事例情報

2010.07.08
IT Coordinators Association
事例コメント
サンプラス(株) 作成者:サンキョウ クオリス(株)
       矢崎 和洋
ITC認定番号:0007712001C
作成年月日:2002年10月7日
【概要】
 サンプラス(株)は、島根県出雲市に本社をおく環境機器、NC工作機械、工具、省力化機械、空調機器の卸総合商社であり、 給排水・上下水道・空調設備工事も行っている創業55周年を迎える企業である。同社は、バブル崩壊で業績が悪化していた中で大幅な業務改革を行い、 業務改革の一環としてIT導入に取り組み社員の意識レベルの向上から会社業績の向上へと成功した企業であり、 未だバブル崩壊の後遺症に苦しみ立ち直りきれない企業にとっては、大変参考になる事例であり示唆に富んでいる。

【事業ドメイン】
 サンプラス(株)を理解するために、事業ドメイン(注1)を同社のホームページの情報と報告事例から図1に整理してみた。 同社のホームページの情報によれば水道機材部・機械工具部とも100社以上のメーカーの製品を扱い、機械工具部だけでも2万点以上の商品を取り扱っている。 商品は多彩な材質と種類の豊富さから覚えるのも容易でないためその商品管理と商品知識は重要な独自能力と考えられ、 また、その商品をお客様にスピーディーに届ける他社と差別化するための流通システムのオリジナリティも同社に求められている。 したがって、同社の事業において基本的に取り組むべきことは、専門的な商品知識をもって商品管理を行い、 多品種の商品をスピーディーに供給する仕組み作りであると考えられる。そして、その仕組み作りにおいてIT化が未着手または不十分であるとすれば、 IT化から着手することも当然考えられる。しかし、同社はコンサルタントの指導により社員の意識改革から着手した。 なぜ、社員の意識改革がまず必要であったのか明らかにしてみたい。


【ビジネスエクセレンスモデルから見た業務改革の位置付け】
 同社が行った業務改善をビジネスエクセレンスモデル(注2)上で分類して図2のように整理してみる。 業務改革のためのマネジメント要件は、重要成功要因を達成するためにビジネスエクセレンスモデル図の主要な視点である9つの視点から検討する。 同社の現状において専門的な商品知識をもって商品管理を行い、 多品種の商品をスピーディーに供給する仕組み作りためのマネジメント要件は図のようにまとめられたことがわかる。
 業務改革のためのマネジメント要件は、顧客、チャネル、サプライヤーではなく内部的な問題、特に、人的資源の視点に集中しているがこれは、 この視点での課題が多いことを示す。
 また、マネジメント要件は、対象組織の成熟度に合わせた実現可能性や業種業態特性に合わせて検討されるが、 マネジメント要件におけるプライオリティーと改善活動の重要成功要因は収益構造モデルを図式化するなかで因果関係を明らかにして決定されていく。



【バランススコアカード経営の視点で見た活動の関係】
 業務改革を進める際には、それぞれのマネジメント要件がどのように関連しているのか図3のような収益構造モデルを図式化して共通認識を図ることができる。
 収益構造のモデル化においては、バランススコアカード(注4)の視点が有効である。バランススコアカードの四つの視点は相関性があるため、 財務の視点を除いた三つの視点「顧客の視点」「内部プロセスの視点」「学習と成長の視点」から検討して「財務の視点」に収斂していく。 財務の視点をつかさどる戦略のパターンは大きく分けて成長戦略と効率化戦略の二通りに分けられる。 同社の業務改革事例を成長戦略と効率化戦略という2つの切り口でまとめてみる。
 同社の事例でマネジメント要件をモデル化すると図表3のようになるが、 社員のモチベーションの向上が情報の共有化・オープン化の前提になり重要成功要因であることが読み取れる。 多くの企業がこの分析を怠ることにより、ツールであるITばかりに関心を示し、業務改革=業務のIT化となることがある。 業務改革を進める場合には、まず事業ドメインを認識し、 マネジメント要件を現状に照らして明らかにし優先順位をつけ重要成功要因を決定していくステップが重要であことをこの事例は示している。



【活動の成果のモニタリング】
 同社は業務改善の成果について事例本文で報告しているが、バランススコアカードの考え方で整理すると表1のようになる。



[参考資料]
ITコーディネータ専門知識教材「経営の成熟度」
  財団法人 社会経済生産性本部
ITコーディネータ専門知識教材「経営戦略策定プロセス」
  株式会社 日本マンパワー
2002年度版 日本経営品質賞 アセスメント基準書
  財団法人 社会経済生産性本部
サンプラス株式会社ホームページ
  http://www6.ocn.ne.jp/~sunplus/
NEC ITスクエア 最新IT解説
  http://www.sw.nec.co.jp/word/

注1:事業ドメイン
 事業ドメインは、組織の生存領域を表すもので、事業領域あるいはドメインとも呼ばれている。 今日のように市場が成熟化し、さらには企業が保有する経営資源が相対的に希少化してくると、投下する経営資源の効果や効率を最大化することが必要となってくる。 その際、競争市場のどの領域に長期的存立を委ね、どのように自社の競争優位的な存立基盤を築くのかという戦略的意思決定が求められるようになる。 この戦略的に意思決定された生存領域のことを「事業ドメイン」という。

注2:ビジネスエクセレンスモデル(Business Excellence Model
 ITコーディネータが実際活動する際に基本的に遵守する「基本原則」と「アプローチ」、 「メソッド・機能」等を示すITCプロセスガイドラインの戦略策定フェーズで用いられるモデルである。 このモデルは経営戦略策定フェーズでの分析の結果導き出される「最重要成功要因」を実現するためのマネジメント項目を明らかにする目的で用いられるとともに、 モデルに示された項目は組織の経営力(=組織能力)のレベルを明らかにするための視点を示すものである。 なお、ビジネスエクセレンスモデルは、9つの視点で構成されている。

注3:エンパワーメント(Empowerment
 組織の戦略目標が社員に理解された上で、現場に大幅な権限が委譲された状態を指す。激しい経営環境の変化に対応し迅速で柔軟な経営を実現するため、 現場での主体的かつ迅速な意思決定を促す仕組み。社員の自律によるやる気を通じて、 組織の生産性向上に結びつく側面も持つとともに社員の無力感を取り除きモチベーションを高める効用がある。

注4:バランススコアカード(BSC:Baranced ScoreCard
 '90年代初頭に米国で開発され、その後、米国の製造業、サービス業に広く浸透した業績管理手法。 企業活動を「学習と成長の視点」「顧客の視点」「社内ビジネス・プロセスの視点」「財務的視点」という4つの視点で捉え、 たとえば情報システムの再構築による経営革新構想などを、長期の企業ビジョンと戦略にリンクさせようとする手法である。 過去の企業努力や業績を評価するというよりも、むしろ将来の企業価値を創造していくことを目的としている。先の見通しが難しい現代社会において、 有効な経営手法といえる。
 バランス・スコアカードの「バランス」とは、財務的指標と非財務的指標のバランス、社内と社外とのバランス、過去と将来とのバランスなど、 さまざまな意味がある。また、組織の最終的な目標が財務的な成果だけではない地方自治体などでも、 このバランス・スコアカードのプログラムが幅広く展開されるようになっている。
2010.07.08
IT Coordinators Association
事例コメント
株式会社南野産業 作成者:ITC-Labo.
      本多 茂
ITC認定番号:0019182002A
作成年月日:2003年 3月26日
 典型的な中小企業である(株)南野産業は南野社長自ら先頭をきって、トップダウンで社内のIT化に取り組んだ。そのため、社内のIT化への思いが同じベクトルを向いたため、 スムーズにプロジェクトが進み、右肩下がりの業界にあって堅調な経営をされている。
 本事例は、トップのリーダーシップが発揮された典型的な成功事例であり、中小企業のIT化のお手本になるような事例である。

(1)銑鉄鋳造業界の動向
 銑鉄鋳造業界の生産動向は、経済産業省から提供されている機械統計年報・機械統計月報の過去13年間の推移をまとめた日本鋳物工業会の資料(表1)によると、 工場数、従業員数、生産量・生産金額ともに年平均5%前後ずつ減少の傾向にある。さらにこの不況で減少率は加速しつつある。 また、具体的な数字はないが統計では20人以上の企業を集計したものであるから、それ以下の零細企業はさらに厳しい状況にあると考えられるであろう。


 表2によると、さらに追い討ちをかけるように、中国など海外への生産拠点流失や、海外の技術力があがったことによる品質向上などの要因から、鋳造品の輸入が増加している。
 平成2年度から比べると重量ベースでは約2倍、金額ベースでも約1.65倍に達している。逆に輸出は重量ベースで0.56倍、金額ベースでは0.71倍となっている。 重量ベースに比べて金額ベースの落ち込みが少ないのは、高度な技術力を要する鋳物が減少しておらず、むしろ増加傾向にあるので、安価なものは競争力が無くなり、 結果として単価校正が変化したものと考えられる。平成13年度の、輸入品のトン当たりの単価が132,945円に対して、輸出品は255,534円になっている。 これは高度な技術力を要する製品に関しては、日本はまだまだ生き残れているということを示している。今後、中国等での技術力の進歩は目覚しいが、 日本には追いつかれないだけの製品開発力、技術開発力がある。そこに銑鉄鋳物業界の生き残っていくチャンスがあるのだろう。 今までのようにコスト削減、大量生産だけでは産業は成り立たなくなってきている。


(2)IT化への思い
 日本鋳物工業会のホームページによると、大阪鋳鉄工業組合の加盟企業36社のうち、ホームページを持っているのは3社のみである。 中小企業が中心で古い職人気質のはびこる世界なので、IT化は非常に難しいのであろう。そのような状況の中、南野産業はIT化の成功を収めているのである。
 「創業以来、当社は業界をリードする先進の技術指向を基盤に時代と共に移り変わるユーザーニーズに幅広く対応し、鋳造から機械加工までの一貫生産体制を整備することにより、 試作から量産までの納期短縮、製品コストの追求、品質の確保及び維持を実現しています。 品質管理においては諸特性をコンピューターや高精度な計測品により数値でチェックする一方、 システム化された生産管理により要求される納期に合わせ効率の良い生産実績をあげています。」(南野産業ホームページより)
 上記は南野産業のホームページトップに出ているものである。システム化された生産管理とあるように、IT化されたシステムが当たり前のように使われていることを示している。 しかし、これは簡単にベンダーに頼んで導入したというわけではなく、社長自ら苦労をしてこつこつと積み上げていったものである。
<IT化以前>
 工程管理や伝票発行などの業務の進行については、全てを手作業の紙ベースで行っていた。 そのため部品点数が約3,000点もあるので、作業割付や経理関連の作業も非常に煩雑で大変な作業量となっていた。 そのため業務の進行や連絡が行き届かないことも多く、またデータとして残らないため、作業内容なども個人に頼ることが多かった。
<IT化開始>
 こうした現状を踏まえて、南野社長は自ら率先して「トップダウン」でIT化の推進を行うことにした。 もしこの段階で、どこかのベンダーを入れて、もしくはコンサルタントを入れてIT化を進めていれば成功したかもしれないが、莫大な費用がかかってしまっただろう。 南野社長が従業員の協力を、友人の協力をえてこつこつと業務分析からはじめ、ITに関する知識を勉強しながら、自ら自社の業務システムを開発していったのである。 もともとITに関する素人がここまで出来るのか、というレベルに達している。このことが実現できた要因は次のとおりだと考えている。
 (a)南野社長の強力なリーダーシップと意欲
 (b)自社社員による協力体制
 (c)業務を洗い出し、多くを望まずできることからIT化
<IT運用開始>
 南野産業では、社長が苦労して作り上げたITの仕組みが稼動し始めてその有用性と効果を実感している。 たとえばある製品を受注した場合、ボタンひとつで標準工程の情報が得られるようになっている。 また、受注情報や工程情報などは共有化されており、事務所のどのパソコンからも見られるようになっている。
 これは、IT化の基本である属人性を排した情報の共有化そのものになるのではないだろうか。 このように社長のリーダーシップと社員が一丸になってつくりあげた情報システムは、非常に使い勝手の良い、役に立つものになっている。

(3)今後の展開
 今後は市販のパッケージを活用した財務会計の導入。これは既存の販売、仕入れなどのシステムとのインターフェースを設計できれば比較的、早期に可能だろう。 また、外部とのEDIや営業によるモバイル端末の活用などまだまだITに関する課題は残されている。

(4)まとめ
 ITの世界は日々進化し続けている。しかし、中小企業においては湯水のごとくITに投資し続けるわけには行かない。 それこそIT倒れになってしまう。南野産業の事例は中小企業のIT化を進める上でのひとつの指針ではないだろうか。
 (a)社長の強烈なリーダーシップ
 (b)社員の協力
 (c)出来ることからIT化、むだなIT投資はしない
 これらのことが整ってはじめてうまくIT化が出来るのであろう。南野産業については社長のちょっと他人にはまねの出来ないがんばりで実現した。 他社でも同じようなアプローチでIT化の実現を図ろうとしてもなかなか難しいだろう。 ITコーディネーターを活用して、安価に短期間に対投資効果の高いIT化を目指すのもひとつの選択肢と考える。


参考資料
日本鋳物工業会ホームページ
  http://www.chuokai.or.jp/kumiai/jcifa/index.html
南野産業ホームページ
  http://ss7.inet-osaka.or.jp/~nannoind/
2010.07.08
IT Coordinators Association
事例コメント
不二精機(株) 作成者:古家後 啓太
ITC認定番号:0003222001C
作成年月日:2002年9月5日
 不二精機(株)殿は、金型メーカーでありながらいち早く機械化、コンピュータ化を行い、精密金型のみならず、顧客の要望により、成形機から、 成形周辺機器、取り出し機、組立機にいたるまで、システムでの提案、販売等を行い、国内市場から海外への進出を図り世界3位の位置づけを確保している。 本事例は、不二精機(株)のアナログ時代からIT時代への成長の過程を報告したものである。
 本事例コメントでは、「事例の背景や業界の動向」、「関連する知識・資料」等に関して述べるとともに、不二精機が成功した要因と今後の展開について考察した。

(1)金型業界の動向
 経済産業省の工業統計によると金型業界の事業者状況としては、約80%が従業員9人以下の小規模事業者であり不二精機(株)は 金型業界では大手企業といえる。1)
 一方、金型業界の生産動向は、経済産業省から提供されている機械統計年報・機械統計月報の過去13年間の推移をまとめた日本金型工業会の資料によると、 海外からの輸入品の増加や国内産業の海外移転等の影響で、生産量・生産金額ともに減少の傾向にある。2)
 また、2001年金型製造業実態《緊急》調査アンケート集計結果(社団法人日本金型工業会東部支部)によると、 価格競争の激化により受注単価が採算ラインを確保できている会社は5%に過ぎず、57%の企業が30%以上低い単価で受注している。 また、60%の企業が受注能力の70%以下の受注量しかなく、さらに35%の企業が受注能力の60%以下の受注量となっている。 また、得意先から発注されていた仕事が2年前に比べて海外に流出している比率が30%以上あると考えている企業が約3分の2あり、 その主な流出先としては中国(74.7%)、韓国(25.3%)、タイ(11.1%)、台湾(11.5%)と答えている。3)
 このような中で、他社と差別化して生き残るためには多様化する顧客ニーズに対して迅速に対応できる金型設計含めた生産技術や販売管理が重要であり、 特にCAD/CAM等の情報技術の活用した企業でないと競争に生き残れない状況にあるといえる。

(2)自社開発の思想からの新事業展開
 不二精機(株)の情報化の歩みは、昭和50年のシャープのMZという組み立てキットを計算尺の代わりに使ったことから始まるが、 このときから誰でも簡単にできる仕組みを自社で開発している。 その後、NC機(*1)、CAD/CAM(*2)さらにはDNC(*3)導入と 全て伊井現社長がリーダーシップを取りながら自社で開発してきていることが不二精機(株)の最大の強みといえる。
 また、パソコンの活用は、設計・製造にとどまらず、20年前の昭和57、8年から製品ごとの原価計算に使うようになり、 顧客別の利益率管理を行い顧客別の問題点を明確にして利益率向上を図っている。 さらに、工程管理についても4-5万工程をリアルタイムに管理できる仕組みを自社で段階的に進めてきている。
 これらの自社開発のノウハウの蓄積が、東南アジア等のグローバル競争に対抗するために導入したロボットの自社開発に繋がり、 現在の成形システム、製造システム販売事業の礎になったものと思われる。
 このように20年以上にわたって効果的な情報化の推進が図れた要因としては、
  ①伊井社長の強力なリーダーシップ
  ②目的を明確にした段階的なITの導入
  ③業務を熟知した自社社員による開発
等があったものと思われる。このことは、図-1に示す情報化投資効果を発現させるための必要な条件(平成14年度情報通信白書)4) の上位の条件と合致している。


(3)自社に最適なIT環境整備
 不二精機(株)では、従業員238名に対しパソコン台数は300台を超えており、ひとり1台以上を確保している。 また、この多台持ち作業を可能とするため、従業員には構内PHSを携帯させ、機械と人間の手待ちの発生を最小限としている。 さらに、導入パソコンはできるだけ汎用パソコンを使うように設計し、故障によるロスも最小限としている。 EWS(*4)を活用せずにパソコンを多数台活用していることなどは、その典型的な事例といえる。 このようにして、自社の背丈にあった環境作りを行いながら段階的にIT化を図っていることが、 IT導入の効果を最大限に引き出している大きな要因の一つと考えられる。
 また、海外のユーザー対応に関しては、海外拠点のない自社の弱みに対して少ないパーツ数で対応可能とする自社の設計技術と、 世界最大の総合航空貨物輸送会社フェデックスの活用で対応するなど、自社の弱みに対しても他社の経営資源を補完することで柔軟に対応している。 このような伊井社長の考え方も不二精機(株)が成功している大きな秘訣と言えよう。

(4)今後の展開
 不二精機(株)は、情報を活用した業務革新の成果により平成13年8月にJASDAQ(店頭)市場上場を果たした。 しかしながら、直近の日本の金型業界の環境は、グローバルな競争がさらに激しくなり、 不二精機(株)においても厳しい経営環境に直面する状況となっている。5)  特に、海外市場への対応としての海外事業展開が今後の大きな課題と推察される。 平成13年からは、タイ、米国及び中国に設計・製造及び販売子会社を5社設立する等、新たな局面を迎えている。 このようなグローバルな事業展開においても、海外ユーザー含めたユーザーニーズの移り変わりやスピードに対応することが 金型業界における重要な成功要因と考えられる。そのためには、海外各拠点をインターネット等のITの活用により、情報・知識の共有化を図り、 さらには設計・開発の連携を強化し、グローバルな拠点をあたかもひとつの工場のように運営するような体制が必要である。
 今後の事業展開においても自社の強みである伊井社長のリーダーシップと現在までに培われた目的を明確にしたIT活用等で、 難局を乗り切っていくことを期待したい。


[参考資料]
1)社団法人日本金型工業会ホームページ
  http://www.jdma.net/toukei/kogyo/jyokyo.html

2)社団法人日本金型工業会ホームページ
  http://www.mold-if.com/t-siryo/t-siryo.html

3)社団法人日本金型工業会ホームページ
  http://www.mold-if.com/index_a.html

4)情報通信白書(総務省ホームページ)
  http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/h14/index.html

5)不二精機ホームページ
  http://www.fujiseiki.com/ir/zaim.html


[用語解説]
*1:NC機(numerically controlled machine
 数値制御工作機械のこと。従来の手で操作する工作機械に対して、数値情報(coded data) で操縦される工作機械のことをいう。

*2:CAD(Computer Aided Design
 「コンピュータ支援設計」の略。建築物や工業製品の設計にコンピュータを用いること。「Computer Assisted Design」の 略だとする説もあるが、大きく意味が変わるわけではないので、どちらも容認すべきであろう。

*2:CAM(Computer Aided Manufacturing
 「コンピュータ支援製造」の略。工場の生産ラインの制御にコンピュータを応用すること。「Computer Assisted Manufacturing」 の略だとする説もあるが、大きく意味が変わるわけではないので、どちらも容認すべきであろう。

*3:DNC(Direct Numerical Control
 DNCとは、各種NC工作機械の生産性アップ、あるいはそれら生産設備を運営するマンパワーをサポートしてゆくために開発された、工場内支援システムである。 従来、紙テープやフロッピーディスクで工作機械に送られていたCAD/CAMデータを、コンピュータを使って直接オンラインで工作機械の制御装置に転送する。

*4:EWS(Engineering WorkStation
 ワークステーションのうち、グラフィックス機能や演算機能を強化し、ソフトウェア開発や科学技術計算、CADによる大規模設計など特定の用途に特化した コンピュータのこと。UNIXで動作する、RISC型プロセッサを搭載したコンピュータが主流。

*5:フェデックス(FedEx)
 世界最大の総合航空貨物輸送会社フェデラルエクスプレス。全世界210カ国以上、12万都市に広がるネットワークと、650機以上の自社運航機で、 スピーディーで確実な航空輸送 サービスを提供している。その最大の特徴が、前輸送行程を自社で管理する一貫輸送システム。 集荷と同時に、スーパートラッカーと呼ばれる小型端末で、それぞれの貨物に付いたバーコードを読みとり、 そのデータが衛星データ通信網によってメインコンピュータに送られる。そして、貨物が移動する全ての段階でデータが更新されるため、 配送状況がリアルタイムで把握できる。また、通関作業も集荷と同時に始めるため、スムーズでスピーディーな輸送が実現できる。
 フェデックスホームページ:http://www.fedex.com/jp/
2010.07.08
IT Coordinators Association
事例コメント
矢橋林業株式会社 作成者:(株)ニッセイコム
         加藤 博文
ITC認定番号:0009692001C
作成年月日:2003年 3月20日
1.はじめに
 本事例は、イントラネット注1)を利用して企業グループ内の情報共有を推進した事例である。 現在の企業経営においては、現場レベルの詳細情報を経営者及び部門管理者がどれだけ正確かつ迅速に把握し、意思決定につなげるかが課題のひとつになっている。 矢橋グループでは、この課題に正面から挑戦し、結果として企業グループ内での情報共有が推進でき経営に役立てている。
 本稿では本事例から、企業が情報共有を推進するときのポイントを整理するとともに今後の企業のIT化の方向性について考察する。

2.企業概要
 矢橋グループは、岐阜に拠点があり、大きく分けて以下の3つの事業グループから成り立っている。
(1) 矢橋林業グループ・・・・・・・ 従業員:約250名。事業内容:建設、建設材料販売、建設材料の製造。コンピュータソフトの開発とハードの販売も実施している。
(2) 矢橋三星鉱業グループ・・・ 従業員:約100名。事業内容:鉱山採掘業。土木工事等、造園事業も行っている。
(3) 矢橋工業グループ・・・・・・・ 従業員:約200名。三星鉱山グループが採掘した石灰石を利用して石灰を作る焼成加工、石灰の販売。
  矢橋社長は、このグループを「中小企業」と呼んでいる。 確かに企業単位で見ていけばそうかもしれないが、グループとして見てみると従業員数の合計も550名を超え、海外にも事業所展開をしているなど、 「中小企業」という枠を越えていると言える。どちらかというと素材メーカー、加工メーカー、販売会社と役割分担した1つの企業体と見ることができる。 実際に三星興業グループと工業グループは密接な関係があり、前者は材料供給を請負い、後者はその材料の加工及び販売といった形に役割を担当している。 ということは、この2つのグループ企業間において、人・モノ・カネ・情報の連携をスムーズに行うことが必要で、 この中の情報の連携の部分を林業グループのソハード事業部(富士通のディーラー。コンピュータソフトの開発とハード販売を手がける事業部)が担当し、 矢橋グループ全体としてイントラネットを構築した。

3.情報化推進
 矢橋グループでの情報化推進にあたって、注目すべきポイントは2つある。 1つは、トップダウンでの情報化展開であり、もうひとつは「何のために情報化するのか」という明確な目標の設定である。この2つが情報化に成功したポイントである。
以下に、矢橋グループでの具体的な推進方法をまとめる。
1)トップダウンでの情報化推進
 トップダウンでの情報化推進は、図表1に示す情報化投資効果を発現させるための必要な条件「平成14年度情報通信白書」 の2番目の条件にもあがっているように重要なファクターである。
  ポイント1・・・経営者自らが独学でコンピュータについて勉強
     矢橋社長がある会合で運営役になったことにはじまる。これをきっかけに他団体との連絡等にPCやPCを使った電子メールが役立つことを実感し、 コンピュータについて独学で勉強、これを社内に取り入れた。経営者自らがIT利用の有益さを体験したことが情報化推進における説得力となった。
  ポイント2・・・まず経営層から実施
     社内展開にあたっては、まず役員会からペーパーレス化を推進。役員にPCを持ってもらい、資料の作成・収集・保管等を行った。 通常役員といえば年配の方を想像するが、その方々がすぐにPCに慣れることができたかというと疑問で、多少なりとも時間がかかったと考えられる。 しかし、経営陣が率先してペーパーレス化を推進する姿を見せたことが、周りの人たちの意識を変えたはずである。
  ポイント3・・・コンピュータに強い人材の抜擢
     情報化を推進するにはトップの明確な方向性が必要である。矢橋社長の方針は明確で、 そのためコンピュータに強い人材を抜擢し推進役にすえ「習うより慣れろ」の号令の元に情報化を推進した。
 推進役の存在は、図表1に示す情報化投資効果を発現させるための必要な条件「平成14年度情報通信白書」のCIOの設置に遠からずつながっていく。
2)情報化推進の目標
  ポイント4・・・情報共有を課題に掲げ、グループウエアを導入
     「それぞれの部門が如何に詳細な情報を持つか」。これができれば正確で迅速な経営判断が可能になり、 競合他社へのアドバンテージにもなる。詳細な情報を持ち、これを公開するということは、経営における透明度を上げることを意味し、 それはライン型組織構造からフラット型組織構造への転換、つまり自立型社員を求めていることにつながっていく。 情報共有における課題のひとつに、情報の提供ということが挙げられるのだが、他の人よりも多くの情報を持っていることを評価するのではなく、 他の人にどれだけ有益な情報を提供できたかに評価ポイントのウエートを上げていくべきである。
  ポイント5・・・ISO9001の取得を同時に行った
     具体的に情報を共有させるためには、仕事の中にスムーズにそれを取り入れていく必要がある。 矢橋林業グループでは、ISO9001取得を目標に掲げ、そのツールとしてイントラネットを活用した。 情報共有のために議事録等の情報を共有しようと呼びかけても集まらないことが多いのだが、何のための情報共有なのか、 どのように情報を発信し、集め、それを再利用するかといった情報の流れをコントロールすることで、情報共有をすすめていったものと考えられる。
 現在、日本全国で建設業者は約56万社存在している。しかし、今後の公共事業投資が減少していく中、すべての企業が生き残ることは不可能である。 政府はe-JAPAN構想を打ち出し、その中で地方自治体を含めた公共事業入札の要件にISO9001の取得を盛り込んでいることも多い。 ISOは、取得することより維持していくことが大変なことを知らない企業も多い。 この維持の部分に焦点をあて、今までマニュアルや手順書を紙に印刷して配布していた作業を、 それらドキュメントをHTML化することで改廃作業にかかるコストの削減を図ることができる。 また、社内文書等の認証については、グループウエアが持つワークフローソフト、もしくは簡易な方法として電子メールを用いるなど、 グループウエアを効果的に利用することが必要である。 実際、図表2に示す「情報化投資に伴う業務内容や業務の流れ(ワークフロー)の見直し状況」では、社内及び社外も含めてペーパーレス化を図ったという結果が出ている。 これをふまえ、是非ともペーパーレスでのISO9001の認証取得を望みたい。
  ポイント6・・・グループ間連携と海外連携
     矢橋林業の住宅部門と矢橋三星鉱業の土木部門は営業において協調しており、密接な情報交換が必要である。 また、矢橋工業は、矢橋三星鉱業で採れた石灰石を加工販売しており、 これら3グループ間の壁を越えた情報共有の仕掛けとしてイントラネットの構築を矢橋林業が主体となって行った。 現在ではベトナムにも子会社があることから、インターネットのメールを利用した情報共有へと拡大している。
  ポイント7・・・経営営業支援システムへの展開
     情報の積極的な利用としてSFA(Sales Force Automation注2)ツールの展開も実施しており、 今後より有益な情報が日々の営業活動の中から集まってくるものと期待される。

4.今後の情報化課題
 矢橋グループでは、トップの強力なリーダーシップと企業環境からの必然的な要求経緯から情報化を推進してきた。 その情報化の中心は情報共有であったが、今後はITの利点を現場の直接業務に埋め込んでいくことが課題である。
今後の情報化の課題として考えられることをあげてみる。
1)IT利用面
  (1)CADソフトと基幹システムの連携
     CADソフトを利用してその中にある数値データを見積もり等の業務支援システムへ連携させることで、効果的な利用を図ることができる。 実際、CADソフトからデータを取り出すことは難しいことであるが、様々な企業からの要望もあり、今後容易になっていくと思われる。 同じデータを2度3度入力することを無くすべく、システム間の連携を強めていくことが重要である。
  (2)「技術」との連携
     矢橋林業グループの「匠」の「技術」については市場評価がとても高い注3)。 この「技術」を前面に出すためにもインターネットを利用したビジュアルプレゼンテーションが必要になってくる。 今後、ブロードバンドが進む中、イメージの植え付けに静止画像だけでなく、動画も必要になっていく。また、「技術」の伝承も必要で、そのツールとして動画は欠かせない。
2)社員等の課題
  (1)社員に対する公正な評価基準の作成
     今後は、トップの意志を汲みながら現場の社員の面からも有益になるような情報システムの構築と、 その情報システムを利用した社員の成果に対する公正な評価の仕掛けが望まれていくことになる。 前述したように、如何に有益な情報を収集するかが問題になってくるので、情報提供者に対しても、成果を上げた社員に対する評価と同等な明確な見返りが必要である。 情報共有を目的に情報システム構築を行う場合が多いが、失敗した事例の多くはこの評価の部分が不透明であったことが原因のひとつになっている。

5.まとめ
 矢橋林業グループでは、複数の事業にまたがる複雑なグループ構成の中、グループの壁を超えた情報共有の仕掛けを作り上げ、かつ、 情報の流れもマネジメントし営業業務等に積極的に活用している。今後は、「匠」の「技術」と「情報」の「技術」を連携し、世界へ矢橋ブランドをアピールしていくことになる。
 組織が未成熟な時は、トップダウンで強烈に企業を引っ張っていくことが情報化の成功要因であったが、組織がある程度成熟した後は、ボトムアップ型へ移行すべき場合が多い。 この点をどのようにクリアしていくのか、矢橋林業グループでの今後の展開に注目していきたい。


図表1) 情報化投資効果を発現させるために必要な条件(複数回答)


図表2) 情報化投資に伴う業務内容や業務の流れ(ワークフロー)の見直し状況(複数回答)



参考資料
1)図表1、2「情報通信白書」
  http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/h14/index.html
2)矢橋林業(株)ホームページ
  http://www.yabashi.co.jp


注1:イントラネット(Intranet
 通信プロトコルTCP/IPを初めとするインターネット標準の技術を用いて構築された企業内ネットワークのこと。 インターネットで標準となっている技術は多くの企業が対応製品を出荷しており、カスタムメイドのものよりもコストを低く押さえることができる。 またWWWブラウザや電子メールクライアントなどインターネットで使いなれたアプリケーションソフトをそのまま流用することができ、 インターネットとの操作性の統合や、インターネットと連携したアプリケーションの構築などが容易に行える。 イントラネット上には電子メールや電子掲示板、スケジュール管理などの基本的なものから、業務情報データベースと連動したWebアプリケーションなどの大規模なものまで、 様々な種類のサービスが目的に応じて導入される。

注2:SFA(Sales Force Automation
 パソコンやインターネットなどの情報通信技術を駆使して企業の営業部門を効率化すること。
また、そのための情報システム。

