ITCカンファレンス2014に参加して

 

2014/09/26

理事、試験・認定専門委員会委員長
(東京海上ホールディングス顧問)
澁谷 裕以(しぶや ひろゆき)

 

 

ITCカンファレンス2014には、2日間を通じて参加したが、まさしく「変革への挑戦」事例に溢れた良い内容であったと思う。以下、強く印象に残ったご講演に対して、私の感想とともに、ITCの皆様への期待を述べることとしたい。


1.酒造りはシステムだ ~「獺祭」の旭酒造~
 初日は、「獺祭」の旭酒造・桜井社長と、足立区を中心に駐車場・駐輪場事業を展開されている芝園開発の海老沼社長のお二人の話に感銘を受けた。

 桜井社長のお話にITは出てこなかったが、しかし本質的な意味で酒造りをシステムとして捉えて、苦難を乗り越えて、杜氏個人の技術ではなく「システムによる酒造り」を築いて、世界中の酒好きから喝采を浴びる銘酒を造られてこられたご苦労が、スマートな語り口で語られた。懇親会で振る舞われた「獺祭」がいつもにも増して美味しく感じられたのは私だけではなかったであろう。

 懇親会の席上で、桜井社長に「どうしても山田錦でないといけないのですか?」と大変不躾なことをお聞きしてみたら、洒脱なお答えが返ってきた。「山田錦でなくてもできますが、設備が全て山田錦を前提につくられているのです。もったいないでしょう?」酒造りのシステムあるいは設備が、如何に米の特性に合わせたきめ細かさを必要とするかを改めて思い知らされた。獺祭が益々世界で隆盛を極めて欲しいと願うばかりである。

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桜井社長

 

2.「IT経営」の範たる駐車場・駐輪場経営 ~芝園開発~
 芝園開発の海老沼社長も2代目経営者である。しかし、小さい頃「街を良くする仕事」として誇りに思っていた父上の建設業が、バブルに乗じてすっかり様相が変わってきてしまったことに落胆し、社会に役立つ仕事を求めて、一から駐車場・駐輪場事業へと社業を転換する。1998年には日本で初めて「無人機械式時間貸駐輪システム」を開発するなど順調に社業を拡大してきたが、過当競争の背景もあり、リーマンショック時には赤字に転落する。
 そこで、「利益を確保できる施設管理体制を構築」しようと、本格的にITの活用に乗り出す。まず、手がけたのは、施設ごとの利用状況や売上をタイムリーに把握し、即座に対策を打てるようにするための管理会計システムの導入だ。

 そこからシステムの利用を次々と進化させ、今ではGoogleMap上に表示された施設をクリックすると利用状況のみならず監視カメラの映像までも見られるシステムを、苦情受付基地であるコールセンターも含めて社員全員で共有して、正確なデータにもとづいて全社員が迅速に対応する、まさしく「IT経営」そのものと言える会社運営をされている。
 海老沼社長は、「IT経営」という言葉を知っていて、このような取組みをされたわけではないだろう。世の中に貢献できる駐車場・駐輪場経営と言う仕事に、何とか収益性を持たせたいと奮闘されるなかでITの価値を発見したということではないだろうか。 

海老沼社長

 
 

3.もっとITCと経営者を繋ぎたい ~協会の「営業」活動の重要性~

 海老沼社長と、懇親会の席上で、いろいろお話させていただいていたら、「ITコーディネータというのは全く知らなかった。知っていれば声を掛けたのに」と言われ、「私は足立区の商工会議所の役員をしているので、紹介してあげるから誰か話にきて」と大変有難いお話を頂戴した。早速、協会に繋いだが、世の中には、このように社業の収益性・効率性のためにITが役に立つかもしれない、でも誰に相談すれば良いのだろうと思っている意欲の高い経営者は数多くいらっしゃると思う。
 かねてより、協会には、ITCと中小企業の経営者のブリッジをもっと推進するような協会自体の「営業」活動の重要性を申し上げており、現在専門委員会でもその方策について種々論議を行っているが、ITCの皆さんも、ご自分たちのノウハウがもっともっと社会から必要とされていることに自信を持って、中小企業の経営者の門戸を積極的に叩いていただきたいと切に願う。

 
 

4.情報(知恵)の共有を経営の力に ~今野製作所~
 2日目は、最近、協会が力を入れて取り組んでいる信用金庫との連携と県庁・市役所開拓の2大テーマに焦点が当てられたが、その話の前に、今野製作所の今野社長のお話も大変よく整理された深い内容であった。
 今野製作所は、芝園開発と同じく足立区に本拠を置く会社で、重量機器の運搬据え付け作業を助ける「油圧爪付きジャッキ」を日本で初めて商品化した会社であるが、この日は、板金事業部に絞ったお話をされた。ステンレス板金の世界で、付加価値をつけるために、オーダーメイド、少量・小ロットの個別受注型生産に取り組んでおられるが、大変な手間がかかること、「引退が近づくマイスターとまだまだ未熟な若手」の格差をどう埋めて行くかという課題に対して「ITカイゼン」に取り組んでこられた事例である。
 個別受注業務は、実は考える時間が長いことに注目し、情報の参照・編集・伝達を如何にITで効率的に進めるかがポイントであることを悟り、過去の受注事例の蓄積と再利用に効果的に取り組んでおられる。

