図書名: 戦略的バランス・スコアカード |
推薦日:2003/03/24 |
書評者: 渡辺 聡 |
所属先: キヤノン販売株式会社 |
【要約と書評】
要 約 |
優れた業績評価システムとして生まれたバランス・スコアカードであるが、やがて優れた戦略的マネジメントシステムとしての評価が加わり、
米国~ヨーロッパ~アジアへと導入機運の国際的な広がりを見せている。
本書はそのような時代の変遷をふまえながらバランス・スコアカードの可能性を柔軟な視点からとらえ、その魅力を具体的に伝えている。
パートIからパートVまでの構成の中にテーマ別に12の章が扱われ、巻末には補論として視点ごとの業績評価指標のサンプルが掲載されている。
著者は「例示した業績評価指標を絶対視してはならない。」と断っているが、
ITソリューションの観点からバランス・スコアカードを捕らえようとする場合には参考になる補論である。
パートIではバランス・スコアカードの生まれた歴史的背景と基本コンセプトを紹介し、パートⅡでは具体的な構築方法を詳細に解説している。
一般的に有名になった米国企業の導入事例ではなく、特色あるヨーロッパ企業の導入事例が豊富に紹介されている。
パートⅢでは実践面における課題として、ITソリューションとの融合やナレッジマネジメントとの連動というチャレンジングなテーマが扱われている。
ITCプロセスにバランス・スコアカードを活用しようと考えている向きには大いに参考になるはずである。
パートⅣでは投資家をはじめとするさまざまな対外関係者に向けての情報伝達手段としてバランス・スコアカードの可能性と、
公共部門などの非営利組織におけるバランス・スコアカード活用の可能性を解説している。
ここでも中央政府、地方自治体、独立行政法人とさまざまなケースを具体的に取り上げており興味深い。
最後のパートⅤでは、バランス・スコアカードを導入しようという場合におけるプロジェクトの運営方法が具体的に語られ締めくくられる。 |
書 評 |
本書は「経営改革を実現したい」、「経営品質を継続的に向上させたい」と考える経営者やマネージャに、
バランス・スコアカードがそれを実現する有効な方法(ツール)であることを実感させてくれる。
また、バランス・スコアカードを運用する上で、ITの支援が不可欠であることを明快に理解させてくれる価値ある一冊である。
戦略的マネジメントシステムとしてのバランス・スコアカードにおいて、著者が全編を通じて強調しているのはその柔軟性である。
柔軟性とは企業の規模を問わず導入できること、トップがイニシアチブをとるトップダウンアプローチと、
現場レベルの一部門から導入を進めていくボトムアップアプローチのどちらでも進められること、
因果関係が明確であれば視点やCSFやKPIを自由に設定できること、
企業のあらゆる階層のあらゆる職種のメンバーがプロジェクトに参画できるシンプルな構造を持っていることなどである。
この柔軟性という特長はITCプロセスでバランス・スコアカードを活用しようとする場合においても、その全てのフェーズで高い親和性が期待できる。
私自身はITCプロセスの中でも経営戦略策定フェーズから戦略情報化企画フェーズへの移行段階に最も多くの課題を認識しているが、
第8章はITソリューションとバランス・スコアカードの融合についての重要性が解説されており、このフェーズ移行部分における様々な成功のヒントを提供してくれる。
またバランス・スコアカードによるマネジメントシステムが動き出すことはITと融合した優れたモニタリング&コントロールの仕組みが働きだすことを意味し、
経営品質向上を目指したプログラムの開始をごく自然に促してくれる。
一方で著者はバランス・スコアカードそのものの完成ばかりに目を奪われることに警鐘を鳴らしている。
良いバランス・スコアカードというものは存在しないし、悪いバランス・スコアカードというものもまた存在しないのだと語り、
バランス・スコアカードを完成させることに重きを置くのではなく、バランス・スコアカードを構築するプロセスにこそ重きを置いて欲しいと強調している。
具体的には経営者から現業部門まで様々な階層から多くのメンバーが入れ代わり立ち代りプロジェクトに参画し、
自由闊達なコミュニケーションの中から全社員の思いのベースを作り、全員が納得しうる明確な因果関係で結ばれたCSFやKPIを抽出することが重要なのだと主張し、
それはどの章においても繰り返し強調されている。
バランス・スコアカードを戦略的マネジメントシステムとして導入し、マネジメントコントロール行うことは組織内のコミュニケーションを変革し、
ひいては知的資本が評価され活用されていく、いわゆるナレッジマネジメントが回りだすことをも促すのである。
企業の競争力を向上させる目的においても、バランス・スコアカードはその威力を十分に発揮する。
ジェネリックモデルを参照しながら短期間で構築される新しいビジネスモデルは、ともするとベストプラクティスからのつまみ食いの様相を呈する危険があるが、
新しいビジネスモデルのマネジメントコントロールをバランス・スコアカードによって実践していけば、本来その企業が持っている強みにフォーカスが当てられ、
やがてそのビジネスモデルは企業のコンピタンスを明確に反映したものへと洗練されていくはずだと論じられている。
このことは100社の企業があれば100通りのバランス・スコアカードが存在するといわれ、
成功しているバランス・スコアカードとは、企業のコアコンピタンスを明確に記述したものなのであるという主張の中で明らかにされている。
この点についての考察は第6章に詳しい。
プロジェクトマネジメントとの関係においては、第12章にバランス・スコアカード導入プロジェクトをスタートさせる上での様々なチェック項目が解説されている。
プロジェクト立ち上げからプロジェクト計画にいたるフェーズに関して、バランス・スコアカード導入プロジェクトを成功に導くための様々な課題が理解できる。
バランス・スコアカードを導入してみたいと盛り上がった読者の意欲をさらに後押ししてくれる。
最後に、ITCにとって優れたテキストと評されるべき本書ではあるが、気になったところをいくつか指摘したい。
翻訳書である本書はやはり翻訳のプロセスに大きな影響を受けていることは否めない。
本書の著者はスウェーデン人であり原著はスウェーデン語で書かれたそうである。
その後、英語に翻訳され米国で出版されたとある。おそらく日本語訳を受け持たれた吉川武男教授は英語版からの翻訳を行ったと思われる。
スウェーデン語から英語、英語から日本語というトランスレーションを受けて、日本語としてやや理解しづらい表現になってしまった箇所があることが残念である。
次に指摘したいのはITソリューションとの融合についての章である。
バランス・スコアカードの実践においてITの支援がいかに重要かは理解できるのだが、こぢんまりとしたツールの紹介に終わってしまっている点が残念である。
本書のテーマが戦略的マネジメントシステムとしてのバランス・スコアカードであることを考えると、
統合基幹システムとの連携などチャレンジングな分野での可能性をもっと積極的に考察するべきではなかったか。
このようなテーマを扱った著作の登場が今後望まれるところである。 |
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