図書名: 経営はロマンだ |
推薦日:2003/03/28 |
書評者: 小野 省 |
所属先: 株式会社日本能率協会コンサルティング |
【要約と書評】
要 約 |
これは、ヤマト運輸の創業者である小倉昌男氏のこれまでの半生を語る書である。
氏は宅急便を日本で最初に手がけ、今や私たちの生活にとって、なくてはならないサービスとして社会に広く浸透させ、多くの利便性を提供し続けているという、
大きな功績を築いた人物である。
氏は現在ヤマト運輸の経営を後進に譲り、ヤマト福祉財団理事長として新たな道を進み始めているが、
ここに至るまでの、幼少時代のこと、ご両親と家庭のこと、学生時代、病に倒れた療養の時代、会社員としての様々な体験、社長就任、
周りの反対を押し切っての宅急便事業の立上げと宅急便専業への転換、官僚との闘い、そして社長退任からヤマト福祉財団での仕事など、
それぞれの時代での出来事が、苦労や喜び、悲しみや怒りをまじえたリアルなタッチで語られている。 |
書 評 |
宅急便事業は、戦後生まれたビジネスモデルの中でも、代表的な成功事例にあげることができる。
その意味で、この成功モデルが生まれ出てくる経緯や、ビジネスモデルとして確実なものになってくる過程など、
ひとつひとつの問題に、どのように対応したかを著した内容であり、経営者を支援するITコーディネータとして、この書から学ぶべきものは多い。
(1)利用者の立場に立った運送事業を目指す(事業ドメインの再構築)
そのひとつは、やはり宅急便を考え出した経緯である。
父親から引き継いだ運輸会社の経営は、戦後の復興期から高度成長に移る激動の時代の中で、
荷主側の状況変化や、同業他社との市場獲得競争、さらには労働組合との交渉など、あらゆる場面で厳しい状況に置かれ、会社は破綻寸前だった。
追い込まれた状態の中にありながら、原点から考え直すことができたということが、大きな転機になったと考える。
昭和40年代の運送業は、大口顧客中心であり、家庭の主婦のような個人客は、遠くの身内や親戚に、何かものを送ろうと思っても、
不便と時に不快な思いをしながら国鉄小荷物や郵便小包を利用するしかなかった。
こうした今までサービスの外に置かれていた個人の客が、大きな潜在顧客であることに着眼した。
もちろんこの段階ではアイディアにしか過ぎないものであったが、その後いくつもの問題を解決しながら、
さらにはこれまでの大口法人顧客との関係を断り、宅急便に専念することになった。
氏自身は、そこに何らかの確信があったように感じられる。
分析的なプロセスを経ての事業変換ではないが、これはひとつの事業ドメインの再構築の例と見ることはできる。
従来の大口顧客から個人客へのシフトであり、また法人客の効率一辺倒の要求とは違う、何か別なニーズを、そこに見つけたのではないかと考える。
(2)取扱高の増加と共に事業基盤の確立へ(事業としての成功要因)
宅急便サービスを開始した昭和51年1月、初日の取扱個数はわずか11個。最初のひと月でも9000個。
1個500円で月の売上が450万円では、常識的には無謀としか言いようがない。
しかしこれが初年度の通しで170万個、2年目で3340万個、5年目で採算ラインを確保できるだけの取引個数を扱えるようになり、
やっと事業としての基盤を確立することができた。
周りの反対を押切って始めた事業であり、この間、気の休まらない日が続いたことが想像される。
それだけに業績が上がってくる足取りは、これまた何ともいえない思いだったに違いない。
ここでのポイントは、当たり前のことではあるが、数量を増やすまで粘り強くやり切ることが収益事業とするための必要条件であること。
もうひとつ忘れてならないこととして、「サービスが先、利益が後」という方針を明確にし、自分たちは何をやらなければならないのかを具体的に示し続けたことがあげられる。
インフルエンスダイアグラムによるビジネスモデルを作る場合、収益を確保するためになくてはならないのが、この取り扱い数量の拡大・増大であり、
そのための手段を具体的にすることであるといえる。
(3)規制や既成の習慣との戦い
法治国家としてのわたしたちの国の会社経営は、何らかの制度や長い時間をかけて作られた商習慣の上で営まれてきている。
時にこうした制度や商習慣は、商売を行うお互いの利害をバランスさせるものとなり、善きにつけ悪しきにつけ、根付いている。
それだけに新参者の宅急便は、納得のいかない扱いを受けることになるが、敢然と闘いを挑んだ氏の姿勢は、読むものにとって痛快で、勇気を与えてくれるものである。
何か新しいことをやろうとする以上、何かと闘わざるを得ない。
ITコーディネータの役割も、時に古い習慣との闘いでもある以上、闘う相手や闘い方を考えて取組まなければならない。
(4)社員も巻き込んだ「全員経営」
社員全員が経営者という考え方も、今の時代にはよくあることのようにも思えるが、
当時は、組合が、「組合つぶしの陰謀」と訴えて出るほど、認識のギャップがあったようである。
そんな状況の中で、氏自身の思いを社員に適格に伝え、意識改革をスムーズに実現できた裏には、いろいろな工夫があったと思われる。
運転手は「すし職人」のように、自分でお客の相手をしながら「すし」を握る、
多機能で気風のよさが必要だという話や、「セールスドライバー」という名称など、
経営者の方針を、わかりやすい言葉で、具体的な形で表していることが功を奏したと考える。
思わず、天井の高いクロネコマークのトラックが走る姿を思い出した。
バランススコアカードの考え方にあるように、最終的に業績を上げるためには、財務の視点だけから戦略ビジョンを考えるのではなく、
顧客の視点、内部プロセスの視点、そして学習と成長の視点からの取り組みが重要であることが言われているが、
この「全員経営」というコンセプトは、まさに社員に最も実践的な学習と成長の機会を提供していると考えることができよう。
(5)人間をどう捉えるか(経営の哲学・ビジョン)
こうしたひとつひとつの出来事を語る行間に、常に氏の人間に対する一貫した思いが感じられ、
現在のヤマト福祉財団での話を読んでいくうちに、推理小説の謎解きを読むような納得感を覚える。
「障害を持ちながら働いている人に、月1万円程度の給料しか払えないのは経営が悪いからだ。」と言い切る氏の言葉に、一人一人の存在を、なによりも大切にするという思いを感じる。
それが、顧客であり、社員であり、今、目の前にいる障害を持った人たちに対しても、同じ目線で見ていると思わざるを得ない。
同時に、これが宅急便という新しい事業を起こす原動力であり、いわゆる経営理念やビジョンなのだと感じた。
ITコーディネータは、経営者を支援し、その企業の業績回復や成長を支援することを通して、産業の発展に寄与するものとされているが、
さらに、氏の思いから学び引用するとしたら、より多くの人が、より重要な役割をもって、
社会参加できるビジネスモデルができた時こそが、産業の再生といえる時ではなかろうか。
氏の心の中にあるものを、正しく理解できているかどうかはわからないが、こうした考え方を共有できるようになるためには、
まだまだ自分自身を成長させなければと、頭が下がる思いで読み終えた本であった。 |
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