注3:「匠」と「技術」
 矢橋林業(株)ホームページを参照。その中の「矢橋公房」では、「木と漆」をテーマに「匠」の「技術」を用いた製品を照会しており、多くのファンを魅了しています。
2010.07.08
IT Coordinators Association
事例コメント
(株)喜多屋 作成者:四国ビジネスコンサルタント
     東矢 憲ニ
ITC認定番号:0005152001C
作成年月日:2002年3月14日

酒造業界においては、過去4度に渡り近代化事業に取り組んだ結果、企業規模適正化の必要性から、中小メーカーの企業合同・合併・転廃業が強力に推進された。加えて、需要の低迷や大手への生産集中が転廃業への動きに拍車をかけ、平成11年の事業者数は2,152社と昭和40年(,690社)の約60%まで減少している。
 このような厳しい業界にあって、㈱喜多屋は、情報化の風を吹き込み、抜本的な経営体質の強化を図ろうとしている。しかも、強力な風を吹きおこして一気に革新的な改善を行うのではなく、社長の明確なIT導入コンセプトのもと、さわやかな風、緩やかな改革を狙っているところに妙味がある。以下、事例の背景や関連データ・資料などを付け加えて、IT化の進め方のポイントを押さえてみよう。

【業界の需要低迷】
業界の経営課題は「需要の低迷」を筆頭に、「中小メーカーの経営き弱性」「蔵人の減少と高齢化」などが挙げられるが、最も重要な問題は「需要の低迷」なので、どの程度消費量が落ちているか、国税庁の資料をもとにご紹介しよう。

酒税課税状況の推移

 同社の取扱品は、需要の落ち込みが大きい「清酒」と、緩やかな上昇傾向を見せている「焼酎」が主力であり、全体的には楽観視出来ない状況にある。
 したがって、市場が小さくなっている業界に位置する同社としては、確実に利益を確保する為に、ITを活用するにしても、「如何に売上を伸ばすか」「如何に経費を削減するか」の二つの道の両方でその活用法を模索している。今回の紹介事例は、後者の経費削減がメインになっているが、実は間接的に売上増進に寄与している部分もあり(後述)、事例では紹介されていない通信販売の存在なども加味すると、同社の全体的な捉え方のバランスの良さが評価される。

IT導入方針】
○「大上段に構えない」「必要十分なものにする」
 同社がIT導入に成功に成功した理由の一つは、明確で適切な導入方針を持っていたことにある。「大上段に構えない」「必要十分なものにする」というトップの方針は、中小企業ならではの考え方であり、「情報化の的を絞り、過大な望みを持たない」ことを一貫して貫いたことが実益性の高いシステム構築につながったと考えられる。

成熟度の低い中小企業が陥りやすい間違い

中小企業の成功パターン

業務の全体プロセスを組み込んで、理想的なシステムをいきなり構築しようとする

情報化の的を効果の出そうなところに絞り込んで、集中投資する

トップ一人・あるいは担当責任者の思い込みで、誰の助言も聞かないで導入する

適切な専門家を選んで、パートナーシップを組んで推進する

ベンダー(注1)に頼ってしまって、ベンダーのチェック機能が働いていない

予算・納期・システム機能など、ベンダーに対してのチェック機能を持っている

部分的・短期的視点で導入する(今のことしか見えていない状態)

全体的・長期的視点で導入する(現在行っている活動が終了すれば、次はどの方向に向かうべきか、常に次の構図が描かれている)

○「分からないところは人に聞く」
 自力で全て仕上げることは不可能に近い。したがって、経営の専門家、ITの専門家、あるいは両方の分野に秀でた専門家(ITコーディネータなど)を活用することが必要だ。その最初の窓口になるのが各地の商工団体(商工会・商工会議所・中小企業団体中央会)であり、地域の中小企業支援センターなり、場合によってはITSSP(注2)、中小企業総合事業団の支援事業・補助事業を紹介してもらうことになるだろう。
 同社の場合は、福岡県中小企業振興公社の情報化支援アドバイザー事業を利用して、好結果を得られた。

【全ては問題意識から始まる】
 どの業界においても在庫管理は小さな問題ではないが、特に酒造業界では、課税対象になるか否かの税額決定に関わる重要事項である。酒税法では、酒税の納税義務者を酒類の製造業者及び保税地域から酒類を引き取るものと規定しているが、製造場において飲用されたものが課税され、腐敗したものを処分する場合においても、所轄税務署に連絡して当該職員立会いの上、処分しなければならないなど、在庫に関する取扱は厳重を極めている。そのため、在庫の精度を高く保つ必要があり、計算上の在庫と実在庫が数値上完全に一致しないと、おびただしい「人時数」(注3)が必要になる。数字合わせのために多くの人が狩り出され、長時間非生産的な業務に携わらなければならない。
 しかし、このような現状を毎日見ていても、業界では当たり前の話として、何ら問題意識が生まれないのが世の常である。
 したがって、経営改善とか経営革新は、どの程度のことをどの程度問題視するかにことの発端がある。業界では当たり前のことでも、他の業界から見ると問題になる程度のものに対して、改善が試みられれば、これは経営改善のレベルであり、普通ならば誰も気がつかない程度のことに対して、革命的な改善が試みられれば、これは経営革新のレベルにまで行き着く。要は、どの程度のことを問題視できるかなのである。
 今回の事例においては、在庫管理の問題がことの発端になったが、「ペーパーレス」「顧客要求の即時対応」「経理・営業データの戦略活用」など高度な問題意識が生まれたことも、成果に結びついた。

・酒税の対象となる酒類は、アルコール分1度以上の飲料で、次のとおり大きく10種類に分類されている。

・清 酒

・合成清酒

・しょうちゅう

・みりん

・ビール

・果実酒類

・ウィスキー類

・スピリッツ類

・リキュール類

・雑 酒

・酒税の納入義務者は「酒類の製造者」で、酒類を外国から輸入する場合には、その輸入者が納税義務者になる。
・酒税は、製造場から出荷した酒類、または輸入した酒類の数量に一定の税率を乗じて計算する。その、税率は、種類、品目及びアルコール分などに応じ細かく定められている。

【意思疎通の重要性】
トップダウンとボトムアップ
 IT導入の成否の分かれ目の重要要因として、「意思疎通」の問題が挙げられる。特に、ソリューション(注4)の規模が大きくなるほど、この意思疎通が上手くいっているかどうかの比重が大きくなってくる。経営者と現場、プロジェクトチーム内、プロジェクトチームと社内組織、色々な局面でこの意思疎通が足を引っ張ってくることになる。要注意事項である。
 その点、同社の場合、トップダウンとボトムアップで、両方向から、両者の考え方を伝え合う努力を惜しみなく尽くしている。
現場密着型の専門家の助言
 通常、専門家はどのような分野においても、頭デッカチの人が多く、上手に使うという意味では、現場をよく見てもらうということを積み重ねなければならない。反対に、現場無視型の専門家は利用すべきではない。
 同社の場合、計画段階から専門家に参加してもらい、しかも、通常、表に現れにくい問題を抱えた「朝・夕の出荷状況」まで見てもらっていることは、陰に隠れた小さな成功要因になっている。
 この様に、「依頼した専門家」と「発注者」との意思疎通も重要な局面である。
【導入システムの貢献内容】
導入システムの貢献内容

 前の項(業界の需要低迷)で、導入システムは間接的に売上増進に貢献している部分もあると述べたが、導入システムとその貢献内容を、その因果関係を捉えることによって確認してみよう。
 図表(情報システムの貢献内容)で明らかなように、今回のIT化は経費削減分野の方で大きく貢献しているが、「顧客満足度の向上」や「戦略を組み立ててデータを活かす」という間接ステップを踏むことによって、売上増進にも寄与していると捉えられる。

【人為的エラーの排除】
 見間違い、入力間違い、勘違いなどの人為的エラーを排除するためには、原資データを活用して転記作業をなくすことを、IT化のベースラインに置いておかなければならない。同社の在庫管理においては、この基本原則に一貫性を持たせるために「ハンディターミナル」を活用した。コンピュータからプリントアウトされた伝票を目で確認すると、「見間違い」「勘違い」が発生する可能性があるが、ハンディターミナルが商品に付されたバーコードを機械的に読み取る作業を組み込むことによって、人為的ミスを皆無の状態にしてしまった。
 今回のIT導入の最大の課題であった在庫管理を、実用性のあるシステムに仕上げたポイントはこの部分にある。簡単な仕掛けを施すだけで、システム全体の使い勝手・実用性が変わってくるので、その意味では、如何に現場と一体化した計画化が必要であるかがよく分かるであろう。

参考にしたサイト
国税庁の発表資料
  http://www.nta.go.jp/category/press/press/alc12/01.htm
お酒の話題
  http://www.sapporo.nta.go.jp/5/5_4_1.html

参考文献
「業種別業界情報」経営情報出版社

(1)「ベンダー」
 もともとの意味は販売者だが、IT関連では、メーカーとほぼ同義に使われている例が多い。
(注2)ITSSP
 ITSSPは、経済産業省と情報処理振興事業協会(IPA)が推進する公的なプロジェクトであり、産業競争力回復を目指した戦略的情報化投資活性化事業である。
(
注3)「人時数」
 1人が1時間従事する場合を「1人時」として把握し、従事人数と従事時間数の延べトータル数を人時数という。
(注4)「ソリューション」
 直訳すると「解明」「解決法」「解答」になるが、IT関連では、「求めている仕事の解決方法を提供する情報システム」ということになる。
 (注5)「ビジネスモデル」
 ビジネスモデルとは、「誰にどのような価値を提供するか、そのために経営資源をどのように組み合わせ、その資源をどのように調達し、パートナーや顧客とのコミュニケーションをどのように行い、いかなる流通戦略と価値体系のもとで届けるか、というビジネスのデザインについての設計思想である」(慶応大学助教授、国領二郎氏による)と定義されている。
 しかし、一言で表現するならば、「利益をあげるための事業の仕組み」ということになる。

2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
北海道地図(株) 作成者:勝野 直樹
ITC認定番号:0007582001C
作成年月日:2002年6月3日
 北海道地図は、北海道地区を拠点として、資本金7000万円、従業員270名の地図調製・印刷事業(注1)、コンピュータマッピング事業(注2)、出版事業(注3)を営む企業である。紙媒体の地図から電子媒体の地図への変化に伴い、空間情報ソリューション企業(注4)として着実に実績を積み上げている。
 1970年代からコンピュータを使った地図づくりに挑戦しており、地図専用の画像処理システムを開発してコンピュータマッピングを実現し、1980年代には、GPS( Global Positioning System )を活用したカーナビゲーションの商品化にも参画している。阪神淡路大震災でGIS( Geographic Information System )の有効性が着目されて以来、官民一体となった地図の電子化が進められる中で、北海道地図はその担い手として確固たる地位を築いている。
 北海道地図の「"干物"から"活魚"へ」すなわち、「"紙地図"から"電子地図"へ」の経営戦略は、地図を扱う多くの企業にとって参考になるものである。本事例コメントでは、北海道地図の経営戦略とGISを取り巻く市場の動向について述べる。

<コンピュータによる地図の作成>
 もともと行政用地図のオーダーメイド専門業者であったが、コンピュータマッピング画像処理システムの開発を契機として、本格的な電子地図作成事業を推進した。その結果、紙地図の場合、「加工が困難」なことがの大きな弱点であったが、地図をコンピュータで処理することを可能とし、顧客の要求に合わせた地図づくりを効率的に行えるようになった。
 1970年代後半から80年代前半には、航空測量業界においても地図を効率的に作成するための手法として、コンピュータを使用した自動図化システムの開発が活発に進められていた。そんな状況下において、地図調製・印刷を事業の柱とする企業として電子地図への対応・転換を図ったことは賢明な判断であったと考えられる。

<GISへの取り組み>
 電子地図、衛星画像、地域統計など各種の空間情報は、我々の生活・社会に不可欠なコンテンツとしての社会基盤である。これを活用するGISは、現在では公共機関や民間において積極的な取り組みが進められている。
 北海道地図では、紙地図を作成する過程で出来上がった電子地図を、まずは顧客の要求に合わせて提供することから始めた。このためには、データ作成のためのオペレータだけでなく、入念な品質管理と工程管理を必要とした。この間に北海道地図では、シームレス、スケールレス、10mメッシュの標高データ等のGISに関する技術を修得し、電子地図市場への参入を果たした。特に、10mメッシュの標高データの作成技術は、そのデータを使った精細な地形表現を可能としただけでなく、防災や環境分野で利用する各種地形解析図面が効率的に作成できるようになり、業界の中でも大きく注目されることになった。こうした独自性・特徴のある技術開発を推進する企業力は特筆すべき点であると思われる。

<空間情報ソリューション事業への展開>
 IT時代を迎えた今日、GISをはじめとする空間情報を扱う業務は着実に拡がりを見せている。北海道地図では空間情報データベースを提供する企業として、社業を傾注すべく相当な投資を行っている。その結果、顧客から地図づくりのシステムコンサルティング企業、空間情報ソリューション企業として期待されるようになった。
 有珠山の噴火時には、有珠山周辺地域の治山情報システムを受注していたことから、早急に避難のためのGIS立ち上げたいという要請に対応し、避難所の収容人数、所在地などの情報と地図とをコンピュータ上でリンクさせて、緊急時の避難計画を効率的に進めるのに大きく貢献した。

(北海道地図ホームページより)



 GISは、広義には 「実世界を空間的に管理することにより、より合理的な意思決定を行おうとするアプローチ全般」を意味する。狭義には、「空間情報を作成、加工、管理、分析、表現、共有するための情報テクノロジ」を意味している。GISを活用することで、地図の表示や検索だけでなく、位置を表す情報をベースとして管理された多種多様な情報を組み合せて、高度な検索や解析ができ、より広い視野で情報を捉えなおす事ができる。すなわち、GISは、情報の統合、関連性の分析、情報の効率的な伝達、合理的な意思決定を支援するツールである。

 政府のIT戦略本部においても「GISアクションプログラム2002-2005」に関する話題が取り上げられており、GISは国レベルの重要な施策の一つとなっている。空間データを社会的基盤として整備することによって、次のような直接・間接にさまざまな効果が生み出されるものと期待されている。

 ・空間データ整備に関する経費の効率的利用
 ・空間データをプラットフォームとした、行政情報管理の体系化
 ・透明性の高い行政情報公開の実現への寄与
 ・民間等における空間データ整備コストの最適化
 ・空間データを利用した新しいビジネスの創生

 地方公共団体では、各担当部署別に個別のGISを導入してきたが、最近では総務省が推進する統合型GISの整備に力点を置いている。具体的には、これまで「下水道管理システム」、「固定資産管理システム」といった個別業務向けのアプリケーションを導入してきたが、2001年7月に総務省が策定した「統合型の地理情報システム(統合型GIS)に関する指針」をうけて、現在は複数の部局が利用するデータ(たとえば道路、街区、建物、河川など)を各部局が共用できる形で整備・利用していく庁内横断的なシステムの構築を進めている。統合型GISを導入することにより、データの重複整備の防止、各部署の情報交換のスピード化、行政の効率化、住民サービスの向上などを図ることができる。

 民間企業においては、物流やマーケティング分野でGISが活用されている事例が多く見られる。たとえば運輸業においては、車輌に装備したGPS(測位システム)とGISを組み合わせて、正確な運行実績の記録や、安全管理を実現している企業がある。運航中の全ての車両位置や作業情報をほぼリアルタイムにGIS上で把握し、運行管理の効率化と作業性の向上、顧客サービスの向上を図っている。特に、GISの特徴である地理的解析機能により、過去の運行記録から将来の車両の最適配置をシミュレートすることで、最も効率的な運航計画をたてることができ、他社との差別化や顧客サービスの向上を図ることができる。
 また、マーケティングへの活用では、国勢調査データ、商業統計、事業所統計などの基礎情報を地図上で統合することにより、商圏内の統計情報集計、店舗を中心とした任意距離の円/道路に沿った一定幅/任意の多角形で居住人口、事業所従業員数、店舗床面積などの統計指標の集計結果をビジュアルに表現することができる。GISは、地域に根差した営業戦略に欠かせないエリアマーケティング支援ツールとして効果を発揮している。

 一方、GISを専門とした学会として地理情報システム学会があり、そこでは空間IT、森林計画、医療福祉環境、ビジネスGIS、自治体、モバイルGIS・ナビゲーション、土地利用・地価、農政経済GIS、バイオリージョン、防災GIS、用語・教育、マルチメディアGISなどの各専門の分科会が設置され、活発な研究活動が進められている。
 また、1998年には東京大学に「空間情報科学研究センター」が設立され、東京大学内のさまざまな研究者との研究の他、より広く他大学や民間企業の研究者、国の機関とも積極的に共同研究が進められている。

 国土空間データ基盤推進協議会(NSDIPA)が実施した国内のGIS市場規模に関する推計では、1999年に6800億円であった市場が2005年には3兆6100億円、2010年には6兆1400億円へと急速に伸びるというものとなっている。この推計結果で特徴的なのは、特に「民間業務におけるGISの市場」の分野でGISの利用が著しい増大を見せ、全体の市場の伸びを牽引する点である。
 北海道地図もそうであるように、地図業界、測量業界、情報システム業界等、地図コンテンツに係わる民間企業により、データ面ならびに技術面、制度面、基盤面が一体となった環境作りによって、「民間業務における市場」はいっそう拡大するものと推測されている。身近なところでは、「携帯端末による地図情報サービス」と「カーナビ関連のGIS」などは、既に我々の生活の中にも急速に浸透してきたところである。

 このように、北海道地図が推進するGISおよび空間情報ソリューション事業の市場は今後も大きく成長するが、それを取り巻く関連企業も多種多様であり、競合環境としては決して楽とは言えない。近年まで、GISの活用領域は、ガスや電気等の専門的企業、研究所・大学で利用されていた。しかし、ITの進展により、これまでスタンドアロンで使われていたGISソフトも情報システムのコンポーネントとして組み込まれるようになり、地図・地理といった枠を超えて企業システムの一部分として使われるようになってきている。その中で、顧客の要求への的確な対応力や他社との差別化を図る独自性のある技術開発が今後のさらなる飛躍への必要条件となると考えられる。

(NSDIPAホームページより)


参考にしたサイト
国土交通省国土計画局・GISホームページ
http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/gis/
国土交通省国土計画局・「GISアクションプログラム2002-2005」の決定について
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha02/02/020220_.html
総務省自治行政局・統合型の地理情報システムに関する指針
http://www.lasdec.nippon-net.ne.jp/rdd/gis.htm
国土地理院・地理情報システム
http://www.gsi.go.jp/REPORT/GIS-ISO/gisindex.html
地理情報システム学会
http://www.gisa.t.u-tokyo.ac.jp/home-j.html
東京大学空間情報科学研究センター(CSIS)
http://www.csis.u-tokyo.ac.jp/japanese/
国土空間データ基盤推進協議会(NSDIPA)
http://www.nsdipa.gr.jp/
ESRIジャパン(株)
http://www.esrij.com/
(株)富士通ビジネスシステム「3Dマップ・ネットワーク・システム」
http://www.fjb.co.jp/back/1104_13.html
GeoPress[地図専門ニュースサイト]
http://www.mapgarden.ne.jp/geopress/index.asp
てくてくGIS
http://www.csis.u-tokyo.ac.jp/~akuri/


注1:地図調製・印刷事業
国及び地方自治体等の官公庁からの受託による事業計画用公共地図の製作

注2:コンピュータマッピング事業
GIS(地理情報システム)を利用した地図データ及びシステムの作成、販売

注3:出版事業
豊かな立体表現を用いた登山用地図や山岳地図等の作成、販売

注4:空間情報ソリューション企業
GIS単体のシステムを売るのではなく、地理情報データベースやシステムの構築を含むトータルな視点に立った問題解決が可能な企業
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
(有)函館カネニ 作成者:松本 眞由美
ITC認定番号:0009082001C
作成年月日:2002年5月21日
 (有)函館カネニは創業40年余。函館港で水揚げされた「カニ」を中心とした水産物加工および販売業として、北海道函館市の「函館朝市」に3店舗、「中島廉売」に1店舗、計4店舗を有する。函館港で水揚げされ、茅部郡森町の自社工場内の専用大釜でゆでたカニ等の魚介類を店舗で販売している。
 独自の塩加減とゆであげるタイミングをもとに完成させた、家庭では出すことのできない「浜ゆでの味」を全国に広めたいという藤田社長の意気込みのもと、1996年からネットビジネスへの取り組みを始めた。翌1997年から立ち上げたショッピングモール楽天市場(注1)内での本格的なネットショップ(注2)では、 「商品を売る前に心を売る」という藤田社長のやる気とアイデアを、新しい販売手法への取り組みや日々の更新によって実現し、現在は年間1000万円以上の売上を確実に得ている。
 以下に、当該企業をとりまく環境と楽天市場で行っているネットビジネスへの取り組み方、および、今後への期待について述べる。


1. (有)函館カネニを取り巻く経営環境
 (有)函館カネニが店舗を構える函館市は、日本最初の貿易港として開港して以来、街並みに欧米文化の面影を残し、例年多くの観光客を迎えている。その中で、戦後の闇市から始まった「函館朝市」は現在店舗数200余。函館市民の台所であり、観光名所としても全国的に有名である。
 しかし、現在の北海道全体の景気動向は依然極めて厳しい水準であり、函館商工会議所の直近の調査結果においても、漁獲水揚げ高の減少の一方で、個人消費の低迷等、水産加工を中心とした製造業全体において今後も楽観できない見通しであると推定されている。 また、総務省統計局による全国の世帯における直近の家計調査においても、個人消費支出額全体の低迷に加え、支出の内訳の中でも魚介類のうち魚介加工品の支出割合は低下し、当該企業の属する業界全体の今後の経営の厳しさが予想される。


2. インターネットを利用した販路拡大の実践
 当該企業は函館朝市に実店舗を構える100余の同業店舗の中で、いち早くインターネットの可能性に着目し、楽天市場への出店により販路拡大戦略を実践、十分な成果を上げている。
  
(1)当該企業のインターネットへの取り組みの経緯
  1957年:函館朝市にて、販売を始める。
  1996年:レンタルサーバーにて、ネットショップを開店する。
  1997年:楽天市場に移転し、ネットショップを開店する。
  1998年:自社ホームページ「函館カネニの活き活き新聞」を開設する。
  2000年:函館朝市ショッピングモール開設と同時に、「ネットショップカネニ藤田水産」を出店する。

(2)当該企業のビジネスモデル
 当該企業は事例本文で紹介されている楽天市場内および、函館朝市ショッピングモール内の2店のネットショップを有する。
 後者は事例本文中で藤田社長が今後の展望として語っておられるショッピングモールを2000年に実現されたものだが、函館朝市の実店舗200余のうち、インターネット上での販売が可能な水産加工品店は当該企業を含めた2社のみ。他店はすべて店舗紹介および電話での受注受付であり、 また、2001年6月以降に更新がなされていないため、全体に函館朝市および函館の紹介ページと見受けられる。
 そのような状況において、当該企業はネットビジネスの基盤を楽天市場ととらえ、函館朝市ショッピングモール内のネットショップでも独自に商品情報の更新および販売を行いながら、楽天市場の提供する共同購入システム(注3)や、プレゼント企画等へとスムーズな来店誘導を行っている。
 また、実店舗および地元函館市および函館朝市の紹介を、自社ホームページ「函館カネニの活き活き新聞」で行うとともに、楽天市場のネットショップへの来店誘導を行っている。

それぞれのホームページの構成およびコンテンツは下記の通りである。


   (3)楽天市場におけるネットショップ
 楽天市場出店には、出店料月額5万円と売上に比例した手数料(数%程度、2002年度より実施)を要するが、楽天市場の簡易なホームページ作成機能および受注管理、顧客管理、自動受信確認メール送信等々、充実したバックヤードシステムの活用により、出店企業がリアルタイムに容易に商品情報の更新や受注確認や個別メール配信等の顧客対応を行うことが可能である。
 ただし、楽天市場の提供する機能をどの程度活用し、創意工夫を加えるかは、出店企業により取り組み方が異なるため、実績に大きな差が出ているのが現状である。
 当該企業は楽天市場の提供する機能をフルに活用し、さまざまな顧客の要望に対応しようという意気込みが感じられる。商品情報の更新は日々行われており、1点1点丁寧な説明文や注意事項が書き込まれ、初めて購入を検討する場合には特に安心感・信頼感を与えられるようなページ作りがなされ、また、全体にわかりやすいページ構成となっている。
 販売方法においては、通常購入方法に加えて、低価格の共同購入、オークション(注4)、さらに、まとめ買いで送料一律購入方法を「スーパーマーケット」と独自に命名し展開している。また、近年市場の伸びが顕著なモバイルコマース(注5)にも対応済みである。
 しかし、楽天市場に出店している水産物・水産加工品取り扱いショップは14,000余、主力商品であるカニを販売しているショップは全220店余、毛ガニだけでも43店にのぼる。この競合の多い中で差別化をはかるための仕掛けとして、当該企業は次のような取り組みを行っている。
 まず、未購入者への販売促進として特に効果的なプレゼント企画の実施、既存購入者に対してはポイントシステムやメールマガジン「活き活き新聞/お買い得情報」によりリピート購入を促進することで固定客化を図っている。また、顧客からの掲示板(注6)のへの書き込みに対する担当者の確実な返信は、顧客との大事なコミュニケーションの場であり、顧客の喜びの声を公開することは、購入を検討している未購入者に対する販売促進ともなっている。
 また、ネットショップでの購入確定の判断材料として欠かせない支払条件については、商品代金に送料および代引き手数料を含んだ価格提示を行っており、遠隔地からの注文の際に送料の負担を感じさせないよう配慮がなされている。決済方法もクレジットカード・代金引換・銀行、郵便振替、現金書留と、顧客の選択肢を多く提示していることも売上増加の一因となっている。
 最後に、遠隔地の顧客も気軽に問い合わせることができるように、問い合わせ電話およびFAXにフリーダイヤルを導入した。さらに当該企業にアクセスした初めての顧客に声で安心感を与えるようになっている。
 以上のように、「商品を売る前に心を売る」という藤田社長のやる気とアイデアを具現化したのが、現在の楽天市場でのネットショップであるといえる。

3. 今後の事業展開への期待
  
(1)今後の最終消費者向け電子商取引の市場規模
 中小企業庁発表の中小企業白書によれば、平成12年度の最終消費者向け電子商取引は6,233億円、うち、モバイルコマースは541億円と、インターネットユーザー、携帯電話の普及と共に年々増加基調にあり、今後もブロードバンド(注7)の普及により加速することが期待されている。
  

    さらに同調査によると、b)品目別市場規模のうち、食料品・酒類は245億円と、コンピュータおよび周辺機器、航空・旅行業、ホテル予約、有料デジタルコンテンツに次ぐ上位5位の市場規模である。
 また、日経ネットビジネス誌第12回インターネット・アクティブ・ユーザ調査によれば(2001年6月実施)、いずれも複数回答だが、「オンライン・ショッピングで購入したことがあるすべての商品」の中で、 食料品購入者は13.4%(2000年12月:10.2%、2000年6月:9.9%)、「一番最近のオンライン・ショッピングで購入した商品」としての食料品購入者は34.6%(2000年12月:27.2%、2000年6月:24.8%)、と増加傾向にあり、鮮度や味、安全性が求められる食料品をインターネットで注文することがごく日常的に受け入れられていることが見受けられる。今後も電子商取引市場全体の伸びと共に、食料品分野の市場の伸びが期待される。

(2)当該企業の今後の展開への期待
 当該企業の業界は自然環境・天候に左右される事業だけに、今後、確実にネットショップで利益を得るためには、既存顧客のリピート率の向上が重要なポイントである。現状では、ポイントシステム、メールマガジンでのお買い得情報提供、お得意様限定の代金後払いと、固定客作りの取り組みはなされているが、今まで蓄積した顧客の購買データを活用した顧客一人ひとり個別の商品提案など、さらなる工夫が期待される。
 また、実店舗の既存の取引先(例えば飲食店等)との企業間取引、或いは新規取引先の開拓の場としてのネットショップも検討・研究の余地はあるだろう。
 一方では、地元経済活性化のために、今まで楽天市場のネットショップで培ったノウハウと知名度を元に、函館朝市ショッピングモール全体のボトムアップを図る新たなる取り組みに期待したい。


《参考URL》
・(有)カネニ藤田水産~函館カネニの活き活き新聞
ttp://www.asaichi.ne.jp/hakodate/kaneni/
・はこだて朝市!カネニ藤田水産直売所
http://www.hakodate-asaichi.com/fujita/
・日本一の朝市!函館朝市がショッピングモールになりました。
http://www.hakodate-asaichi.com/
・朝市ネットワークサービス
http://www.asaichi.ne.jp/
・楽天市場
http://www.rakuten.co.jp/
・北海道庁経済企画室参事
http://www.pref.hokkaido.jp/skikaku/sk-kcsnj/doukou/doukou.htm
・函館商工会議所ホームページ
http://www.hakodate.cci.or.jp/
・総務省統計局 統計センターホームページ
http://www.stat.go.jp/
・中小企業庁 2001年版 中小企業白書(2001年6月発表)
http://www.chusho.meti.go.jp/hakusyo/h13/index.html
・日経ネットビジネス「第12回インターネット・アクティブ・ユーザー調査」
http://nnb.nikkeibp.co.jp/nnb/200107/f_nmmq12.html


《用語解説》

注1:楽天市場
日本国内最大のショッピングモール。出店料月額5万という低価格と簡便なホームページ作成機能、受発注管理機能の提供で、1997年3月のオープン以来、出店企業を伸ばし、現在は5,000店以上の出店がる。2002年から実施される従量課金制(売上の数%)の導入により、今後の出店企業の動向が注目されているが、一方で、モバイルコマース・テレビコマース・ブックショップ、ホテル予約、ビジネスノウハウ交換の場の提供と、常に新たな取り組みを行っている。

注2:ネットショップ
インターネット上で商品を販売するWebサイトのこと。オンラインショップ・電子商店とも言う。
1つのWebサイトにいくつもの電子商店を集めたものをショッピングモールと言う。

注3:共同購入システム
顧客が商品を購入することにより、その販売数量に応じて販売価格が下がっていく販売方法。これにより、顧客が安価に商品を購入できる可能性を提供している。

注4:オークション
ネットオークション、オンラインオークションとも呼ばれる電子商取引の一種。
Webサイト上に出品された商品に対して期限内に最も高値を提示した入札者が商品を落札し、購入する仕組み。一般消費者同士が直接取引を行なう形式もある。

注5:モバイルコマース
iモード・Jsky・Ezwebといったインターネット接続機能を内蔵した携帯電話による物品・サービスの購入や、金融取引のこと。

注6:掲示板
「電子掲示板」の略。ビービーエス(Bulletin Board System)とも言う。参加者全員が読み書き(書き込み、投稿)できる電子的な掲示板サービスのこと。インターネット上にWebサイトの形態で提供されている。

注7:ブロードバンド
xDSLやケーブルテレビなど高速な通信回線を用いたインターネット接続サービス、および、ネットワーク上に提供される大容量データ送信を活用したサービスのこと。
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
東北リコー(株) 作成者:(株)SRA
     岩佐 修二
ITC認定番号:0002032001C
作成年月日:2002年4月15日
<概要>
この度の事例報告では汎用機からパソコンへの転換を全社員の団結で図り、間接部門の生産性を大幅に改善された経緯が報告されている。市況は売上志向から利益志向へ、時代が著しく変化しているが同社が取り組まれた成果は多くの示唆を我々に伝えている。

なお、同取組みは94年より開始しIT/S(Information Technology/System)と呼ばれているが、社内的にパソコンを中心に仕事を進めていくことを称している。

<決算数値のモニタリング>
今回の事例報告は平成11年7月に行われたが、筆者は、同社の決算報告からIT化の成果を検証した。


売上高は平成11年3月を(100)として平成12年3月が(111)、平成13年3月が(120)、また経常利益についても平成12年3月が(122)、平成13年3月が(151)となっている。ここ数年市況の低迷のなかで、同社の卓越した業績は評価に値すると考えられる。この数値の向上は、IT/Sの導入により生産性が向上し、経常利益の増加に結びついた一因だと推測される。同社の決算報告書にも明記されているように、IT/Sの導入を契機に企業体質の改善に継続して取組まれている結果と考えられる。

