーク経由で通信を行う際の取り決め)に基づいて、 発注書や納品書、請求書などのビジネス文書をネットワーク経由で電子的に交換すること。従来は専用回線やVAN(付加価値通信線)が利用されていたが、 インターネットを用いた「Web-EDI」も普及して始めた。回線コストを削減できるメリットに加え、データ項目を柔軟に追加・削除したり、 画像データが扱うことなどが可能となる。さらに最近では、やり取りするデータ形式にXML(Extensible Markup Language)を採用する事例も出始めている。
(日経BP社ITプロフェッショナルポケット用語辞典)

(*2)SCM(Supply Chain Management)
部品調達から製造、物流、販売に至る商品供給プロセス全体を市場に迅速に対応できるよう最適化・効率化すること。

(*3)リアルタイムサイマル活動
高度化するCAD/CAM/CAEとネットワークが結び付き自動車メーカーと部品メーカーが、ネットワークを介して同じ画面を見ながらその場で意思決定をして 開発を進めていくこと。

(*4)JNX
日本自動車研究所のJapanese automotive Netwotk eXchangeの略

参考文献・ホームページ

1)日本格付研究所ホームページ
http://www.jcr.co.jp/topics/jido.htm

2)eビジネス・シリーズ 変わる自動車部品取引~系列解体~
藤樹邦彦著 エコノミスト社

3)平成14年度情報通信白書:総務省ホームページ
http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/cover/index.htm

4)平成13年度情報通信白書:総務省ホームページ
http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/cover/index.htm

5)JNXホームページ
http://www.jnx.ne.jp/_pages/_page04/page04.html

6)今村証券ホームページ
http://www.imamura.co.jp/rsrch/tanakasei/tanaseimain.html

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