事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
矢橋林業株式会社 作成者:(株)ニッセイコム
         加藤 博文
ITC認定番号:0009692001C
作成年月日:2003年 3月20日
1.はじめに
 本事例は、イントラネット注1)を利用して企業グループ内の情報共有を推進した事例である。 現在の企業経営においては、現場レベルの詳細情報を経営者及び部門管理者がどれだけ正確かつ迅速に把握し、意思決定につなげるかが課題のひとつになっている。 矢橋グループでは、この課題に正面から挑戦し、結果として企業グループ内での情報共有が推進でき経営に役立てている。
 本稿では本事例から、企業が情報共有を推進するときのポイントを整理するとともに今後の企業のIT化の方向性について考察する。

2.企業概要
 矢橋グループは、岐阜に拠点があり、大きく分けて以下の3つの事業グループから成り立っている。
(1) 矢橋林業グループ・・・・・・・ 従業員:約250名。事業内容:建設、建設材料販売、建設材料の製造。コンピュータソフトの開発とハードの販売も実施している。
(2) 矢橋三星鉱業グループ・・・ 従業員:約100名。事業内容:鉱山採掘業。土木工事等、造園事業も行っている。
(3) 矢橋工業グループ・・・・・・・ 従業員:約200名。三星鉱山グループが採掘した石灰石を利用して石灰を作る焼成加工、石灰の販売。
  矢橋社長は、このグループを「中小企業」と呼んでいる。 確かに企業単位で見ていけばそうかもしれないが、グループとして見てみると従業員数の合計も550名を超え、海外にも事業所展開をしているなど、 「中小企業」という枠を越えていると言える。どちらかというと素材メーカー、加工メーカー、販売会社と役割分担した1つの企業体と見ることができる。 実際に三星興業グループと工業グループは密接な関係があり、前者は材料供給を請負い、後者はその材料の加工及び販売といった形に役割を担当している。 ということは、この2つのグループ企業間において、人・モノ・カネ・情報の連携をスムーズに行うことが必要で、 この中の情報の連携の部分を林業グループのソハード事業部(富士通のディーラー。コンピュータソフトの開発とハード販売を手がける事業部)が担当し、 矢橋グループ全体としてイントラネットを構築した。

3.情報化推進
 矢橋グループでの情報化推進にあたって、注目すべきポイントは2つある。 1つは、トップダウンでの情報化展開であり、もうひとつは「何のために情報化するのか」という明確な目標の設定である。この2つが情報化に成功したポイントである。
以下に、矢橋グループでの具体的な推進方法をまとめる。
1)トップダウンでの情報化推進
 トップダウンでの情報化推進は、図表1に示す情報化投資効果を発現させるための必要な条件「平成14年度情報通信白書」 の2番目の条件にもあがっているように重要なファクターである。
  ポイント1・・・経営者自らが独学でコンピュータについて勉強
     矢橋社長がある会合で運営役になったことにはじまる。これをきっかけに他団体との連絡等にPCやPCを使った電子メールが役立つことを実感し、 コンピュータについて独学で勉強、これを社内に取り入れた。経営者自らがIT利用の有益さを体験したことが情報化推進における説得力となった。
  ポイント2・・・まず経営層から実施
     社内展開にあたっては、まず役員会からペーパーレス化を推進。役員にPCを持ってもらい、資料の作成・収集・保管等を行った。 通常役員といえば年配の方を想像するが、その方々がすぐにPCに慣れることができたかというと疑問で、多少なりとも時間がかかったと考えられる。 しかし、経営陣が率先してペーパーレス化を推進する姿を見せたことが、周りの人たちの意識を変えたはずである。
  ポイント3・・・コンピュータに強い人材の抜擢
     情報化を推進するにはトップの明確な方向性が必要である。矢橋社長の方針は明確で、 そのためコンピュータに強い人材を抜擢し推進役にすえ「習うより慣れろ」の号令の元に情報化を推進した。
 推進役の存在は、図表1に示す情報化投資効果を発現させるための必要な条件「平成14年度情報通信白書」のCIOの設置に遠からずつながっていく。
2)情報化推進の目標
  ポイント4・・・情報共有を課題に掲げ、グループウエアを導入
     「それぞれの部門が如何に詳細な情報を持つか」。これができれば正確で迅速な経営判断が可能になり、 競合他社へのアドバンテージにもなる。詳細な情報を持ち、これを公開するということは、経営における透明度を上げることを意味し、 それはライン型組織構造からフラット型組織構造への転換、つまり自立型社員を求めていることにつながっていく。 情報共有における課題のひとつに、情報の提供ということが挙げられるのだが、他の人よりも多くの情報を持っていることを評価するのではなく、 他の人にどれだけ有益な情報を提供できたかに評価ポイントのウエートを上げていくべきである。
  ポイント5・・・ISO9001の取得を同時に行った
     具体的に情報を共有させるためには、仕事の中にスムーズにそれを取り入れていく必要がある。 矢橋林業グループでは、ISO9001取得を目標に掲げ、そのツールとしてイントラネットを活用した。 情報共有のために議事録等の情報を共有しようと呼びかけても集まらないことが多いのだが、何のための情報共有なのか、 どのように情報を発信し、集め、それを再利用するかといった情報の流れをコントロールすることで、情報共有をすすめていったものと考えられる。
 現在、日本全国で建設業者は約56万社存在している。しかし、今後の公共事業投資が減少していく中、すべての企業が生き残ることは不可能である。 政府はe-JAPAN構想を打ち出し、その中で地方自治体を含めた公共事業入札の要件にISO9001の取得を盛り込んでいることも多い。 ISOは、取得することより維持していくことが大変なことを知らない企業も多い。 この維持の部分に焦点をあて、今までマニュアルや手順書を紙に印刷して配布していた作業を、 それらドキュメントをHTML化することで改廃作業にかかるコストの削減を図ることができる。 また、社内文書等の認証については、グループウエアが持つワークフローソフト、もしくは簡易な方法として電子メールを用いるなど、 グループウエアを効果的に利用することが必要である。 実際、図表2に示す「情報化投資に伴う業務内容や業務の流れ(ワークフロー)の見直し状況」では、社内及び社外も含めてペーパーレス化を図ったという結果が出ている。 これをふまえ、是非ともペーパーレスでのISO9001の認証取得を望みたい。
  ポイント6・・・グループ間連携と海外連携
     矢橋林業の住宅部門と矢橋三星鉱業の土木部門は営業において協調しており、密接な情報交換が必要である。 また、矢橋工業は、矢橋三星鉱業で採れた石灰石を加工販売しており、 これら3グループ間の壁を越えた情報共有の仕掛けとしてイントラネットの構築を矢橋林業が主体となって行った。 現在ではベトナムにも子会社があることから、インターネットのメールを利用した情報共有へと拡大している。
  ポイント7・・・経営営業支援システムへの展開
     情報の積極的な利用としてSFA(Sales Force Automation注2)ツールの展開も実施しており、 今後より有益な情報が日々の営業活動の中から集まってくるものと期待される。