以下は、事例報告書内容をITCのプロセスに従ってまとめてみた。
まとめることにより改めて方針と手順が認識できた。その方針と手順を確実に実行されたことが今回のシステム化の成果(=低コスト体質づくり)に結びついていると考えられる。

<SWOT分析>
同社の経営環境に関して、事例報告の情報からSWOT分析を試みた結果を以下に示す。


<新ドメインとCSF(需要成功要因)>
次に、報告事例から新ドメインとして顧客、ニース、コンピタンスを整理してみた。事例報告以上の内容を知ることはできないが、明らかにコアコンピタンスは情報の電子化「一貫性」、組織的なコンカレントな仕事の進め方「統合化」であると筆者は結論づけたが、注目できる内容と思われる。さらに、同社のCSF(重要成功要因)は"IT/Sを使って間接部門の生産性を向上と低コスト体制づくり"であることから、先のSWOT分析の結果より間接部門の生産性が低い(W)要因を強み(S)、機会(O)の要因で打消すことができたことは同社の組織的な強みであると推定される。


<CSFを具体化するためのマネジメント要件>
先のCSFを具体化するマネジメント要件を事例報告より、抽出した結果は以下のとおりである。全員参加、ITキーマン、お金をかけないといったキーワードが明確になった。

  CSF(重要成功要因)
IT/Sを使って間接部門の生産性を向上と低コスト体質づくり
間接部門は全員参加
(会社の構造改革に取り組む)・(業務改革)
取り組む期間は2年間
 
いちばん仕事を知っている人たちが、自分たちでやれるようにする
ITキーマンという推進体制。ITキーマン91人が中心になって各部門の人々にIT技術を教える)
お金をかけない
(パソコンの一部とLAN設置も内製化)
トップ自らが推進する
(最初にトップにパソコンを導入)

<成果のモニタリング>
決算数値については、前述のとおりであるが、定性的な効果(モニタリング)を事例報告内容から拾い出すと次のようにまとめることができる。

  売上は伸びても間接部門の人数は増加しない
  間接業務の円滑化、間接部門の3分の1の人材を新規事業や戦略的業務に転換
  情報の価値を高めると利益に繋がることを実感
  社員に期待する能力が明確になる、また管理者の役割(提案力と効果を図る)を再確認

IT/Sの導入が間接部門の人数増加を押さえられたことは評価できる。実は、情報の価値を高めることが利益に結びつくあるいは社員に期待する能力が明確になることに気づいたことが最も評価される点だと思われる。この気づきこそが、同社のマネジメント思想としてそれ以後の継続的な収益の源泉になっていることを、この事例報告は我々に示唆していると受け止めた。私自身のITCとしての今後の活動に生かしたいところである。
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
東京鋼鐵工業(株) 作成者:イットアップ(株)
     岩佐 修二
ITC認定番号:0002032001C
作成年月日:2002年5月9日
<概要>
東京鋼鐵工業(株)の情報化は、2代目社長の田辺恵一郎氏のリーダーシップによるところが特色です。同氏が大学を卒業した17、8年前に遡り、常に企業の経営課題を直視し、その解決手段としての情報化への取り組みは、決して派手なものではありませんが、実に大きな成果を企業にもたらしています。

失敗も多く経験しましたと田辺氏は述べられていますが、その失敗をも次の情報化の糧にしつつ、企業のあるべき姿に向けて情熱を燃やし続けたことが今日の発展に結びついたと思われます。報告内容は、地味ではありますが、典型的な中小製造業がその時代背景のなかでいかに情報化に取り組んできたかが非常に判りやすく述べられています。 田辺氏と同世代である私も同様に辿ってきた情報化の取組みを改めて思い出させた内容で、共感を覚えました。

<経営課題と解決手段としての情報化>
まず、同社の経営課題と情報化の取組み状況を報告事例から抽出してみると次のように整理されます。 整理するうえで、情報化の基盤作りの時期を第1段階とし、情報の活用の段階を第2段階と分けて考えました。



"コンピュータ化の前に、業務改革に取り組む"という田辺氏の言葉こそが、情報化の真髄を表しています。中小企業の経営者の多くは、情報化と言えばコンピュータハードとかパッケージソフトのことを意味し、業務とシステムが密接に関連していることを忘れています。その結果は、システムを稼動させてもその成果を充分に得られないとか、 いつのまにか利用されなくなります。経営者の多くは、何故、投資したシステムが役に立たないのかを理解できません。それは彼らがシステム導入の目的を充分に検討できていないためです。非常に残念なことですが事実です。

当事例は、在庫の信頼性99%を確保することを明確な目標にして業務改革に取り組まれています。私の経験からも在庫の精度を高めるための業務改革は、継続した組織的な活動と経営者の熱意がなければ達成できません。当事例報告ではあまり触れられていませんが、現状の問題点をひとつひとつ潰していき、業務ルールを設定し、 その定着に地道にとりくまれたことと推測します。業務を明確にしルールづけることを繰り返し行うことで、目標値の信頼性が得られます。そしてこの業務実績がコンピュータから出力される数値に反映されるわけです。それが信頼性そのものであり、以後の情報活用化のベースになります。とても大切な段階です。



この段階の特徴的な事項は、パソコンネットワークの稼動です。それ以前に、従来のオフコンの資産を継承するか、あるいはパソコンに切り替えるかいう情報化のベースラインの意思決定があり、田辺氏はパソコンへの切替を決定しました。

この切替を決断したことが、以後の情報化の永遠の課題である柔軟性と拡張性を充分に活かせる環境を生み出したと思われます。システムの切替というのは、それまでの作りこみへの思いが強いほど従来のやり方を継承し勝ちですが、将来性を考えた意思決定ができたことが高く評価されます。

<最後に>
当事例のポイントは、上記の2つの情報化のターニングポイントを経営者としていかに意思決定したかという点にあります。結果として正しい評価だったと今でこそわかりますが、その時々で企業を取り巻く環境変化に対応した自社の情報化の方向性を経営者として意思決定することは、相当に緊迫したなかでの決断だったと思われます。これも、ひとえに田辺氏の中小企業の生き残りを常に考え続けたことが動機だったと推測します。

ただ残念なことには、当事例では成果のモニタリングが具体的な数値では示されていませんし、また同社のHPからも公的な業績値を知ることはできないのですが、それ以上の示唆と指針を我々に提供してくれています。中小企業の情報化の成功事例であることには間違いありません。

同社が取り扱うオフィス家具業界は大企業を中心にして、競合が厳しい状況が過去から続いています。最近では、インターネットの普及により今まで以上に競争がより強くなっている感があります。大手企業はその知名度を活かしてマーケットプレイスの場での取引を増す、あるいは豊富な人材を商品開発力に注入しています。そのような競合のなかで、 同社はインターネット技術を活用いたオフィスレイアウトの提案を行うことで差別化し、業績を伸ばそうとしているものと推測しますが、これも、前述の情報化の取組みにより基礎が築かれた賜物と思われます。
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
田中精密工業(株) 作成者:古家後 啓太
ITC認定番号:0003222001C
作成年月日:2002年7月24日
 田中精密工業株式会社は、自動車関連製造事業を富山県内の拠点で展開する地場企業でありながら、グローバルな展開を図る自動車業界への対応も含め、 ネットワーク構築を中心とした情報技術を活用し体質改善をはかり、2000年12月に店頭公開を果たしている。
 本事例は、「グローバルな競争市場に勝つためのビジネススピード向上による体質改革」に取り組んだ田中精密工業(株)殿の情報技術活用の経緯を報告したものである。

(1)自動車業界および自動車部品業界の動向
 自動車業界は、互いに合従連衡を行う大再編時代を迎えている。1998年のダイムラー・クライスラーの誕生し、その後日産自動車とルノー、富士重工とGM、 三菱とダイムラー、GMとフィアット等新たな提携が実現し、年間400万台以上の生産が生き残りの条件といわれている。 一方、日本においてもトヨタ、ルノー&日産、本田、GM、 フォード、ダイムラーの6グループに再編されてきた。
 自動車生産は、部品や材料の生産を外部に依存しており、それらを含めて全体の分業システムが成り立っている。日本の自動車メーカーの部品調達は、 従来系列による長期取引を基本としていたが、自動車業界のグローバルな再編の流れの中、世界最適調達とそれに伴う資材費のドラスティックな削減の動きに変わってきた。
 完成車メーカーと部品メーカーの過去20年間程度の経常利益伸び率について、株式会社日本格付研究所のレポートに報告されている。(図-1) これによると1991年3月期までは近似した動きをしており、国内自動車生産が右肩上がりに増加する中、「系列」「共存共栄」という考えのもとにパラレルな動きになっていたと考えられる。 それに対し1992年3月期以降は両者の相関性が薄れてきており、特に2001年3月期・2002年3月期においては経常利益伸び率で逆の動きをしているのがわかる。1) このことは、日本自動車業界を支えてきた特徴的な考え方である「系列」「共存共栄」が崩壊したためと考えられる。



 「変わる自動車部品取引」2)の中では、このような自動車部品取引の変化を①グローバル化、②モジュール化、③デジタル化という 3つのキーワードで捉え、Web-EDI(*1)やSCM(*2)、 更にはリアルタイムサイマル活動(*3)などの情報技術活用の必要性を述べている。 さらに『QCDD(品質、価格、納期、開発力)を強化し、魅力ある製品つくりを進めることは勿論重要であるが、製品でライバルに決定的な差をつけることが難しくなった現在、 競争に勝ち抜くにはITを道具に情報活用を強化して、製品やサービスを顧客に迅速に提供する"スピード経営"の実践が重要な競争力の源泉の一つとなった。』と論じている。
 本事例は、まさにこのような業界の動き的確に捉えた活動といえる。

(2)企業の情報化への取り組み動向との関連
 総務省の平成14年度の情報通信白書では、企業の情報化への取り組みについて、①主に社内における情報通信インフラの基盤整備を目的とする「基盤整備型」、 ②経理・人事等の基幹業務における業務効率の向上等を目的とする「コスト削減型」、③新規市場の開拓、顧客へのサービスや顧客満足度の向上等を目的とする「付加価値創造型」の3つに分類し、 その状況について以下の通り報告している。(図-2)3)
 『全国の上場企業における情報化の状況をみると、「ITと企業行動に関する調査」によれば、おおむね「基盤整備型」、「コスト削減型」、「付加価値創造型」の順で取組が進められていることがうかがえる。 個別にみると、「基盤整備型」では90%以上の上場企業が既に取り組みを行っており、最も取り組みが進んでいる。また、「コスト削減型」では、 「基幹業務向けシステム」(73.8%)が70%を上回る上場企業が取り組みを行っている一方、「経営・管理業務向けシステム」(40.1%)では4割程度にとどまっている。 さらに、「付加価値創造型」では、「営業・販売支援システム」(36.8%)、「販売業務向けシステム」(23.2%)ともに、比較的低い割合となっている(図-3)。 また、ネットワークの整備状況については、企業内通信網は既に「部分的に構築」している企業を含め、全体の85%以上が何らかの取り組みを行っていることが分かる。 また、企業間通信網では、「全社的に構築」(18.3%)している企業よりも、「部分的に構築」(22.1%)している企業の割合が高く、 段階的に取り組みが進みつつある状況であることがうかがえる(図-4)。』3)
 今回の事例も、1988年に事業計画の作成に表計算ソフトを活用したことからパソコンの可能性に気づき、自分がやる仕事とコンピュータに任せた方がいい仕事の区分ができたことがひとつの契機となっている。 その後、1990年に生産管理系の汎用機と経理系のオフコンを導入して情報化基盤を整備した上で、1998年にネットワーク構築の段階に入り、主要顧客である本田技研工業への付加価値創造を果たしている。 「付加価値創造型」実現には高い成熟度が必要であるが、本事例では「小さく生んで大きく育てる」という事例企業のポリシーのもと、ISOの取得や役員クラスからの情報教育などの活動を展開し成功へ結びついたものであり、 そのプロセスは高く評価できる。
 また、平成13年情報通信白書によると300人以上の企業のインターネット普及率は1996年50.4%から1998年80.0%に急速に増加しており(図-5)4)、 本事例でネットワークを構築した1998年は、インターネットの普及が進んだ時期である。取引先企業とのネットワーク構築において効果を発揮しやすい時期の意思決定であったと評価できる。 逆に、この時期に導入していないとビジネスの機会を失われる恐れがあったとも考えられる。
 さらに、本事例では特に間接部門の事務の合理化が大きな課題となっている。特に製造業においては、生産管理システムと経理システムが単独で動いていては効率的な経営情報が把握できない。 このような問題を解決するために社内のネットワーク構築によって迅速かつ効率的に管理できる体制にするとともに、海外を含むグループ企業や取引先等との情報の共有化・同時化を果たし、 効果をあげている。
 ISOの文書管理システム導入の過程では、全ての文書を管理しようと試みたが、端末数が限られていることからうまくいかなかったと反省しているが、 多くの現場を含む管理となるとハードの配備状況を勘案したシステム導入の検討が重要であるといえる。
 電子メールの活用に関しては第1ステップとしてブロックリーダー(課長クラス)以上の間で始め、現在チームリーダー(係長クラス)まで展開している。 情報の共有化は全社員に展開して初めて効果が出るものである。しかし一方では、パソコンは配備しても役員や部長といった上層部がパソコンを使わないため、 本来の効果がでないケースもある。本事例では、パソコンに最も取り組み難い役員等上層部からハードのみならずソフトである人材教育を行い、上から順次下へ展開したことにより、 経営トップからの情報の共有化・同時化が図れ、チームリーダー以上だけでも効果が現れたものと思われる。









(3)自動車産業のBtoB
 前述したとおり自動車産業は分業システムが構築されており、情報技術の進展とともに企業間のネットワーク化も積極的に進められている。 しかし、部品メーカーでは複数の取引先との専用回線が必要となり複雑なネットワークを管理しなければなかった。
このような問題点を解決することを目的に、財団法人日本自動車研究所JNX(*4)センターでは、自動車産業を初めとして広く産業界で共通に使用可能な BtoBのためのネットワークインフラを構築している。本事例でも得意先とのネットワーク(NMS+)は、JNXを活用している。 従来のネットワークとJNXの違いを図-6に、JNXの構造を図-7に示す。
 従来のネットワークでは、部品メーカーは各自動車会社と専用の回線が必要で複雑なネットワークであったが、JNXでは、単一のネットワークで複数の自動車メーカーなどと 専用線と同等のセキュリティと通信品質を確保しつつ通信が可能となる。JNXは、マルチプロバイダー方式のネットワークを特徴としており、JNXセンターを中心に 各プロバイダーが接続されている図-7に示す構造となっている。複数のプロバイダーがCSP(認定プロバイダー)として参加していることにより、 共通のサービスレベルを保証しながらも、結果として競争環境が作られコスト低減が図られることも目指している。現在JNXには約400社が加入している。5)





(4)今後の展開
 事例企業は、事例発表の後予定通り店頭公開し、その後も好業績を継続している。単独では、売り上げが1998年度168億円から2001年度は208億円に、 経常利益が1998年度540百万円から2001年度1324百万円に大幅な増収増益を果たしている。 また、タイや米国の子会社も好調で連結でも3年間で売り上げが1.48倍の410億円、経常利益が3.18倍の2260百万円になっている。6)
 このような成果は、「グローバルな競争市場に勝つためのビジネススピードの向上による体質改革」を、①情報の共有化/同時化による時間の短縮、 ②間接部門の合理化・スリム化による生産性の向上、③ネットワークを経営のツールとして自己革新を加速、 ④グローバルな自由競争市場に挑戦できる体質づくりの4つの考えをベースに、全社員一丸となって推進してきた賜物であると評価できる。
 今後も引き続き継続的発展を遂げるためには、これまでの情報技術導入のノウハウを田中精密工業の知的資産として形のあるものとして伝承していくとともに、 「小さく生んで大きく育てる」というポリシーを忘れず、業界内外の情報を収集しながら、経営改革を目的とした情報技術の積極的活用を展開することが重要である。

用語解説

(*1)Web-EDI(Electronic Data Interchange)
電子データ交換の略で、標準のプロトコル(ネットワーク経由で通信を行う際の取り決め)に基づいて、 発注書や納品書、請求書などのビジネス文書をネットワーク経由で電子的に交換すること。従来は専用回線やVAN(付加価値通信線)が利用されていたが、 インターネットを用いた「Web-EDI」も普及して始めた。回線コストを削減できるメリットに加え、データ項目を柔軟に追加・削除したり、 画像データが扱うことなどが可能となる。さらに最近では、やり取りするデータ形式にXML(Extensible Markup Language)を採用する事例も出始めている。
(日経BP社ITプロフェッショナルポケット用語辞典)

(*2)SCM(Supply Chain Management)
部品調達から製造、物流、販売に至る商品供給プロセス全体を市場に迅速に対応できるよう最適化・効率化すること。

(*3)リアルタイムサイマル活動
高度化するCAD/CAM/CAEとネットワークが結び付き自動車メーカーと部品メーカーが、ネットワークを介して同じ画面を見ながらその場で意思決定をして 開発を進めていくこと。

(*4)JNX
日本自動車研究所のJapanese automotive Netwotk eXchangeの略

参考文献・ホームページ

1)日本格付研究所ホームページ
http://www.jcr.co.jp/topics/jido.htm

2)eビジネス・シリーズ 変わる自動車部品取引~系列解体~
藤樹邦彦著 エコノミスト社

3)平成14年度情報通信白書:総務省ホームページ
http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/cover/index.htm

4)平成13年度情報通信白書:総務省ホームページ
http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/cover/index.htm

5)JNXホームページ
http://www.jnx.ne.jp/_pages/_page04/page04.html

6)今村証券ホームページ
http://www.imamura.co.jp/rsrch/tanakasei/tanaseimain.html
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
(株)池内タオル 作成者:春名 恭一
ITC認定番号:0005122001C
作成年月日:2003年1月8日
地域のタオル製造工程の情報共有化によるバーチャルファクトリーの構築
~クイックレスポンス(QR)の成功要因をコメントする~
 需要の後退、輸入品の急増や環境問題といった課題に果敢にチャレンジする企業が 本事例の池内タオル株式会社である。

1.タオル市場の特性
 タオルは一般に贈答品需要が大半となっているが、近年自家消費用が増加しつつあり、消費者のニーズが多品種・小口化・ファッション化の傾向にある。
産地は地域的に集中しており、四国の愛媛県今治地区が全国生産量の約6割を占めており、次いで大阪府泉州地区が全国生産量の3割弱を占め、その他の地区で1割となっている。

2.タオルの市場環境
 タオルの生産数量は、平成3年をピークに減少が続いており、景気低迷によるタオル需要の落ち込みと輸入品の急増がその原因となっている。 一方、生産能力の高い革新織機の導入により生産能力が向上していること、加えて海外生産工場からの販売能力を上回るタオル製品の還流により メーカー在庫が増加傾向にあるため、厳しい市場環境となっている。
3.タオル業界の動向
 タオル業界には3つの大きな特徴がある。
 (1)産地の地域的集中的分布(愛媛県今治地区、大阪府泉州地区)
 (2)織機20台以下の企業が全体の7割を占めており、小規模企業が多い
 (3)経営形態により大きな企業格差


4.タオルの製造工程と市場環境への対応策
 今治においては分業化が進んで家庭用タオルの場合13から14の分業による工程を通じて市場に出ていくことになるが、 隣の工程(隣の工場)でどんな糊を使っているかといったことなどが必ずしも把握できず、情報の共有化ができていなかった。

5.「今治バーチャルファクトリー」
 業界を取り巻く環境がきびしいなか、この13から14の工程に45日間(今治の生産リードタイム)を要していたものを、 情報を共有化することで30日(QR;クイックレスポンスにおける目標リードタイム)に短縮しようとしたのが「今治バーチャルファクトリー」の発想である。

 生産には非常に多くの工程を通るので、注文を受けたという情報を全社全工程で共有することによって、全体の生産加工計画を円滑に進めるという発想で、 自社が受けた受注をどれだけ早く、確実に全加工工程に伝えるかに主眼をおいている。
 受注窓口は「池内タオル㈱」となっていても、当社が受け持っている部分は企画と製織と検品のみで、それ以外の糸の先染めとか、 製織後の染色整理、捺染、刺繍、縫製などの工程は外注化(工程担当企業が実施)しており、最後の検品工程が池内タオルに戻ってくる形である。

6.クイックレスポンス(QR)とサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)
 QRを目標にすると13から14の工程を束ねた工程管理が必須で、情報の共有化の実践がサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)戦略に深くかかわることになる。 QRの実践は、当初の「商品のリードタイムを短くすること(15日間短縮)」という顧客指向の目標に対して、約13日間の短縮ができている。 「池内タオル㈱」及び工程担当企業を含めた今治バーチャルファクトリーが情報の共有化を実現し、そうした取組みの結果として、 全体最適というサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)の経営戦略を確立することになった。

7.QRプロジェクトの成功要因
 QRプロジェクトの成功要因は以下の5つに集約できる。


・トップ(経営層)のリーダーシップの発揮
 QRプロジェクトは会社間を越えた立場から、在庫圧縮、欠品防止、物流コスト削減などに向かって、「全体最適」のしくみを追求する業務改革であり、 プロジェクトの局面において、トップの適切な判断、全面的な支援が不可欠。
 ここでは受注・企画・検品・全体工程の管理をリードした池内タオル株式会社池内計司社長のリーダーシップ。
・目的・目標の明確な設定
 QRプロジェクトのスタートにあたって、メンバー全員が同じゴールに向かって進めるように、現状の重点課題を認識し、 なるべくわかりやすい明確な目標設定が必要。
 ここでは「商品のリードタイムを短くすること」を明確に設定。
・タオルに関連する工程担当企業によるプロジェクトメンバーの構成
 各社の論理を超えて新業務のしくみを具現化するために、さまざまな局面において、工程(部門)を代表した判断が求められ、 業務に精通し、迅速で適切な判断ができる企業がメンバーに求められる。
 ここでは池内タオル株式会社をはじめとするが各工程担当企業。
・情報基盤の確立
 計画の迅速な意思決定、関連部署・担当者間の情報の伝達・共有化を可能にするための情報基盤の構築が不可欠。
 ここでは情報武装化計画の推進;(1)バーチャルファクトリーシステム構築、(2)実運用に耐えられるシステムの開発(約50社実証実験参加)、 (3)情報リテラシー向上(20社パソコン新規購入)、(4)情報の共有化による協調関係の確立。
・SCM機能を統合した新組織の発足
 「全体最適」のしくみをうまく機能させるために、SCMの機能を統合しした役割・責任を負う組織を発足することが効果的。
 ここでは池内タオル株式会社が主要な役割を果たす「今治バーチャルファクトリー」。


8.新たな展開
 QRプロジェクトにより工程担当企業との情報共有化が成し遂げられ、当初の「商品のリードタイムを短くすること(約13日間短縮)」で一定の成果をあげた。 また、QRプロジェクトは、さらなる成果につながっている。情報共有の考えが従業員に行き渡り、経営改善がより進行すること、 経営改善が新たなチャレンジを生みだしていること(アメリカのニューヨークで当社のタオルが注目を集めることなど)等はその一例である。


参考資料

池内タオル株式会社ホームページ
http://www.ikeuchitowel.com/

四国タオル工業組合ホームページ
http://www.stia.jp/

中小企業総合事業団ホームページ
http://www.jasmec.go.jp/tira/INDEX.htm
 ・情報活用の先進事例
 ・QRについて
 ・テレビ東京「企業チャレンジ21未来」

日本タオル工業組合連合会
 「タオル業界構造改善ビジョン」
  ~消費者視点に立ったタオル産業の再生に向けて~ 平成13年8月

NHKホームページ
http://www.nhk.or.jp/
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
(株)池内タオル 作成者:富士通(株)
      古山 英夫
作成年月日:2002年1月29日
 池内タオル(株)の事例を読むに当たり、参考となる情報を上げてみる。 タオル製品は、フェイスタオル、バスタオル、タオルケット、バスローブ等々、我々に身近な製品である。 事例にもあるが、日本国内のタオル需要に対して輸入品の割合が年々増加し続けており、近年では国内需要に対し輸入品の割合が6割以上となっている。 特に中国製品の輸入が拡大し、国内メーカーは苦しい状況が続いている。(図表1)



 日本国内のタオル主要生産地のひとつである今治においても同様で、タオル生産に従事する従業員も減少の一途である。(図表2、図表3)




 このような状況を打開すべく、官民一体となって実現したのが「今治産地バーチャルファクトリー」である。
 タオルの生産工程はおよそ13工程に分けられる。各々の工程を専門の会社が受け持つ形となっているが、生産・在庫・出荷の情報交換がなされておらず、 材料到着後に生産計画・生産準備を行うため、全工程で45日程度を要していた。 実際の製造に要する期間は15日程度であり、待ち時間となっている残りの30日をいかに短縮するかが、課題であった。(図表4)



 この課題を解決すべく、通産省が提案し、繊維業界のQR実証実験(注1)として開発されたシステムが「今治産地バーチャルファクトリー」である。 これはTIIP事業(注2)の一環として行われ、各企業間で分担している作業工程を産地全体でバーチャルファクトリーとして捉え、 製織メーカーを中心(コントロールセンター)として生産計画、納期回答、加工指図、実績報告等の情報をデータ交換し、受注、空き設備、 進捗等の情報を共有することによって計画的な生産体制を構築し、リードタイムの短縮を図る試みである。(図表5)



 この取り組みの結果、池内タオル(株)の例だとリードタイムが28日に短縮され、即効性のあるシステムとして活用している。 最終的には、リードタイムを14日まで短縮することを目標としている。


参考資料

池内タオル(株)ホームページ
http://www.ikeuchitowel.com/

四国タオル工業会 ホームページ
http://www.stia.jp/

中小企業総合事業団 繊維業務部 ホームページ
http://www.jasmec.go.jp/tira/INDEX.htm

経済産業省 統計 ホームページ
http://www.meti.go.jp/statistics/index.html

関西大学 総合情報学部 ホームページ
http://www.res.kutc.kansai-u.ac.jp/~noguchi/soturon97/Kodera/kodera.html


注1:QR実証実験
 アジア諸国、欧米諸国との厳しい競合に直面しているなか、繊維産業における生産・流通の全ての過程から、物と時間の無駄を排除し、 企業間のパートナーシップをベースに情報技術と経営戦略を結合した仕組み。基幹整備事業としてTIIP事業があげられる。

注2:TIIP事業(Textile Industry Innovation Program
 TIIP事業とは、繊維産業が長引く不況下で、円高、輸入品急増、国内空洞化に直撃され、とくにそのしわ寄せが産地を形成している中小企業に集中していることから、 事態の根本的打開を図るために実施された。平成5年に国より発表された「繊維ビジョン」に示されている繊維産業のプロダクトパイプラインの統合、 それを短縮するための情報システム、生産技術などの研究開発を実施し、繊維産業構造のマーケットイン型への促進(QRの加速) 及びIT技術を繊維産業へ活用するために、平成7年度に繊維産業構造改善事業協会が実施したものである。(図表6)
事業名 実施年度 内容
TIIP-Ⅰ   平成7~9年度 QRに基づく繊維産業のIT化を加速させるため、EDIをはじめとする情報技術を活用し、生産・流通の短縮・効率化の実現
TIIP-Ⅱ   平成9~10年度 4生産地向けに、生産性向上を目的とした生産工程シミュレーション
TIIP-Ⅲ   平成10年度 リードタイム短縮・利益増大を目標に、川上から川下までのプロダクトパイプライン上での情報共有を実現。

2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
新妻精機(株)/ニイズマックス 作成者:正木総合コンサル事務所
     正木 博夫
ITC認定番号:0005682001C
作成年月日:2002年5月13日
1.周囲環境
 2001年中小企業白書(資料1)によると、中小製造業の経営上の問題点として、「需要の停滞」、「製品ニーズの変化への対応」が挙げられ、「製品ニーズの変化への対応」に取り組むためには、製品自体の「品質の一層の向上」を前提に、取引先に対する様々な「サービス機能を向上する」ことが重要であるとしている。
 また、大企業は人員の削減や部門のアウトソーシング化を進める傾向があり、大企業の発注先である中小製造業は独自の技術を磨くだけでなく、大企業のニーズを汲み取ってコーディネーター的な機能を発揮することが重要であるとされている。その方法として、キーとなる技術を持つ中小製造業が率先して「マーチャンダイジング機能(注1)を発揮すること」、「取引先との融合を前提とした在庫管理を徹底すること」、「潜在ニーズを掘り起こすための小ロット化への対応力を向上すること」が重要であると述べている。
 金属部品加工業は下請けが多く、取引企業からの価格、納期、品質に対する要求が強く、見積依頼があっても単価が安すぎて受注まで至らなかったり、受注できても収益が悪い。また、発展途上国の追い上げがあり、同様の物が海外から低価格で手に入り、大量生産部品では勝負にならない。さらに、品質についても海外製品は国内品とほぼ同等のレベルまで追い上げてきていると述べている。

2.新妻精機の取組
 このような環境の中で、新妻精機は、技術で勝負の信念を貫き、日頃から情報収集につとめ、機敏で果敢な行動力を発揮して、最新鋭の機器やシステムを活用することにより数々の成果を挙げることに成功している。
①CADの導入
 ファックスでの図面のやり取りでは、図面の端が切れたり、数字が不鮮明になる。その結果、ファクスを受けてから電話で何度も打ち合わせしなければならなかった状況を改善するために、CADを導入した。その結果、打ち合わせ時間がカットされ、伝達ミスや見間違いがなくなり、作業効率の向上と精度の向上の効果があった。
②試作加工メーカへの転換
 景気動向に影響されない仕事を追及し、あえて人の嫌がるものや、単品物にチャレンジした。試作のプロフェッショナルを目指し、客先の難しい要求(技術・納期・加工精度)にも答えられる設計技術を開発し、技術力を磨いた。超短納期ものや超高精度ものへ積極的にチャレンジし、高速・高精度のMC機械の導入と3次元CADとの連携により超短納期と超高精度を実現して、他社との差別化に成功した。
③職人芸の共有化
 職人芸は個人のノウハウで、一人でできる仕事には限界があると考え、これを打開するために、簡単には使いこなせないと考えられていたMCをあえて導入した。 MCこそ、職人芸の共有化を可能にする手段と考え、これを何とかしなければならないという信念を持って、幹部自ら何回も何回も動かすことを試みてやっと使いこなした。それを、自らマニュアル作りをし、社員に根気よく教育した。その結果、職人芸の共有化ができた。
④コストダウンに対する対応
 部品の精度を落とさずに、どうしたら早く仕事を進めることができるかを追及したとき、姑息な手段を取らずに、思い切って、大胆とも思える高価な最新鋭機械(高速制御MC)を導入した。結果的に、作業効率が向上し、加工精度も向上した。
⑤3Dデータの支給への対応
 顧客から3Dデータが支給されるようになり、手持ち機械とのデータの互換性が悪く、苦労して3次元の面を張ってCAMへ持ち込んでいたのを、思い切って、最新鋭のCADに買い換えて作業の効率化を図った。
⑥年々高まる品質保証に対する要求への対応
 高まる品質保証に対する顧客の要求を、時代の流れとして前向きに捉えて、加工・検査設備を整え、品質保証体制の確立を図った。その結果、不具合製品が減少し、客先との信頼関係が強まり受注が増加した。
⑦継続的な設備投資の実施
 金属加工業の中では驚異的な年間1億円にも上る設備投資を継続し、機械設備の更新と拡充を実践した。
S50年 試作部品加工に参入
S53年 MC導入
S59年 三次元測定機、工場顕微鏡の導入
S61年 CAD導入
 H9年 3D CAD 投下
H10年 CNC三次元測定機、CNC画像測定機、
歯車の噛み合い試験機導入
ソリッドワークス、アイデアズ、ソリッドデザイナー、

キャテア等のCAD導入
その結果、製品の高精度化と高品質化が可能になり、人件費の削減と短納期が実現できた。

3.新妻精機のIT化の取組
 新妻精機はIT化への取組も積極的である。CADを導入し、インターネットを利用して客先とCADデータのやりとりを行い、CAD/CAMは製造工程と有機的に連動させている。また、社内データの移動はLANや無線通信で行い、ネットワークを構築している。ホームページも制作し、それを通じてうまく、加工や技術に対する顧客ニーズを把握して受注に結び付けている。
 新妻精機の情報の流れの体系図を図1に示す。


