インバウンド駆動型地方創生ビジネス 第2回

 

 掲載日:2016年11月17日
 執筆者:浅井 治
 
前回は、インバウンドビジネスの市場規模を確認し、いわゆる爆買いブームを含むインバウンド客(外国人旅行者)の動向について確認した。今後、日本が観光立国として脱皮することが求められる。そこで、キーワードとなる「おもてなし」について考えてみよう。
第1回はこちら
 
Ⅱ「おもてなし」の誤解
 
 ■体験に織り込む「おもてなし」
 第1回でお伝えした通り、「おもてなし」は言語コミュニケーションだけではない。外国人旅行者に対する「おもてなし」は、日本ならではの体験をしてもらい、楽しんでもらうことだと思う。
 
例えば、座敷に上がる時に靴を脱ぐのは日本独特の習慣であり、外国人旅行者にとっては日本ならではの体験である。これを、見よう見真似で靴を抜いて畳の縁を踏まずに歩く。そのように振舞ってくださいとお伝えすれば、ルールとして受入れられるだろう。
 ただ、意味が分からずにルールに従うことは、不自然であり強制的にやらされたと思われてしまうかも知れない。そこで、何故、靴を脱ぐのか。何故、畳の縁を踏まないのか等の理由をお伝えすることで、納得した上で体験してもらうことができるだろう。この体験は、単に畳を前にして靴を脱いだという体験だけでなく、日本の文化に触れ感じたということになり、より深く日本を体験したことになる。そして、恐らくこの体験を自国に帰ってから得意げに土産話をすることになるだろう。この例でもわかるように、体験をより印象的な物としてより深い体験をしてもらうことが、日本を楽しんでもらい「来てよかった」と思っていただくことになるだろう。これが真の「おもてなし」ではないだろうか。
 「おもてなし」は形ではなく「心」である。そう考えれば、形だけの「おもてなし」や過剰な「おもてなし」で不愉快な思いをさせることはないだろう。多言語で表示されたメニューやFree Wi-Fiの敷設だけが「おもてなし」ではないのだ。
 
 
 ■「体験型」観光
 FIT(Foreign Independent Tour)が求める旅のスタイルは「体験型」である。体験型とはどんなものだろうか。体験には2つのパターンがある。ひとつは、設計されたストーリーの中に織り込まれた計画された体験で、目的にあった体験である。もう一つは、予定外のシーンで偶然体験する物である。例えば、温泉宿で湯上がりの夕涼みをしている。ここでの目的は温泉の入浴体験であり、ほぼ目的は達成された状態だ。そして浴衣をということになり、いざ羽織ってみると着方がわからない。そこで、ルームサービスを呼んで、中居さんに着付けを教えてもらう。その際、脇で見ていた同行者が見よう見真似で右前に着てしまった。そこで、中居さんが右前と左前の違いを説明する。観光客に取って「なるほど」の体験となる。
 体験とは、しっかりと計画された物だけでなく日常的な些細な出来事かも知れない。これにより日本での浴衣体験は忘れられない貴重な体験となる。そして、日本での「体験」を自国に持ち帰り口コミで拡散する。それを聞いた人もきっと、日本に行ってみたいと思うことだろう。このような「体験型」観光を提供したいものだ。そこで「体験型」観光を提供するためのステップや抑えるべきポイントを見て行こう。

(1)観光資源の棚卸しと魅力の再構築
 観光資源の棚卸しでは、地元の当事者の目線ではなく観光客目線であることが大切である。地元では地元の資源を過大に評価しがちであり、大きな勘違いをしているケースも少なくない。外国人旅行者の目線で地元の観光資源をもう一度見直してみる。思い込みを払拭してフラットな判断が必要である。「この地に来たら、〇〇をしなければいけない、〇〇を食べなければいけない。」というように、観光地でサービスを提供する側が楽しみ方を固定的に決めつけているような気もする。勿論、尋ねられたらお伝えすればよい。尋ねる前に押し付けるのは「おもてなし」ではない。これは言い換えれば「多様性」と「柔軟性」の欠如ということだろうか。よく、グローバルビジネスでは多様性が求められると言われるが、インバウンドビジネスでも同様に多様性が問われる。つまり、マニュアル通りではないのである。極端な例であるが、外国人旅行者がスパゲッティのお店と間違えて手打ち蕎麦屋に入ってしまった。仕方がないのでピザを注文しようという外国人に対して、家は蕎麦屋だからと無理やり蕎麦を勧めるのではなく、あり合わせの材料でお好み焼をつくり、Japanese Pizzaとして勧めるとか、パスタも蕎麦も元々はPowderであると説明するくらいの柔軟性と多様性を備えたい。
 
