太洋産業事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
太洋産業(株) 作成者:岩田 薫
ITC認定番号:0002052001C
作成年月日:2002年4月24日
 近年パーソナル・コンピュータの処理能力が汎用機と肩を並べるまでとなり、コンピュータ・システムのダウンサイジング(注1)が急速に進行している。
長年、汎用機のシステムを利用されてきた多くのシステム・ユーザーは今後どの方向にシステムの舵取りをすべきか大いに悩んでおられると思われる。 パーソナル・コンピュータの価格下落によるハードウエアの安値調達が可能になった反面、汎用機に蓄積されたソフトウエア資産をどう取り扱うべきか、 同様のシステムを再構築するには膨大なソフトウエア投資が必要となる、かといって統合パッケージシステムのERP導入には失敗例も多く聞く、 やはりそのまま汎用機で行くべきか、と決めかねているユーザーが多いのではないかと推測する。
 ここに紹介する太洋産業株式会社の事例は今後の汎用機ユーザーの進むべき道を示した一例ではあるが、特に中堅企業にとっては最も推奨すべき道ではなかろうかと考える。 太洋産業株式会社は岩手県大船渡市に本拠を構え、水産加工業、鮮魚等の中卸業を営む売上約200億円の中堅企業である。 他のユーザーと同様に、本社、工場、営業所を汎用機とオフコンを利用したネットワーク・システムで運営していたが、 1996年、WindowsNTをクライアント/サーバとしてERP(注2)ソフト「SAP R/3」を導入した。 日本における、パソコン・サーバたるWindowsNTによる「SAP R/3」のファースト・ユーザーである。 導入当初は相当なご苦労があったようであるが、中堅企業の「ERP」導入の成功事例として、最近のERP導入状況も含めて以下に述べる。
<最近のERP導入状況>
 ERP研究推進フォーラムの調査では、国内のERP導入済企業は1999年度に7.2%だったのに対して2000年度には11.3%、2001年には14.8%と、 急激ではないが確実に増加している。ERP先進国の米国と比較すると、大規模企業(フォーチュン1000:注3)の調査結果であるが29.1%と高く、 まだまだ日本の導入状況は低い。しかし、導入作業中、準備中が20.3%、検討中まで含めると47.5%が高い関心も持っている。 次世代システムの最有力候補になっていることは事実である。
また、業種別では情報サービスが25%と突出しており、本ケースの製造・建設業では16.6%とほぼ全体平均となっている。 最も製造業に適合しているはずのERPであるが、ユーザーが感心を持ちつつ、導入にはまだ二の足を踏んでいる状況が見える。(図1.を参照)
<ERPの導入目的>
 本ケースではERPの採用理由として、
① 生データの利用による変化への適応力向上
② データ統合を軸とした業務統合の実現
③ ダウンサイジングによるシステムコストの削減
④ 組織のスリム化・フラット化の実現
の4点を上げている。
(ERP研究推進フォーラム監修:ERP導入マネージメント「企業革新のためのERP導入バイブル」第3章:ERP導入の先進企業に学ぶ より)
一方、国内の他ユーザーはどのような目的を持ってERPを導入しているか。
ERP研究推進フォーラムの2000年度調査では、図2.のような結果がでている。
① 経営情報のリアルタイムあるいは詳細な把握
② 業務の効率化によるコスト削減
③ 全社あるいは部門における情報共有と活用
が上位3位を占めている。
本ケースの目的とほぼ同じ目的を持って採用していることがわかる。 ユーザーのERPに対する正しい認識が深まっており、ERPを導入することが目的となっているようなケースは減ってきていると推測される。
<ERPの導入範囲>
 本ケースは、我が国におけるビッグバン方式(注4)によるERP導入の代表例とされている。しかし、我が国ではERPの導入が確実に増加はしているが、 企業の基幹業務全体を網羅する情報システムとしてのビッグバン方式での導入はきわめて少ないのが現状である。 同じくERP研究推進フォーラムの「ERP導入ユーザー実態調査結果(2000年度版)によれば、 国内ユーザーで全基幹業務を対象としているユーザーは全体の11%しかおらず、多くは会計業務など特定の業務のみに採用している。 ちなみにERP先進国である米国では、システムの統合化をERPパッケージで図ろうとするのが主流であり、最近では、SCM(注5)やCRM(注6) といったシステムとの連携まで進展している。SCMやCRMとの連携は基幹業務全体がERPで統合されていなければ実現できない。