4.新妻精機の望まれる新たなIT化の取組
 しかし、下表(資料2)中の太字で示すように、新妻精機のIT化は生産活動の技術分野に集中している。企業活動にはITを行かせる部分が多く、少ない情報化投資でも大きな経済的効果があがる部分がある。今後は、生産活動の技術分野のみならず、顧客管理、原価管理、生産管理、人材・財務・販売実績・加工実績などのデータベース化にもITの活用が望まれる。一例として、インターネットから入手する顧客の質問や疑問および営業が収集してくる情報を分類・整理してデータベース化し、需要動向を分析して見込み顧客の積極的な開拓や次の戦略的投資に生かすことは効果的である。



〈参考文献〉
資料1:2001年版中小企業白書(中小企業庁編)
資料2:中小企業IT活用診断(社団法人中小企業診断協会発行)

〈用語解説〉

注1:マーチャンダイジング機能
マーチャンダイジングは商品化計画のことであるが、セールス・プロモーション、広告宣伝活動までを含めた意味に解釈されることもある。

注2:(表中の用語説明)
IDカード:
人間コードを自動化することにより、手入力作業を出来るだけ減らし、2重入力などの手間をなくす。データ入力を効率化できる。
OCR:(Optical Character Reader)
光学式文字読みとり装置で、手書きまたは印刷された文字を読みとり、文字として認識する装置。
SCM:(Supply Chain Management)
サプライチェーンマネジメントのことで、設備ではなく、企業間で取引データを相互利用する仕組みである。工場や販売店が発信したデータが、協力工場・原材料卸業者・商社などで利用される。
ICプレート:
商品コードを自動化することにより、手入力作業を出来るだけ減らし、2重入力などの手間をなくす。データ入力を効率化できる。
MRP:(Material Requirements Planning)
資材所用量計画のことで、生産計画に基づいて製品の部品展開から資材の所要量を計算し、在庫と照らし合わせて購買量を決める
POSレジ:
店頭販売における精算業務の効率化を目指す。
POP:(Point of Production)
生産時点情報管理のことで、生産や物流の現場でデータを集める方法で、販売活動では単品のバーコードを読みとるスキャナーの導入があり、経営管理活動では、LAN上のパソコンから担当者が直接データを入力する仕組みがある。
SIS:(Strategic Information System)
戦略的情報システムのことで、企業間競争の優位性を獲得するための情報システムで、コンピュータと通信ネットワークを利用し、最新の情報技術を経営活動に利用する。
CIM:(Computer Integrated Manufacturing)
統合生産情報システムのことで、生産の各段階をコンピュータを用いて、共通のデータベースに基づき情報の流れを統合的に管理・実施する。
VAN:(Value Added Network)
付加価値通信網のことで、通信網にコンピュータなどを使用して各種のサービスを付加して提供する。
EOS:(Electric Ordering System)
オンライン受発注システムのこと。
WEB技術:
インターネットの技術を生かすこと。
JANコード:
個々の商品にマーキングされる日本の共通商品コードのこと。
PDA:(Personal Digital Assistance)
携帯端末やパームトップコンピュータのこと。最近では携帯電話もPDAになりつつある。
MC:(Machining Center)
マシニングセンターことで、1台の機械に数十本の工具を保有できる自動工具交換および選択装置を1台~数台備え、穴あけ、フライス削り、中ぐり作業などを、入力された仕様にしたがって1台で連続加工する工作機械のこと。
NC:(Numerical Contorol)
NC工作機械のことで、切削条件や加工条件をテープに記憶させた数値情報を数値制御装置に入れ、機械速度と位置を同時に制御して自動的に切削加工する工作機械のこと。
CTI:(Computer Telephony Integration)
パソコン電話融合のことで、電話とコンピュータが一体となり、顧客からの電話に自動回答するシステムである。
ディジタルピッキング:(Degital Picking)
パソコンなどで作成されたディジタル情報であるバーコードを読みとること。
DTP:(DeskTop Publishing)
IT機器を使用して印刷すること。
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
太洋産業(株) 作成者:岩田 薫
ITC認定番号:0002052001C
作成年月日:2002年4月24日
 近年パーソナル・コンピュータの処理能力が汎用機と肩を並べるまでとなり、コンピュータ・システムのダウンサイジング(注1)が急速に進行している。
長年、汎用機のシステムを利用されてきた多くのシステム・ユーザーは今後どの方向にシステムの舵取りをすべきか大いに悩んでおられると思われる。 パーソナル・コンピュータの価格下落によるハードウエアの安値調達が可能になった反面、汎用機に蓄積されたソフトウエア資産をどう取り扱うべきか、 同様のシステムを再構築するには膨大なソフトウエア投資が必要となる、かといって統合パッケージシステムのERP導入には失敗例も多く聞く、 やはりそのまま汎用機で行くべきか、と決めかねているユーザーが多いのではないかと推測する。
 ここに紹介する太洋産業株式会社の事例は今後の汎用機ユーザーの進むべき道を示した一例ではあるが、特に中堅企業にとっては最も推奨すべき道ではなかろうかと考える。 太洋産業株式会社は岩手県大船渡市に本拠を構え、水産加工業、鮮魚等の中卸業を営む売上約200億円の中堅企業である。 他のユーザーと同様に、本社、工場、営業所を汎用機とオフコンを利用したネットワーク・システムで運営していたが、 1996年、WindowsNTをクライアント/サーバとしてERP(注2)ソフト「SAP R/3」を導入した。 日本における、パソコン・サーバたるWindowsNTによる「SAP R/3」のファースト・ユーザーである。 導入当初は相当なご苦労があったようであるが、中堅企業の「ERP」導入の成功事例として、最近のERP導入状況も含めて以下に述べる。
<最近のERP導入状況>
 ERP研究推進フォーラムの調査では、国内のERP導入済企業は1999年度に7.2%だったのに対して2000年度には11.3%、2001年には14.8%と、 急激ではないが確実に増加している。ERP先進国の米国と比較すると、大規模企業(フォーチュン1000:注3)の調査結果であるが29.1%と高く、 まだまだ日本の導入状況は低い。しかし、導入作業中、準備中が20.3%、検討中まで含めると47.5%が高い関心も持っている。 次世代システムの最有力候補になっていることは事実である。
また、業種別では情報サービスが25%と突出しており、本ケースの製造・建設業では16.6%とほぼ全体平均となっている。 最も製造業に適合しているはずのERPであるが、ユーザーが感心を持ちつつ、導入にはまだ二の足を踏んでいる状況が見える。(図1.を参照)
<ERPの導入目的>
 本ケースではERPの採用理由として、
① 生データの利用による変化への適応力向上
② データ統合を軸とした業務統合の実現
③ ダウンサイジングによるシステムコストの削減
④ 組織のスリム化・フラット化の実現
の4点を上げている。
(ERP研究推進フォーラム監修:ERP導入マネージメント「企業革新のためのERP導入バイブル」第3章:ERP導入の先進企業に学ぶ より)
一方、国内の他ユーザーはどのような目的を持ってERPを導入しているか。
ERP研究推進フォーラムの2000年度調査では、図2.のような結果がでている。
① 経営情報のリアルタイムあるいは詳細な把握
② 業務の効率化によるコスト削減
③ 全社あるいは部門における情報共有と活用
が上位3位を占めている。
本ケースの目的とほぼ同じ目的を持って採用していることがわかる。 ユーザーのERPに対する正しい認識が深まっており、ERPを導入することが目的となっているようなケースは減ってきていると推測される。
<ERPの導入範囲>
 本ケースは、我が国におけるビッグバン方式(注4)によるERP導入の代表例とされている。しかし、我が国ではERPの導入が確実に増加はしているが、 企業の基幹業務全体を網羅する情報システムとしてのビッグバン方式での導入はきわめて少ないのが現状である。 同じくERP研究推進フォーラムの「ERP導入ユーザー実態調査結果(2000年度版)によれば、 国内ユーザーで全基幹業務を対象としているユーザーは全体の11%しかおらず、多くは会計業務など特定の業務のみに採用している。 ちなみにERP先進国である米国では、システムの統合化をERPパッケージで図ろうとするのが主流であり、最近では、SCM(注5)やCRM(注6) といったシステムとの連携まで進展している。SCMやCRMとの連携は基幹業務全体がERPで統合されていなければ実現できない。
 本ケースのようなビッグバン方式によるERP導入にはそれなりのリスクが存在するが、導入目的にあったようなデータ統合を軸とした業務統合や、 生データのリアルタイムの利用は部分的なERP導入では得ることができない。前記、「ERP導入マネジメント」の中で、 筆者の内藤氏は「リスクへの積極的な挑戦がなければ決してERPの導入やBPRを実現する事はできないと思う」と述べられている。 本ケースのような中堅企業がERPを導入する場合には、是非リスクに挑戦して欲しい。但し、むやみにリスクに挑戦すれば良いというものでも無い。 リスクにはリスク管理という考え方があり、まずどこにどのようなリスクが存在し、そのリスクの与える影響や発生の可能性を推測、 そしてリスクの発生を少しでも軽減したり、回避する方策をとる。本ケースではどこまでリスクの評価をしていたのか不明であるが、 今後導入を検討するユーザーはプロジェクト管理の観点からもリスクの管理を推奨する。
<ERPとBPR>
 最近は、古い体制や仕組みを打破し、BPR(注7)を実現するためにERPの導入を行うケースが増えている。 この場合、「BPRを先に行って環境を整えてからERPを導入すべきである」という意見と、 「ERPを導入する事によってBPRせざるを得ない環境に追い込んでしまう」という意見がある。 本ケースは後者に属するのであろうが、そこには「BPRをせざるを得ない」というような力みが全く見られない。
「我々は黙ってR/3にのっかれば間違いないんだ」という自然体での対応が、本ケースをして「ERP成功の代表事例」へと押し上げたと考える。 「ベストプラクティスを信じて」、「標準機能でも十分BPRが可能である」と。特に中堅企業においてERP導入を成功に導くためには、これらの言葉を肝に銘じて欲しい。
但し、気を付けなければならないのは本ケースが自社のプロセスを無視して、全てERPに無理矢理あわせたわけではないことである。 標準機能で不足あるいは開発が面倒な業務は別途パソコンシステムを開発している。ちなみに①原価計算業務、②仲卸店(注8)業務、 ③JCA手順(注9)による通信対応と取引先指定帳票の出力業務、の3点は別途システムとしている。
<ERP導入効果>
 前記、「ERP導入マネジメント」の中で本ケースはERP導入効果として以下のことを上げている。要約して紹介する。
1) リエンジニアリング
業務処理面でのリエンジニアリング
ア) ロジスティクス(注10)部門におけるリエンジニアリング
各部門における処理手順の簡便化、迅速化、省力化、正確化が実現
具体的には、原価計算の即時化や受発注処理の統合、情報の即時照会が可能となっている。
イ) 会計部門におけるリエンジニアリング
大きな変革は工場をコストセンタ化し、そのために本支店勘定や社内売上を廃止している。また、手書き会計伝票を廃止し、(月次・年次)決算の当日締めを可能としている。
情報処理面でのリエンジニアリング
ア) バッチ処理からオンラインリアルタイムへの劇的変化を実現
イ) 組織の変更や業務の変更に容易に対応が可能となった
ウ) データ照会の容易化・その他
2) リストラクチャリング
ダウンサイジングの実現
ア) システムコストが半減
イ) 省スペース化(電算室を他に流用)
不採算部門の大幅な整理、統合
管理会計により部門別、事業所別の収益状況がより詳細に把握可能となり、不採算部門のリストラクチャリングが実現できた
本ケースでは当初にERPの導入目的とした懸案事項を全てクリアしている。
しかも、これだけのシステム構築が作業開始から本稼働まで1年、最終モジュールも本稼働後、半年で稼働を開始しており、自社開発に対してERP導入がいかに構築が早いかを示している。
<最後に>
 本ケースはWindowsNTをサーバとする「SAP R/3」の国内ファースト・ユーザーである。当初、汎用機ベンダーからは猛烈に反対されたようである。私が同じ立場でも、ユーザーのことを真剣に考えてもベンダーと同じ行動をとるであろうと思う。
しかし、その後ERP導入をベンダー任せにせず、ベストプラクティスを信じて(素直に見たからこそ良さが確認できた)成功に導いている。私どもITコーディネータも、ERP導入を成功に導くためにはどのように指導すべきかを本ケースより教えられた。
なお、今からERP導入を検討されるユーザーには、ERPに明るく、自社の業種/業態のプロセスに詳しいITコーディネータや専門家のサポートを受けることを推奨する。

参考文献:
ERP研究推進フォーラム監修:ERP導入マネジメント
「企業革新のためのERP導入バイブル」

参考サイト:
ERP研究推進フォーラム
  http://www.erp.gr.jp/
経済産業省
  http://www.meti.go.jp/index.html
SAP R/3
  http://www.sap.co.jp/company/success/

図1.2001年度ERP導入状況

ERP研究推進フォーラム:企業アプリケーション・システムの導入状況に関する調査より
http://www.erp.gr.jp/book/fourmwrite/write04.html

図2.2000年度ERP導入の狙い

ERP研究推進フォーラム:国内のERP導入状況レポート(2000年度版)
   ( http://www.erp.gr.jp/book/fourmwrite/write03.html

注1:ダウンサイジング(down sizing)
大型計算機など、従来は大規模なコンピュータシステムで行なっていた処理を、小型のワークステーションやパーソナルコンピュータに置き換えていくこと。パーソナルコンピュータなどの小型コンピュータの性能が劇的に向上したことから、これが可能になった。

注2:ERP(Enterprise Resource Planning)
エンタープライズ リソース プランニング(経営資源利用計画)の略。財務会計・人事などの管理業務。在庫管理などの生産業務、物流などの販売業務など企業が蓄積する情報を統一的にすばやく管理し、企業活動の効率を最大限に高めるシステムとソフトウェア。

注3:フォーチュン1000
米国フォーチュン誌による世界ランキング1000社

注4:ビッグバン方式
ERPパッケージにより企業の基幹業務全体をカバーする情報システムを全社で一気に再構築する方法

注5:SCM(Supply Chain Management)
部品供給会社からメーカー、卸や小売、そして顧客に至るまでのモノの流れをネットワークで統合し、生産や在庫、購買、物流などの各情報をリアルタイムに交換できれば、経営効率を大幅に向上させられる。この考え方を取り入れた新しい経営手法。

注6:CRM(Customer Relationship Management)
顧客関係管理。店舗、直接営業、代理店、電話、インターネットなど様々な販売チャネルを通じた顧客のコンタクト(接触)や取引の履歴情報(販売、クレーム、点検・修理、問合せ等)を一元管理し、個々の顧客に最適な対応(契約更新、買い替え需要での提案等)を実施することにより、顧客維持率を高めるという概念。

注7:BPRBusiness Process Reengineering)
リエンジニアリングというコンセプトは、マイケル・ハマーの著書「リエンジニアリング革命」(日本経済新聞社、1993年)によって、日本にもたらされた。
業務プロセスをゼロから組み立て直す経営刷新手法のこと。

注8:仲卸店
生鮮品(水産・農産)において卸売業者から卸を受けた物品を仕分け,分荷して小売業者等に販売する業者。一般的には公設市場での競りの参加資格を持つ業者。

注9:JCA手順(Japan Chainstore Association protocol)
通信プロトコルの1つ。 日本チェーンストア協会(JCA)が定めた通信手順。正式名称は取引先データ交換標準通信制御手順。 流通業界において,企業間のオンライン受発注を実現するのが目的。国内では受発注の標準手順として広く利用されてきたが、固定長データの低速送信のため、高速で国際標準のEDI手順への移行が叫ばれている。

注10:ロジスティクスLogistics)
もともと軍事用語で、必要物資をタイミングよく補給する仕組みを意味している。企業経営では、市場のニーズやタイミングに合わせて的確に資材調達・生産・配送をする、 無駄のない企業間取引と物流の仕組みを意味する。 SCM も同じような意味合いだが、実際に使われている場面を見ると、ロジスティクスのほうがどちらかといえば、物流のニュアンスが強い。
  
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
太洋工業(株) 作成者:小池 昇司
ITC認定番号:0015582001A
作成年月日:2002年8月19日
1.繊維業界から電子部品業界への事業転換の概要
 布に色柄を染める捺染は和歌山の地場産業である。海外からの追い上げの中では将来展望が見えないことから、太洋工業は、成長分野である電子部品業界への 事業転換を志向した。捺染用にフィルムを作成し、フィルムを使ってエッチングし、メッキする技術がプリント基板の製作技術と共通点があることに注目し、 プリント基板により電子部品業界に入ることとした。プリント基板業界における競争優位ためのCSF(重要成功要因)は短納期試作である。 太洋工業は、納期短縮化にITを活用して顧客の支持を得ることにより電子部品業界への事業転換に成功した。次に、基板づくりに欠かせない基板検査機を開発し、 自社ブランドで基板検査機市場に参入した。基板検査機の製造販売では、競争優位のためのCSFは素早い顧客対応である。 そのために、基板検査機の顧客との情報共有化にITを活用し成功している。

2.事業転換の推移と戦略の分析
 事業転換の推移を図1に示す。まず、繊維業界に属する捺染用彫刻製版の分野、電子部品業界であるプリント基板分野、基板検査機分野に分けて、 それぞれ事業分野の推移の概要を述べる。次に、事業転換開始時代(1980年代前半)の戦略を分析する。



2-1.各事業分野の推移
(1) 捺染用彫刻製版分野(図1):創業分野のコンピタンスがプリント基板にどのように活きたのか。
 創業分野である捺染用彫刻では、職人的技能のプロセスが納期短縮の課題であった。その解決のために、レーザー彫刻機、 CAD/CAMシステム等が導入され自動化が進められた(*2)。自動化により、製版時間の短縮だけでなく、 顧客との間の通信回線によりデザイン情報の交換時間も短縮し、大幅な納期短縮を実現した(*3)。 捺染用彫刻の分野ではITによる短納期という競争優位性を既に保有していた。このITによる短納期化というコア・コンピタンスが プリント基板の競争優位確保につながっている。

(2)プリント基板分野(図1):繊維業界という異業種からの新規参入方法
 繊維業界という異業種からプリント基板への新規参入は、大手電機メーカーの下請けからスタートした。 後発参入当初は、プリント基板のフィルムを受け取ってから片面プリント基板納品までのプロセスを担当した。 付加価値が低く、電子部品業界というよりは、布を基板に置換した繊維業界の延長であったといえる。 次に、付加価値を上げるために、川上の基板設計プロセスを取り込み、更に最終工程の基板検査装置そのものを取り込み、 自社で全工程をコントロール可能な一貫生産工程を確立した。一貫生産確立により競争優位な納期短縮化を実現した。具体策としてITが各所に活かされている。
 プリント基板分野では、成長分野を先取りしてプリント基板の高付加価値化も進められた。高付加価値の経営志向に基き、 両面プリント基板に積極的に手を出し、また成長分野であるフレキシブルプリント基板(FPC:注1)を積極的に先取りしている。 取り込みに当り不足する人材とか設備という経営資源は時間的タイミングを優先して一時的に外部を活用している。 外部化により時間稼ぎしながら、基板の高密度化・多層化など技術変化や顧客要望への早期対応のタイミングをみて、人材と設備を自社内に獲得している。

(3)基板検査機分野(図1) :プリント基板から基板検査機への事業展開
 プリント基板試作の短納期化、基板の高密度化・多層化など、プリント基板の技術変化への早期対応のために基板検査機を内製化してきた。 更にプリント基板メーカーとしての実績を活かして、自社ブランドの基板検査機を事業化した。 メンテナンスプロセスの強化、海外市場進出、提携による商品品揃え、画像処理や人工知能などの先端技術応用が積極展開されている。 この事業分野においてもITが競争優位および顧客との関係強化に活用されている。

2-2.事業転換開始時代の戦略
 図2のSWOT分析を参照して、事業転換開始時代(1980年代前半)の戦略を分析する。 保有技術を活用して顧客ニーズに応えつつ成長業界に事業ドメインを確立していったが、経営者のリーダーシップと、 ITの積極的活用が戦略の実現に効いることがわかる。

(1)強み①②を活かして機会①②に乗り、重要成功要因(CSF)である短納期化で顧客価値を提供し、
   競争優位を得て参入を果たす。
 保有技術①②による電子業界への参入には、顧客である大手電機メーカーの要求の短納期、多品種、柔軟な生産順位変更対応、高密度・多層化、に徹底して応えた。 このニーズに応えるためのキーファクターとしてITの利用を重視したことがあげられる。 また、電機メーカー経験があり、積極的な業種転換の意思を持つ現社長のリーダーシップによるところが大きい。



(2)弱み②④に対しては機会を逃さないために外部資源を活用して乗り切る。
 片面プリント基板→両面プリント基板→FPCへと、より付加価値の高い仕事を目標としてきた。 成功要因としての人材や設備など不足資源はタイミングを重視し外部調達やアウトソーシングにより確保した。 戦略目標に対して不足する人材、設備、商品は外部との提携やアライアンスをしつつ、時間かせぎしてつないで、社内に資源獲得する策をとっている。 資源は手段である。

(3)弱み③に対しては、強み③④⑤⑥⑦⑧のもとで、プリント基板の一貫生産化、機会②への積極対応、
   機会⑤の先行対応、自社ブランド基板検査機販売への進出など、高付加価値の経営を進めた。
 保有していた生産プロセスが比較的優位に活かせる片面プリント基板から後発参入し、付加価値の出る両面プリント基板に広げる。 更に、競争優位を求めてFPCをいち早く手がけた。どこかで一歩先んじる意思を持っていた。プリント基板生産の下受け→川上の設計工程の自前化、 さらに設計から生産・検査・出荷までの一貫生産へと、ビジネスチェーンをより付加価値ある方向へ展開した。 一貫生産により短納期という競争優位の差別化手段を獲得した。また、設計プロセスと検査プロセスを追求することにより、 高細密度・多層化という差別化のプロセスを入手した。
 企業の高付加価値化のために、事業の柱を増やし、より安定な基盤とした。すなわち、高速・高精度の基板検査機を自社ブランドで外販した。 基板メーカーのニーズを知り尽くしての製品化である。社内ノウハウを強みにして基板検査機で競争優位を目指している。

(4)弱み①と脅威②に対しては、機会②④⑤に対するすべての強み①~⑧を総動員して対処し、
   競争優位に立った。

3.経営者の一貫したリーダーシップが事業転換を牽引した
 地場産業が事業転換に成功するには経営者のリーダーシップが重要であることが確認できる。 戦略を実現する主役は社員である。それでは、どのようにリーダーシップが発揮されたかを分析する。 2章の内容と企業理念・行動基準(*1)を併せてみると、企業理念、行動基準、顧客・市場・競争・変革に対する認識を共有化し 浸透させて牽引の旗印としてリーダーシップを発揮してきたことがわかる。

(1)企業理念と行動基準によるリーダーシップ
 「太洋工業株式会社の原則」(*1)によると、企業理念は、「先端技術に常にチャレンジ。技術を通じて社会に貢献。全社員に生涯教育の場を提供、 仕事を通じて自己向上をはかる。」とある。また、行動基準は、「無限の探究、卓越した技術、信頼されるマナー、絶対の品質と顧客の満足、 未来先取の感性」と定めている。技術重視と未来先取、社員の仕事を通じた自己実現、顧客満足、経営の社会責任を明確に認識し、 企業活動において一貫して目指している。企業理念と行動基準を、バランススコアカード(*4)における学習・成長の視点に位置付け、 社内プロセス、顧客、財務の視点に対する関連を収益構造モデル(*5)として図示してみた(図3)。 企業理念、経営理念、行動基準の共有化が収益構造のベースにあるといえる。

(2)「顧客・市場に対する認識」の共有化による
   社内プロセス作りのリーダーシップ
 顧客の短納期化、高密度化、顧客の立場でのiモードによる納期回答システム、フェイスtoフェイスなど、顧客価値を実現するプロセスがある。

(3)「競争に関する認識」の共有化による
   社内プロセス作りのリーダーシップ
 業界の変化の中で、高密度化、多層化など取り組むべき技術課題が明確化・共有化され、取組まれている。

(4)「変革に関する認識」の共有化による
   リーダーシップ
 望まれる顧客価値創造のためにITにより解決する方向が共有化され、ITでの顧客、ビジネスパートナーとの関係強化を図っている。 (1)(2)(3)(4)による成果が顧客の支持を得て、結果的に高付加価値の経営を実現する収益構造が出来ている。経営者のリーダーシップにより、 学習・成長、社内プロセスを中心に変革されているといえる。 その結果、学習・成長、社内プロセス、顧客、財務の4つの視点でバランス良く管理されている。 このことは、トップのリーダーシップのもとで顧客価値創造、プロセス改革、質の高い人材確保、付加価値重視経営がなされていることを示す。

(用語解説)
注1:FPC(Flexible Printed Circuit)
 フレキシブルプリント回路。屈曲性のある回路基板。ポリエステル(PET)フィルム上に、印刷、 またはエッチング等により回路を形成し、その柔軟性、屈曲性、省スペース性、機能性により、様々な応用が可能。 プリント基板のうち、FPCの市場規模は約14百億円で硬質基板の約1割であるが、デジタルカメラや携帯電話などFPC が不可欠な商品が増えるにつれて市場が拡大し、今後は液晶TVや自動車向けに使用され、市場が硬質基板の2~3 割に成長するといわれる(*6)

注2:PDP(Plasma Display Panel)
 プラズマ ディスプレイ パネル

注3:LCD(Liquid Crystal Display)
 液晶表示装置

(参考資料)
(*1)太洋工業(株)ホームページ
  http://www.taiyo-xelcom.co.jp/
(*2)太洋工業、捺染用写真彫刻製版のCAD/CAM化推進へ。2年後メドにシステム化
  1990/01/16:日刊工業新聞 P.09
(*3)太洋工業、蘭社製プリント製版システムを導入。6月から全面コンピューター化
  1993/04/07:日刊工業新聞 P.13
(*4)桜井通晴(監訳)、キャプランとノートンの戦略バランスト・スコアカード
  東洋経済新報社(2001)
(*5)田口尚志、菊地俊延:ITコーディネータ専門知識教材テキスト08 経営戦略策定プロセス、P.45
  (株)日本マンパワー(2001)
(*6)太洋工業 高精細プリント配線基板 需要増で新工場建設
  2001/09/14:日本工業新聞 P.21
(*7)太洋工業、高速基板検査、1時間で360枚
  2002/06/03:日経産業新聞 P.1
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
志満や運送(株) 作成者:NECソフト(株)
     斎藤 尚志
ITC認定番号:0001162001C
作成年月日:2002年1月29日

 本事例は志満や運送㈱殿が、「物流ネットワーク徳島」を立ち上げるまでの経緯とそこで得た情報化の有用性についての解説の事例である。
 志満や運送代表取締役社長湯浅恭介氏は、志満や運送社長として、バブル崩壊後ずっと右肩下がりの状況下において、どうやって競争力をつけるか、長距離運送という物流をいかに効率化するかを考えあぐんでいた。
 当時、「お客様からお預かりした荷物を安全かつ確実にお約束した時刻にお届けする」ために顧客の視点で情報の共有化を図ろうと考えた。具体的には求荷求車情報のネットワークによる共有化である。そこで同じ業界の比較的若手の経営者の会社8社が集まり、勉強会を開始し組合を作りその後除々に拡大していった。まず、大阪・神戸の方面の新物流の動きを視察した。
 加盟企業の荷物情報、車両情報を検索、契約ができるシステムを構築していった。これにより、1社ではできない業務を連携することにより解決を図った。情報化は弱者を強くし、目的達成をサポートするものと考えるに至った。
 「物流ネットワーク徳島」は立上げに1年間、成熟するまでに3年間かかった。
 ここで得たものは、お客様へのサービスのためにいかに情報を有効にコントロールして効率化を進めていくかが重要であるということである。

 以上例、「物流ネットワーク徳島」の誕生のきっかけから今日までの取り組みについて以下の通り流れ図にまとめてみた。

 本事例で学ぶべきことは次の通りと考える。顧客価値経営の精神、最初は小さいところから始めて徐々に大きく、気の合う仲間でモデル企業の視察に、支援施策の活用など共同化の基本ステップを着実に遂行していったことが重要な成功要因であり大いに見習うべき点である。


[流れ図]
●1980年代後半



[参考情報]
1.地域中小企業物流効率化推進事業
(1)目的
中小企業者によって構成される組合等が、物流機能の強化を図るために実施する共同物流システムの構築、受発注・輸配送情報ネットワークの構築等のテーマに係る調査研究・基本計画策定事業、事業計画・システム設計事業、実験的事業運営事業について補助するものである。
(2)事業の実施主体
中小企業団体の組織に関する法律(昭和32年法律第185号)その他の特別の法律に規定する組合、民法34条の既定による法人であって、主として中小企業者によって構成されるもの。主として中小企業者で構成されている団体であって、所管通商産業局長が必要と認めた団体。
(3)実施事業
①調査研究・基本計画策定事業
物流効率化のための調査・分析及び総論的な方向性を決める調査研究・基本計画を策定する事業。
②事業計画・システム設計事業
上記1.の総論的調査を踏まえ、具体的な事業計画又はシステム設計を行う事業。
③実験的事業運営事業
物流効率化のための、新規性、普及可能性のある事業をモデル的事業として開発し、実験的に運営する事業。
(4)補助率
国1/3、都道府県等1/3、組合等1/3

2.共同物流
(1)共同物流のメリット
 共同物流のメリットはそれぞれの立場により以下の通りである。

荷主企業にとってのメリット

・車両の積載効率の向上による配送コストの低減
・業務の標準化・簡素化により手作業、事務作業が軽減する
・ピークに合わせた車両の購入や設備投資が不要になる

荷受け側にとってのメリット

・納品に当たって入庫場所の混雑が解消できる
・納品が集約されているので納入回数が減り、荷受け・検品の手間が省ける
・手作業、事務作業が軽減する
・パレット・荷姿・外装表示の標準化により作業効率が向上する

生活者としてのメリット

・物流コストが減少することで物価が安定してくる
・トラックの交通量が減少し排気ガス、騒音などの環境保全になる
・道路の交通渋滞が緩和され住宅街や商店の迷惑が緩和される

(2)共同物流を成功させる条件
 ①リーダーシップ
  メンバーをまとめ牽引していく強いリーダーシップの存在が必要である。
 ②標準化
  共通ルールの整備と標準化が必要である。
 ③コミュニケーションに基づく信頼感
  参加企業の企業秘密の問題等もあり、何よりもコミュニケーションに基づく信頼感が必要である。
(3)共同物流の課題
地域内物流においては、地域間物流における鉄道や船舶等の環境負荷の小さな輸送機関へのモーダルシフト(注1)といった取り組みは難しく、最終的にはトラックに依存せざるを得ない。しかし、近年の荷主ニーズの多様化・高度化等を背景に多頻度・少量配送といった、非効率的になりがちな集配送が要求されてきており、今後この傾向は一層拡大していくものと考えられる。
このため、トラックの積載効率を高め、総走行台数の削減、総走行距離の短縮を図るとともに、環境負荷の小さな天然ガス車等の低公害車の積極的な導入を図る等の対応が求められている。
共同集配事業については、以前からその効果が指摘され、各地で検討がなされていながら、なかなか事業化には至らない場合が多い。その理由の1つとして関係者間の利害調整の難しさが挙げられているが、13年の国土交通省の発足を踏まえ、運輸政策審議会総合部会物流小委員会の中間報告においても指摘されているように、今後はまちづくりと一体となった取り組みを一層進めるとともに、地域の交通問題や環境問題を担う地方公共団体とも一層緊密な連携を図りつつ、交通需要マネジメント(TDM)(注2)も組み合わせた推進策に取り組む必要がある。

