ダン事例コメント

IT Coordinators Association
事例コメント
株式会社ダン 作成者:(有)岩田システムコンサルタント
      岩田 薫
ITC認定番号:0002052001C
作成年月日:2003年 2月 7日
 IT技術の進化の異常な速さが喧伝されているが、IT技術の恩恵を受けているあらゆる世界でも同様な現象が発生している。 インターネットの出現により、消費者は世界中の情報を瞬時に知りことができるようになったが、このために自分の欲しい商品を世界中から捜すことができ、 またいつでも、どこからでも手にはいるようになった。
 このような状況から、消費者ニーズはますます多様化、個性化し、需要は日々急テンポに変化する。 このため、商品のライフサイクルはあらゆる商品で短くなっており、その商品を供給している企業にとっては、大変に難しい時代が到来したと言える。
 少品種大量生産で生産技術力を向上させてきた日本企業にとっても、 市場動向が日々変化する状況での多品種少量生産に対応できなければ生き残ることも困難となってきた。
 欧米の先進企業は、そのことにいち早く気がつき、SCM(サプライチェーン・マネジメント)を導入し、顧客満足と企業価値を高めることに成功してきた。
 日本企業でもトヨタの「JIT」(注1)のように一部の企業は欧米以上に進んでいるが、多くの企業では漸く数年前からSCMを取り組み始めた段階である。
しかし、取り組んでいる企業が多い割に、明確な投資効果がでている企業が少ないことも事実である。 日経コンピュータ2002年5月6日号「SCM危機からの脱出」によればSCM導入過程に立ちはだかる3つの壁に多くの企業がぶつかっているのが実状である。
3つの壁とは、①社内や取引先からの協力を得る、②新しい業務のやり方を生産や営業などの現場の担当者に定着させる、③適正な在庫水準を見極める、である。
 ここに紹介する株式会社ダン(以下、(株)ダンと省略)は、靴下だけを扱う「靴下屋」というフランチャイズ・チェーンを経営する企業であるが、 欧米のマネではなく、自らの経営戦略を実現する手段として、独自のSCMを実現、成果を上げてきた企業である。

<SCMとは>
 現状、SCMに関する明確な定義は存在していないようであるが、一般的に言われている一例をここに提示する。
『企業の壁を越えた受注からキャッシュ回収までの調達、生産、販売、物流といった供給活動を1つのチェーンとして捉え、 そのチェーン上の活動の最適化を目指すことである』また、『その目的は、「スループット(=売上高-変動費)の最大化」と「運転資金の最小化」を同時に達成し、 「キャッシュフローの効率化を最大化」するという、経営のダイナミックな全体最適の実現にある』 (野村総合研究所:経営戦略としてのサプライチェーン・マネジメント 1998.7.17)
ここで最も重要なことは、「あくまで企業内の最適化として検討・実施されてきたビジネス・プロセスから、 企業の壁を越えたサプライヤー同士の全体最適としてのビジネス・プロセスを目指す」ということであり、ビジネス革命といっても過言では無かろう。

<欧米のSCM>
 欧米のSCMの基本は取引先の絞り込みによる選択と集中である。取引先の絞り込みは、 同一商品群を扱うベンダーの絞り込みだけでなく、メーカーから卸、小売へとつながる経路の中抜きをも意味している。
このため、徹底したベンチマーキング(注2)と効率化指標の設定、測定、評価によって取引先を絞り込むことがSCM構築ステップの中で最も大きな位置を占めている。 例えば、ウォルマートやJCペニーが始めているCPFR(注3)ではゴール値が定められており、これによって、取引先は評価されます。業績尺度の例としては、 ①小売での欠品率4%以内、②小売在庫回転日数5日、③売上予測の差異(精度)15%以下、等である。
この欧米スタイルのSCMを日本国内に持ち込めば、今まで日本経済を支えてきた中小企業の淘汰につながる恐れが強い。 現に、メーカーから小売業への直接取引によって、日本でも卸売業の中抜きによる淘汰が既に始まっている。 フランスから日本に上陸したカルフールはメーカーとの直接取引を原則としており、卸売業が排除され始めている。

