事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
誠新産業(株) 作成者:小川 兼一郎
ITC認定番号:0009162001C
作成年月日:2002年9月4日
1.はじめに
 本事例では産業用資材商社における営業支援及びトップの経営判断に必要な情報を提供するシステムの開発の目的、経緯、方法、 及びそれに伴う業務プロセス改善等の効果が述べられている。経営上の課題として、"IT活用による企業体質の改善、物を仲介する商社から 情報を仲介する商社への転換"を挙げ、その課題解決のために情報化投資を行っている。本稿では本事例から学ぶべき点を整理し、 その中の中心的テーマに関して深掘りを行い、最後に今後の展開について考察する。

2.本事例から学ぶこと
 場当たり的な情報化投資ではなく、以下に述べるような手順を踏んで進めたことが成功に至った要因であると推察する。 まずは、現状の問題点を経営面、営業サイド面の両面から行っている。
 [経営の問題点]
  ①営業マンの動きが見えない。
  ②売掛金の管理が行き届いていない。
  ③実績が出るのが遅い。
  ④部門を越えた情報の流れがない。
  ⑤現場の声が届かない。
  ⑥最終的な物件ごとの収支がよくわからない。
 [営業サイドの問題点]
  ①見積・受注・手配・納品・請求・入金の管理が必ずしも連携されていない。
  ②業務日誌・報告書が書きにくくて活かされていない。
  ③売り上げ状況がタイムリーにわかっていない。
  ④データを自由に見に行くことができない。
  ⑤取引先に対する営業の実際の経緯がわからない。
  ⑥引継ぎがうまくない。
  ⑦仕入先からの請求書の照合が大変、売掛金の情報がタイムリーでない。
  ⑧売れ筋商品が見えない。
  ⑨報告業務が迅速にできない。
 現状分析を行う場合によく活用されるSWOT分析(*1)手法に準拠すれば、上記は「内部環境の弱み」と言える。 また、「外部環境の脅威」として捉えることができる中抜きの進展や、需要減についても本事例本文中に触れられている。 このように現状をしっかり把握することが成功への第一歩であると考える。
 さて、次に上記の問題点を解決するために以下の機能群が選定され、実装されている。
  a.スケジュール管理: 行動計画登録、業務日誌連携、訪問予実管理
  b.取引先管理: 取引実績把握、取引条件把握、顧客状況把握
  c.売掛金管理: 得意先別・部門別・担当者別入金情報管理
  d.業務日誌: スピン機能、リンク機能
  e.受注支援: 受注状況参照
  f.見積支援: 見積書比較、過去見積参照
  g.リテールサポート: ビジネスパートナーとのネットワーク
  h.定量的情報提供: 受注明細照会、得意先別・商品別等の販売実績確認、見積状況把握
  i.定性的情報提供: 件名情報、工事概要、取り組み状況、行動計画、行動予定、活動状況等
 分かりやすく整理すると、①営業マンの頭の中だけに存在する情報を記録、保管する仕組みをITで実現し(業務日誌、スケジュール管理等)、 ②その情報を共有化することにより、業務の効率化(受注支援、見積支援等)を行い、③経営者や営業マンに必要な情報を定量的・定性的に 提供するためのIT投資である、と言える。
 また、本事例は今日的言い方をすると、「CRM(*2)の実践」の第一歩とみることもできる。そこで、CRMのコンセプト及び支援ツールに関して、 次に整理することとする。

3.今日的CRM
 CRMとは、顧客との関係マネージメントであり、その要諦は『顧客を知ること』、そして『顧客に応える』こととされる。 言い換えれば、顧客のニーズを素早く知り、情報の共有化により、情報から知識へ、知識から知恵へと昇華させ、次の手を素早く打つことである。 ここで重要となるのが、顧客主義への変身というビジョンである。 本事例では、参考文献①ホームページに記載されている「顧客第一」という社是に表現されていると考える。
 マス・マーケティングからワントゥワン・マーケティングへの大きな流れの中で、CRMは発展途上にあり、ITのサポートを得て、様々な形で実装されている。 本事例は資材販売を事業とするものであり、一般的なマス・マーケティングとは異なるが、ワントゥワン・マーケティングの実践という意味では同じである。
 CRMを実践する上で欠かせないツールのひとつにSFA(*3)がある。 SFAとはチームあるいは組織としての生産性向上と営業の確度を最大化するためのシステムと捉えることができ、 事例では「業務日誌」、「受注支援」、「見積支援」等が該当する。
 また、一般的にはCRM実践のもうひとつのツールとしてCTI(*4)が挙げられることが多いが、本事例では触れられていない。 これは、コールセンターで一括して顧客からの注文や問い合わせ、苦情等を受けるという形態よりも、取り扱い商品の特性から営業マンが直接、顧客と折衝する という形態の方が「顧客第一」主義に即しているということなのだろう。それゆえに営業マンの直行直帰という形態を推進しているものと推測される。
 さて、今日的CRM支援アプリケーションを分類すると、以下の3つになろう。
  ア.オペレーショナルCRM: 営業部門を直接サポ-トするSFA、CTI等
  イ.コラボレーティブCRM: 顧客との協業推進(情報提供、VMI等)
  ウ.アナリティカルCRM: 顧客情報の分析、それに基づく企業行動立案等
 本事例では、上記分類に従うと主としてオペレーショナルCRMの実践+αと捉えることができる。 +αの部分は経営者にとって必要な情報の定量的・定性的な提供である。