3.求貨求車システム
求貨求車システムとは、貨物を運ばせてほしいという求貨(空車)情報と貨物を運んでほしいという求車(貨物)情報を結び付けて(マッチング)、トラック輸送の効率化を図るものである。
 求貨求車システムの種類は以下のようなものがある。
(1)ビジネスモデルによる分類
 ①「掲示板」型
 運営者がネット上の掲示板に求貨求車情報を掲示し、求貨側と求車側は掲示板を見て、ほしい車両・貨物があれば、個別に商談を行なうもの。
 ②オークション型
 求車情報に対して運びたい事業者が運賃を提示し、最も安い運賃を提示した事業者が競り落とすものである。
 ③オペレート型
 運営者が求貨求車の両情報のマッチイングを行なうものである。
(2)運営主体による分類
 ①商社系
 ②物流事業者(物流子会社系)
 ③ベンチャービジネス系

 ④情報システム会社系
(3)運営形態による分類
 ①限定会員制(クローズド)
 ②自由参加制(オープン)

注1:モーダルシフト(modal shift)
 昭和56年に、運輸省政策審議会が省エネのために、トラック輸送に過度に依存した物流体系を鉄道や海運に転換する施策を答申。当初は、道路渋滞の解消、ドライバー不足や高齢化などの労働問題等、社会的制約要因から始まった取り組みであったが、近年、京都議定書をめぐる地球温暖化防止、大気汚染公害訴訟、自動車NOx法の特定地域等の強化など、環境に優しく効率的な大量輸送機関(鉄道・海運)へのシフト推進の意味合いが高まっている。

注2:交通需要マネジメント(TDM:Transportation Demand Management)
 国土交通省が推進する、都市交通の円滑化のための施策の一つであり、利用者の交通行動に対して交通需要を調整する手法。具体的には、ピークカット(時差通勤の呼びかけによりピークを平準化)、経路変更(渋滞情報提供によって交通量の分散をはかる)、手段の変更(公共交通機関利用促進)、発生原の調整(勤務日数の変更、通信手段の利用等により交通量を調整)、自動車の効率的利用(相乗り、協同配送等による積載効率を高める)などがあげられる。

2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
山本精工(株) 作成者:(株)日本コンサルタントグループ
      高村 弘史
ITC認定番号:0001472001C
作成年月日:2002年4月18日

■はじめに
昨今の経営を取り巻く環境は厳しくなり、小手先だけの対応では手遅れになるケースも多々見受けられる。 そのような時、経営者は、事業領域自体の見直しを迫られることがある。それは「従来どおりの顧客や商品では最早生き残りができないと判断し、変革の決断をしなければならない。」ということを意味する。 当事例は、多くの悩める企業経営者にとって、「決断」の意味を新たに問い直すきっかけとなり、また勇気付けられる事例である。

■どのレベルの経営判断かを明確にする。
経営者は、経営方針の選択と決断をするが、一般的には戦略レベルにおけるもの、戦術レベルにおけるもの、さらにオペレーション(現場)レベルにおけるものという分類が可能である。 大企業においては、コントロールすべき目標を設定した上で、それぞれのレベルのマネジャーに権限が委譲され、階層的に管理されているが、中堅中小企業においては、その役割は経営者が兼ねる事が多い。 しかし、「意思決定がどのレベルにおいてなされているのか」を明確にすることは、整理するという意味において有効である。

■山本精工における経営判断プロセスを考える。
ここで私は、TOC理論とその思考プロセス図<参考1>の考え方を一部引用して、この事例を検討していくことにする。 (説明用に独自の解釈を加えているので正式な文法等は関係書、関連URLを参考にしていただきたい。)
TOC理論とは、1980年代に米国で唱えられた「制約理論」とよばれるものであり、企業の最終目標を明確にした上で、全体最適の視点から、最もネックとなっている部分を、そのプロセスの中で発見し、そこを集中的に改善するための考え方である。 この理論を説明しベストセラーになった「ザ・ゴール」シリーズ<参考2>はお読みになった方も多いと思われる。ここで提唱されている思考プロセスツリーは、後にテンプレートに当てはめられるなどして、各種の経営技法の中で発展を遂げている。 (例えばBSC(バランススコアカード)の戦略マップ<参考3>もこの発展形である。)図表1は、事例の中で述べられている幾つかのキーワードを抽出、補筆し、経営意思決定レベルごとに目標(ゴール)を設定し、それを実現する手段を対立関係で書き表したものである。 (図において赤円に囲まれた4つの「選択」がある。これはそれぞれのレベルでの選択肢と意思決定を示す。)

1.戦略・ビジョンレベルの目標:製造業としての生き残り。
 (図表1の一番上の部分)
第1の「選択」は、製造業の生き残りの条件は、顧客満足にあるとし、その「顧客」とは誰かを決めなおしたということである。当事例では、7割の売上を占める自動車の部品加工(売上拡大を目指す)をやめ、 アルミ事業に特化する(従業員一人当たりの利益率の増加を目指す)という大きな選択をした。これは大変勇気の要る選択であり、多くの製造業では夢を見ることはあっても、実行することは中々できないものである。 経営者は何故このような大きな選択をすることができたのか?このヒントは下位のレベルの意思決定にある。
2.戦術レベルの目標:人間的な創造性のある仕事をしたい。
 (図表1の中間から上)
ここでの「選択」は大量受注をやめ(ファーストロット)、特注・単品モノに特化するというものである。製造業を囲む環境は、従来よりも大変厳しいものとなっている。(当事例は1999年時点のものであるが、 参考までに2001年度版の経営課題を付記しておいた<参考4>)単純なルーティン作業は人件費の安い外国に奪われ、取引先の値下げ要求は限界を超えている。事例にも述べられているように、 利益が3%~8%では到底食べていくことはできない。「人間的な創造性のある仕事」は単にロマンを追い求めているだけではなく、差別要因である。これは製造業には「NC(数値制御)旋盤」、「マシニングセンター」、 「ロボット」<参考5>が多品種少量生産の大きな武器であり、「知的生産性を向上させることによって、大きな利益を生む。」という構造があることが経営者の意思決定に大きな追い風となったとも言えよう。
3.戦術・オペレーションレベルの目標:人間的な創造性のある仕事をしたい。
またこの目標はオペレーションレベルにおいては、「展開・学習すべきコンピテンシー」<参考6>の「選択」という見方をすることもできる。
コンピテンシーとは、「目的を達成するための必要な能力」を定義したもので、特に人材の評価指標として使われるものであるが、ここの場合では「同じものを繰り返し安く作る能力」と「違ったものを常に新しく作る能力」と考えて見たい。(図表2)
左の場合ポジティブ(好ましい)スパイラル(らせん的繰り返し)と関連していると言え、右の場合ネガティブ(好ましくない)スパイラルと関連していると言える。経営者は自社に必要とされるコアの能力の方向性を伸ばすことが重要であることも、この事例から読み取れる部分である。
この考え方を応用する際の注意として、その企業のおかれている経営環境によっては、ポジティブスパイラルは正反対の方針になることもある。常に市場との相対的なポジションを確認することが重要である。
4.オペレーションレベルの目標:プロセスノウハウの創造。
 (図表1の左下の部分)
さらに加工デザイニング領域においても、経営者は大きな決断をしている。
ものづくりの能力は経験をつんだ個人に依存するという考え方が伝統的な製造業にはある。これは「暗黙知」と言われるように、数値化や文書化ができない領域であると言われていた。「免許皆伝虎の巻」には技の名前しか書いてないといわれる所以である。
この領域を企業において共有するために、「仕事を細分化する」という手法を使い、ヒトとコンピュータの役割を明確に分けるということを行った。その結果一つ一つの資源要素は名称がつけられ、数値化がされ、このマスターデータの変化の様子を記録することによって、 結果的に人間の行う不定形の作業を記録することに成功したのである。このデータは「同じ作業を再現する」ことと「類似の作業のテンプレートとして再利用する」ことに使われ、ヒトが行うことはあくまで創造作業である。とすることができる。 ここでは職人という名のブラックボックス(内部工程が見えない)をやめ、データ化というオープンボックス(内部工程が見える)にするという「選択」がなされている。

■意思決定
これらの一連の分析が行われたとき、(図表1)の右辺にある「7割の売上を占める顧客」というメリットを無くしたとしても、アルミ事業に特化するほうが、より大きなメリット(より大きなスループット)を生む可能性がある、ということが判断できる。(経営資源の成熟度も考慮に入れる必要がある。)
先に私はこのヒントは下位のレベルの意思決定にある。と述べさせていただいたが、「人間的な創造性のある仕事をしたい」、「プロセスノウハウの創造」という2つの目標が、少なくとも描けるめどがついたか、或いは強固な意志を持てたことが、上位の意思決定につながったのではないかと思われる。

■おわりに
最後に同社のコンセプトである Hilltop の意味をご紹介したい。「よりグロ-バルに、よりボ-ダレスに展開する産業構造の中で、ある一部門だけにとらわれず多くの情報や知識を集め、 独自のノウハウと固有技術により、自らがイノベ-ションを起こす原動力となる。そして、 たとえ小さくてもそれぞれの丘の上を目指す夢と目標を持った頭脳集団となることである。」
そしてこのコンセプトを具現化する目標として以下を挙げておられる。

図表3(ホームページより)

HILLTOP って自分の得意なものにもっと磨きをかけて一番になろうということ!

山本精工のめざすHILLTOP!

● アルミの加工(単品、試作、削り出し)で一番に!
● 超短納期をいとも簡単にこなせる企業に!
● 何よりも『楽しい』と思える企業に!
● 苦しいを楽しいに! じゃまくさいを生き生きに!
● 歌って踊れる企業に!

私たちは、注文をいただいた製品だけを作るのでは、ありません!

強烈な個性と自信のあふれた宣言である。

■以下参考
山本精工(株)
http://www.joho-kyoto.or.jp/~hilltop/hilltop-hp/index.html
<参考1> TOC (Theory of Constraints;制約理論または制約条件の理論)
制約理論の広場
http://www01.u-page.so-net.ne.jp/pk9/toshio/TOC-JP/index.htm
<参考2> ザ・ゴールシリーズ
「ザ・ゴール」-企業の究極の目的とは何か-
  The Goal: A Process of Ongoing Improvement
  エリヤフ・ゴールドラット 著 三本木 亮 訳  稲垣公夫 解説
「ザ・ゴール2思考プロセス」 It's Not Luck

   エリヤフ・ゴールドラット 著 三本木 亮 訳  稲垣公夫 解説
(いずれもダイヤモンド社)
<参考3> BSC バランススコアカードの戦略マップ
ITコーディネータのためのバランス・スコアカード講座」
  ITC-Colabo 松原 恭司郎
http://www.itc-pro.com/collabo/lepo/matsubara/03.html
<参考4> 中小企業総合事業団調査-H13年度経営上の問題点-より 図表4
http://www.jasmec.go.jp/ck/cyousa/index.htm
<参考5> 社団法人 日本工作機械工業会 工作機械とは
http://www.kskbldg-unet.ocn.ne.jp/
<参考6> コンピテンシー(Competency)参考文献
「コンピテンシー・マネジメントの展開―導入・構築・活用」
  ライル・M. スペンサー (著) シグネ・M. スペンサー (著)
  梅津 祐良 (翻訳), 成田 攻 (翻訳), 横山 哲夫 (翻訳)
  生産性出版 ; ISBN: 482011722X
※なお、コンピテンシーは、人材の能力評価を対象に使われている。
  
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
(株)山田農園 作成者:古家後 啓太
ITC認定番号:0003222001C
作成年月日:2002年4月25日
 株式会社山田農園は、資本金4000万円、従業員34名の規模であるが、いち早く社内情報化を図るとともに、平成9年からは先進的情報システム(電子商取引等)開発実証事業 (*1) を活用してサイバーモール「楽市らくじゃん」を始める等、積極的に情報戦略を展開し成果をあげている。
 本事例は、観葉植物の栽培、レンタル、造園、輸入等を行っている株式会社山田農園殿が、従来からの流通機能の限界を感じ、新たにWebを活用したサイバーモール
(*2) を開発した経緯を報告したものである。

(1)花き市場動向
 経済産業省「商業統計」によれば、花・植木小売業の市場規模は平成11年で約9千億円となっている。 また、総務省「家計調査」によると、切花の消費については、長期的(昭和55~平成12年)には、総じて増加傾向で推移していたが、 景気の谷であった平成5年以降、伸びに鈍化がみられ、平成9年を境に減少に転じている(図1)。 一方、園芸品・同用品の消費動向は、平成2年以降、増加傾向で推移していたが、平成12年は減少に転じている(図2)1) 。このように山田農園殿の市場は長期的には拡大されてきたものの頭打ちの状況になっている。
 しかし、(社)自由時間デザイン協会「レジャー白書」によると、「園芸・庭いじり」の参加人口は微増傾向で推移し、10年間で、約2割の増加となっており(図3)
1) 、マーケットニーズを確実に取り組むことによりさらに潜在需要の掘り起こしが可能な市場と言える。

図1 切花の購入頻度及び支出金額の推移(名目、全世帯、1世帯1年間当たり)1)


図2 園芸品・同用品の購入頻度及び支出金額の推移(名目、全世帯、1世帯1年間当たり)1)


図3 余暇活動(園芸・庭いじり)参加人口の年次推移 1)

(2)サイバーモールの動向
 サイバーモールとはインターネット上の商業集積のことでインターネットを利用したオンラインショッピングのひとつである。 サイバーモール協議会のホームページに以下のような現況と課題を挙げている。
「インターネットを利用したオンラインショッピングは、近年急速に普及拡大している。また、最近になって決済手段の発達や、認証サービスが実用化され、ビジネスの環境は徐々に整ってきている。 しかしながら、問題がないわけではない。オンラインショッピング市場の拡大にともなって、さまざまな商品が販売されるようになっているが、①売上は一部の有名仮想店舗に偏っている。 コンピュータ(とその関連)、書籍、予約ビジネス等を除くと、仮想店舗の経営状況はかなり厳しいのが現実である。 また、残念ながら依然として②最低限のルール(例えば訪問販売法の表示義務)も守っていない店舗もまだ多く見られる。さらに、③消費者向け電子商取引は歴史が浅いこともあり、 法律や取引慣行が確立していない点があるなどの問題も多く見られる。サイバーモールについても、実験的な段階から実用段階に移るにつれ、その役割が問われている。 現在では、サイバーモールを利用しなくても、比較的低価格でレンタルサーバーを借り、SSL
(*3) でセキュリティを確保した取引も個人レベルでも可能になってきた。しかし、①仮想店舗の増加により、単に仮想店舗を開設しただけではアクセスしてもらうこさえ難しく、 モールの役割は大きくなってきている。また、②決済の代行などのサービスを充実させるモールが出てきたり、特定の商品や、地域密着などの特徴を活かしたモールが出てきている。 今後ともサイバーモールは、①電子商取引についてのノウハウを活かしたサービスやコンサルティング等、また②信頼性の確保により一定の地位を占めるものと考えている。」 2)
 このような中で、本事例のサイバーモール「楽市らくじゃん」の特徴は、生産者と消費者を直接結びつけることを目的としており、顧客の要求を満足することにより大きく発展する可能性を持ったモールと言える。

(3)楽市らくじゃんの特徴
 楽市らくじゃんは、単なる生産者と消費者を結ぶサイバーモールというよりも、園芸やガーデニング等の農産物をテーマに様々な情報提供を行う交流の場としての機能も有している。 事例に紹介された植物図鑑の他にもコンテナで楽しむハーブ、グリーンボール、掲示板等利用者参加型の情報提供を行っている。 4)
 また、日々進化するモールを支える体制としてECビジネス開発室に専務であるウェブマスターを筆頭にシステムエンジニア、Webエディター、デザイナー、園芸記事・コンテンツ担当、出店・店舗担当の陣容を構えている。 この自社を主体とした開発体制も、山田農園殿の情報戦略や楽市らくじゃんに対する意気込みを感じることができるものである。

(4)今後の可能性
 日経ネットビジネスの第12回インターネット・アクティブ・ユーザー調査によると花・観葉植物のオンラインショッピング利用は、年々増えてきている。3) また、農林水産省の平成13年度下期花きの需給・価格見通しの年齢階層により異なる切花の消費動向によると、昭和55~平成2年については、各年齢層とも加齢とともに全体的な支出金額の増加がみられ、 特に55年に49歳であった年齢層が大きな増加となっている(図4)。平成2~12年についても、各年齢層で支出金額の増加がみられるものの、増加の大きい年齢層は、2年で40~49歳であった層となっている。 同様に園芸品・同用品の1世帯当たり年間支出金額を、世帯主の年齢階層別に平成2年、12年についてみると、平成2年に40~49歳層であった年齢層(12年では50~59歳の層)の増加が顕著である (図5)。この世代は、いわゆる団塊の世代であり、消費を支えてきた世代の一つである。1)
 一方、総務省の平成13年度情報通信白書のインターネット利用における個人属性別格差の現状によると、インターネット利用は、20歳代が79.4%であるのに対し、50歳代は33.7%と低くなっている。
 すなわち、本市場におけるサイバーモールの可能性は非常に大きいものであるとともに、中高年者や女性の活用しやすいコンテンツの開発が発展への重要な鍵となるものと言える。

図4 世帯主の年齢階層別にみた切花の1世帯当たりの支出金額(実質)1)


図5 世帯主の年齢階層別にみた園芸品・同用品の1世帯当たりの支出金額(名目)1)

(*1) 先進的情報システム(電子商取引等)開発実証事業:情報処理振興事業協会(IPA)は、平成7年度及び8年度の補正予算に基づいて企業間及び企業消費者間の電子商取引に関する実証プロジェクトを実施し、システム構築や管理、課金・決済、セキュリティ確保等に関する共通基盤技術開発とその実証を行ってきました。
 先進的情報システム開発実証事業(電子商取引の実用化等)では、これまでの蓄積を生かし、さらなる技術開発の推進や地域等のニーズに基づいた、或いは、より実用に近い電子商取引システムの構築と実証実験を行うことにより、電子商取引の本格的実用化を促進し、我が国経済の構造改革、景気浮揚を図ることを目的としている。

(*2) サイバーモール:サイバーモールとは、その名の通りインターネット上の商業集積で、サイバー空間のショッピングモールです。わかりやすく「インターネット上の商店街」と紹介されることもありますが、これは必ずしも正確ではありません。ショッピングモールとは、我が国の商店街にみられるような自然発生的な商業集積ではなく、 計画的に物販、飲食・サービス、娯楽施設を配し、消費者のニーズに応えるように作られた商業施設の事です。米国ではこのような施設が一般的になっており、郊外にディベロッパーによって多くのショッピングモールが作られています。サイバーモールは新しい形態だけに、いろいろなものがありますが、自然発生的な集積ではなく、 モールマスターによって計画的に出店を行っているものであると考えた方が良いと思います。
モール毎に、総合的な品揃えを行うモール(総合モール)、専門分野に特化したモール(専門モール)、地域の特産物を中心に扱うモール(地域モール)などがあります。
(出展:サイバーモール協議会 http://www.cybermall.org/index.html

(*3) SSL: Secure Socket Layer の略であり、暗号と電子認証を用いてインターネット上のデータ交換を安全に行うための通信プロトコルである。
(出展:ビジネスマンのためのIT用語ハンドブック2001


参考文献

1) 農林水産省ホームページ:
    http://www.maff.go.jp
2) サイバーモール協議会ホームページ:
    http://www.cybermall.org/index.html
3) 日経ネットビジネス第12回インターネット・アクティブ・ユーザー調査:
    http://nnb.nikkeibp.co.jp/nnb/200107/f_nmmq12.html
4) 山田農園ホームページ:
    http://rakujan.yamaen.co.jp/
  
2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
(有)佐倉きのこ園 作成者:(株)コア
     神山 恵美子
ITC認定番号:0019492002A
作成年月日:2002年1月29日

佐倉きのこ園は資本金300万円、従業員16人の規模ではあるが、ITを有効に活用し、大きなマーケットを開拓している。そのひとつが、大手企業がEC(注1)のBtoC(注2)市場を撤退する中で、楽天市場(注3)に参入し、これを顧客層を広げるマーケットと位置付け、十分な成功を収めている。
平成6年に事業をスタートしてから一貫して、安定した生産と価格そして品位をもって、中国産等の安い輸入しいたけとの差別化をはかり、地元のホテルや学校などの需要の安定した顧客をつかみつつ、一方で一般のファンを増やしていくという方針をとり営業をしきた。そのような方向性の中で、本ケースのITを含めた積極的な取り組みは、農業関係者だけではなく多くの中小企業の参考になると考えられる。佐倉きのこ園のIT化とECを中心としたそれを取り巻く動向について以下に述べる。

<直販/通販事務効率化のためのIT導入>
事業スタートしてほぼ1年後の平成7年(1995年)6月に、産地直送/通信販売業務の効率化を目的に、ヤマトシステム開発の「産直くん」を導入した。業務にあったパッケージソフトを導入したことにより、当初の目的である業務の効率化以外に、タイミングの良いダイレクトメールをはじめとした今まで以上の徹底した顧客サービスを行い、顧客を増やしていった。

<観光農園としての多角経営>
顧客の声を積極的にとりいれ、販売業務以外にも観光農園(注4)としての多角経営を展開していった。
平成11年の農林水産総合技術センターのレポートによると、余暇目的で農村を訪れる都市住民は増加し、佐倉きのこ園同様、多くの農家で観光農園や農産物直売活動等の「都市と農村の交流活動」への取り組みが盛んになっている。
観光農園は1960年代後半から盛んに取り組まれた「都市と農村の交流活動」の一つであり、近年も観光農園部門を経営に取り入れる農家は増加している。

<楽天市場への出店>
佐倉きのこ園では2000年3月に、大手インターネットショッピングサイト楽天市場に出店した。佐倉きのこ園のような個人店舗でインターネットショッピングを展開する場合、自社で独自に展開するケースと楽天のようなショッピングモール(注5)に加盟するケースと2つの方法がある。出店料や自由度の制限があっても、楽天という知名度と、利用する顧客の安心感、そしてキャンペーンなどのマーケティング力を考えると、佐倉きのこ園のような規模の事業が有名モールに出展したのは懸命な判断であったといえる。

<クリックアンドモルタルでの成功例>
また佐倉きのこ園の場合は、ECサイト上での売上のみに着目しているのではなく、相乗的なビジネスの広がりとしての価値を見出しているところが特筆すべき点であると思われる。
サイトだけで収益をあげようとするよりも、先ずは一連のPR活動、顧客サービスや付加価値の一部といった位置付けで、あまり大きな期待をせずにECに挑戦していけるというのが、「クリックアンドモルタル(注6)」といわれる、実店舗をもった企業がその付加価値としてECに進出していくケースの成功例のひとつである。
2001年はアメリカをはじめ世界的に「ネットバブル(注7)崩壊」と言われ、日本でも大手のショッピングモールや企業がEC市場から撤退している。そういった中、実店舗をもつ伝統的な企業によるネット利用である「クリックアンドモルタル」と言われるビジネスモデルは現在、インターネットでの成功例として脚光を浴びており、日本でも家電やコンピュータ販売店のサイトや、衣料品、書籍やCD、航空券などのチケット販売などがあげられる。またネット販売による効果だけではなく、特別な割引クーポンなどを発行して、インターネットでの閲覧者を、実際の店舗への集客に結びつけようという戦略に集約している企業も多く見られる。


日経ネットビジネス誌の第12回インターネット・アクティブ・ユーザ調査(2001年5月22日~6月4日実施)で、EC経験者は10人に7人という結果が出た。インターネットを利用し始めて8ヶ月以内の初心者ユーザだけを見ても、30%→39.1%→45%と着実に伸びていて、つまりオンラインショッピングを目的にインターネットを使い始めたというユーザが増えているとも言える。また、EC経験率は男性よりも女性が上回るという結果がでている。
また、ECで売れる商品は一般的に、1)パソコン関連製品 2)書籍や音楽CD 3)航空券をはじめとするチケットやホテルなどの宿泊予約 といわれがちだが、実際は地方でしか手に入らないお酒や特産品なども注目が集まってきている。日経の調査によると女性ユーザーでは食料品が1位となっている。

今後、光ファイバー(注8)やxDSL(注9)の普及に伴い、家庭でもブロードバンド(注10)と呼ばれる高速で常時接続のインターネット環境が増えていくと、TVやカタログ販売と同じような気楽さでECに参加するユーザ、特に主婦層が増えていくことが予想される。
以上のことを踏まえても、今後佐倉きのこ園のような食品関係でもビジネスチャンスが広がる可能性は大いにある。その場合は、ユーザの不安や不満をいかに取り除き、一人でも多くのファンを獲得していくかが成功の鍵になると考えられる。

小職も実際に楽天で佐倉きのこ園の商品を購入をしてみた。もちろんクレジット決済である。電子メールで通知があった日に商品は届き、期待以上にきれいで肉厚のしいたけのファンになってしまった。


参考したサイト
ヤマトシステム開発 産直くん
http://www.nekonet.co.jp/lineup/pi_01.htm
観光農園経営の現状と課題
http://www.wakayama.go.jp/prefg/070100/070101/seika/nou-h11/2-1.htm
楽天市場
http://www.rakuten.co.jp/
日経ネットビジネス「第12回インターネット・アクティブ・ユーザー調査」
http://nnb.nikkeibp.co.jp/nnb/200107/f_nmmq12.html



*佐倉きのこ園のビジネスビジョン




(日経ネットビジネス誌第12回インターネット・アクティブ・ユーザ調査より

* オンラインショッピングの意識と経験


* 購入品目



* 男女別EC経験者



注1:ECElectronic Commerce
電子商取引。インターネット上のWWWやパソコン通信を利用した通信販売や、、ICカードなどを使った電子財布によって決済行為を行うもの、また電子決済や商品の受渡しまでも含めて全てをオンラインで実施するものまでを含む。

注2:BtoCBusiness to Consumer
企業-個人間取引。企業と一般消費者、つまり業者が個人消費者に販売行為等をおこなうこと。

注3:楽天市場
日本国内の個人向けEC市場をここまで成長させてきた、国内最大のオンラインショッピングモール。運営はインターネットベンチャーの楽天株式会社。出店費用月額5万円からという低価格で、19973月のオープン依頼数多くのショップを集めて急成長し、20004月には店頭市場に株式を公開。20017月現在、契約企業は7000社を突破した。

注4:観光農園
農産物生産農家が、観光客やオーナー制度会員などに自家農産物のもぎ採りや直売などを提供するために整備した農園(山崎光博「観光農園」長谷政弘編著『観光学辞典』、同文館、1997年、p.85

注5:ショッピングモール
オンラインショッピングができるネット上の店舗を、百貨店や商店街のように一つに集めた場所。

注6:クリックアンドモルタル
従来のチャネル(実店舗)と平行して、インターネットを通して、ビジネスを行う企業のおよび、そのビジネスモデル。

注7:ネットバブル
インターネット関連の株は、見込みだけで異常な値上がりを見せていることも多く、これをネットバブルとよんでいる。

注8:光ファイバー
もともとは光伝送用の線材のことだが、高速通信のインフラとしての意味。現在は数10Mbps~数100Mbpsの伝送速度を持つが、最近ではGbitクラスの転送技術も開発されている。

注9:xDSL(x Digital Subscriber Line
既存の電話回線の電話局側と加入者側に対応装置を設置するだけで、デジタル回線並みの高速回線を実現できる。
代表的なのは、下り方向の転送速度を高速化したADSLasymmetric DSL

注10:ブロードバンド(Broadband
DSLやケーブルTVによるインターネット接続などを用いた、高速なインターネット接続サービスのこと。

2010.07.06
IT Coordinators Association
事例コメント
(株)高知豊中技研 作成者:村山 賢誌
ITC認定番号:0006062001C
作成年月日:2002年5月21日
(株)高知豊中技研は、資本金5000万円、従業員45名、売上高4.8億円、ガス関連機器製造及び電子機器開発を行う企業である。設備の保守・メンテナンスと温度制御用放射温度計の販売を始め、蓄積された技術を活かしたグリーンレーザー・モジュール及びグリーンレーザーポインターの製造・販売も行っている。既に生産管理システムを構築しており、一層の経営効率化を目指し、リアルタイムな経営分析を行うための情報システムを自社開発するなど、経営革新を進めている。
高知工科大学との産学協同開発やIE(注1)に関する研究グループに参加し、単なる下請企業からの脱却を図っている。技術レベルの向上を図り、独自製品の開発・販売による飛躍を目指している。
(株)高知豊中技研の情報システム構築過程は、中堅・中小企業の参考となると考える。その取組みについて以下に述べる。

〔経営者の姿勢〕
(株)高知豊中技研では、顧客の要求に答える(注2)ための柔軟かつ迅速な対応とリアルタイムな経営分析を目的に、1997年に就任し生産管理システムの構築を推進した取締役がリーダーとなって、情報システムの自社開発に成功した。
経営者には、プロジェクトへの参加をアピールし、プロジェクト実現への「意思」を社員に伝えることが求められている。取締役がリーダーとなったことで、社員に経営者の積極的な姿勢を示すことになり、プロジェクトを成功に導いたものと考えられる。生産管理システムの構築を通じて、社員の信頼を得ていたこと、取締役が有能なプロジェクト・マネージャーであったことなども成功要因であろうと考えられる。
経営革新を進めるために、様々なプロジェクトが実施される。中堅・中小企業ではプロジェクトの成否が会社の命運を左右することもある。その為、経営者には、明確な目標・目的を挙げ陣頭指揮をするなど、リーダーシップを発揮してプロジェクトを推進することが求められている。
プロジェクトの成功要因として、①明確に定義した目標、②有能なプロジェクト・マネージャーの存在があり、失敗要因として、①コミュニケーション不足、②メンバーの能力不足、③メンバーの意識が低いことなどが挙げられる。
(小西喜明 「PMとは何か?なぜ今PMか?」より(注3)

〔社員の育成と能力向上〕
IT化での重要な留意点は人材育成とされる(図①)。
(1)教育(注4)
一般的に年配社員はパソコンの操作を覚えることを苦手とし、パソコンを導入しても上手く活用していないという例も少なくない。一方、若い社員はパソコン操作の呑みこみは早く、情報機器活用への抵抗感は少ない。(株)高知豊中技研では、若い社員に年配社員のパソコン操作の教育を担当させた。年配社員への配慮や丁寧な対応が、否応無しの押し付けという印象を取り除き、抵抗感を和らげたものと思われる。この社内教育により、年配社員の理解と意欲を高め、パソコン操作能力を向上させ、落ちこぼれを防ぐことになった。同時に若い社員との間に良好なコミュニケーションによる信頼関係を創りあげたものと考えられる。
(2)システム開発担当者の選任
システム開発にあたった担当者には、主任・係長クラスの生産現場でトップとして仕事をしている30代の人材をあてた。外部教育を受講させ、技能向上への意欲も引き出し、能力を向上させた。この人材の登用と育成が、システム開発を成功に導くとともに、取締役を支えプロジェクトを推進するリーダーの育成・強化にもなったものと考えられる。
(3)情報の共有化
パソコンの導入状況は、2人に1台という状況にある。パソコンを活用することで、業務文書作成や内外製品・技術情報収集等の通常業務に関る情報の共有を容易にしている。
また、情報システムの構築による技術情報のデータベース化により、受注生産での製品毎に対応した数百点の部材の選択、特殊な計算による割当てなど、熟練者を必要とした判断・作業を一般社員でもできるようにした。(ナレッジマネジメント:注5)。
情報共有化の効果は、業務・生産作業、情報伝達の効率化に留まらない。社内他部門や社員の活動・経験、過去の事例など会社の活動に加え社員個人の考え方なども共有できるようになる。その為、企業活動への理解と参加意識、社員の連帯感を高めることも可能にする。
(株)高知豊中技研では、人材育成並びに情報の共有化を通じて、情報リテラシー(注6)を向上させたものと考えられる。