 本ケースのようなビッグバン方式によるERP導入にはそれなりのリスクが存在するが、導入目的にあったようなデータ統合を軸とした業務統合や、 生データのリアルタイムの利用は部分的なERP導入では得ることができない。前記、「ERP導入マネジメント」の中で、 筆者の内藤氏は「リスクへの積極的な挑戦がなければ決してERPの導入やBPRを実現する事はできないと思う」と述べられている。 本ケースのような中堅企業がERPを導入する場合には、是非リスクに挑戦して欲しい。但し、むやみにリスクに挑戦すれば良いというものでも無い。 リスクにはリスク管理という考え方があり、まずどこにどのようなリスクが存在し、そのリスクの与える影響や発生の可能性を推測、 そしてリスクの発生を少しでも軽減したり、回避する方策をとる。本ケースではどこまでリスクの評価をしていたのか不明であるが、 今後導入を検討するユーザーはプロジェクト管理の観点からもリスクの管理を推奨する。
<ERPとBPR>
 最近は、古い体制や仕組みを打破し、BPR(注7)を実現するためにERPの導入を行うケースが増えている。 この場合、「BPRを先に行って環境を整えてからERPを導入すべきである」という意見と、 「ERPを導入する事によってBPRせざるを得ない環境に追い込んでしまう」という意見がある。 本ケースは後者に属するのであろうが、そこには「BPRをせざるを得ない」というような力みが全く見られない。
「我々は黙ってR/3にのっかれば間違いないんだ」という自然体での対応が、本ケースをして「ERP成功の代表事例」へと押し上げたと考える。 「ベストプラクティスを信じて」、「標準機能でも十分BPRが可能である」と。特に中堅企業においてERP導入を成功に導くためには、これらの言葉を肝に銘じて欲しい。
但し、気を付けなければならないのは本ケースが自社のプロセスを無視して、全てERPに無理矢理あわせたわけではないことである。 標準機能で不足あるいは開発が面倒な業務は別途パソコンシステムを開発している。ちなみに①原価計算業務、②仲卸店(注8)業務、 ③JCA手順(注9)による通信対応と取引先指定帳票の出力業務、の3点は別途システムとしている。
<ERP導入効果>
 前記、「ERP導入マネジメント」の中で本ケースはERP導入効果として以下のことを上げている。要約して紹介する。
1) リエンジニアリング
業務処理面でのリエンジニアリング
ア) ロジスティクス(注10)部門におけるリエンジニアリング
各部門における処理手順の簡便化、迅速化、省力化、正確化が実現
具体的には、原価計算の即時化や受発注処理の統合、情報の即時照会が可能となっている。
イ) 会計部門におけるリエンジニアリング
大きな変革は工場をコストセンタ化し、そのために本支店勘定や社内売上を廃止している。また、手書き会計伝票を廃止し、(月次・年次)決算の当日締めを可能としている。
情報処理面でのリエンジニアリング
ア) バッチ処理からオンラインリアルタイムへの劇的変化を実現
イ) 組織の変更や業務の変更に容易に対応が可能となった
ウ) データ照会の容易化・その他
2) リストラクチャリング
ダウンサイジングの実現
ア) システムコストが半減
イ) 省スペース化(電算室を他に流用)
不採算部門の大幅な整理、統合
管理会計により部門別、事業所別の収益状況がより詳細に把握可能となり、不採算部門のリストラクチャリングが実現できた
本ケースでは当初にERPの導入目的とした懸案事項を全てクリアしている。
しかも、これだけのシステム構築が作業開始から本稼働まで1年、最終モジュールも本稼働後、半年で稼働を開始しており、自社開発に対してERP導入がいかに構築が早いかを示している。
<最後に>
 本ケースはWindowsNTをサーバとする「SAP R/3」の国内ファースト・ユーザーである。当初、汎用機ベンダーからは猛烈に反対されたようである。私が同じ立場でも、ユーザーのことを真剣に考えてもベンダーと同じ行動をとるであろうと思う。
しかし、その後ERP導入をベンダー任せにせず、ベストプラクティスを信じて(素直に見たからこそ良さが確認できた)成功に導いている。私どもITコーディネータも、ERP導入を成功に導くためにはどのように指導すべきかを本ケースより教えられた。
なお、今からERP導入を検討されるユーザーには、ERPに明るく、自社の業種/業態のプロセスに詳しいITコーディネータや専門家のサポートを受けることを推奨する。

