インバウンド駆動型地方創生ビジネス 第1回

 

 

 掲載日:2016年10月28日
 執筆者:浅井 治
 
■はじめに(地域で活躍するITC)
 新聞やテレビ等で「インバウンド」という言葉を目にする機会が多くなった。この「インバウンド」という言葉聞いて何を想像されるだろうか。アジア系の一部の旅行者に見られる「爆買い」と呼ばれる一連の行動や、銀座や新宿などの繁華街を歩く外国人観光客、京都、福岡、札幌等の定番観光地を目指し、新幹線で移動している光景を思い浮かべるかも知れない。あるいは、富士山の登山道で、列をなす登山客に紛れ込む外国人観光客かも知れない。多くの場合、団体で行動する外国人旅行者を思い出されるのではないだろうか。いずれも「インバウンド」の一端を物語る現象であり間違いではないが「インバウンド」とは、これらの現象だけでなく、もっと広い概念で多様性に富んだものであり、一概に表現できるものではない。
 そこで、この連載ではこの「インバウンド」という社会的現象をビジネスとして捉えた場合の切口と、そこから生まれる可能性を紹介したい。インバウンドは、訪日外国人観光客と言う一面を捉えた言葉であるが、観光だけに留まらず、広義には、地方創生に繋がる可能性を秘めている。地方創生を語る前に、何かと話題のインバウンドビジネスについてみてみよう。
 右肩上がりの訪日外国人の渡航者数、旺盛な購買意欲、そして、2020年に迎える東京オリンピック。順風満帆に風を受けた魅力的なビジネス機会である。この機会にITCとして何ができるのだろうか。この連載では、このような疑問に答えるべく関連情報や実態などを紹介したい。
 
 
Ⅰインバウンド市場動向
 
 ■市場動向とマスコミ
 2020年、東京でオリンピックが開催される。これに伴い、選手や関係者のみならず多くの外国人が日本を訪れるだろう。オリンピックを招致したスピーチ以来「お・も・て・な・し」というキーワードが溢れ、今や、日本の国をあげての国策として、インバウンド事業という特需の風が吹き荒れている。訪日外国人旅行者による経済効果が呼び水となり、日本の救世主になり得るのか、という他力本願的な発想ではなく、受け入れる側、つまり、日本人ひとりひとりが、自分に何ができるのかを考える時かも知れない。
 先ず、インバウンドビジネスの市場規模を見てみよう。インバウンドビジネスの市場規模は、年間約3兆円と言われている。これは、日本国内の観光収入のうち外国人旅行者による物である。一方、国内旅行者(日本人旅行者)の規模は22.5兆円とも言われている。つまり、市場規模的は全体で約25兆円のうち、88%は日本人の国内旅行であり、インバウンドが占める割合は12%程度なのである。これは意外に思われた方も多いだろう。確かに、ここ数年の延び率だけを見れば、インバウンドビジネスは魅力的な市場であり注目に値するが、全体像を捉えるとこの程度なのである。ひとり当たりの消費額で見れば、インバウンド客は渡航費用を含むため高額になり、国内旅行者は頻度が高いことは容易に想像できるだろう。
 更に、旅行者個人の支出の内訳を見てみよう。インバウンド客の旅行支出のうち、20%程度は、渡航のための交通費と新幹線などの一次交通にかかる費用である。これは、目的地までの移動の費用であり、観光目的で消費される支出ではない。更に、宿泊費が30%程度なので、目的地で純粋に「観光(観る、食べる、遊ぶ)」として消費されるのは、これらを控除した残りの部分(50%程度)となる。この地域での消費額が地元経済の原資であると考えられる。
つまり、この部分を増やすことが地方の活性化の源泉となるのである。(出典:「数字が語る旅行業2016」[一般社団法人 日本旅行業協会])
 そう考えると、マスコミなどで報道される爆買いの行動は、主に都市部の量販店での特定の現象であり、これを断片的に解釈したものに過ぎない。つまり、マスコミの報道には一定のバイアスがかかり偏りがある。これを正しく捉えなければマスコミに踊らされて居るだけになってしまう。マスコミは報道的に都合のよい解釈をする。これが悪いというわけではないが、報道を受ける側は慎重に受け止める必要がある。マスコミの報道に惑わされず、自身の目で肌で感じてもらいたいということである。また、このような報道は全国ネットの情報であることが多い。これは、全国版の天気予報は地方では役に立たないのと同じ理屈である。実際、地方の温泉街で爆買いする外国人を見ることはないだろう。大型量販店がない地域にとって、爆買いは全く関係ない現象なのである。
 