〔システム開発の方法〕
システムの開発には、目的や内容、自社の経営資源、求められる稼動時期に応じて、自社での開発、外部委託、外部との共同開発、パッケージ・ソフト導入などの選択肢がある。
(株)高知豊中技研では、製造・開発型企業であったため技術系人材がいたこと、生産管理システムを構築していたことで社員の能力・素養も一定レベル以上であったことなどから、自社開発を選択したものと思われる。また、開発に要した費用は、コンピュータ購入費、ソフト購入費、その他の費用として外部教育機関での教育費、ランニングコスト(プロバイダー契約料等)であった。選択する開発方法や企業規模により必要とされる費用は異なる。社内のインフラ整備費やシステム委託開発費、導入費など少なからず資金を必要とする場合がある。その為、開発の失敗は、経営に悪影響を与える。経営者には、自社の経営資源(人、もの、金、情報)を把握した上での慎重な判断が求められる。

〔これからの取組みと支援制度〕
今後、(株)高知豊中技研は、業務統合システムの構築と独自製品の開発・販売により、自立した企業への飛躍を目指す。
業務統合システムの構築の実現は、一層のリードタイム削減、IT費用削減、製品在庫削減の実現、意思決定の迅速化・的確化などが期待できる。その為、早期の業務統合システム構築が課題となる。
製品の開発・販売は、競争での勝ち残りと自立に必要な取組みとされている。(株)高知豊中技研は、製品開発において高知工科大学等との共同開発を進めおり、着実に取組みを進めているものと思われる。
顧客情報や業界動向など市場ニーズを製品開発に活かし競争力を高めること、製品の早期市場投入と販売体制の充実・強化が課題となるものと考えられる。


参考となる支援施策には次のような制度がある。
経営戦略策定やシステム開発方法の選択には、経営相談制度や専門家派遣制度(注7)。技術や品質の向上を図るためには、公設試験研究機関等の活用(注4・注8)が可能であり、産学連携支援制度の充実も図られている。販売力強化には、商工会議所等のセミナー・フェア、ビジネスマッチング、人材雇用への助成制度(注9)がある。資金調達では、戦略的情報技術活用促進融資や都道府県の中小企業制度融資など公的制度融資等が利用(注10)できる。各施策を組み合わせて利用するなど、積極的な活用が望まれる。

(株)高知豊中技研は、生産管理システム構築に続く情報システム構築により、社員の育成期間・費用の削減、事務作業時間等の短縮やシステム担当人員の抑制(専任は現在1人である)も実現した。これにより、社員を共同開発や営業などに充てることができるようになった。つまり、限られた経営資源を製品開発や販売力強化等他部門に振り向け、更なる経営革新への取組みを可能にしたのである。
経営革新への取組みでは、本事例のように段階的にシステム構築を進めることも有効な方法といえる(図②)。自社の現状と目標に合わせ、入念な計画に基づき経営革新を推進することが望まれる。


参考にしたURL:
ITコーディネータ協会 : https://www.itc.or.jp
中小企業庁 : http://www.chusho.meti.go.jp
中小企業金融公庫 : http://www.jfs.go.jp/jpn/bussiness/nw/index.html
中小企業診断協会東京支部 : http://www.t-smeca.com
日経BP社 : http://biztech.nikkeibp.co.jp
中小企業総合事業団 : http://partner.sme.ne.jp/index.html
(ビジネスマッチングデータベース)
J-net21 : http://j-net21.jasmec.go.jp/
ITSSP : http://www.itssp.gr.jp






注1:IE(Industrial Engineering)
 生産システム全般にわたって設計改善を進め、生産性の向上を図る技術で、①製造の全工程に対しては製造工程分析経絡図、②向上配置には流れ線図、工程図表、③作業区域の配線にはサイモチャート、PTS(文末を参照)、④組作業または自動機械作業には、ワークサンプリング、メモ・モーション、⑤作業員の動作分析にはフィルム分析、PTS、動作研究等の手法を活用する。
(中小企業診断士 情報科目キーワード 経林書房)

PTS(Predetermined Time Standards)
『一定の条件下では熟練した作業者の行う基本動作は一定の時間値である』というSegurの原則によって成り立っている,標準的作業時間算出の手法である。この手法を用いると作業を構成する基本動作と、基本動作の性質と条件さえ前もって分析できれば時間算出が可能である


注2:顧客満足(CS:Customer Satisfaction)
 ピーター・F・ドラッカーにより打ち出された概念、顧客との間において1回1回の断続的な取引ではなく、既存顧客を対象に長期にわたる継続的な取引関係の構築をテーマとした、顧客との関係においてキーとなる要因。購買体験を元にして形成される態度と感情であり、顧客の製品やサービスに対する評価や企業に対する態度の形成に重要な影響を与える要因として位置づけられている。
(企業診断 同友館 佐藤和代:佐野国際情報短期大学教授:顧客満足と顧客維持の関係性)


注3:プロジェクト・マネジメント(PM:Project Management)
 経験・勘・度胸に頼らずに、定められた期限と予算の成約の下で、プロジェクトの目標を予算通りに達成する技術
(プロジェクト・マネジメント 小西喜明 日本プラントメンテナンス協会)

プロジェクトを成功させるための、やり繰り、管理・推進はプロジェクト・マネジメントである。

注4:技術者研修等の利用
 中小企業の第一線を担う技術者を育成するために都道府県、中小企業総合事業団が行っている。
(問い合わせ先は、中小企業総合事業団・中小企業大学校など)

注5:ナレッジマネジメント(knowledge management)
 個人の持つ知識やノウハウを企業の資産として管理し、社員が共有できるようにすること。労働力の流動化の加速、競争の激化等昨今の環境変化を背景に今後の企業経営のキーを握る。
(企業診断 同友館)


注6:情報リテラシー
 情報化社会に対応するための様々な能力のこと。リテラシーとは教養があること、読み書き能力等の意味で、①キーボードへの文字入力等、基本操作能力、②インターネットを効果的に活用する能力、③蓄積されたデータを用いた売れ筋分析や顧客分析等コンピュータから得られる情報を効果的に活用する能力、などである。
(企業診断 同友館)


注7:アドバイザーの活用
 中小企業総合事業団によるIT推進アドバイザー派遣事業があり、ITとはなにか、ITへの取組みは、現在のシステムでよいのか、新システムをつくるにはどうしたらよいか等に応えるため、コンサルタント等の実績を持った専門家を派遣する。
ITコーディネータは、IT推進アドバイザーとして登録されている。
(問合せ先は、各都道府県の中小企業支援センター等)

注8:公設試験研究機関等の活用
 公的機関によるセミナー・フェア等中小企業の技術的な課題や問題を解決できるよう、都道府県に設置されている公設試験研究機関による技術相談・技術支援、開放試験室装置の中小企業者への開放等がある。他に、技術移転や依頼試験、情報技術の提供等の事業がある。
(問合せ先は、各都道府県商工担当課等)


注9:社員の雇用についての公的助成
 一定の要件があるが、労働者や公共職業訓練等受講者を雇用する場合、又は、能力開発を実施する場合に、新規・成長分野雇用奨励金や新規・成長分野能力開発奨励金が支給される。
(問合せは、ハローワーク等)


注10:公的制度融資等の利用
 中小企業金融公庫による戦略的情報技術活用促進融資等がある。また、都道府県の制度融資(東京都では、技術・事業革新等支援資金融資)なども利用が可能である。他に小規模企業者等設備導入資金助成制度がある。
(問い合わせは、各地の商工会・商工会議所、中小企業金融公庫の各支店等)
2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 小規模旅館のITを使った団体予約獲得への挑戦(J007)
事例報告者 高橋 寿人 ITC認定番号 0010462001C
事例キーワード 〔業種〕旅館
〔業務〕接客
〔IT〕団体客予約システム

2.事例企業概要
事例企業・団体名 (株)大弥 企業概要調査時点 2002年12月
URL http://daiyainn.gooside.com
代表者 稲田 美智子 業種・業態 サービス業
創業 昭和28年10月 会社設立 昭和31年1月
資本金 1000万円 年商 3000万円 従業員数 2人
本社所在地 京都府京都市
事業所 本社所在地に同じ
業界特性 旅館業についは、観光シーズンの繁閑に業績が左右される。飲食業については、地域密着の商売を行っている。
競合他社 近隣地区にビジネスホテルや旅館が点在している。
リード文  経営資源の脆弱な中小零細企業が、どのようにIT化推進のアプローチを行うか、短期、中長期の経営戦略を策定しながら進めて行った。

3.コーディネート内容概略
関与経緯  経営診断の結果を踏まえ、IT化推進を実施した。
事例対象期間
(執筆時点)
2002年4月 ~ 2002年12月(2003年1月25日)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
□経営戦略策定  ■戦略情報化企画  □情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  □運用サービス・デリバリー
留意したこと 情報化に対する成熟度が低い状況に鑑み、情報を意識しない現状の経営課題の対応を中心にアプローチを試みた。
主な成果 『初期フェーズでの実績』
 ・予約業務のアウトソーシング
 ・外国人顧客の増加 ・団体客の増加・旅館サービスの見直しと標準化
パッケージソフト情報 特になし

【事例詳細】
1.企業概要

(1)店舗立地
 株式会社大弥は、京都市内で料理旅館、飲食店(食堂・喫茶店)(図1参照)を営んでいる。 旅館の規模は、部屋数15程度の小規模な老舗旅館で、同旅館に隣接する場所に飲食店(食堂及び喫茶店)がある。


                     だいや旅館 旅館看板 食堂・喫茶(図1)

(2)主な取扱商品・サービス
 同社の「売り」は、旅館ではペットの宿泊が可能という点、また、食堂(うどん店)では早朝営業を挙げることができる。 前者については、京都市内でのペット宿泊が可能な宿は少ないため、ペットを飼う観光客には便利な宿となっている。 後者については、夜行バスで早朝入洛する観光客の間の口コミにより評判となっている。

2.IT化支援に至った背景・経緯

(1)環境調査・分析

1)業界動向
 京都の旅館業の状況は、大規模(100室以上)、中規模(31~99室)、小規模(30室以上)ともに、 月平均売上高は、ここ数年、連続低下傾向にあり、厳しい状況が続いている。この傾向は、全国的な傾向とも一致している。
 また、1年間の宿泊状況では、春(桜のお花見シーズン)、夏(祇園祭り・大文字送り火)、秋(紅葉シーズン)、冬(初詣出) に宿泊客が集中する季節変動が激しいことも特徴としている。

2)立地・競合関係
 京都駅ビルがリニューアルしたことやデパートの参入、業態変更などもあり、新たな観光、ショッピング・スポットとして、従前と比べて、 近隣商圏の集客は増加していた。同旅館は、京都駅から徒歩5分と比較的近く、東本願寺や同寺別邸の渉成園もあり、観光コースの一つにもなっている。
 宿泊施設では、京都駅周辺には、大型ホテルやビジネスホテルが点在し、一方、同旅館が立地する地域には、東本願寺の宿坊、 寺街として発展してきた経緯から創業が比較的古い中規模、小規模旅館が集中している。 近年、東本願寺への参拝者の高齢化が進み、固定客の足も遠のいていた。高度成長期は、修学旅行生も多く受け入れてきたが、 最近では、修学旅行生のニーズも多様化し、個の時代背景や高級志向ニーズなどからホテルでの宿泊も増加している。 また、一般旅行者の傾向では、国内旅行よりむしろ海外旅行ニーズが勝っている状況にある。 観光都市をPRする京都の知名度や人気は、国内より、国内外の外国人観光客に高くなっている。

 このような環境下、最近のインターネットの普及、特に本年度に入ってブロードバンドの普及により、 旅館宿泊客や食堂利用者から「インターネットの掲示板に、同社のサービスの評判が掲載されている」との話題がしばしば聞かされていた。 一方、京都への旅行客も従来と比べて減少していた点など経営環境に危機感を覚えた旅館女将は、コンサルタントの経営診断を受け、 策定した「経営戦略企画書」の中で、以下の経営方針を立てた。

 <宿泊顧客の確保>
 ・平日の女性宿泊客の確保
 ・受験生や各種会議出席者などの宿泊者獲得
 ・団体宿泊者を取り扱うことができる同業者間コラボレーションの構築
 <業態開発>
 ・喫茶店、飲食の業態開発

 そこで、平成13年4月からコンサルタントの協力、支援の下、「戦略情報化企画書」(図2参照)を策定し、その初期フェーズとして、 同社のホームページ立上げと団体客の受け入れなどを目的とした同業の小規模な旅館を巻き込んだコラボレーション・ビジネスの検討を開始、実施した。 なお、本事例報告は、旅館のコラボレーション・ビジネスの展開に焦点を当てたものである。



3.IT化支援の実施手順
 前章の「経営戦略企画書」の中で挙げた経営方針の実現に向けた取組みを行うため、次の手順に沿って進めていった。 その手順概要(図3.IT化支援の手順)の説明とその留意点などを述べる。



(1)IT化提案(IT化の動機、運用方針)

1)IT化の動機
 同業他社の中小旅館が、先駆けてホームページを開設し、外国人の宿泊客を中心に、予約客を獲得していたこともあり、 同社もホームページの立上げについては興味を持っていた。 しかし、ホームページ立上げの直接的な効果(例えば、売上高の増加など)については、未だ不明確な部分もあり、 試験的に費用負担の少ない方向でホームページを立上げることにした。

2)ホームページ運用方針
 同社の経営上の強みである女将が、永年来、築き上げた信用や接客上の知恵などを前面に出したホームページ・コンテンツの充実を目指すことを基本方針とした。 また、同社は、旅館、食堂、喫茶店の各店舗が一体感のない運営を行っていることが、経営効率上の課題として挙がっており、 まずはホームページ上の仮想空間の店舗では、出来る限り、同社経営の3店舗間の連携をPRすることにした。

(2)企画支援(コラボレーション確立、サイト運用体制、業務フロー)

1)コラボレーション確立の経緯
 「経営戦略策定」のための旅館女将とのインタビュー調査で、「日頃から知合いの周辺旅館では、特に繁忙期になると、 ダブルブッキングの対応として、顧客の相互紹介を行うことが慣例」としてあったことを把握していた。 そこで、このような旅館相互の関係を活用して、特にオフシーズンを中心に、団体客を受け入れるシステムを企画、提案し、同意を得た。
 そこで、団体客を獲得するための旅館間のコラボレーションを実現するため、日頃から懇親関係にある同業旅館(4旅館)向けに、 「戦略情報化企画書」の初期フェーズである「緩やかな協業関係システム」を提案し、その理解と同意を得た。 「緩やかなコラボレーション展開」については、現状のダブルブッキング時の対応に見られる相互の顧客紹介の延長線であり、 特に異論もなく受け入れられたが、以降の中期フェーズ(3年):「各旅館の強みを生かしたコラボレーション展開」 (各旅館の特徴を前面に出した共同ホームページ(予約システム)の運用)や長期フェーズ(5年):「各旅館の情報化武装」 (各旅館での情報化投資の推進による顧客管理の効率化)については、一応の理解を得たが、各旅館の反応には「積極的同意組み」と「無反応組み」に分かれた。 「無反応組み」にある背景は、後継者がいないことやコンピュータのことはよく分からないこと等々のことなどが考えられる。

2)サイト運用体制
 「経営戦略企画書」を策定するための旅館女将とのWebサイトの運用は、経営診断により策定した「経営戦略企画書」や「戦略情報化企画書」などの実現を目指し、 経営者の思いや今まで培った知恵を代弁、反映する形で、コンサルタント自らがサイトの運用を行っている。

3)標準業務フロー
 ホームページ上にある予約システムから、パソコンに予約が入る仕組み(図4.システム概念図)となっている。以下にその流れを説明する。
a. 団体客は、「だいや旅館」、あるいは「C旅館」のホームページの予約システムを通じて、問合せや予約申込みを行う。
b. 上記の問合せや予約申込みの情報はパソコンの電子メールで受けた旅館が受信する。当該旅館が、お客様との条件、要望などの交渉を電子メール、 あるいは電話などで行う。
c. 単独の旅館で受け入れ不可能な場合、協業先の旅館へお客様の条件等をパソコンの電子メールで同報配信 (電子メールで対応できない旅館向けには、ファックスなどで情報伝達)する。
d. 旅館側の受入許諾を受けた後、予約を受けた旅館が、調整(許諾を早く回答した順が基本)の上、団体客と条件などの提示を行う。
e. 予約成立、あるいは不成立の場合ともに、その内容を協業先の旅館へ、電子メールなどを通じて通知する。



(3)開発支援
 Webサイトは、同社へのコンサルタント支援の中で把握している同社の企業成熟度や強み・弱み・機会・脅威(SWOTの視点)を考慮に入れ、 コンサルタントが企画した。同社のWeb構築については、導入レベルと位置付け、投資コストを極力避けた構築、運用を心掛けた。

(4)運用支援
 予約システムの立上当初は、標準業務フローを各旅館で運営するため、携帯電話メールの習得に向けた研修を行ってきたが、接客業務が多忙であり、 また携帯メールでの業務効率性の問題や同社を含む提携旅館のIT成熟度の低さなどもあり、このシステムを継続することが困難と判断した。 提携旅館の中には、積極的に業務効率を考え、パソコンを導入した旅館もあったが、新たに外国人とのメール交信の課題なども出ていた。
 そこで、ホームページからの団体顧客を含む予約受付業務については、提携旅館の合意を得て、コンテンツ更新を中心としたホームページの運営も含め、 女将などに向けたパソコン勉強会などを兼ねて、代行業者へアウトソーシングすることになった。 アウトソーシング導入後は、導入前に発生していた顧客に対する回答や対応の遅れなどの課題については、的確、迅速にできるようになった。

(5)効果測定(事業評価)
 ホームページを立上げ後の予約状況をまとめると以下の結果(図5.媒体別予約者内訳)となった。
この図は予約をする際の情報源として利用した直近3箇月間の媒体別割合である。



この図から見ても、ホームページからの予約者割合が最も多いことが分かるが、他の宣伝媒体と異なる特徴がある。
 ・予約人数は、その大半が2名以下の少人数が圧倒的に多い。
 ・予約時間は、その大半がPM10時以降の夜間となっている。
 ・他の予約媒体と比較して、キャンセル率の割合が高くなっていることは注意を要する点である。

 予約者数は平日も含めホームページ立上げ以前と比較して増加した分、従来から雑誌予約や固定客予約などにほぼ上乗せする形で増えている。 特に、ホームページの立上げ以降、外国人観光客の増加が目立っている。 また、経営方針にある「団体客を取り扱うことができる同業者間コラボレーションの構築」の効果についても、徐々にではあるが引き合い件数も増えてきている。 個人予約と同様、繁忙期に団体客予約が集中する傾向にあるが、オフシーズンに予約が入ることは、今までになかったことであり、年間の予約件数としては、 本システム立上前に比べて、増加している。
 提携先旅館のサービス面の標準化については、客室のアメニティ関係や食事内容については、団体客向けの内容で統一を図ることができた。

4.今後の課題
 すべての協業先旅館業者のホームページを立上げると同時に、よりダイナミックな経営革新を行うためには、 経営者および従業員のITスキルの向上を図る必要があるが、初期フェーズとしては、まず、パソコンをある程度使いこなせるスキルを習得した上で、 自らの経営上の強みを情報発信できる体制の確保を目指している。 これが、経営基盤の強化に向けた基本と位置付けているが、そのため、以下の内容の「情報交換・研修会」を継続開催していく。
1) パソコン習得のための研修
   提携先旅館では、市主催のインターネット講習会に参加してきたが、今後も継続して、月1回程度、情報交換の場を兼ねて、 パソコン習得のための研修を継続していく。
2) 情報発信のためのコンテンツ企画
   業者へアウトソーシング委託しているホームページのコンテンツについては、顧客ニーズを反映することが基本であるため、 業者にコンテンツ内容の作成を含め、委託するのではなく、地域に密着した情報発信ができるよう情報交換を行いつつ、独自コンテンツを企画して、 その作成を業者へ依頼していく仕組みを目指している。

 その後、中・長期フェーズでは、同社を核としたコラボレーション事業へと本格的に発展、充実させていくべく、 ITガバナンスの強化、充実を目指していきたい。
 現在、戦略情報化企画書にある中期フェーズに向けた施策の具現化も視野に入れて、以下の課題に対応にも着手している。
1) 協業先でのホームページの立上げとオンライン予約の促進
   オンライン予約件数を増加させるためには、協業先旅館の特徴を生かしたPRを促進する必要があり、 そのためにも、まずは協業先すべてのホームページの立上げを行う。
2) ハード面でのサービスの標準化の推進と各旅館の特徴(ソフト面)の強化
   サービスを享受する顧客の満足を充足するためにも、旅館施設などハード面の均一化を可能な限り推進すると同時に、 各旅館が有するサービスなどのソフト面での強みの充実を行う。
3) 大口顧客に対する営業活動の強化
   大口顧客などに対する人的な営業活動を積極的に展開する。
4) イベント案内の強化
   地域に密着した情報発信を強化して、シーズンオフの顧客獲得に努め、シーズンの平準化を図る。
2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 竹下医院のHPと経営改革(J004)
事例報告者 重松 康秀 ITC認定番号 0010652001C
事例キーワード 〔業種〕クリニック
〔業務〕医療
〔IT〕ホームページ

2.事例企業概要
事例企業・団体名 医療法人社団澄笛会 竹下医院 企業概要調査時点 2002年4月~
URL http://members.jcom.home.ne.jp/shigemat/takesita.htm
代表者 院長 医学博士 安藤由美子 業種・業態 クリニック
創業 1958年4月 会社設立 医療法人化2002年9月
資本金   -  年商   -  従業員数 12名
本社所在地 東京都練馬区
事業所  
業界特性 競争が激しくなり、差別化とマーケティング取入れが必要。広告規制緩和。
競合他社 練馬区南大泉および西東京市東部に競合クリニック多数
リード文  竹下医院は、外科、内科、形成外科の診療所であり、長年、地元のかかりつけ医の役割を果たしてきたが、 最近、他医院に対する差別化としてスキンクリニックに力を入れ、将来を見据えた経営をはじめた。

3.コーディネート内容概略
関与経緯  他ネットワークに全国の医療機関を紹介するHPがあり、同医院がごくかんたんに掲載されていた。 画一的な内容ではなく、あらたに患者の視点から同医院のHPを作り、その良さをもっと強調しようと院長に提案した。
事例対象期間
(執筆時点)
2002年3月 ~ (執筆 2003年1月)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 ■基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  □情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  ■運用サービス・デリバリー
留意したこと  「患者の視点から同医院を見てどうか」という点を中心に据える。 一方、クリニック側には経営の考え方を取入れ、患者との双方向のコミュニケーションを高めるよう勧めた。
主な成果  HP完成、患者の反応も良好。患者数は増加傾向。臨時内科医師招請さらに得意分野の形成外科から美容外科で差別化へ。 改革に合わせ、HPの更新と改善を行い、さらに競争優位性確保のため経営改革を提案。
パッケージソフト情報 IBMホームページビルダーV6.5

【事例詳細】
1.事例クリニックの概要

(1)経営環境と院長の経営方針
組  織 医療法人社団 澄笛会
名  称 竹下医院
診療科目 内  科 外  科 形成外科 美容外科
(注)網掛け部分は2002年から。白地は2001年まで

 医療法人社団澄笛会 竹下医院は練馬区南大泉にあり、地域は緑の多いベッドタウンである。 同医院は現院長安藤由美子氏の父親である竹下氏が1958年に産婦人科として開業した。その後、竹下氏の晩年に内科等のクリニックとし、 現院長が、聖マリアンナ大学医学部卒業、医師国家試験合格を経て、経営地盤を引き継ぎ、以来10数年地域の医療機関として診療に当たっている。 日中は中高年者、主婦、子供と内科一般の他、リハビリや足腰のケアなどのため外科に通う高齢者が多い。5時以降は会社勤め帰りの患者も目立つ。
 院長は経営理念として「患者さん第一」の姿勢を貫いている。「医業一筋」、余計なことには手を出さない堅実経営である。  採算を無視した高価な医療機器への設備投資することもなかった。
院長は、診療では患者の話をていねいに最後まで聞くことにしている。 自分から話を打ち切ったり、せかしたりすることはない。患者に対する説明も分かりやすく、納得のいく治療をしてくれるという評判を得ている。 そのため、いつも患者が一杯であり繁盛している。昼休みも通常12:00~15:00のクリニックが多い中、午後の開始時間は14時からであり、 その上、午前、午後とも終了時間を過ぎてなお患者がたくさん待っている状態である。
 2000年に住宅と併設のクリニック全体の改築を行い、プライバシーの確保された診察室を中心に、 バリアフリーで床暖房された待合室など快適な医療空間を作りだしている。 地階には薬品保管庫やカルテ保管棚の他、つねに医療スタッフが、専門知識を身につけられるよう研修室を新設するなど診療体制の充実を図っている。

(2)スタッフ
人 員 医師(全般) 同(内科) 看護師 事務等
12人 安藤院長 関谷医師 正看 2名
準看 2名
事務長
受付 3名
清掃 2名
(注)網掛け部分は2002年10月から。白地はそれまで

 総員12名は個人診療所としては多い方であろう。しかし、診察患者数も多く、診察時間も長いので交代制を取っている。 何よりも「いいクリニックの条件としてクリニックの掃除が行き届いていて清潔な雰囲気があること」 (文藝春秋新年特別号「医療大特集」川端英孝JR東京総合病院外科医長)があげられており、スタッフに清掃2名が含まれていることも納得いく。

1)医師:患者数増加に対応、診療体制充実のため、2002年10月懸案の医師増員関谷氏、内科担当(専門分野:呼吸器)、週一回水曜日午前中勤務している。
2)看護師:正看護師2、准看護師2。准看護師で採用し、職務の傍ら、研修を積ませ、2002年正看護師の資格を取得、人材育成にも注力している。
3)事務職:事務長(男子)1名、女子3名。2000年に医院と住居の改築時、建築会社などとの折衝は男手が必要で現事務長を採用した。 同事務長は印刷会社に長年勤務した経験を持つ。民間企業出身だけに、医療にも経営感覚を取り入れ、正当な医療報酬を得、競争に負けない体制作りを志向している。 スタッフも民間企業並みに自己研鑚し、持ち場に応じた責任を果たすべきとの考えでTQCや、ホウレンソウ(報告、連絡、相談)の重要性も強調している。
4)スタッフは勤務時間帯による交代制をとっている。引き継ぎも円滑、チームワークもよい。 定着性が高く、受付は患者から「感じがよい」と好評である。

(3)診療科目
 内科、外科、形成外科および新たに美容外科。院長は形成外科認定医である。ケガやヤケドのあとの修復やホクロ除去などの診察、手術で、 多くの子供や女性の悩みを解決してきた。「女医さんならでは」の分野である。 また、他専門病院の紹介により、高度な技術を要するヒフ腫瘍の切除なども行っている。

2.ホ-ムページ開設

(1)医療業界のマーケティング
 医療業界は伝統的に聖職観が強く、「医は仁術。算術ではない」との考え方が尊ばれて来た。 医療法でも、「広告」は制約され、広告宣伝といえば駅の電車から見える看板、電柱にぶら下げる看板が主流であった。 今でも、こうした看板が患者獲得の「必要かつ十分条件」と考えている医師が多い。 これら看板の情報開示は「診療科目・時間」、「場所」など、「名刺」代わりであり、得意分野の症例や実績を示すことは考えられなかった。
 しかし、医療もサービス産業であり、サービスの良し悪しが顧客の満足度に影響する。 満足度に見合った正当な報酬を法の定める基準で受け取ることは恥ずべきことではない。 患者に得意な分野や実績を開示し、診療期間や費用(健保適用の有無)、自己管理の必要性と内容についての助言、支援に加え、患者の疑問や、 不安を解消することがいま何よりも求められている。 このため、「看板」などによる医療機関からの一方的な告知ではなく、患者のためにも、 患者と医療機関双方向のコミュニケーションを行う仕組みづくりが必要である。 患者と医師の対話の場はこれまで診療室の中だけであった。患者は痛みや悩みを抱えて医院に来るわけであるが、1人当たりの診察時間は短くなりがちであった。 医院が情報開示し、対話を促進するHPの意義は宣伝、広告ではなく、マーケティング・コミニュケーションといえよう。

(2)医療業界の環境変化と広告規制緩和
 医療法69条及び70条では広告は医療機関の名前、診療科目、所在地、電話番号、診療日・時間、入院設備の有無、 その他厚生労働大臣の定める事項など11項目に限定されている(医療法第5章医業、歯科医業または助産師の業務等の広告)。 しかし、患者が医療機関を選ぶ際に参考する情報は日本経済新聞の調査によると(a)「家族、知人」(82.8%)、(b)「かかりつけ医の紹介」(63.0%) と多い。「インターネット」と答えた患者は11.7%だが、30代では24.3%、20代では27.3%と若い世代ほど多く、 インターネットの役割は今後大きくなりそうだとされている。 また、医療機関に公開してもらいたい情報(3つまで選択)としては(a)カルテなど診療記録、(b)各医師の得意分野、(c)治療実績や症例数、(d)医療費、 (e)待ち時間・診療時間、(f) 過去の医療ミス、(g)第三者による評価、(h)紹介してもらえる医療機関名、(i)各医師の経歴、(j)経営状況、 (k)医師、看護師の数となっており(日本経済新聞2002年4月16日医療再生「病院の選択基準」)、医療機関を取り巻く国民・患者の意識は確実に 「診療の中味」にまで入り込んで来ている。このような環境変化の中で、2002年4月から医療機関の広告規制も緩和され、 条件付きながら医療機関ごとの手術件数などを広告できるようになった。
 こうした医療の世界をめぐる環境変化は著しく、患者も種々のメディア通じ、医療に関する情報に触れている。 意識の高い患者層による医療の選別がはじまる中で、広告の規制緩和により、 患者との双方向の意志疎通を図ることは将来に向けての一つのビジネスチャンスともいえる。 院長からの今回のHP作成依頼は患者数の多い当院の現状に安住せず、逆に潜在的な危機感を持ちながら、 時代の変化に対応し競争優位性を確保していく姿勢の表れと評価できる。

(3)竹下医院のHPの特徴と問題点
 HP上での医療機関紹介については、すでに全国規模ネットがあり、竹下医院もそこに掲載されている。 ネットの目的は医療機関の存在を認知させるところにあり、内容は「診療科目」、「時間」、「地図」の他に医師の写真とともに特色を紹介している。 数が多いので、医療機関全て同一のフォーマットにより上記項目をリスト化、内容も簡潔である。 ここでは当該医療機関が自分自身のHPを別途持つ前提で考えられており、リストにはそのURL記載欄も設けられている。
 院長は自身だけではなくスタッフあっての医院経営と考えているようで、私との話し合いの結果、 スタッフを含め医院全体がわかる独自のHPを持ちたいと作成を依頼された。 私は「患者兼コンサルタント」として、患者の視点に立ち、医院のよい点を紹介する他、他の患者の意見、医院の経営改革につながるポイントを掴むこととした。 このため同医院の院長、事務長と同医院の現状、問題点、将来のあり方を議論し、その結果をHPの中味に反映させた。つぎの点が特徴である。

1)トップページは当院の写真と例の医療法にある名前、診療項目、時間、場所などをリスト化、すぐ「患者の見た竹下医院」に続けた。 通常、企業のHPならば、冒頭に代表取締役が挨拶や経営方針を述べるわけで、クリニックの場合は院長が登場するところであるが、 まず、患者の視点から病院の特色を述べる構成とした。
2)つぎに「私もひとこと ちょっと チャットchotto chat」の欄で、患者が設備や医師、受付について自由に発言したり、 調剤薬局が医師に対するコメントをする場を提供、患者を中心に薬局などのサポーターを配置、スタッフ全員の職場写真を掲載した。
3)最後に院長が「患者さんの声をよく聞いて、研鑚を積んで参りたいと思います。」とあいさつを掲載した。
4)当院の診療科目の特色として、院長が形成外科認定医であり、ケガやヤケドのあとの修復やホクロの除去の治療を行っていることを強調した。

 HPへの患者などからの評判は「よくできている」、「分かりやすい」など好評であり、一応安堵した。 また、仕事をするスタッフの写真を掲載したことから院長を中心に求心力も高まった感じを受ける。 一方、つぎの通り、私との対話の趣旨を反映する形で、医院としての経営改革をいろいろ進めてくれたので、さらにリニューアルの必要が出てきた。