<日本型SCM>
 一方、日本はどうなっているか。
従来、日本の製造業においては、製品メーカーを取り巻く中小企業群の存在が日本の強みといわれてきた。 中小企業が高度な技術を持ち、中小企業群、または地域としての協調体制がとられてきた。 トヨタのJITに代表されるように、系列の下請け企業がクッションとなり、少ない原料在庫で生産工程を稼働させる日本型のビジネスモデルも、 背景には系列による階層化された中小企業群の存在がある。
従って、欧米とは異なり、現在も日本経済の競争力維持の源泉である中小企業を含めたSCMの構築が不可欠であり、 中小企業が参画できる日本型ビジネスモデルが求められる。
「靴下屋」を経営する株式会社ダンのビジネスモデルは、まさにこの日本型SCMモデルの代表例といっても良い。

<衣料品業界の流通機構>
 (株)ダンのSCMを説明する前に、日本の衣料品業界の流通機構を説明する。基本的に、異常に長いリードタイムを背景に構築された流通機構となっており、 小売の発注に対しての納品率は他の食品や雑貨等と比較しても、段違いに悪い業界となっている。 (株)ダンでさえこの仕組みを作る前の納品率が30~40%に対して、現在でも80%のレベルである。
他の商品群ではとても考えられない納品率である。
さて、基本的な日本型衣料品流通機構は以下の通りである。
繊維商社やメーカーは半年前(夏物なら前年の冬)までに商品を企画、サンプル商品を生産して展示会や商談等を行い、小売業や卸等の予約を受ける。
予約の受注量から需要予測をおこなって生産ロットを決め、原料となる原糸を手当し、生産に入る。
シーズン(夏)の到来で夏物商品が小売に投入され、店舗での販売が開始される。
店舗販売が始まるとすぐに結果が表れてくる。小売業は、売れ行きの良い商品を補充するためにすぐに発注をかけてくる。 当然、売れ行きの良い商品は他の店舗でも売れるため、発注が集中、早いもの勝ちとなる。
繊維商社やメーカーは売れ行きの良い商品のみ追加生産したいが、元々生産ロットから割り出された売価であり、少ロットを同じ原価で生産することはできない。 また、中途半端な量での原料の手当も難しく、追加生産は不可能な状態が多い。
一方、売れ行きの悪い商品は、その後小売業からの補充発注がなく、メーカーや問屋、小売業で死に筋在庫となって残る。
このようなことを衣料品業界は戦前から続けてきた。QR(注4)と称して、発注から生産・納品までのリードタイムを大幅に短縮する試みも行われてきた。 一部のアパレルメーカーでは、小売業にまで進出し、QRを導入して成功しているが、顧客の好みの変化が激しいファッション衣料業界では未だに実現が難しい状況にある。 需要予測の難しさを最も経験している業界でもある。