参考文献:
ERP研究推進フォーラム監修:ERP導入マネジメント
「企業革新のためのERP導入バイブル」

参考サイト:
ERP研究推進フォーラム
  http://www.erp.gr.jp/
経済産業省
  http://www.meti.go.jp/index.html
SAP R/3
  http://www.sap.co.jp/company/success/

図1.2001年度ERP導入状況

ERP研究推進フォーラム:企業アプリケーション・システムの導入状況に関する調査より
http://www.erp.gr.jp/book/fourmwrite/write04.html

図2.2000年度ERP導入の狙い

ERP研究推進フォーラム:国内のERP導入状況レポート(2000年度版)
   ( http://www.erp.gr.jp/book/fourmwrite/write03.html

注1:ダウンサイジング(down sizing)
大型計算機など、従来は大規模なコンピュータシステムで行なっていた処理を、小型のワークステーションやパーソナルコンピュータに置き換えていくこと。パーソナルコンピュータなどの小型コンピュータの性能が劇的に向上したことから、これが可能になった。

注2:ERP(Enterprise Resource Planning)
エンタープライズ リソース プランニング(経営資源利用計画)の略。財務会計・人事などの管理業務。在庫管理などの生産業務、物流などの販売業務など企業が蓄積する情報を統一的にすばやく管理し、企業活動の効率を最大限に高めるシステムとソフトウェア。

注3:フォーチュン1000
米国フォーチュン誌による世界ランキング1000社

注4:ビッグバン方式
ERPパッケージにより企業の基幹業務全体をカバーする情報システムを全社で一気に再構築する方法

注5:SCM(Supply Chain Management)
部品供給会社からメーカー、卸や小売、そして顧客に至るまでのモノの流れをネットワークで統合し、生産や在庫、購買、物流などの各情報をリアルタイムに交換できれば、経営効率を大幅に向上させられる。この考え方を取り入れた新しい経営手法。

注6:CRM(Customer Relationship Management)
顧客関係管理。店舗、直接営業、代理店、電話、インターネットなど様々な販売チャネルを通じた顧客のコンタクト(接触)や取引の履歴情報(販売、クレーム、点検・修理、問合せ等)を一元管理し、個々の顧客に最適な対応(契約更新、買い替え需要での提案等)を実施することにより、顧客維持率を高めるという概念。

注7:BPRBusiness Process Reengineering)
リエンジニアリングというコンセプトは、マイケル・ハマーの著書「リエンジニアリング革命」(日本経済新聞社、1993年)によって、日本にもたらされた。
業務プロセスをゼロから組み立て直す経営刷新手法のこと。

注8:仲卸店
生鮮品(水産・農産)において卸売業者から卸を受けた物品を仕分け,分荷して小売業者等に販売する業者。一般的には公設市場での競りの参加資格を持つ業者。

注9:JCA手順(Japan Chainstore Association protocol)
通信プロトコルの1つ。 日本チェーンストア協会(JCA)が定めた通信手順。正式名称は取引先データ交換標準通信制御手順。 流通業界において,企業間のオンライン受発注を実現するのが目的。国内では受発注の標準手順として広く利用されてきたが、固定長データの低速送信のため、高速で国際標準のEDI手順への移行が叫ばれている。

注10:ロジスティクスLogistics)
もともと軍事用語で、必要物資をタイミングよく補給する仕組みを意味している。企業経営では、市場のニーズやタイミングに合わせて的確に資材調達・生産・配送をする、 無駄のない企業間取引と物流の仕組みを意味する。 SCM も同じような意味合いだが、実際に使われている場面を見ると、ロジスティクスのほうがどちらかといえば、物流のニュアンスが強い。
  

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