3.経営改革の進捗とホームページリニューアル

 当医院の経営改革はつぎの通り進んだ。私はこれらの経営改革の進捗をHPに反映すべく、2002年末~'03年1月、HPのリニューアルを実施。 その際、使用している写真のアップデートを同時に実施した。その内容は現在のHPをご参照。修正事項は「NEWS」と明示してある。

(1)医療法人社団への組織替え
 従来、個人診療所の形態であったが、2002年10月に医療法人社団澄笛会 竹下医院に改組し、認可を取得し、 これにより経営基盤の安定と拡充を目指す体制となった。

(2)内科医師の応援
 前述通り、10月から順天堂大学から若手の内科医師、関谷氏の応援を受けている。

(3)美容外科のスタート
 上記通り、当クリニックの特徴的な診療科目としては形成外科があるが、これをもとに2002年10月から美容外科をスタートさせた。 「シミ」、「そばかす」、「ニキビ」や脱毛など女性の関心の高い分野や肌のトラブルのカウンセリングに応じているほか、ケミカルピーリング、 クリームプログラムによるピーリングケアシステム等の治療を行っている。通院治療と医師の指導のもと自宅で治療するホームケアシステムがある。 美容外科の開始のため、医療用レーザーを購入し、シミ取りなどに使用し、治療の効果を上げている。
 本来、美容外科というのは形成外科から独立したものであり、皮膚縫合術や、組織移植術などのキチンとした形成外科のトレーニングを積んだ医師が、 美容外科医となるべきと考えられる。しかし、実際は広告をひんぱんに打って、女性心理をかき立て、 不完全な手術により医療被害を生じさせるケースが後を絶たない。美容医療については疾病の治療ではないし、原則、医療保険の対象外であるから、 内科や外科が3か月以上の研修が義務づけられているのと異なり、他の診療科目から医師が流れ込んでいるのが実情である。 また、エステなど異業種からの進出も活発である。
 当クリニック院長は聖マリアンナ大学で形成外科の認定を受け、臨床経験を積んだ上で、美容外科を行うものである。

 上記改革はこれまでの経営の流れの中で実行されたものが多いが、私の助言や支援を真摯に受け取ってくれた点に勇気づけられた。 一方、美容外科の開始により、この関係の患者の来院が増えているが、治療の方法・効果の相談や医療保険が原則きかないため、 費用の質問などで診療時間がどうしても長引く。このため、先行き患者待ち時間が悪化する不安も兆してきた。 それで、将来にわたり競争優位性を確保するためにはこの際、総合的に戦略をレビューし、重点項目を定めることが必要と思料された。 院長、事務長との打合せを重ねた結果、つぎの点を今後の経営営改革の新たな課題として提言し、2003年度内を実現目標に検討することとした。

4.さらなる経営改革の方向と新たな検討課題

 下記課題はいずれも単独の問題ではなく、相互に絡み合っており、適確な経営判断を必要とする。 そして改革がある程度軌道に乗れば、HPを更新し、成果を取り込んでいくことが、患者とのつながりを深め、当医院のイメージアップにも寄与する。

(1)IT化の促進
 医療業界におけるIT化の進行は今後さらにテンポが速まる。その内容は多様であるが、プライマリーケア(初期医療)を担うクリニックの世界を取っても、 たとえば電子カルテや遠隔診断は近い将来の課題となろう。たとえば、病診連携(病院と診療所の連携)を進め、 より高度の診療ニーズに応えるためにはデータのデジタル送信による交換が必要。また最適診療への情報共有を目指す動きが専門病院、有力病院、大学、 医師会の連携により進められようとしている。当院でもIT化の重要性は認識している。 また、院長の行っている美容外科でも治療過程をデジタルカメラで撮影し、その効果に患者の納得を得ながら、さらに治療を進めるのに役に立っている。 携帯電話でメールをしている事務職もいるが、日常の診療業務が多忙を極めており、診療サービス向上のために医院全体のIT成熟度を高める体制は未確立。 具体的にまず取り組むべき、身近な方策としてつぎの3点を提案する。いずれもコスト的には軽微で、基本的なものに絞っている。 しかし、当院におけるIT化の第一歩としては重要である。

1)電子メールの使用
 現在は院長がノートパソコンで電子メールを使用している。このアドレスをHPに掲載し、患者からの質問、問合せに対処することとした。 現在の電子メールの普及はいうまでもない。とくに当院では美容外科の対象となる若い女性層においてはほとんどがメールを使用している状況である。 上述通り、美容外科では多くの医療被害問題があり、また医療保険が原則きかない。したがって、受診希望者は信頼性や費用負担に不安を持っているが、 事柄の性質上プライバシーに敏感ゆえ、いきなり来院することにためらいがあろう。メールで問合せを受ければ適宜ガイダンスを行うことにより、来院を促進し、 すぐ本題に入れる利点がある。これは程度の差はあれ、内科などの他の診療科にもいえるので、当院の「患者待ち時間の短縮」を考えても十分メリットがあろう。 問合せにメールで答えても、実際の診療前に治療費は提示せず、医療収入が減ることにはつながらない。
2)事務部門にパソコンを入れる
 現在はレセプト処理用のスタンドアロンのコンピュータ(リース)のみである。院長はこのリースの終了を待たずに、 エクセルやワードなど統合ソフトを入れたパソコンへのリースへの切り替えを検討する意向である。 導入にともなうスタッフへのパソコン教育はリース会社がインストラクターを派遣してくれるとのことであり、まずリテラシ-を高める必要がある。 電子メールも先行き院長の個人用と診療業務用を分けてアドレスを取得するのが望ましい。
3)クリニック内のLAN
 地階には事務長のデスクがあり、ここにもデスクトップ型のパソコンを置くことが望ましい。 コンピュータを活用し、いろいろな経営数字把握や患者データベース作成充実をすることができるようになれば、一層医療の質向上と経営の効率化に役立つ。 そしてとりあえず院長室と3か所を情報共有のためLANで結ぶ必要性がでてくる。また、将来は習熟度に応じさらにパソコンを増設していく。 これらのIT化は企業のIT化同様、トップ、つまり院長、事務長が率先して行うことがスムーズにいくカギである。

(2)美容外科、形成外科への重点取組み
 当医院の診療科目を商品に例えれば、形成外科や美容外科はマーケティングでいう「商品差別化」である。 当医院の将来を考えると、他のクリニックが簡単に出来ないサービスを持っておくことは戦略的に必要である。 とりわけ、昨年開始した美容外科を今後伸ばしていくことを重点施策として考えたい。このためには治療を受けた患者の評判、口コミに頼るだけだけではなく、 自ら情報発信をしていくことが必要である。竹下医院のHPに症例や実績をアップし、 診療圏を広げ中距離の周辺地域からの患者ニーズに応ずる体制を目指すこととしたい。このためデータを収集、加工中である。 また、美容外科について当院でのFAQを掲載し、来院前に患者にある程度予備知識を持ってもらい、診療時間の短縮化を無理なく図ることも検討する。 さらに、アクセス数の増加も必要であり、そのためにはリニューアルを適時ひんぱんに行う他、他サイトとのリンクなども行いネットワーク性を高める。

(3)医師の増員
 現在、内科の応援のため、順天堂大学から来ている関谷医師は4月から都合がつかない見込みにて、院長としてはその交代を探す意向のようである。 上記のIT化も実現には時間が必要であり、次項(4)も考慮に入れると、現在の週1回午前中では不足であり、 内科医の応援診療回数を増やしていくことが強く望まれる。

(4)休憩時間の延長
 当院の診療時間で昼休みは12:00~14:00となっているが、他のクリニックでは15:00までが多い。 さらに患者数が多く、昼休み時間に食い込んで来るので、実際の休憩時間はもっと少ない。火曜日は訪問診療日に当て、金曜日午後は手術日(予約)である。 院長は「この時間で10年以上診察してきたので」といいつつも、昼休みの延長も検討課題と考えている。 院長は企業でいえば経営者、技術者であり、家庭では主婦、母親の一人4役をこなしている。 火、金曜日午後が外来の数に左右されず、マイペースで診療出来るとしても過重労働である。 このため、もし院長として、医療の質をさらに上げるとか、経営改革に取り組む時間が不足するようであれば将来のため得策ではない。
 たとえば、昼休みを12:00~15:00とし、院長とスタッフは患者のいないところで、14:30(または14:15)から 「ITの自己啓発に取り組む」、「メールをチェックし返事を書く」、「午後の準備をする」、「安全などいろいろな研修、自己学習に当てる」 など検討してはどうか。クリニックによっては昼休みに「読書手当」を支給して、スタッフに学習を奨励しているところもある。

(5)診療待ち時間の改善
 当医院の患者数が最近も増加しており、そのため待ち時間が長くなっている。ある調査では医療機関の満足度調査で、 不満として「待ち時間が長い」をあげた方が、「医療費」や「情報公開度」を上回って、トップであった。 「待ち時間」に関しては一般的に国公立の大病院が長いが、診療所にとってこの問題はより重要。 当院として患者1人当たりの診療時間を犠牲にせず、待ち時間を短縮することは短期的には上記(3)医師の増員、 中長期的には(1)IT化の促進による工夫が考えられる(一般的には医療設備機器導入、スタッフの増員も待ち時間改善の要素)。 (4)休憩時間の延長と診療待ち時間の改善とはトレード・オフ=あっち立てればこっち立たずの関係にある。 この際ほかの項目も含め、一度、患者満足度調査を行い、対策を講ずる時期に来ているといえよう。
2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 中小企業によるASP実証・実験と活用(J009)
事例報告者 近藤 正雄 ITC認定番号 0003262001C
事例キーワード 〔業種〕サービス業、製造業、商店街
〔業務〕販売促進業務、会計管理支援
〔IT〕ASP活用による情報発信とLAN構築

2.事例企業概要
事例企業・団体名 岸和田IT研究会 企業概要調査時点 2002年12月
URL  
代表者 近藤 正雄 業種・業態 サービス業、製造業、商店街
創業   会社設立 平成13年10月
資本金   年商   従業員数 (会員)12社
本社所在地 大阪府岸和田市・岸和田商工会議所内
事業所 (会員)岸和田市内・会社・団体:12社
業界特性  企業のIT化は時代の趨勢だが、中小企業にとっては自社専用のアプリケーション開発ソフトは高価で装備しにくい。 それに比べてパッケージされたASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)ソフトは安価で手軽であり管理部門別に選択できるメリットもあり、 多くの企業が作成、販売している。
競合他社 IT化への中小企業中心の実証・実験グループによる試みは、今回の大阪府の例が全国で初めてであった。
リード文  中小企業にとって経営に役立つ安価で、操作の楽なITソフトASPの導入実証・実験をグループで行った。

3.コーディネート内容概略
関与経緯  2001年秋に大阪府主催で結成された「中小企業情報化推進協議会」でのASPソフトの実証・実験に、 岸和田商工会議所の後援で「岸和田IT研究会」が結成され、 その際、大阪泉南地域中小企業支援センターのITCの立場でまとめ役としてその進行・助言・支援にあたった。
事例対象期間
(執筆時点)
2001年10月 ~ 2002年12月(2003年1月)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
□経営戦略策定  ■戦略情報化企画  □情報化資源調達
■情報システム開発・テスト・導入  □運用サービス・デリバリー
留意したこと 各社毎の必要とするASPソフトの選択
ASPソフトの導入・活用なので事例会社向けのカスタマイズの程度とその後の運用のし易さ
主な成果 ASP5ソフトの実験運用と継続利用は4ソフト
(ホームページ作成と会計管理及びファックスによるHPへの公告掲載)
パッケージソフト情報 ASPソフト:N社「IT基本パック」・「らくらくオタックス」
        R社「樂着会計プロβ版」 Z社「3Dステーション」

【事例詳細】
1.研究会発足経過
 平成13年秋に、大阪府と大阪商工会議所との共催で「中小企業情報化推進協議会」が結成され多くのASP1)ソフトの実証・実験が行われることになった。 府内各商工会議所に連絡があり、岸和田商工会議所もそれに参加することにきまり、 大阪泉南地域中小企業支援センターのITコーデイネータであった筆者と岸和田商工会議所指導員とが中心となって「岸和田IT研究会」を立ち上げ、 中小企業のIT化を推進することになった。当初は支援センターでIT化を支援中だった8社程度を選び、メンバーになってもらった(表1:最終12社に増加)。

表1 <主要メンバー会社一欄表>
会社名 業務内容
株式会社 岸煉 製造業・サービス業(健康センター)
(有)コスモス総研 経営コンサルタント
平松会計事務所 会計事務所
すみれ フラワーアレンジメント資材販売
岸和田駅前商業振興組合 振興組合(商店街)
ベクタービュー サービス業(HP作成、保守、ソフト作成)
(有)ゼロワンビュー サービス業(HP作成、保守、ソフト作成、3Dステーション)
米蔵ヒラマツ 小売業(米穀販売)

2.研究会でのASP導入の経過
 まず研究会メンバーの必要とするソフトを各社ごとに検討した。その結果は下記の通りである。(表2)

表2 <必要ソフトの検討結果>
活用したいソフト 使用したい会社・団体
ホームページ作成ソフト 岸煉、コスモス総研
メール配信ソフト 岸煉
会計管理 岸煉、平松会計事務所、すみれ、ベクタービュー、米蔵ヒラマツ
在庫他管理業務 すみれ、米蔵ヒラマツ

 以上の希望に対して、それらにマッチしたASPソフトがあるのかと思っていたところ、 推進協議会主催のASP紹介展が10月に催され、メンバ-共々それに参加した。 当日はITベンダー3)各社約30社の参加展示ブースに於いて、各々関心のあるソフトの説明を聞き、資料を持ち帰り研究会で検討した。
 協議会参加の100を超えるASPソフトの中から検討の結果、次のASPソフトを共同で選び、合同説明会を商工会議所で10月25日に行った。
  ⅰ. ホームページ作成・社内LANソフト :N社 「IT基本パック」「らくらくオタッス」
  ⅱ. 大量メール通信ソフト :O社 「MMS」
  ⅲ. 顧客管理とデータベース構築ソフト :S社 「S-KIT」
  ⅳ. 財務管理ソフト : I 社 「楽着会計プロβ版」
  説明会では、各々のベンダー会社がそのソフトの特徴説明及びデモンストレーションを実施し、操作の仕方や価格の説明を行った。 中には利用価格が大企業向けの値段で到底中小企業が利用できないものもあった。その後、参加各社毎に利用したいソフトを決め、それぞれ導入・実験に入った。 そのうち継続利用されている事例を数例紹介し、最後にASP活用についてのまとめと今後の展望について述べる。

3.各社別ASP導入と経過

3-1.(株)岸煉の事例(http://www.liberty-1126.com/)

(1)会社概況
 岸和田では歴史のある会社で、明治20年創業以来煉瓦製造業が中心であったが、創立100周年を記念する建物建設のため、 ボーリング調査をしていたところ温泉脈を掘り当て、 それを契機に経営多角化の一環(他に不動産部など有り)として総合温泉ランドを「泉州健康センタークオアルトリバテイー」の名称で営んできた。
図1 リバティ全景 図2 リバティ天然温泉

 当初は大阪湾近くで温泉が湧いたとのニュース性で大いに賑わったが、近年貝塚市内の日帰り温泉センター「青児(せちご)の湯」や、 岸和田の牛滝川上流の「いよやかの里」等の競合相手も増え、来客数も頭打ちの傾向となった。その打開策として、 従来の広告宣伝方法からもっと効果的な広域にも有効な宣伝方法の採用、それと同時に社内の4事業部の連絡網の確立や迅速化を検討しているところであった。

(2)経営課題と導入を検討したASP
 以上の状況から、同社の経営的な課題としては
  ・広域にも有効な広告宣伝方法
  ・顧客管理と顧客との相互連絡網の樹立
  ・社内4事業部間の連絡網確立と情報共有化
  ・財務管理の効率化
などが挙げられ、それらの課題解決に苦心していた時期でもあったのでタイミングよく今回のIT研究会の呼びかけに参加してもらうことが出来た。
 以上の課題解決として検討の結果、次のASPソフトを共同で選んだ。
 ⅰ.ホームページ作成・社内LANソフト
 ⅱ.大量メール通信ソフト
 ⅲ.財務管理ソフト

(3)ソフト選定と導入結果
 上記のⅰに関しては、N社の「IT基本パック」でホームページ(HP)容量50MB、メール通信容量50MBでHPを作成し、 独自ドメインを取得することにした。また、ⅱについてはO社など2-3社から説明をうけたが、月別経費が大企業なみで第2段階で検討することとなった。 ⅲについては、会計事務所との同時相互連絡のできるR社の「樂着会計プロβ版」を会計事務所と合同で実験することになった。
 結果的には、ⅰについてはそのソフトを採用しHPを作成、社内LANも同時に構築できた。ⅲは他の研究会会社と共に講習を受けたが、 会計科目入力など不慣れな点がありこれもⅱと共に第2段階で行うことになった。 効果については、新HPに臨場感ある写真や360度回転する「3Dステーション」ソフトを導入したせいか、アクセス数(9ヶ月で6万件)も多くなり、 遠隔地からの問い合わせや顧客も増加し顧客データベースの蓄積もできてくるなど効果は認められた。

(4)今後の課題
 まずHPの更新、維持、メールによる問い合わせへの迅速なレスポンス・情報伝達などで、その効果は大いに違ってくるのでその辺が今後の課題である。 将来の総合的な管理のIT化にもASPソフトは廉価な維持費で済むものの、従来の自社のシステムとのカスタマイズの程度とその費用の検討及び、 社員のITの運用・維持技術の早期習得が課題と考えられる。 さらに次期の課題として顧客管理と「大量メール配信網」確立及び、会計管理のIT化等が残っている。

3-2.(有)コスモス総研の事例(http://www.cosmos-sohken.com/)

(1)会社概況
 約2年前に、中小企業診断士の現社長が永年の経験と知識を地域振興に役立てるために創業した経営コンサルタント会社であり、「経営支援」、「IT化支援」、 さらに、「ISO導入構築」コンサル等を業務内容としている。 今回はITコーデイネータとして、IT研究会のまとめ役と同時に自社のIT化の実証・実験も行う目的で参加した。

(2)経営課題と導入を検討したASP
 同社は創業間もないため、会社PRと経営分析のスピードアップの為に
 ・HPの作成による業務内容PR
 ・メール機能による顧客へのコンサルとしての応答の迅速化
 ・財務分析・経営分析ソフト
などが運営上必要であり課題でもあった。

(3)ソフト選定と導入結果
 以上の必要性からソフトの選定を行い、HPの容量が50MB、メール通信容量が50MBのN社の「IT基本パック」を選んだ。 パックに無料でついている3ページのHPの作成を依頼し更新は自社で行うことにし、メール配信網もセットした。 実験後もこのASPを導入・契約し、その後HPを本人なりに更新し、ページも増加させ改良を図ったためか、 アクセスも増え商談に活用が出来てきているので、導入効果があったと言える。 ただ、魅力あるHPにするためには、常に新しいニュースで更新を行う必要があるが、 定期的なリニューアルや、トピックスの選択更新などが、今後の課題といえる。
 また財務分析、経営分析ソフトについては必要であったが、ASPは毎月継続して使用料を払わなければならないため買取の市販ソフトと較べ割高となり、 この種類のASPの導入は行わなかった。

(4)今後の課題
 HPに関しては、各プロバイダーが最近は無料で50~100MB程度の容量を提供しているため、 今回の「IT基本パック」のHP用50MBは初期段階では良いが、商業用にカタログで多くの画像を入れるにはやや不足ぎみである。 さらに自身で維持・更新ができる場合は、容量に余裕のあるものへの乗換えが必要になると思われる。 またメールによる簡易経営支援も検討しているが、配信もパックの50MBでは数十通の場合はよいが、 100通以上になると別の大量配信ソフトを選ぶ必要があることが判った。 また、財務分析ソフトなどもASPとしてあるが、更新のあまり必要で無いソフトについては安くつく「買取」か、 毎月継続して費用が発生する「ASP」をとるかの「費用と効果」の比較検討も今後の課題となった。

3-3.平松会計事務所の事例

(1)会社概況
 同社も市内では古くからの信用ある会社で商工会議所の役員でもあり、多くのクライアントをもっている会計事務所である。 従来は自社独自の会計ソフト(DOS/V機専用)を持っており、それで今まで会社経理代行と税務会計・税務申告業務を行っていた。 その後、パソコンの機能が発達し、市販ソフトが多く出まわってきたため、良いソフトを探していたところであったので、 今回の実験に参加してもらうことになった。

(2)経営課題と導入を検討したASP
 課題としては、次のものがあげられる。

図3 平松会計事務所
帳面づけが市販ソフトで簡単にできるようになってきたため、従来ほど会計士の手助けを必要としなくなってきたことと、 それらによる顧客ばなれの懸念
従来から使用のソフトがDOS/V専用に開発されたもので、近年は旧式バージョンとなり、最近のXPとの整合性や、 使用中の新しいソフトに対応しにくくなってきたこと
顧客の市販購入ソフトとの対応性・互換性のあるソフトの必要性
簡単に入力や科目変更ができること
以上の課題解決ができるソフトを、日ごろから探していたとのことであった。

(3)ソフト選定と導入結果
 ASPの会計管理ソフトも多くあったが、プロの会計事務所用は2~3社のみで少なく、選定が限定された。 しかしその中にI社のプロの会計士用に開発したASPのベータ版の「楽着会計」があり、とりあえず完成までテストの意味もあって、 実験をスタートすることになった。このソフトのテストには、インターネットで送信して双方が同時による記帳確認作業テストも加わり、 4社ほど同時にI社の講習を数回受講した。 筆者も受講したが、科目設定入力に時間がかかり、普通の会社にはやや詳しすぎる内容であった。 しかしB/S、P/Lのみならず財務分析のソフトへの展開も可能であり広い展開性に富んでいるとの説明があった。 結果的には会計士事務所を持たない会社1社が会計管理に利用することになった。
 この実験では、会計事務所と会員会社の双方がインターネットで資料送付後、両者が同時に画面をみて、 電話でやりとり(双方向性)でき修正指導などが受けることができるメリットがあるため、今後の活用結果が楽しみである。

(4)今後の課題
 実験開始後、まず科目入力にかなりの労力がいり、今まで会計士任せで記帳事務をやっていなかった会社では入力がうまくゆかないことが判った。 さらに毎月の利用料が買い取りソフトに比べて割高であることなどがマイナスとしてあげられ、 反対に会計法・税法などの改訂・更新に合わせてソフトも更新されるため、改訂時には役に立つことなどが判明した。 また今後の課題としては、科目入力をもっと簡単にできるようにするか、会計士などが代行入力するなどで初期導入をし易くする必要が残った。 同事務所としては、継続的な費用の発生するASPと市販の優秀な買取ソフトとの費用比較もあり、全面的な導入には躊躇している現状である。

3-4.岸和田駅前商店街振興組合の事例(http://www.kishiwadasyoutengai.com)

(1)会社概況
 岸和田駅前商店街は市内でも最も古い歴史を持ち駅前の顔としての役割をはたしてきた。 現在64の店舗構成だが、近年、海岸付近の「かんかん場」に大型店の進出をみて顧客の流れが変わり、 今まで以上に宣伝・広告の必要が生じて来ていた。今までに振興組合の中にIT委員会を作りHPを運用し、それで各種の情報発信はしていたが、 もっと効果的なものがないかと検討していた時期でもあったので、今回の実証・実験に参加してもらうことになった。 今回は時間的余裕がなくて、RFP2)やアクションプランなども各社ごとに作成できぬままに実験に入ったが、 継続使用の場合は上記計画や情報化実行計画などが必要となる。
図4 岸和田駅前商店街看板 図5 オタックス

(2)経営課題と導入を検討したASP
 組合の経営課題としては、商店街のさらなる魅力づけと買い物客の増加を図ることであり、 従来の広告宣伝にさらにプラスになるHPを利用した宣伝強化を行うことが検討されていた。 そのなかには、HPに週間や日替わり情報及びタイムサービスなどがリアルタイムに毎日、何回でもHPに反映でき、 チラシ広告にない機能を持たせることが出来ないかなどの意見もあった。 その折に、N社が九州福岡の「美野島商店街:www.minochan.com」 が日本で初めてのカラーファックスにより各店からHPへ手書きによる宣伝文の挿入・更新が図れるASPソフトを活用していることを聞き、 そのソフトの導入実験に参加することになった。

(3)ソフト選定と導入結果
 検討の結果、上記のN社の「らくらくオタックス」を選び、カラーファックスを購入し、その後仕様などの説明を受け、操作練習をした後実験に入った。 実験には希望する9店と商店街組合とが参加し、特に週間での売り出しものや日替わりもの、 時間による特売ものなどを中心にHPでの広告の更新・宣伝をはかった。その結果、週間もの、新入荷ものなどは反応がみられたが、 時間帯勝負(夕方など)の鮮魚などの特売ものはHPを見る人のタイミングもあり効果はさほどなく、商品選定に工夫が必要なことが判った。 (ちなみに「美野島商店街」では幼稚園なども参加し、毎日のように更新され効果が生まれている)。 もっとも、手軽な「手書きによる広告・宣伝」は各店のキャラクターが良く出るので、実験後もASP導入をして継続利用を行っている。

(4)今後の課題
 多くの業種の違う商店の集合体たる「商店街」の活性化には、地域住民に愛されるのはもちろんのこと、 かなり遠方からも来街してもらえるような魅力付けが必要であり、当商店街も今までも工夫をかさねてきた。今後の商店街を取り巻く経営課題としては
 ・大型スーパー店やモール街との競合
 ・モータリゼーションによる購買様式の変化
などへの対応があげられる。それらの課題が
 ・IT化でどこまで解決できるのか
 ・商店街としてHPでの吸引力はどの程度まであるのか
 ・HPは従来のチラシなどの広告・宣伝媒体を凌駕しえるのか
 ・商店街のHPと携帯電話とのリンクの広告は今後有効かどうか
 ・リアルタイムでの広告はどの媒体、どの業種が有利なのか
など検討すべき課題は山ほどあり、当商店街も例外ではない。またASPの「らくらくオタックス」の実験はしたものの、 使いこなすにはHP広告更新をもっとやり易くする方法や、利用する業種及び曜日と時間帯やPR内容を再検討する必要があるとの結論に達した。

4.ASP活用による各社効果のまとめ

 以上のASPソフトの実証・実験の導入ソフト及び効果などを下記にまとめてみた。
表3 <導入ソフトと効果>
業種(社名)・業務名 実験ASP その効果と結果 継続採用
健康センター業
(岸煉)
・HP改善
・会計業務
・メール配信
IT基本パック 独自ドメイン取得,HP革新,社内LAN構築ができた 採用
3Dステーション HPに動画挿入・効果有り 採用
楽着会計β版 テストしたが次期に検討 次回検討
大量配信ソフト データベース構築後に検討 次回検討
コンサル業
(コスモス総研)
・HP作成
IT基本パック 独自ドメイン取得、HP作成 採用
会計事務所,他
(平松会計事務所,岸煉,
  米倉ヒラマツ,すみれ)
・経理会計業務
楽着会計β版 ・双方向性で効果あり(1社)
・他社はクライアント及び,社内体制の関係で検討中
・1社採用
・他社は検討中
商店街
(岸和田駅前商店組合)
・広告宣伝業務
らくらくオタックス ・手書きによる広告でPR効果有り
・広告内容の再検討
採用

 以上の結果のまとめとして次のような点がASPの効果・問題点としてあげられる。
表4 <ASPの効果・問題点>
効   果(長 所) 会社名
ASPソフトは比較的に利用料が安く、中小企業が採用しやすい 各社
各分野のソフトがあり、企業が随時に必要な分野のソフトを選べ、導入できる 各社
HPとメール配信のパッケージソフトは採用されやすい

岸煉,
コスモス総研
買い取りソフト品にくらべて、更新情報が楽に得られる 各社
手書きなどの情報が簡単にHPにUPできて便利

振興組合
問 題 点(短 所) 会社名
継続使用料が多くなると、買取ソフトとの費用比較が生じ採用されにくくなる 平松会計他
自社事情に合わせカスタマイズが必要な会社には、費用が余計にかかる 岸煉
各分野でばらばらのソフトを導入してゆくと、整合性や将来のシステムのインテグレーション(統合)の妨げになる 岸煉
入力のわずらわしいソフトは、採用が敬遠される 米倉ヒラマツ他
専用システムと違い、導入・運用フェーズでの維持・運用のテスト期間が短く、運用技術習得が短期間で困難となる 各社

5.今後の課題と展望

 ASPソフトは今回の実証・実験で、会社のニーズにマッチした適切なソフト選定が行われれば有効であることが判明した。 本来は事前の手順として各社の経営戦略策定、現行のシステムの分析・評価が行われた後、個別アプリケーションプ開発か、 ERP(基幹業務統合パッケージ)4)か、またはASP利用かなどを総合的に判断してから導入されるべきものである。 今回は比較的に時間に余裕のない実験計画だったので、アクションプラン作成や、 各社の必要なソフトを特にRFP(提案要請)も発行せずに与えられた条件で実験したが、今後は導入時の課題として次のような点を留意すべきである。
表5 <ASP導入時の留意点>
導入時の留意点 今回の例
サービスメニュー、カスタマイズの可否の確認 部分カスタマイズでも高くついた(岸煉)
複数のASP利用の場合、データ連携が検討されているか ほとんどされていない(岸煉)
ネットワークのセキュリテイの確認 自社のみでの導入は高価なものにつく(平松会計)
サーバー能力、アクセス回線能力などの確認 中小ASP会社だと不安である
サービス継続性におけるリスク管理・ヘルプ体制の確認 同上(各社)
操作マニュアルの完備と導入指導の徹底 不充分なASP会社もあり苦労した(2-3社)

 以上の今回の実験・研究と活用について述べてきたが、将来の展望としては、 個別ASP導入各社のシステム統合をしやすくするための方策を、ASP業界全体で研究・開発してもらえたらありがたいと思った。 現在の各社ばらばらの各分野のASPを、1社又は共有化できる統一基準で総合的に開発・統合できれば、 同一会社及び各社の分野別ASPパーツの順次導入でも、最後にはERPと同様な統合パッケージができるようになる。 そうすれば過大な費用をかけずとも自社専用の統合システムが可能となり、中小企業を問わず各企業とも大いに採用し易くなると思われる。 今回の実験・研究を通じてASPは中小企業にとっては有用であり、適切なソフトが広く望まれていることが判ったので、 今後とも各社及び業界の研究・開発しだいで、ASPの将来には大きな展望と可能性が開けると信じている。


【用語解説】
  用語 解説
ASP Application Service Provider インターネットを使って、月決めなどの利用料を払ってアプリケーションを利用するシステムのこと
RFP Request for Proposal 調達の目的を達する為、調達対象に情報化資源に対する提案を求め、最適な調達先を決定するための「提案要請」のこと
ITベンダー IT vender 各ソフトのシステム開発やパッケージソフトを提供でき、システム構築やその導入、運用、維持管理のできる会社のこと(多くの系統がある)
ERP Enterprise Resource Planning 企業の基幹業務の機能をパッケージ化したアプリケーションソフトのこと

2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 ITユニフォーム販売(J011)
事例報告者 寺田 邦光 ITC認定番号 0007752001C
事例キーワード 〔業種〕ユニフォームの受注生産
〔業務〕販売促進業務、受注生産業務
〔IT〕ユニフォームのネット販売

2.事例企業概要
事例企業・団体名 有限会社できるネット 企業概要調査時点 2002年07月
URL http:///www.dekiru-net.com/store/index.htm
代表者 田中 勝久 業種・業態 ユニフォームの受注生産
創業 2000年10月 会社設立 2000年10月
資本金 550万円 年商 1,000万円 従業員数 2人
本社所在地 兵庫県神崎郡
事業所 兵庫県神崎郡
業界特性 多品種小ロット生産
競合他社  
リード文  パソコンを利用して販売促進につなげたい、と考える企業は多いが、なかなか思い通りにうまくいかないのが現状である。 この事例は、コンサルタントと協力して問題点の抽出と解決に成功した企業の事例である。