<(株)ダンのSCMモデル>
 それでは、このような衣料品という特殊な業界にあって、(株)ダンは如何にSCMを構築したのか。日本の衣料品業界は安い工賃の中国製に押され、 タオル業界や、この靴下業界も繊維緊急輸入制限措置(セーフガード)(注5)の発動を求める動きすらある状況で、危機的状況にあると言ってよい。 その中で、(株)ダンは典型的な地場産業である奈良県の靴下メーカーの有効活用で、成功している。
(株)ダンのSCMモデルには、いくつかの特徴がある。
1) 価格の安い中国よりも、小回りの利く地元の地場産業がサプライヤーの中心。
ユニクロに代表されるように、衣料品は中国製が市場を席巻しており、日本の地場産業は壊滅状態になりつつある。 その中で、(株)ダンは小回りが利き、リードタイムの短い日本の地場産業を頼りにしている。 要は、1足当たりの単価は安くても、リスクの大きい製造ロットで仕入れず、単価は高くても、1足ずつ購入できて、リスクの少ない方を選択している。
顧客ニーズの多様化している今日においては、(株)ダンの手法は正解と考える。 ファッション衣料の場合、当年にヒットした商品でも翌年同じように売れる保証はなく、生産を押さえ過ぎれば欠品を起こし、 強気でいけば不良在庫を抱えることになる。
2) 需要予測よりもリードタイムの短縮を最優先している。
SCMは、需要予測の精度を上げることが重要であるが、リスクが少なく、最も効果的なのはできる限りリードタイムを短縮する事である。 実はリードタイムを短縮することは予測しなければならない期間を短縮することに繋がる。 予測期間が短いことは、そのまま予測の精度があがることを意味する。下手な統計モデルを利用することよりもSCMにおいては重要である。
3) 原糸メーカーから販売店に至るまで、すべて1足単位で物事を考える。
1足単位に物事を考えられる背景には、1足単位で供給できる物流システムが背景にある。コンビニエンス・ストアの要請から端を発して、 特に食品業界ではバラ品で発注・納品することが一般的になってきたが、カラー/サイズ別に供給しなければならない靴下業界において、 1足単位の仕組みを構築したことは賞賛に値する。
取引先に理解を求め、実現するまでにはトップを筆頭としたねばり強い交渉を丸川常務のお話から垣間見ることができる。

<(株)ダンSCMから学ぶこと>
 最後に、(株)ダンSCMから学んでいただきたいことを述べる。
1) お客様第一主義の徹底
日本には「お客様は神様です」という言葉があるが、真に顧客を中心に物事を考えている企業は以外に少ない。 その中で、(株)ダンの「お客様第一主義」は本物である。しかし、この「お客様第一主義」も1日にて実現し得たものではなく、 「社内の教育体制から物の考え方から全部変えました」とある。トップ以下、「経営理念の徹底」への執着を是非見習って欲しい。
2) 経営目標実現のための情報システム化
最近の情報システム化は高度なシステム機器やソフトウエアが出たので導入するといった、方法論ありきのシステム化が目立つ。 しかし、情報システムは経営戦略目標を実現するための道具に過ぎない。実現してくれるシステム機器が存在しなくても、戦略目標実現のために必要なら、 人海戦術でもおこなわねばならない。
(株)ダンは、POSの無い時代に人海戦術で単品の売上情報を収集している。 POSが発売されたから導入するのではなく、POSによってそれまで人海戦術でやっていた作業が代替でき、 より早く、確実に処理できるから導入したのである。
SCMでさえ、最初はサプライヤーに在庫状況を目で見せるところから出発している。いきなり、サプライヤーとのEDI(注6)を始めたわけではない。
(株)ダンの、経営戦略目標ありきの情報システム化のスタイルを中堅中小企業の経営者の方は理解していただきたい。
3) 人海戦術POSから出発したシステム化のステップ
(株)ダンは人海戦術POSから出発して、10数年かけて、現在のSCMにまで到達している。 この長年かけて築いてきたステップが情報システム化には必要である。
近年は変化の激しい時代で、そのような時代に10数年かけるような悠長なことはいっていられない。
しかし、システム導入は短期でも可能であるが、それを利用する人間の変革はシステムのようにはいかない。 短期でシステム化を実現する場合は、この点に充分に考慮すべきである。「転ばぬ先の杖」、この格言は情報システム化に関しても通用する。
自社の経営、及び情報成熟度を把握し、確実なステップを踏むことが求められる。
4) 中堅中小企業ならではの小回りの良さ
今、日本の中堅中小企業は安い人件費に支えられた中国の脅威に喘いでいる。タオル然り、野菜然りである。 このような状況下で中国と同じ土俵で相撲を取っても勝ち目は無い。では中国と同じ土俵しか無いのであろうか?いや、そんなことは無い。
(株)ダンの土俵は明らかに中国とは異なる。ユニクロとも異なる。
中国のいる土俵は、今まで日本が得意としてきた少品種大量生産の土俵である。しかし、顧客の需要は決してこの土俵だけでは無いはずである。 それを(株)ダンは証明している。(株)ダンが最近始めた、パソコンを利用して顧客一人一人に対応したソックスの販売が成功している。
過去の成功体験を捨て、時代に即した小回りの良さこそ、中堅中小企業の進むべき道ではなかろうか。

