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図書名: 静かなリーダーシップ 推薦日:2003/04/01
書評者: 野崎 晴雄 所属先: 株式会社横山商会

【要約と書評】
要  約
 本書は新しいリーダーシップ像の話である。従来のヒーロー型リーダーシップでは評価されない「保身」と「倫理」について深く考察されている。 自らの地位や評判を守りながら倫理的に正しいことをするために周囲に影響を与え動かすことを「リーダーシップの発揮」とし捉えている。
 著者はリーダーシップの研究を続けるうちに、世界を動かしている本当のリーダーとは「静かなリーダー」であることに気がついたのである。 「時間を稼ぐ」「具体的に考える」「少しずつ徐々に行動範囲を広げる」「規則を曲げる」「妥協案を考える」等の行動パターンと、 本質的な特徴としての「自制」「謙遜」「粘り強さ」によって、忍耐強く慎重で、段階を踏んで行動し、犠牲を出さずに、組織や自分にとって正しいと思われることを実践する 「真のリーダー」の姿を奥深く解説している。
書  評
 リーダーシップという言葉から連想されるのは「ぐいぐいと引っ張ってゆく偉大なリーダー」「困難に立ち向かうリーダー」「勇敢で高邁な理想のための自己犠牲」等 に代表される、いわゆるヒーロー型リーダーシップである。 これらは我々が「見習うべきリーダーの姿」として存在し讃えられている。 しかし本当にそうだろうか?

 実社会においてヒーロー型のリーダーシップを備え、実践し、歴史に名を残す人はピラミッドの頂点に位置するごく一部の人間でしかない。 そしてピラミッドの最下層には「人生の傍観者」「怠け者」「臆病者」が居る。 ではそれ以外の人々はピラミッドのどこに居るのであろう? この本の冒頭にはアルバート・シュバイツァーによる大変に興味深い、真の言葉が述べられている。

 「・・・(中略)・・・その他の人はすべて、人目につかない小さな行いに甘んじている。 しかし、こうした小さな行いの積み重ねは、大衆に広く認められる行動よりも、何千倍も強いものだ。 小さな行いの積み重ねが深い海洋なら、大衆に認められる行動は、その海洋に浮かぶ波の泡のようなものである。」 これは驚くべき、ほとんど過激ともいえる発言である。 あの偉大なアルバート・シュバイツァーが、人間の世界で偉大な人物が果たす役割は、皆が思っていたほど偉大ではないといっている。 偉大な人物を「泡」にたとえ、「人目につかない小さな行い」の方を讃えている、と著者は述べている。

 企業をコンサルティングする。プロジェクトを立ち上げ、これを遂行する。 この高邁な勇気ある目的を掲げて行く者にとって、「静かなリーダー」のアプローチは、やや「肩すかし」を喰わされたように思うかもしれない。 しかし著者はリーダーシップの研究を続けるうちに、真のリーダーとは「静かなリーダー」であると気づいたのである。

 「静かなリーダー」は現実主義者である。世界をあるがままに見ようとする。 組織には「利己主義」「近視眼的視点」「不正が崩壊した忠誠心」「人間の本質」という昔ながらの要因が交ざり合い混乱が続いている。 「静かなリーダー」は、現実主義者としてこのような事態を受けとめる多くの方法を知っている。

 本書はリーダーシップに対し「斜に構えた」冷笑的な見解を述べているのではない、また宗教書のように教訓と救いを並べた本でもない。 忍耐強く慎重で、段階を踏んで行動し、犠牲を出さずに、組織や自分にとって正しいと思われることを実践している「静かなリ-ダー」の姿を解説し描いている。

 更に著者は豊富な事例研究を基に、「時間を稼ぐ」「具体的に考える」「少しずつ徐々に行動範囲を広げる」「規則を曲げる」「妥協案を考える」など、 幾つかのガイドラインを提供し、それらの正当性と必然性を述べている。 「もちろん、時間を稼ぐのは、少しばかり古い手である。 雑誌では、世界のスピードが加速しインターネット時間で働く時代が到来したと告げている。・・・(中略)・・・ このようなスピード勝負の世界で、時間を稼いで、果たして意味があるのか。 驚くべきことに答えはイエスである。・・・(中略)・・・この常に変化する予想不可能な世界では、流動的で多面的な問題に対して、即座に対策を考えるのは無理である。」 時間を稼ぐことは臆病で混乱しているからではなく、確信の持てない目前の出来事に対する健全で正直な感想である。 とも述べられている。

 これらの実践的なアプローチこそが、我々の行動を正しく慎重に導いてくれるのではないだろうか。 そしてまた「静かなリーダーシップ」を実践するにあたり、「自制」「謙遜」「粘り強さ」という特徴についても深く掘り下げ述べられている。 これらの特徴は日常的で静かな特徴であり、「ごく普通に見られる自然で賢明な発想や行動パターンなので、ほぼ誰でも静かなリーダーシップ特徴を実践できる。 特別な人や特別な行事の時だけの特徴ではない」、この見解こそが本書が伝えようとした大きな意思の一つに違いない。 そして私自身が本書を推薦する大きな理由である。

 経営者、管理職、コンサルタント、コーディネータの立場にとって、これらのガイドラインと深い考察は、決して心を高揚させ鼓舞させる響きを持つものではないが、 心の奥底に深くしっかりと沈んで行く。 この本を読み終えた時、心に湧き上がってくるのは、穏やかで、注意深く、周囲と自分を見つめ、静かに、正しく、粘り強く行動する必然性である。

 ヒーロー型リーダーシップでなく、「静かなリーダーシップ」こそが、現実社会の多くの場合において世界に影響を与えているのである。 本書を推薦する言葉として、ハーバード大学 ディヴィッド・ジャーゲンの言葉を引用したい。
  崇高な目的の為に障害を乗り越える
  ヒーロー型のリーダーに皆わくわくする。
  しかし本書を読んでみれば、
  無数の無名の人が、世界を動かしているのが分かる。
  バラダッコの洞察力と理解は深い。
  中間管理層として
  リーダーシップを発揮しなければならない人は
  本書から学ぶことは非常に多いだろう。

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