太洋工業の事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
太洋工業(株) 作成者:小池 昇司
ITC認定番号:0015582001A
作成年月日:2002年8月19日
1.繊維業界から電子部品業界への事業転換の概要
 布に色柄を染める捺染は和歌山の地場産業である。海外からの追い上げの中では将来展望が見えないことから、太洋工業は、成長分野である電子部品業界への 事業転換を志向した。捺染用にフィルムを作成し、フィルムを使ってエッチングし、メッキする技術がプリント基板の製作技術と共通点があることに注目し、 プリント基板により電子部品業界に入ることとした。プリント基板業界における競争優位ためのCSF(重要成功要因)は短納期試作である。 太洋工業は、納期短縮化にITを活用して顧客の支持を得ることにより電子部品業界への事業転換に成功した。次に、基板づくりに欠かせない基板検査機を開発し、 自社ブランドで基板検査機市場に参入した。基板検査機の製造販売では、競争優位のためのCSFは素早い顧客対応である。 そのために、基板検査機の顧客との情報共有化にITを活用し成功している。

2.事業転換の推移と戦略の分析
 事業転換の推移を図1に示す。まず、繊維業界に属する捺染用彫刻製版の分野、電子部品業界であるプリント基板分野、基板検査機分野に分けて、 それぞれ事業分野の推移の概要を述べる。次に、事業転換開始時代(1980年代前半)の戦略を分析する。



2-1.各事業分野の推移
(1) 捺染用彫刻製版分野(図1):創業分野のコンピタンスがプリント基板にどのように活きたのか。
 創業分野である捺染用彫刻では、職人的技能のプロセスが納期短縮の課題であった。その解決のために、レーザー彫刻機、 CAD/CAMシステム等が導入され自動化が進められた(*2)。自動化により、製版時間の短縮だけでなく、 顧客との間の通信回線によりデザイン情報の交換時間も短縮し、大幅な納期短縮を実現した(*3)。 捺染用彫刻の分野ではITによる短納期という競争優位性を既に保有していた。このITによる短納期化というコア・コンピタンスが プリント基板の競争優位確保につながっている。

(2)プリント基板分野(図1):繊維業界という異業種からの新規参入方法
 繊維業界という異業種からプリント基板への新規参入は、大手電機メーカーの下請けからスタートした。 後発参入当初は、プリント基板のフィルムを受け取ってから片面プリント基板納品までのプロセスを担当した。 付加価値が低く、電子部品業界というよりは、布を基板に置換した繊維業界の延長であったといえる。 次に、付加価値を上げるために、川上の基板設計プロセスを取り込み、更に最終工程の基板検査装置そのものを取り込み、 自社で全工程をコントロール可能な一貫生産工程を確立した。一貫生産確立により競争優位な納期短縮化を実現した。具体策としてITが各所に活かされている。
 プリント基板分野では、成長分野を先取りしてプリント基板の高付加価値化も進められた。高付加価値の経営志向に基き、 両面プリント基板に積極的に手を出し、また成長分野であるフレキシブルプリント基板(FPC:注1)を積極的に先取りしている。 取り込みに当り不足する人材とか設備という経営資源は時間的タイミングを優先して一時的に外部を活用している。 外部化により時間稼ぎしながら、基板の高密度化・多層化など技術変化や顧客要望への早期対応のタイミングをみて、人材と設備を自社内に獲得している。

(3)基板検査機分野(図1) :プリント基板から基板検査機への事業展開
 プリント基板試作の短納期化、基板の高密度化・多層化など、プリント基板の技術変化への早期対応のために基板検査機を内製化してきた。 更にプリント基板メーカーとしての実績を活かして、自社ブランドの基板検査機を事業化した。 メンテナンスプロセスの強化、海外市場進出、提携による商品品揃え、画像処理や人工知能などの先端技術応用が積極展開されている。 この事業分野においてもITが競争優位および顧客との関係強化に活用されている。

2-2.事業転換開始時代の戦略
 図2のSWOT分析を参照して、事業転換開始時代(1980年代前半)の戦略を分析する。 保有技術を活用して顧客ニーズに応えつつ成長業界に事業ドメインを確立していったが、経営者のリーダーシップと、 ITの積極的活用が戦略の実現に効いることがわかる。

(1)強み①②を活かして機会①②に乗り、重要成功要因(CSF)である短納期化で顧客価値を提供し、
   競争優位を得て参入を果たす。
 保有技術①②による電子業界への参入には、顧客である大手電機メーカーの要求の短納期、多品種、柔軟な生産順位変更対応、高密度・多層化、に徹底して応えた。 このニーズに応えるためのキーファクターとしてITの利用を重視したことがあげられる。 また、電機メーカー経験があり、積極的な業種転換の意思を持つ現社長のリーダーシップによるところが大きい。



(2)弱み②④に対しては機会を逃さないために外部資源を活用して乗り切る。
 片面プリント基板→両面プリント基板→FPCへと、より付加価値の高い仕事を目標としてきた。 成功要因としての人材や設備など不足資源はタイミングを重視し外部調達やアウトソーシングにより確保した。 戦略目標に対して不足する人材、設備、商品は外部との提携やアライアンスをしつつ、時間かせぎしてつないで、社内に資源獲得する策をとっている。 資源は手段である。