4.今後の情報化課題
 矢橋グループでは、トップの強力なリーダーシップと企業環境からの必然的な要求経緯から情報化を推進してきた。 その情報化の中心は情報共有であったが、今後はITの利点を現場の直接業務に埋め込んでいくことが課題である。
今後の情報化の課題として考えられることをあげてみる。
1)IT利用面
  (1)CADソフトと基幹システムの連携
     CADソフトを利用してその中にある数値データを見積もり等の業務支援システムへ連携させることで、効果的な利用を図ることができる。 実際、CADソフトからデータを取り出すことは難しいことであるが、様々な企業からの要望もあり、今後容易になっていくと思われる。 同じデータを2度3度入力することを無くすべく、システム間の連携を強めていくことが重要である。
  (2)「技術」との連携
     矢橋林業グループの「匠」の「技術」については市場評価がとても高い注3)。 この「技術」を前面に出すためにもインターネットを利用したビジュアルプレゼンテーションが必要になってくる。 今後、ブロードバンドが進む中、イメージの植え付けに静止画像だけでなく、動画も必要になっていく。また、「技術」の伝承も必要で、そのツールとして動画は欠かせない。
2)社員等の課題
  (1)社員に対する公正な評価基準の作成
     今後は、トップの意志を汲みながら現場の社員の面からも有益になるような情報システムの構築と、 その情報システムを利用した社員の成果に対する公正な評価の仕掛けが望まれていくことになる。 前述したように、如何に有益な情報を収集するかが問題になってくるので、情報提供者に対しても、成果を上げた社員に対する評価と同等な明確な見返りが必要である。 情報共有を目的に情報システム構築を行う場合が多いが、失敗した事例の多くはこの評価の部分が不透明であったことが原因のひとつになっている。

5.まとめ
 矢橋林業グループでは、複数の事業にまたがる複雑なグループ構成の中、グループの壁を超えた情報共有の仕掛けを作り上げ、かつ、 情報の流れもマネジメントし営業業務等に積極的に活用している。今後は、「匠」の「技術」と「情報」の「技術」を連携し、世界へ矢橋ブランドをアピールしていくことになる。
 組織が未成熟な時は、トップダウンで強烈に企業を引っ張っていくことが情報化の成功要因であったが、組織がある程度成熟した後は、ボトムアップ型へ移行すべき場合が多い。 この点をどのようにクリアしていくのか、矢橋林業グループでの今後の展開に注目していきたい。


図表1) 情報化投資効果を発現させるために必要な条件(複数回答)


図表2) 情報化投資に伴う業務内容や業務の流れ(ワークフロー)の見直し状況(複数回答)



参考資料
1)図表1、2「情報通信白書」
  http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/h14/index.html
2)矢橋林業(株)ホームページ
  http://www.yabashi.co.jp


注1:イントラネット(Intranet
 通信プロトコルTCP/IPを初めとするインターネット標準の技術を用いて構築された企業内ネットワークのこと。 インターネットで標準となっている技術は多くの企業が対応製品を出荷しており、カスタムメイドのものよりもコストを低く押さえることができる。 またWWWブラウザや電子メールクライアントなどインターネットで使いなれたアプリケーションソフトをそのまま流用することができ、 インターネットとの操作性の統合や、インターネットと連携したアプリケーションの構築などが容易に行える。 イントラネット上には電子メールや電子掲示板、スケジュール管理などの基本的なものから、業務情報データベースと連動したWebアプリケーションなどの大規模なものまで、 様々な種類のサービスが目的に応じて導入される。

注2:SFA(Sales Force Automation
 パソコンやインターネットなどの情報通信技術を駆使して企業の営業部門を効率化すること。
また、そのための情報システム。

注3:「匠」と「技術」
 矢橋林業(株)ホームページを参照。その中の「矢橋公房」では、「木と漆」をテーマに「匠」の「技術」を用いた製品を照会しており、多くのファンを魅了しています。

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