図書名: 大丈夫か あなたの会社のIT投資 |
推薦日:2003/03/24 |
書評者: 大林 茂樹 |
所属先: 大林茂樹税理士事務所 |
【要約と書評】
要 約 |
金融市場における投資理論とソフトウェアエンジニアリングの考え方に立脚し、IT投資の目的や評価方法に一定の切り口を示すことを目指した書物。
本書は、全六章から構成されている。第一章「間違いだらけのIT投資」では、IT投資における失敗の原因と成功へのポイントを考察している。
第二章「システム・コストの分析手法」では、システム・コストの評価方法を平易に解説している。
第三章「IT投資と企業価値の密接な関係」では、キャッシュフローをベースにしたIT投資の評価手法を平易に解説している。
第四章「評価手法のIT投資への応用」では、IT投資の評価手法をERPやCRM等の具体的な投資に応用する場合のヒントを例示しながら説明している。
第五章「より精度の高い評価のために」では、IT投資の評価手法に金融市場におけるオプション理論を導入して、より精度の高い評価方法の確立に挑戦している。
第六章「IT投資の未来」では、IT投資の近未来像について考察している。
全六章を通じて、ITプロセスガイドライン全体の復習と特に「戦略情報化企画フェーズ」の費用対効果の原則の理解を深めるために役立つ数少ない良書。 |
書 評 |
最近まで、IT投資は、業務効率を改善と新しいビジネスモデルの構築を約束することによって、バラ色の未来が開けると幻想を抱いていた企業が多い。
そこまで至らなくても、IT投資を行わないと市場から取り残されるという危機感のもと社運を賭けて多額のIT投資を行った企業は枚挙に暇が無い。
ところが、IT投資を行っても、思った程の利益を生み出せない企業、納期遅延やコストオーバーで苦しむ企業が続発しているばかりか、
システム構築そのものの計画を破棄せざるを得なかった企業も後を絶たない。
そこで、IT投資の救世主として産声を上げたのがITコーディネータであるが、いわゆるITバブルが崩壊した今となっては、
ITがどれだけの投資効果を生み出すのかを算定できずに、IT導入そのものを躊躇する企業が増える傾向にある。
したがって、IT投資目的の明確化と評価の定量化は、全ての企業、全てのITコーディネータが避けて通れない課題となっている。
言い換えれば、これらの知識を持たないITコーディネータは、企業のIT投資を説得することが出来ないと言っても過言ではないであろう。
本書は、IT投資目的の明確化と評価の定量化について、金融市場における投資理論とソフトウェアエンジニアリングの考え方に立脚し、
とかく不透明になりがちだったIT投資効果の算定に一定の切り口を示した数少ない書物である。
第一章「間違いだらけのIT投資」では、IT投資の現状を冷静に分析し、IT投資における失敗の原因と成功へのポイントを指摘している。
この部分は、ITコーディネータにとっては、研修等で馴染みの深い内容である。
本書で提示したIT投資のあるべき姿は、ITプロセスガイドラインの「経営戦略策定フェーズ」「戦略情報化企画フェーズ」の復習にも役立つであろう。
第二章「システム・コストの分析手法」では、ソフトウェアエンジニアリングの考え方からシステム・コストの評価方法を紹介している。
ITコーディネータにとっては、ITプロセスガイドラインの「情報化資源調達フェーズ」「情報システム開発/試験/導入フェーズ」「運用サービス・デリバリーフェーズ」
の復習に役立つ内容である。
ファンクションポイントやCOCOMOといったシステムの評価方法の紹介は、いわゆる経営系のITコーディネータにとっては新鮮な内容で、
しかも平易に解説しているので理解しやすい内容となっている。
そして、第三章から第五章までが、本書の真骨頂である金融市場における投資理論の観点からIT投資効果を測定するための手法の考察である。
第三章「IT投資と企業価値の密接な関係」は、最初に企業価値をいわゆる売上高、経常利益至上主義から、時価総額やキャッシュフロー中心の経営に転換するように力説している。
したがって、IT投資もディスカウント・キャッシュフロー法(DCF法)で評価すべきであると導いている。
キャッシュフローの概念からDCF法までを平易に解説しているのは非常に好ましいので、IT投資が生み出す企業価値の理解を助ける内容となっている。
いわゆる経営系・技術系を問わず、ITコーディネータにとってDCF法の習得は必須条件となってくるであろうが、本書はDCF法の入門書としてもお勧めしたい。
第四章「評価手法のIT投資への応用」は、DCF法をERPやCRMなどの具体的な投資に応用する場合のヒントを例示しながら説明している。
ERPやCRM等のシステムの特徴ごとにキャッシュフローに与える影響を考察している点は、IT投資効率の算定に大いなるヒントを与えるであろう。
第五章「より精度の高い評価のために」は、DCF法による評価に金融市場におけるオプション理論を導入して、より精度の高い評価方法の確立に挑戦している。
特にノーベル経済学賞を受賞したブラック・ショールズの方程式をIT投資に応用する試みは非常に興味深い。
もっとも実務上、IT投資にオプション理論を導入するのは、筆者自身の指摘どおり現状では非常に困難である。
しかしながら、近い将来に、ITコーディネータに依頼してIT投資をした場合と
ITコーディネータに依頼しないでIT投資をした場合をブラック・ショールズの方程式を応用してシュミレーションすることができるようになれば、
ITコーディネータの将来に希望が持てるのではないだろうか。
いずれにしろ、IT投資にオプション理論を導入することは、DCF法だけではカバーできない複雑なIT投資の判断にヒントを与えるものである。
第六章「IT投資の未来」は、筆者の考えるIT投資の近未来像である。
筆者の予言するIT資産の証券化、ITセキュリティ保険などは、IT投資の資金調達を容易にする手法である。
現状では、ITの投資効率の算定もさることながら、IT投資の資金調達についても非常に困難な時代である。
特に中小企業では、IT投資の資金調達を、政府の助成金や税務上の特典に頼らざるを得ない非常に苦しい状況にある。
IT資産の証券化、 ITセキュリティ保険などが早期に実現し、IT投資の資金調達が容易になる時代がやって来ることを強く望むところである。
そして、IT投資の近未来の考察にまで踏み込んだ筆者の視点と洞察力に拍手を送りたい。
最後に、本書を通じて感じたことは、IT導入を躊躇する企業に対し、ITの投資効果を説明する裏付けが与えられたということである。
ITコーディネータが本書で提示したIT投資評価法を実務に導入し実証していくことによって、ITの投資効率の算定はより精度の高いものになっていくであろう。
本書は、ITプロセスガイドライン全体の復習と特に「戦略情報化企画フェーズ」の費用対効果の原則の理解を深めるために役立つ数少ない良書である。
多くのITコーディネータが手に取られて参考にされることを願ってやまない。 |
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