 
 ■訪日外国人旅行者の動向
 さて、実際の訪日外国人旅行者の動向はどうだろうか。マスコミなどが大きく取り上げる爆買いは、観光産業にどのように影響しているのだろうか。先に触れたように、爆買いの経済的な効果は一部の地域や産業に偏っており、爆買いを観光ビジネスの柱として考えるのは、少々安直であるし無理があるのではなかろうか。但し、爆買い自体は一部の都市部にある量販店に限られた話ではあるが、一方では、宿泊や滞在中の飲食などへの波及効果もあり、無視できない存在である。ただ、買い物を優先するがあまり宿泊代や食事代を節約している実態もある。
 また、爆買いの中心的品目はいわゆる白物家電やAV家電であり、これらは耐久消費財である。つまり、家庭で必要な台数は限られているし頻繁に買い換える物ではない。更に購入者の世帯収入を考えれば、全ての中国人が購入できる価格帯でもない。冷静に分析すれば、簡単な話である。需要が一巡すれば、爆買いのブームは終わる。
 更に、爆買いの目的を考えてみよう。特に中国人旅行者にとっての爆買いには二つの目的があった。一つは、品質の良い日本の製品を着実に手に入れること。もう一つは日本のお土産を持ち帰ることで、日本に渡航したことをアピールすることが目的であった。この背景には、中国国内の市場では、日本製を語るCOPY品(偽物)が多く、本物が手に入らなかった。しかしながら、昨今の爆買いブームにより中国向けの通販サイトなどの信頼性が格段に上がり、偽物を掴まされるリスクが減り、通販でも本物が手に入るようになった。また、日本のお土産として、かさばる電化製品などは敬遠されるようになった。このように二つの目的が代替手段によってクリアされるとなれば、渡航の目的が爆買いではなく本来の観光へと変わっていく。
 爆買いブームが下火となった今、本来の観光が始まるのではないだろうか。団体客が少人数になり、画一的なツアーから多様性を求める内容に変わる。いわゆるFIT(Foreign Independent Tour)である。ここで初めて、日本の観光地としての実力や「おもてなし」が問われる。爆買いブームに踊らされるのではなく、FITの受け入れ準備をしておくべきである。
 
 
■FIT(Foreign Independent Tour)とは
 「おもてなし」を考える上で、FITという切口は避けて通れないだろう。FITとは、略語が表すように、団体ツアーに参加していない外国人の個人旅行者という意味である。初回の訪日ではツアーに参加したけれど、二回目は時間をかけてじっくりと日本を味わいたい。そのために個人や家族など、気の合う仲間で、好きな日程で、好きな目的地へ出かける。そこには必ず「目的」がある。温泉に入る、近代的なビル街や歩行者天国を散歩する、繁華街の居酒屋で「SAKE」を飲み「SUSHI」を食べるなど、日本を体験して味わう、いわゆる、観る、食べる、遊ぶであり、旅の本来のスタイルなのかも知れない。
 そこで求められるのは日本人との「ふれあい」ではないだろうか。これは、ホテルや空港などでの事務的なコミュニケーションではなく、お店や観光施設等での日常的なコミュニケーションだろう。勿論、流暢な会話ができるに越したことはないが、流暢である必要はなく旅行者と意思疎通ができ、情報を提供できればこと足りる。恐らく、英語でいえば中学校で習った英語で十分なレベルかも知れない。ところが、多くの外国人旅行者はコミュニケーションの不便さを訴える。これは、日本の鎖国の歴史や、島国根性の名残もあり、国際社会への立ち遅れや外国人に対する気後れがあることが原因なのかも知れない。ただ、「おもてなし」は、言語コミュニケーションだけではない。多くの外国人旅行者が感じる日本独特の「心遣い」は、心温まるサービスとして受けとめられ満足度の向上に繋がっている。
 
 
 今回は爆買いに代表されるインバウンド市場の動向について考えてみた。爆買いブーム後は真の観光立国への脱皮が問われる。このため、FITの受け入れ体制を整備することが急務となる。次回は、FITを受け入れるための真の「おもてなし」について考えてみよう。
 
 
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