(3)弱み③に対しては、強み③④⑤⑥⑦⑧のもとで、プリント基板の一貫生産化、機会②への積極対応、
   機会⑤の先行対応、自社ブランド基板検査機販売への進出など、高付加価値の経営を進めた。
 保有していた生産プロセスが比較的優位に活かせる片面プリント基板から後発参入し、付加価値の出る両面プリント基板に広げる。 更に、競争優位を求めてFPCをいち早く手がけた。どこかで一歩先んじる意思を持っていた。プリント基板生産の下受け→川上の設計工程の自前化、 さらに設計から生産・検査・出荷までの一貫生産へと、ビジネスチェーンをより付加価値ある方向へ展開した。 一貫生産により短納期という競争優位の差別化手段を獲得した。また、設計プロセスと検査プロセスを追求することにより、 高細密度・多層化という差別化のプロセスを入手した。
 企業の高付加価値化のために、事業の柱を増やし、より安定な基盤とした。すなわち、高速・高精度の基板検査機を自社ブランドで外販した。 基板メーカーのニーズを知り尽くしての製品化である。社内ノウハウを強みにして基板検査機で競争優位を目指している。

(4)弱み①と脅威②に対しては、機会②④⑤に対するすべての強み①~⑧を総動員して対処し、
   競争優位に立った。

3.経営者の一貫したリーダーシップが事業転換を牽引した
 地場産業が事業転換に成功するには経営者のリーダーシップが重要であることが確認できる。 戦略を実現する主役は社員である。それでは、どのようにリーダーシップが発揮されたかを分析する。 2章の内容と企業理念・行動基準(*1)を併せてみると、企業理念、行動基準、顧客・市場・競争・変革に対する認識を共有化し 浸透させて牽引の旗印としてリーダーシップを発揮してきたことがわかる。

(1)企業理念と行動基準によるリーダーシップ
 「太洋工業株式会社の原則」(*1)によると、企業理念は、「先端技術に常にチャレンジ。技術を通じて社会に貢献。全社員に生涯教育の場を提供、 仕事を通じて自己向上をはかる。」とある。また、行動基準は、「無限の探究、卓越した技術、信頼されるマナー、絶対の品質と顧客の満足、 未来先取の感性」と定めている。技術重視と未来先取、社員の仕事を通じた自己実現、顧客満足、経営の社会責任を明確に認識し、 企業活動において一貫して目指している。企業理念と行動基準を、バランススコアカード(*4)における学習・成長の視点に位置付け、 社内プロセス、顧客、財務の視点に対する関連を収益構造モデル(*5)として図示してみた(図3)。 企業理念、経営理念、行動基準の共有化が収益構造のベースにあるといえる。

(2)「顧客・市場に対する認識」の共有化による
   社内プロセス作りのリーダーシップ
 顧客の短納期化、高密度化、顧客の立場でのiモードによる納期回答システム、フェイスtoフェイスなど、顧客価値を実現するプロセスがある。

(3)「競争に関する認識」の共有化による
   社内プロセス作りのリーダーシップ
 業界の変化の中で、高密度化、多層化など取り組むべき技術課題が明確化・共有化され、取組まれている。

(4)「変革に関する認識」の共有化による
   リーダーシップ
 望まれる顧客価値創造のためにITにより解決する方向が共有化され、ITでの顧客、ビジネスパートナーとの関係強化を図っている。 (1)(2)(3)(4)による成果が顧客の支持を得て、結果的に高付加価値の経営を実現する収益構造が出来ている。経営者のリーダーシップにより、 学習・成長、社内プロセスを中心に変革されているといえる。 その結果、学習・成長、社内プロセス、顧客、財務の4つの視点でバランス良く管理されている。 このことは、トップのリーダーシップのもとで顧客価値創造、プロセス改革、質の高い人材確保、付加価値重視経営がなされていることを示す。

(用語解説)
注1:FPC(Flexible Printed Circuit)
 フレキシブルプリント回路。屈曲性のある回路基板。ポリエステル(PET)フィルム上に、印刷、 またはエッチング等により回路を形成し、その柔軟性、屈曲性、省スペース性、機能性により、様々な応用が可能。 プリント基板のうち、FPCの市場規模は約14百億円で硬質基板の約1割であるが、デジタルカメラや携帯電話などFPC が不可欠な商品が増えるにつれて市場が拡大し、今後は液晶TVや自動車向けに使用され、市場が硬質基板の2~3 割に成長するといわれる(*6)

注2:PDP(Plasma Display Panel)
 プラズマ ディスプレイ パネル

注3:LCD(Liquid Crystal Display)
 液晶表示装置

(参考資料)
(*1)太洋工業(株)ホームページ
  http://www.taiyo-xelcom.co.jp/
(*2)太洋工業、捺染用写真彫刻製版のCAD/CAM化推進へ。2年後メドにシステム化
  1990/01/16:日刊工業新聞 P.09
(*3)太洋工業、蘭社製プリント製版システムを導入。6月から全面コンピューター化
  1993/04/07:日刊工業新聞 P.13
(*4)桜井通晴(監訳)、キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード
  東洋経済新報社(2001)
(*5)田口尚志、菊地俊延:ITコーディネータ専門知識教材テキスト08 経営戦略策定プロセス、P.45
  (株)日本マンパワー(2001)
(*6)太洋工業 高精細プリント配線基板 需要増で新工場建設
  2001/09/14:日本工業新聞 P.21
(*7)太洋工業、高速基板検査、1時間で360枚
  2002/06/03:日経産業新聞 P.1

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