(2)理由(ストーリー)作り
 FITには理由が必須である。何故その地を訪れることにしたのか。これは実際に来た人からストーリーを聞き出すことが有効である。ストーリーとは「何故、〇〇に行ったの」という質問に対する答えである。
「何故、東京に行ったの」「スカイツリーが見たかったから」
「何故、京都に行ったの」「舞妓さんの衣装が着たかったから」
「何故、富士山に登ったの」「世界遺産だし、GORAIKOHが見たかったから」
というように、旅行にはそれぞれの目的がある。これは旅行者自身が決める事ではあるが、勧めなければ分からないのである。地元の情報には、定番の情報と、穴場情報があり、旅行者に喜ばれるのは、ガイドブックなどに載っていない穴場情報である。観光資源を棚卸して、それらに穴場情報や印象的な体験を織り込んでストーリー化する。一連のストーリーをモデルコースとして設計してみるのも有効だろう。このコースは、徒歩で歩く部分が多いので時間的にも余裕を持った方がいいだろう。あるいは、自分の足で実際に歩いてみると、この場所でこの絶景を見ながら休憩したいだろうな。というように、旅行者自身の気持や目線で考えることができる。ストーリーを織り込まないのは魂のない仏像と同然である。
 
(3)利用シーンを考慮した戦略的訴求(マーケティング)
 幾ら魅力的なストーリーでもリーチできなければ利用できない。どこでどのようにプロモーションするのか。マーケティングではセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングの過程である。上記で作った「ストーリー」は誰向けなのだろうか。どんなシーンなのだろうか。若者、カップル、個人向けなのか、団体向けなのか。また、春夏秋冬どの季節に楽しんでもらうのか。例えば、同じ蕎麦でも夏のざる蕎麦と冬のかき揚げ蕎麦とは、シーンが違うだろう。そして、多様性を考えれば夏場に熱いかき揚げ蕎麦というシーンもあるのだろう。ここでも柔軟性が問われ、マーケティングの世界では意外性も訴求ポイントになりえる。熱い夏にかき揚げ蕎麦を勧め、デザートに抹茶アイスを添える。意外に「いいね!」ってことになるかも知れないし、客単価も上がる。
 
(4)マイナス面の払拭
 ニーズに対処することも大切だが、不満足点を払拭する方が効果が大きい場合がある。
そもそも、利用者の評価は辛口なのかも知れない。例えば、平均的な満足度は高いのだが、1点の落ち度で総合評価がマイナスになってしまうこともあり得る。また、求められるニーズは多岐に渡り分散するが、不満足点は集中する可能性が高く効率のよい施策が展開できる。とびぬけたメリットより普通に便利で不満や不安がない方が満足度が高い。不満や不安を取り除けば全体的な評価の底上げに繋がる。客はなかなか不満を口にしない。アンケートでも辛口のコメントは少ない。何故なら、苦情を書くことで自分自身がつまらない気持ちになってしまうからだろう。折角、遊びに来て楽しんでいるのに水を差したくないだろう。
 では、利用者の不満をどのように察知するのか。多くの観光地で提供されるサービスでは、殆どの場合「接客」を伴うことになるだろう。利用者の不満は「顔に出る」。外国人旅行者の場合、ある意味、日本人よりリアクションが大きいのでわかりやすいかも知れない。利用者の行動や顔色を見ていると、不満や不安な点が見えてくる。例えば、蕎麦屋で注文された蕎麦をテーブルに運んだ時、一瞬、不安顔。注文した物が意に添わなかったのか、箸が使えないのかなどいろいろなことを洞察する。豚肉が入っていますが大丈夫ですか、スープが跳ねますのでエプロンをお持ちしますか、フォークをお使いになりますか、このような一言があれば満足度は一気に上がることだろう。このようなコミュニケーションは、言葉ではなくジェスチャーでも伝わる。このように「おもてなし」とはマニュアルではなく、相手を思いやり気持ちを察する心遣いであり、心遣いとは相手の立場に立つことなのだろう。そして、すべての日本人には生まれながらにして「心遣い」が備わっていると信じたい。
 
■「ラストワンメートル」は人間系
 インターネットの普及過程で、通信業界には「ラストワンマイル」という言葉があった。これは、一般家庭でもインターネット接続が一般化しプロバイダと契約してインターネットに接続した。ここで回線の契約をするのはプロバイダであり、その先にはNTT等の大手通信事業者のインフラが構えているという業界の構造であった。そこで利用者と直接契約すること(「ラストワンマイル」)に妙味があることを意味する言葉であった。
 同様に「おもてなし」サービスでも、「ラストワンメートル」に妙味がある。つまり、どんなサービスでも相手に暖かく届けて喜んでいただくためには人手が介在すべきであり、最後の手がとどく距離(ワンメートル)のタッチポイントは人手が介在する部分だという意味である。例えば、昨今のIoTを駆使すればホテルの自動チェックイン等を無人で行うこともできるだろう。ただ、「おもてなし」の観点では、ホテルの玄関で和服の女将と中居さんの丁寧なお辞儀で迎えられた方が満足度は高いだろう。このように心に響く「おもてなし」は、やはり人間系なのである。IoTはその裏方で、人間系の「おもてなし」を下支える黒子と解釈したい。勿論、旅行者個人のスマホを介在させるサービスも可能ではあるが、敢えて人手を介在させることで、より豊かで印象的な体験を演出することができる。
 
 
 今回はFITが求める真の「おもてなし」について考えてみた。「おもてなし」とは「心遣い」であり、体験を織り込んだストーリーとして提供するものである。ラストワンメートルは「おもてなし」を丁寧に提供する距離であり、人間系である。IoTはそれを支える黒子と考えるべきである。次回は「おもてなし」をお金に変えるビジネスの視点で考えてみよう。
 
 
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