4.次なる展開と課題
 事例では次なるIT化戦略として以下の4点が挙げられている。
  ①電子カタログ
  ②メーカとのコラボレーティブ情報提供
  ③仮想ショッピング
  ④ASP的事業
①~③に関しては、"物を売る仲介業から、情報エージェント、情報仲介業へ"変化する上でかかせない要素であると言える。 ④は若干、異色であるが、興味深い戦略である。システムを売るのではなく、利用してもらうことを目指すという。
 次なるIT戦略として次の2点を付言したい。ひとつは、前節で述べたアナリティカルCRMとコラボレーティブCRMに関して検討することである。 顧客に関する様々な情報の収集できる環境を構築したのであるから、それを分析することにより、様々な事象の原因と結果を見出すことができるようになる。 これに基づいた素早い意思決定を繰り返すことによって、より確固たる地位を築くことができると考える。このためには、 顧客情報のデータベースを分析ツールにより、解析したい。また、顧客情報の収集に当たっては、上記④が活きてくる。 システムを他社に利用してもらうことにより、他社におけるデータをも入手することが容易になる。 これより広範囲な顧客動向、ひいては市場動向を把握することができるようになるはずである。
 もうひとつは、商社においてはCRMと車の両輪を構成するSRM(*5)に関する検討である。 すでにメーカとのコラボレーションは視野に入っている(上記②)が、さらに市場動向・需要の素早いレポートを行うことにより、 メーカにおける生産計画支援や共同製品開発につなげていくことを考えてみたい。「情報エージェント」として、顧客サイドの情報をメーカへ、 メーカサイドの情報を顧客へ、両方向の情報を制御しながら、情報に付加価値を付けていくことを考えてみたい。


[参考資料]
 ①誠新産業株式会社HomePage
  http://www.bcc-net.co.jp/kigyo/seishin
 ②【図解入門塾】すぐわかる! CRM
  熊谷直樹著 2001年発行 かんき出版
 ③「CRMアプリケーション展望」
  http://www.atmarkit.co.jp/fbiz/feature/0201crm/02/01.html

[用語解説]
*1:SWOT(Strength, Weakness, Opportunity, Threat)分析
 マーケティング戦略を策定するには、「内部(自社)」についての分析と「外部(自社をとりまく環境)」についての分析が必要である。 これを「内部」に関しては、競合相手と比較した自社の相対的な)強みと弱みという観点で分析し、「外部」に関しては自社を取り巻く環境についての 機会と脅威について分析する手法である。環境には自社がコントロールできないいろいろな要因(顧客、競合他社、政府、経済状況、など)が含まれる。

*2:CRM(Customer Relationship Management
 営業マンによるフェース・トゥー・フェースの営業活動だけでなく、インターネットや電話による問合わせ・苦情などの情報から顧客の全情報を把握し、 顧客を"個客"としてとらえ各々のニーズに的確に対応することで、収益を拡大するための顧客重視戦略

*3:SFA(Sales Force Automation
 顧客との接点となる営業活動の生産性向上を目的としたツール

*4:CTI(Computer Telephony Integration
 データベースなどの情報システムとPBX(構内交換機)などの通信システムを結合し、連動させる技術のことである。いわゆるコールセンター等で利用される。

*5:SRM(Supplier Relationship Management
 インターネットを利用して、入札形式で仕入先を決定したり、あるいは仕入先に自社在庫の管理を委託したり、 市場情報をリアルタイムに仕入先に提供することにより、仕入先の需要予測の精度を高めることに寄与したり、仕入先との関係管理を言う。 ただし、日本ではまだ一般的な用語とは言えない。

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