<最後に>
 今回、(株)ダン様の事例コメントを執筆するに当たり、この事例を読んで大変頼もしく思った。 まだまだ日本には元気な会社がいると。そのような会社の事例を参考として、中小中堅の企業経営者の方々は外国からの脅威や不景気に負けることなく、 頑張っていただきたい。


参考文献

(財)日本情報処理開発協会 企業間電子商取引推進機構
   「日本型SCMビジネスモデルならびに導入手法の構築」

日経コンピュータ2002年5月6日号
   「特集 SCM 危機からの脱出」

経済産業省
http://www.meti.go.jp/index.html


注1:JIT(Just In Time
 カンバン方式とも言う。トヨタ自動車が「必要なときに、必要なだけつくる」ことを基本理念として考案した独特の生産方式。 アメリカでは日本型生産方式として評価され、導入されている。

注2:ベンチマーキング(Benchmarking
 顧客価値を創造し業績を上げるため、業界内外の優れた業務方法(ベスト・プラクテイス)と自社の業務方法とを比較し、現行プロセスとのギャップを分析し、 自社に合ったベスト・プラクテイスを導入実現することにより、現行の業務プロセスを飛躍的に改善する体系的で前向きな経営改革手法。

注3: CPFR(Collaborative Planning Forecasting and Replenishment)(日通総研)
 ウォルマートが中心となって進めている新しい製販協力の方法。
元はCFAR(Collaborative Forecast And Replenishment:シーファー)と呼ばれていたが、拡張され、現状ではこのようになった。
CFARはインターネットを利用して、小売業と製造業が協力しながら予測を行い、それに基づいて商品の補充を行おうとするものであったが、 CPFRではさらに商品企画、販促計画などのプランニングについても連携を強めようとしている。
 日通総研ホームページより(http://www.nittsu.co.jp/soken/keikon/dict/lgword.htm#CPFR)

注4:QR(Quick Response
 QRは、1980年代に米国で誕生した消費財企業における改革の考え方と方法論である。主にアパレル業界に適用される。
日本では、1990年代に国内繊維産業の構造改革を主導する繊維構造改善事業協会が組織され、産官協働でのQR活動が進展した。
QRでは、①効率的な品揃え、②効率的なプロモーション、③効率的な生産・調達、④取引ルールの透明化という4つの領域における改革機会を追求し、 消費者満足と収益力の強化をねらう。
上記の改革機会追求にあたっては、社内機能間はもとより、企業間とのコラボレーション(協働)を必要とする。 消費者の需要に牽引される高精度、高速・高回転のビジネスモデルをいかに築くかが焦点となる。
最近では、サプライチェーンマネジメントという言葉に置換されてはいるが、効率的な需要充足だけではなく、 効果的な需要創造との同時実現を追及する姿勢が大切である。
 日本能率協会ホームページより(http://www.jmac.co.jp/tch/mng_l_r.html)

注5:セーフガード(safe guard
 輸入品の急増が国内産業に壊滅的な打撃を与えることを回避するため、政府が一時的に輸入増にブレーキをかける制度のこと。 セーフガードは対象品目によって3つの種類に分かれており、ウルグアイ・ラウンド合意で関税化された「農産品」を対象とする"特別セーフガード"、 「繊維」を対象とする"繊維セーフガード"、「すべてのもの」を対象とする"一般セーフガード"。

注6:EDI(Electronic Data Interchange
受発注データなど、通常は伝票などに記入する商取引関係の情報を標準的な書式に統一して、電子的に交換する仕組み。

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