 

この情報の活用の分野で真の効果を挙げることは大企業でもなかなかうまくいかないことが多いが、今野社長の熱意と現場の意欲が相まって、情報の効果的な活用を真に経営の力として活かされている。さらに凄いのは、このシステムを活用して、競争相手でもある町工場仲間とも情報共有の輪、すなわち知恵の輪を広げようとされていることで、素晴らしい取り組みだと思う。このような取組みを通じて、世界一の日本の「現場力」の力を益々高めて行っていただきたい。

 

今野社長

 

 
 

5.問題解決型ビジネスモデルのなかでのITCの活用 ~西武信用金庫~
 さて、信用金庫との連携については、西武信用金庫の高橋常勤理事から、信用金庫の経営とはこうあるべきなのだろうなというお話を伺った。15年前に、徹底的に問題解決型営業で行くと決めてから、そのビジネスモデルをトコトン進化させるなかで、信用金庫全体の厳しい経営環境の中で預金残高・貸出残高とも順調に伸ばしておられる。
 その問題解決型ビジネスモデルの一環として、IT活用サポート事業を展開され、ITを活用して解決できるであろう案件に対して、3回までは西武信用金庫が一定の費用負担を行ってITコーディネータを派遣してくださるという大変有難い事業展開をされている。

 確かに、3回継続して話ができれば、その先の展開が見えてくるので、3回までの金銭を含めた支援はITCにとって大変魅力的である。しかし、このお話のポイントは、金銭負担そのものよりも、西武信用金庫が一定の費用負担をしても元は取れるはずと腹を決めたサポートをしてくださっていることで、それだけのコミットをしているからこそ、質の高い支援になっているのだろうと思う。

 

高橋常勤理事

 
 

6.信用金庫との連携に向けたITC届出組織への期待

 信用金庫は、中小企業の経営者と繋がりを持つうえで大変重要な存在であることは言うまでもない。因みに、東京多摩地区でITCとして優れた活動を継続してこられている東京IT経営センターの田中渉氏が、客先の若きCIO按田様とともに紹介されたフードケアの事例も、切っ掛けは多摩信用金庫経由であったとお聞きしている。
 専門委員会としても、協会には、全国で270ある信用金庫との連携策を組織的に展開することを強くお願いしているが、協会も体力に限界があると言う実態もある。全国の届出組織におかれては、取り組んでおられるところも多いとは思うが、各地の信用金庫との連携策をそれぞれが推進していただければと思う。
 前にも書いたように、中小企業の経営者はもっとITCとの繋がりを必要としていると確信しているので。

 
 

7.ITを活かした行政の改革へ ~ITCへの期待~

 最後に、自治体ビジネスについては、これまで協会の取り組みが相対的には最も組織的に行われ、効果を挙げている領域ではないかと思う。入門・中級・上級と3段階設定された「自治体ビジネス研修」は大変充実した内容だとお聞きしている。
 カンファレンスでは、マイナンバー制度が自治体に対する一つの大きなビジネスチャンスだという視点でセッションがあったが、私は、もともと自治体のみならず中央官庁を含めた行政全般においてITの活用の余地は限りなく大きく、ITを真に活かした行政への変革がもっともっと望まれると思う。
 前述の芝園開発の海老沼社長のような、あるいは今野製作所の今野社長のような、ITは必ずや業務変革に活かせるはずだというパッションを持ち、システム開発にもコミットしていくような行政長の出現が心から望まれるところである。しかしながら、これまでのところ行政は、総じて言えば、一貫した、あるいはそれぞれが連携したビジネスプロセスを構築することの重要性を十分認識しているとは言えない。故に、自治体においても相対的にシステム担当の要員数は極度に少なく、ITを活かした行政への変革態勢が整っているとは言えない。まさしくITCの出番なのである。
 システム開発のRFPを出す前に、本当は現状のビジネスプロセスを整理し、課題と改善策を抽出することが重要なのであるが、行政は公平性を非常に重んじる組織であるがゆえに、特定のベンダーとこの極めて重要なシステム開発以前の予備的検討を行うことが難しい。その結果として、よく整理されないRFPが出され、「丸投げ開発」で失敗することも少なくない。

特定の色がつかないITCが、ビジネスプロセス設計力を活かして、行政の数少ないシステム要員を是非助けてあげて欲しいと願う。カンファレンスで湯沢市役所を担当されているITCの大澤さんが仰っていたことが大いなるヒントだろう。「自治体は困っているし、とても敷居が低い。訪問すれば、必ず話は聞いてくれるし、そこからいろいろな糸口が見いだせる。勇気を奮って、自治体の門戸を叩いて欲しい。」

 

自治体向けシステムを語る
パネルディスカッション

 
 

8.終わりに

 以上、様々な「変革への挑戦」を感じ取った2日間であった。ITCの皆さんにとっても、改めて意欲を掻き立てられるような2日間であったのではないかと思う。これを機に、全国のITCの皆さんが、自治体や中小企業の経営者を熱意をもって粘り強く支援し、ITを行政や経営の真の力としていくことができれば、日本は改めて活力を取り戻せるだろうと思う。専門委員会としても、皆さんの活躍領域を拡大できるように微力ながら応援していきたいが、ITCの皆さんも頑張ってください。

 


 

     
     

 
















 

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