3.コーディネート内容概略
関与経緯  社長から知人を介して相談を受けた
事例対象期間
(執筆時点)
2002年07月~2002年11月(2003年02月27日)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 ■基礎調査
■経営戦略策定  □戦略情報化企画  □情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  □運用サービス・デリバリー
留意したこと すでに形になっていたものがあったので、対症療法的なアプローチとなった
主な成果 提携店の拡大、ネット受注の拡大、リードタイムの短縮
パッケージソフト情報  

【事例詳細】
 有限会社できるネットは3年前に設立された会社である。 同社の田中社長は、以前から別会社で、スポーツ用やイベント用のユニフォームの受注生産、小学校等で使用する布教材の受注生産を手がけていたが、 スポーツ用ユニフォームは各地のスポーツ用品店や洋装店と提携して、それらの店を経由して同好者らからオリジナルユニフォームの製作の注文を受け、 イベント用ユニフォームは洋装店と提携して、イベントへの出展企業や人材会社からユニフォームの製作注文を受ける、という形態であった。 受発注はファックスを何回も介して手書きのデザインを起こし、また色を決めるのにも部材の一部を送って決めてもらうなど、決定までかなりの期間を要していた。(図1)



 このような受発注のやり方に疑問を持ち、また、以前からパソコンの可能性に着目していた田中社長は、以前からの別会社はメーカーと位置付けて、 新たに受発注の期間短縮とオリジナルユニフォーム販売のフランチャイズ展開の構想のもと、3年前に「できるネット社」を立ち上げたのである。

1. 従来のIT手法

 従来チームウェアの分野では、出来上がりの商品にただチーム名を入れる程度のものをオリジナルウェアと称していた。 しかしオリジナルという本来の意味からしても、色やデザインも含めて、顧客の多様な要望に対応できないものはオリジナルウェアと呼ぶべきではない、 というのが田中社長の考えだった。そしてできるネット社では、オリジナルウェアとしての顧客の多様な要望に対応できるように、 通常なら対応が困難なこまかなデザインや縫製の変更に耐えうる生産体制を構築し、また生地の色や柄等の豊富な品揃えを実現して、多様な選択が可能になる仕組みを整えた。 後はその強みをユーザーにどう伝え、どう生かすかだった。
 当初、パソコンを活用すれば、新たな需要の掘り起こしや受注から納品までのリードタイムが短縮されると考え、できるネット社で販売支援システムを自主開発した。 販売提携店は、神奈川から鹿児島までの5店でスタートした。 いずれも従来からの取引先であったが、これらの5店舗の経営者に集まってもらい、県内の中小企業大学校の教室を借りて宿泊を伴った操作研修を行った。 操作マニュアルも分かりやすさを心がけて整備し、5店舗が同時にそれぞれの店頭において、 パソコン利用によるバスフィッシングウェアやキャンペーンガールウェアのシミュレーション販売を開始した。 このシステムは、パソコン内に登録された基本的なユニフォームのデザイン群から自由に気に入ったデザインを選び出し、 そのデザインに基づいて、その生地や色や柄を変えてみたり、陰影やしわまでもシミュレーション出来る。 また好みの場所にチーム独自のマークやチーム名をプリントできる、というものだった。(図2)



 しかし、思いに反してこのシステムを導入してもさして売上は上がらず、システム開発費の回収さえままならなかった。 全てのシステム開発をできるネット社のスタッフが担当していたが、開発費は数百万円にのぼっていた。
 2002年7月に田中社長より、これまでのシステム開発の経緯と現在抱えている問題点やその解決方法について相談を受け、田中社長と私との2名体制で、 まず現状の調査を開始した。 調査は2店については実際に店舗へ出向いて聞き取り調査を実施し、他の3店については電話による調査とし、さらに全店にアンケート調査も加えた。 実際に出向いての調査は、ほとんど実績の上がっていない兵庫県内の提携店と、5店の中では実績上位の岡山県内の提携店だった。 実績が上位の岡山と神奈川の提携店に共通していたのは、デザイン面やパソコンの操作に熟練したスタッフがいるという点であり、店全体も比較的積極的な姿勢が感じられた。 アンケート調査をした項目でも、タウン誌への投稿・広告の有無や回数、DM発送の有無や回数、来店者へのアプローチ等、実績があがっていない提携店とは相違があった。
 この調査では、提携店でシミュレーションシステムにうまく誘導できたエンドユーザーは、抵抗無く発注に至っており、 提携店の姿勢の違いで、実績の差が出ているということが分かった。 一方では、その実績も大きなものとはなっておらず、全体として次のような問題点があると思われた。

①パソコン利用によるユニフォームのシミュレーション販売は、各提携店でパソコンの操作スキル格差に左右されることが多く、充分な指導をしたつもりだったが、 操作に未熟な提携店もあった。パソコン利用の顧客への説明等がほとんどされていないケースが見受けられ、最下位提携店ではパソコン利用分の売上がゼロだった。

②操作に習熟している提携店では、エンドユーザーよりも主導的にパソコンを操作・シミュレーションをして受注したケースも多く、 こういう場合には納品後キャンセルになることがあった(実績上位店のケース)。

③できるネット社が提携店とデザインやカラー等をメールでやり取りし、提携店はエンドユーザーに来店してもらって店頭でその内容の確認作業をするが、 最終決定まで時間がかかり、シミュレーション販売がリードタイムの短縮には貢献していなかった。 さらにエンドユーザーは手書きのデザイン書がなくなったことでデザインへの参加意識が薄れ、やり取りの最中に購買意欲がなえてしまうケースがあった。

④何よりも提携店そのものに、あまりシステム利用のメリットを感じてもらうことが出来なかった。(全提携店)

2.改革の方向性

 上記のような問題点のうち、①から③までなら、提携店を経由せずに、ネット上でエンドユーザーとの直接の受注と販売に改める、という方法で解決しそうだった。 メーカー~問屋~小売店~ユーザー、という従来の流通経路を変える、という発想で何とかなるのかも知れなかった。
 しかし、特にスポーツ系のユニフォーム等の販売は、地域密着であることが多く、それぞれの種目に応じて同好会等があり、また仲良しグループが存在する。 そしてその同好会等が中心になって、親しいスポーツ用品店で運道具やユニフォーム等を調達することが多く見受けられる。 それらのユーザーをネット上に誘うには、やはり地域販売店を排除するのではなく、地域販売店を巻き込んでの発想が不可欠と考えられ、④も避けては通れない問題点だった。
 地域の販売店に大きなメリットを感じさせながら、エンドユーザーとも直接取引をする、ということを実現する必要があるように思われた。 つまり、メーカーや問屋とユーザー間だけの中抜きのWinWinの関係ではなく、それに小売店も含めたWinWinの関係が求められる、という結論に達した。

3.もう1歩踏み込んだITの活用策

①まず、できるネット社のホームページを刷新し、スタンドアロンでの使用を想定して製作していたシミュレーションソフトを、 できるネット社のホームページ上で使用出来るように改めた。 この変更もできるネット社単独で行った。IT化のための作業は、実際は全て手作りだった。 これで、ネット上でそのソフトを使ってデザインやカラーを自由に選択し、また思い思いのマークやロゴを差し込んだり出来るようになった。 さらに気に入った形が出来上がった段階で、ホームページ上でユーザー自らが発注出来るようになった。(図3) これにより、注文段階から納品までの日数が一気に短縮され、また一部には画面上と実際の出来上がりとの多少の差異の問題点もあったが、 最終的に自分で発注しているために、製作後のキャンセルは全く無くなった。さらに、販売店に属さない新たな一般の顧客からも受注できるようになった。

②提携店もホームページを持っているところが4店、調査時点で持っていない提携店が1店あった。 既に持っている4店もただ持っている、というだけに見受けられた。 ホームページを持っていない提携店に対しては、ホームページの作成を薦め、すでにホームページを持っている提携店に対しては、できるネット社との相互リンクを推進した。 さらに各提携店に対して、ユーザーにこれまで以上に自店のホームページを積極的にアピールしてもらうよう促し、 そのページからできるネット社のホームページへも入ってもらうようお願いした。ここでは2つのステップを設定した。
a) まず最初のステップは、実績が上位だった2店をターゲットとし、営業用パンフレットの作成や受発注の仕組みを解説して、事業推進にあたった。 特に近隣の岡山の提携店には何度も足を運び、シミュレーションソフトを使うメリットを充分に理解してもらい、 ユーザーにどんどんオリジナルなユニフォームをデザインしてもらって、画面からの直接発注の実績を作っていった。
b) 次のステップとしては、先行の提携店の実績を他の提携店に説明して、参加意欲を刺激し理解を得ることだった。 この段階では、先行の2店の実績は素直に評価され、全店が積極的に関わるという体制が出来上がった。


 受発注の仕組みとしては、できるネット社には、製作のための情報がユーザーから直接入るが、形としては提携店からの発注の形態を取ることとした。 できるネット社はユニフォーム製作後にはリンク先の提携店に送付し、ユーザーへは提携店での受け渡しとした。 もともとユーザーと提携店とは信頼関係が構築されているので、ユーザーも提携店のホームページ経由でサイトへ入っている場合は、 安心して発注することが出来るようになるし、また、できるネット社も代金の回収等に不安を持たずに製作に着手できるようになった。

③各提携店のホームページ上の商品は、できるネット社のホームページでも掲載されるようになった。 これにより、それまで各提携店において閉ざされていたユーザーが、他の提携店に相互に乗り入れることになり、顧客数も一気に拡大することとなった。 取り扱う商品もバスフィッシングウェア、キャンペーンガールウェア、フライトスーツ、チームブルゾンウェア、名刺等へと拡大し、できるネット社の売上高はほぼ倍増となった。 当初は提携店サイドには、相互に乗り入れるということは、ユーザーが思い思いに他店のホームページにアクセスすることになり、客離れにつながるのではないか、 との懸念もあったが、これは杞憂に終わりそうである。 提携店では、一歩進んだサービスをしないとだめだ、という緊張感が生まれ、これまでの待ちの姿勢や馴れ合いの関係から、 攻めの姿勢や他店との差別化を指向する考えが芽生えてきており、各販売員の意識改革にもつながっている。

④上記①~③での成功を武器に、提携店の獲得がこれまでより容易になり、岐阜、埼玉、京都で新たに3店との提携が実現し、提携店が拡大した。 また、ホームページのグレードアップの相談やIT化を踏まえた店舗経営の相談も増えて、既存提携店との関係も深まってきている。

最後に、これまでの流れをまとめると図4のようになる。



2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 店舗販売のトータルシステム構築に成功したラピタ(J003)
事例報告者 小林 勇治 ITC認定番号 0014082001C
事例キーワード 〔業種〕スーパーマーケット、A-coop
〔業務〕顧客管理、発注・買掛、売上・売掛、商品・棚卸・酒管理、宅配
〔IT〕ECR、POS・EOS、SCM、VAN、FSP、CPFR、CRM、CM

2.事例企業概要
事例企業・団体名 いずも農業協同組合 企業概要調査時点 平成14年11月
URL http://www.jaizumo.or.jp/
代表者 石飛 博 業種・業態 スーパーマーケット、A-coop
創業 平成8年4月 会社設立 平成8年4月
資本金 59億9900万円 年商 367億円
  内店舗販売114億円
従業員数 1、187人
本社所在地 島根県出雲市
事業所 出雲市内本社以外に126ヶ所 内店舗販売9店舗
業界特性 JA内の小売店舗管理
競合他社 ジャスコ、パラオ
リード文  7JAがバラバラのシステムを使っていたものを、合併に伴ってその効果を出すために、考え方、やり方、約束事、ソフト、 ハードを統合しながら支援するコンサルタント独自の「ミーコッシュ手法」を用いてIT・経営間のギャップや矛盾をなくすることで、大きな成果を挙げた。

3.コーディネート内容概略
関与経緯  バラバラのJAをいかにして統合してメリットを出していくかに困っていたのを、コンペ方式でコンサルタントを選択された。 その後6年間にわたってコンサルティングを行った。
事例対象期間
(執筆時点)
コンサルティング期間:平成6年4月~平成11年4月(システム完成平成8年4月1日)
(執筆時点の内容は平成9年4月から11年3月時点)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 ■基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  ■情報化資源調達
■情報システム開発・テスト・導入  ■運用サービス・デリバリー
留意したこと (1)ITコーディネータとしてIT投資に失敗しないこと。
(2)IT投資効果が確実に出ること。
主な成果 (1)売価変更ロスを3.1%引き下げることができた。
(2)売価を0.7%引き下げたが、粗利益は1.6%向上した。
パッケージソフト情報 パッケージは使用していない

【事例詳細】
1. 企業概要
 当組合は、生産資材、精米、生活用品、金融と幅広く事業を営んでいる。特に、本事例では、生活用品のうちの店舗購買品についての情報システムを説明する。
 店舗購買事業(店名ラピタ)は、本店は写真のような旗艦店としてSM、衣料・家電を直営で、アパレル、玩具、薬局、飲食店等テナントが入居している。 店舗販売9店舗のトータルシステム構築に成功した組合である。



2. 内部・外部環境との関連
 島根県においても、ナショナルチェーンのGMS、ホームセンター、大型家電の進出が活発で、競争が激化していた。
 一方全国JAの方針としても、各単協の合併促進がなされており、当組合もその渦中にあった。 そのような環境下にあり、7JA合併効果をいかに上げるかが大きな課題として上がっていたのである。

3. システム導入の経緯
 当時、当組合では以下のような課題があげられていた。
 ・ 使用していたシステムが10年余りになり、老朽化していたこと。
 ・ 7JA合併に伴って、各単協がバラバラのシステムを使用していたものを統一したシステムにする必要があった。
 ・ 合併を機会に戦略的な小売業総合システムを構築したいとの要望が上がっていたこと。
 そのようなことからITコンサルタントの協力を仰ぎながらシステムの導入することになった。 ITコンサルのコンペをやり、もっとも適正と思われるITコーディネータ(中小企業診断士)を選定した。

4. 導入の目的
 合併にあたっては、以下のような目的があった。
 ・ 7JA合併による店舗販売のマスメリットを出すためのIT投資にしたいこと。
 ・ IT投資効果を確実なものにすること。
 ・ そして劇的な利益の改善を目指すこと。

5. システム導入した際の組織体制
 新システム構築にあたっては、ITコーディネータを含めて、以下のような組織体制と進め方で取り組んだ。
 ・ 経営戦略・情報化企画・IT資源調達、開発まで業務をITコーディネータ(中小企業診断士)が中心になって プロジェクトリーダー・現場・情報システム担当とサブプロジェクトリーダーの強力なリーダーシップのもとに推進した。
 ・ サブプロジェクトリーダーの下に、業務改革と合わせてデータ活用コンテストを実施する等、活用の定着を図るべく教育を実施した。
 ・ ITコーディネータ(中小企業診断士)はすべてのプロセスに深く関与し、常に反対意見に対して解決案を出して論破し、説得し続けた。

6. ITCとしてIT導入の成功率を高める工夫
 一般的にIT投資の失敗の要因には、以下のギャップが考えられる。(図表1下段参照)
 ・ 経営戦略をIT戦略に落とし込めないための戦略間のギャップ。
 ・ 経営戦略・情報化企画・調達・開発・運用までブレイクダウンする際のプロセス間のギャップ。
 ・ 経営トップからミドル・現場へのコミュニケーションをブレイクダウンする際の組織面からくる意識のギャップ。
 またIT投資の成功率を高めるためにはいくつかの工夫が求められる。
経営系とIT系間、各プロセス間、経営組織のトップ層・中間層・現場層間の意識等、のいくつかのギャップを埋めるために、 「ITミーコッシュ・シールド工法」(注:用語解説)を用いて、 フェーズごとに経営系とIT系をシールド工法のように5つのウェアを回しながら進めることとした。 又、各フェーズでは必要に応じて経営系・IT系の打ち合わせ会を設け、両系間のギャップを埋めながら、プロセスを掘り進んだ。 必要に応じてトップ・中間管理職現場担当者を入れて議論をして問題解決案を示しながら進めた。(図表1下段参照)








7. ITミーコッシュ(MiHCoSH)手法の概要
 IT投資を成功に導くために開発されたITミーコッシュ手法について概要を以下に述べる。

(1) 5つのウェアに分けて成熟度を評価する。
 図表2のように、経営系・IT系の構成要素を5つのウェアに分けて成熟度をモニタリングしながら、進めて行く。 この考え方を5つのウェアのごろ合わせとして、ミーコッシュ(MiHCoSH)と呼んでいる。

(2) ITミーコッシュ(MiHCoSH)革新コンサルティングの全体構成
 図表3のように、ITCプロセスガイドラインにのっとって進める場合でも、経営系とIT系のギャップが発生しないように同時並行的に掘り進んで行く。 (これをITミーコッシュ・シールド工法と呼んでいる)

(3) ITミーコッシュ・シールド工法のモニタリング
 5つのウェアをレベル1のモニタリングでは40項目、レベル2のモニタリング項目は200項目、レベル3は1,000項目から構成されている。

8. 成熟度評価
 いずも農業協同組合に関して、当初のレベル1の成熟度評価をチャートで示すと、図表4のようになった。



 即ち、当組合の成熟度に関して、ハードウェア、ソフトウェアの成熟度は高いが、マインドウェア、ヒューマンウェア、 コミュニケーションウェアの成熟度が低いことが分かる。

9. IT導入・支援経過
 いずも農業協同組合の経営改革をすすめるにあたり、IT導入に関して以下のように進めた。

(1) ITコーディネータの選定と契約
 複数のITコーディネータを候補に上げて、講演会のコンペを行った。その中から流通経営実務と流通ITに明るく、 かつIT投資効果が期待できると思われるITコーディネータを選定し、平成6年4月1日にコンサルティング契約を行った。

(2) ITミーコッシュ成熟度分析結果(図表4参照)
 ハードウェア、ソフトウェアの成熟度はかなり高いが、マインドウェア(考え方)、ヒューマンウェア(やり方・使い方)、 コミュニケーションウェア(約束ごと)の成熟度が低いことが判明した。よって、ハードウェア・ソフトウェア(IT) 革新とともに経営系の革新がより重要であるとの認識に立って改革を進めた。

(3) 経営戦略・情報化企画作成支援(平成6年4月1日より平成7年1月31日)
 プロジェクトメンバーと一緒になって作成した。ここでは、考え方(マインドウェア)、やり方(ヒューマンウェア)、 約束事(コミュニケーションウェア)、プログラム(ソフトウェア)、 機器(ハードウェア)の5つのウェアを同時並行的に行うITミーコッシュ・シールド工法を用いて進めた。

(4) 資源調達・RFP・開発支援(平成7年2月1日から平成8年2月28日)
 経営戦略・情報システム企画を作成し、経営トップの承諾の後、RFP(プロポーザル要求書)をもとに4社のコンペを行った。 2回の予選の後に、1社に絞り込んだ。契約形態はFFP(完全定額契約)方式を採用している。
 開発の段階においてもITミーコッシュ・シールド工法の延長線上で行った。よって、経営戦略で立案した戦略が、そのままシステムの開発に実現している。

(5) 運用・データ活用支援(平成8年4月1日より平成12年4月30日)
 ここでは、当初の情報化企画どおりのシステムを稼働させても必ずしも情報活用が有効に行われているとは限らない。
 当初のIT投資期待効果を実現するために、現場でのデータ活用の実務支援を行っている。

10. IT導入時に生じた問題点と対応策

(1) ソフト・ハードのトラブル
 稼働当初はOS(WindowsNT3.1)の不具合等もあり、原因不明のダウンに悩まされた。 これら原因は究明することがソフトハウスでは困難で、マイクロソフトに依頼するしかなかったが、それは満足するものではなかった。

(2) POSスキャニングのレスポンスの低さ
 POSのスキャニングから価格検索までのレスポンスが悪く、当初使い物にならなかった。メーカーとその対策を協議し、 価格検索の仕方を変えて、スピードを上げるための工夫が必要であった。

(3) ソフトウェアの追加料金
 ソフトウェアの詳細を詰める段階にあって、ソフトウェアの追加料金の要求があったが、 RFP時のベンダー説明会にて説明したようにFFP(完全定額契約)方式を採用しているので、 RFPの中にある仕様書どおり作成してもらえば良いのであって、追加料金の対象にはならないということで、了解してもらった。

(4) 現場の反対勢力に対する説得
 業務革新を全面的に行ったために、現場からの現状の業務変更の反対意見が山積した。 しかし、それ一つ一つ現状の業務プロセスの矛盾や問題点を指摘して、革新経営・IT統合ビジネスモデルを示して、 革新による期待される改善の効果を示し、説得した。しかし、そのことは簡単には定着することは無く、マインドウェア(意識)革新をやる必要があった。

11. システムの概要

(1) ハードウェアの全体構成


(2) ソフトウェア
 顧客サブシステム、発注・返品サブシステム、ECR(効率的な消費者対応)発注サブシステム、特売発注サブシステム、 検収・仕入れサブシステム、買掛サブシステム、売上サブシステム、商管サブシステム、棚卸サブシステム、テナントサブシステムからなっている。

(3) システム運用手順
 新システムの考え方の革新(マインドウェア革新と呼んでいる)、業務プロセスの革新(ヒューマンウェア革新)、 約務革新(コミュニケーションウェア革新)を図って、ソフトウェア、ハードウェアの導入を行った。

12. 投資金額と資金調達先
 POS120台、発注端末26台、サーバー6台、クライアント42台等情報機器、付帯設備、付属品等を含めて約3億円の投資である。
 資金調達は、組合内の資金を利用した。

13. データの活用
 システムが稼働後も、ビルドアップシート(発注台帳)の活用法、カテゴリー・マネジメントの実践、 ロス管理と値入ミックス等をITコーディネータ(中小企業診断士)の支援を得て行った。 その後も活用レベルに合わせたデータ活用のための教育を4年間に亘って行った。

14. IT活用の成果

(1) 定量的効果(情報システムが稼働1年後)
・売価変更ロスが売上対比3.1%減少できた。
・当初売価を売上対比平均0.7%引き下げが、粗利益率が1.6%向上できた。

(2) 定性的効果
・職員が売上志向から、データ活用によって利益志向に変革できた。 よって粗利益向上策の基礎的知識を身につけた。
・データによる商談を身につけることができたので、仕入原価を引き下げることができた。

15. 成功の要因または情報システムに対する評価
 革新後の成熟度の評価をすると、図表5のように改善されている。 合併による寄り合い所帯にも拘らず、 サブプロジェクトリーダーとプロジェクトメンバー・ITコーディネータの意思統一が図れたことが成功の要因であると考えられる。
 システムの評価としても、JAの中にあっても屈指の情報システムと運用が行われているということができよう。



16. 顧客とITコーディネータの満足度
 ITコーディネータに対するクライアントの満足度はどのようなものであったのであろうか。プロジェクトが6年間という長い年月を要したが、 解散時には、組合長・常務理事・プロジェクトメンバーの参加のもと送別会を挙行してくれるほど親密となり、 苦楽をともにした十分な信頼関係構築の賜物であった。そして、苦労談を酒宴とともに喜びの思い出として心行くまで語り合った。 感謝感激の気持ちでお別れをしたことを昨日のように思い出す。
 後日金一封とともに感謝状を持って我が事務所を訪れてくれた。山陰地方の義理堅い気質に驚きと感動を禁じえなかったのである。 限りない感謝とともに、ITコーディネータとして最高の生きがいを感じた瞬間でもあった。




【用語解説】
  用語 解説
ミーコッシュ (MiHCoSH) IT投資を成功させるためのIT統合問題解決手法。マインドウェア(考え方)、ヒューマンウェア(やり方)、コミュニケーションウェア(約束ごと)、 ソフトウェア(プログラム)、ハードウェア(機器)の5つのウェアをシールド工法によって、経営系とIT系のギャップが起きないように回しながら、 成熟度をモニタリングして行くやり方で小林勇治の商標登録
ビルドアップシート   オーダーブックをより高度に活用しようとするもの
シールド工法   トンネル掘削工法のように5つのウェアを回しながらIT構築を進めて行く方法
ECR Efficient Consumer Response
(効率的な
消費者対応)
製造・卸・小売が協働で効率的な消費者対応を進めようとするともの。
POS Point Of Sales
(販売時点情報管理)
販売時点における商品情報を単品に把握して、消費者動向等を管理すること。
OS Operating System
(基本ソフト)
業務ソフトを動かすための基本となるソフトウェア。

2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 RKS社における経営戦略策定、経営改革企画、戦略情報化企画の事例(J010)
事例報告者 小池 昇司 ITC認定番号 0015582001A
事例キーワード 〔業種〕販売業
〔業務〕経営戦略、経営改革
〔IT〕顧客データベース

2.事例企業概要
事例企業・団体名 リコー教育システム株式会社 企業概要調査時点 2002年07月
URL http://www.rks-net.com/
代表者 小宮 康男 業種・業態 教育教材販売業
創業 1969年12月 会社設立 1995年11月
資本金 1,000万円 年商 25億円 従業員数 88人
本社所在地 東京都
事業所 国立・千葉・高崎・甲府・長野・郡山・仙台・札幌・旭川・帯広
業界特性  少子高齢化、個人情報保護傾向、訪問販売法改訂による家庭訪販の効率低下など経営環境変化の中で、 従来のビジネスモデルでの顧客数が減少している。一方、文部科学省による「ゆとり」教育方針、学習指導要領改訂、 学校の週休2日制等の変化に伴う家庭学習ニーズが変化している。また、ITを優位に活かす異業種の新規参入等競争環境が変化している
競合他社 小、中、高校生向けの家庭用学習教材の販売会社
リード文  経営者の認識に基づきプロジェクトチームをつくり、ITCプロセスに沿って経営戦略策定フェーズから戦略情報化企画戦略版フェーズまで進めた。 また、戦略を実現させるための実行を重視し、経営改革プロセスもセットにして施策に織り込んだ。各フェーズの進め方の事例を紹介する。

3.コーディネート内容概略
関与経緯  グループ会社の事業戦略策定支援としてかかわった。
事例対象期間
(執筆時点)
2002年05月~2002年06月(2002年06月28日)
事例分野 ■経営戦略  □IT戦略  □経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  □情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  □運用サービス・デリバリー
留意したこと 事業戦略を実行に移すためのしくみに展開したこと。
主な成果 社長のリーダーシップとして戦略が全社員の行動計画に展開された。
パッケージソフト情報  

【事例詳細】
1.会社概要と経営環境の変化に対する認識

1-1.会社概要
 RKS社は小学生、中学生、高校生を対象とする家庭学習用準拠教材の販売会社である。 準拠教材とは、文部科学省が認可する教科書の内容に準拠した教材である。 RKS社は1996年に全国の教材販売会社11社を統合して設立され、今日まで準拠教材を中心とした販売を行ってきた。 RKS社の販売部門は、教材メーカーから仕入れた商品を顧客に直接販売する直販部門と、ご販売店である訪問販売業者に卸す代販部門から成る。 販売拠点は本社の東京の他に、国立・千葉・高崎・甲府・長野・郡山・仙台・札幌・旭川・帯広、その他に顧客との接点であるコールセンター、お客様サービスセンターを有する。
 2001年度の会社概要は、資本金1,000万円、売上25億円、従業員88名(パートの人員数を含む)である。

1-2.経営環境の変化とその影響
 少子高齢化、個人情報保護の傾向、訪問販売法の改訂による訪問販売の効率低下など経営環境の変化により、従来のビジネスモデルにより契約する顧客数が減少し続けてきた。 また、文部科学省による「ゆとり」教育方針、学習指導要領改訂、学校の週休2日制等の変化に伴い、家庭学習のニーズが変化している。
 情報化という観点では、販売会社を統合した時の複数のITシステムが混在しており、業務効率上の問題が指摘されている。 ITCとしては、最新のITの進歩を戦略実現のために競争優位に取り込むことを期待している。 一方、デジタル化やネットワーク化など、ITを優位に活かしたインターネットを活用した学習塾など、訪問販売業にとって異業種からの家庭学習分野への新規参入が相次ぎ、 競争環境も変化している。インターネットの家庭への普及により直接競合する相手が増えていると認識し、新たな脅威と位置付けている。

1-3.経営環境変化に対する経営者の認識
 以上のような、市場・顧客の変化、競争環境の変化、社会インフラの変化の中で、経営者は「新たな顧客価値の提供」のしくみに変革することにより事業の成長を目指すこととした。 ここで、経営者の言う顧客価値とは、「顧客がその商品を選択する理由」という意味である。 RKS社の経営者の認識に基づきプロジェクトチームをつくった。ITCプロセスに沿って経営戦略策定フェーズからスタートし、戦略情報化企画戦略版のステップまで進めてきた。 また、戦略を実行に移していくということの重要性も認識され、そのための経営改革プロセスも施策に織り込んだ。ここまでの各フェーズにおける事例を紹介する。 特に戦略が実践されることを重視して工夫した進め方を中心に紹介する。

2.この事例の特徴と、ITCとして重視したこと
 本事例には二つの特徴がある。第一の特徴は、企業経営者が「新たな顧客価値による成長戦略を目指す」というビジョンを有しているところからスタートしたことである。 成熟し硬直化したビジネスモデルを変えようとするためのビジョンが存在していた事例である。 第二の特徴は、人材の不足するグループ会社に対してITCプロセスを適用したということである。 今まで事業戦略を作ってもなかなか実行できなかったグループ会社の事業体に対して、事業戦略を実現させるためのしくみを重視し、事業戦略と経営改革をセットにして、 戦略実現を狙うように工夫したという特徴である。 具体的には、ITCプロセスガイドラインにある各原則を忠実に守りながら、RKS社固有の課題に取り組んだ。そのためにITCとして意識して実行したことは、次の7点である。
(1) プロジェクト発足前に社長の意識改革と改革実行の決意をせまった。その理由は、過去何度か事業戦略が策定されたが、なかなか組織的に実行に移せなかったからである。 その反省をふまえて、戦略実践の意志を明確にしていただいた。
(2) 社長自身が明確なゴールと戦略を理解して、自分のリーダーシップで進めることを重視した。 そして、企業規模から判断して、トップダウンで確実な戦略展開をすることにより改革のスピードを上げようとした。
(3) 全社員に対し戦略がよく見えるように工夫し、展開して浸透させること。
(4) 実践を促すために関与者とのコミュニケーションを密にすることを重視した。
(5) 戦略が通りやすいマネジメントにするために、戦略展開を方針展開の重点施策に盛り込んだ。
(6) 戦略展開を中期経営計画や事業計画に結び付けた。
(7) 戦略策定フェーズに情報システム部員を参画させ、情報システム担当者の意識変革をリードした。情報システム担当者の戦略理解を重視した。

3.現状調査

3-1.組織プロフィールから得たトップの認識
RKS社の社長はかねてから日本経営品質賞におけるセルフアセスメントを経営に活用していた。RKS社の組織プロフィールの記述を読み、次の4つの事項を認識した。
(1) 顧客・市場に関する認識:新たな顧客価値を提案するターゲット顧客層を定めている。
(2) 競争に関する認識:A社のa部門を競合と定め、自社優位点を定めている。顧客に対して顧客価値を提供するに当たって、販売経験から判断してもっとも競合する相手である。
(3) 変革に関する認識:保有顧客に対する学習サービスを提供する事業体にしたい。 従来は、教科書に準拠しているという価値を有する教材を一律に提供する事業であったが、顧客の学習ニーズに合う教材やサービスを提供する事業体にしたいという認識である。
(4) KGI2)(指標とする組織情報):継続顧客数、新規開拓顧客数

3-2.基本戦略の確認
 次に、組織プロフィールの記述から事業戦略に関する基本的事項を確認した。 おおむね方向は定められているが、実行に移し易くするには更にフォーカスした戦略策定を要することを認識した。
(1) ビジョンは指標と目標値として定量化されているかどうかを確認した。
(2) 事業ドメインの確認:従来のドメインと将来のドメインをどのように考えているか、顧客価値は具体的であるか、競争優位性があるか、 ターゲット顧客は具体的に絞り込まれているか、コアコンピタンスの認識がひとりよがりでないか、競合相手の選定は適切か、などについて聴取した。

3-3.経営の成熟度
 日本経営品質賞のアセスメント基準を活用した平成13年度のセルフアセスメント結果は下記であった。
(1) 戦略策定の方法と展開の評点   B-(30%~40%)
(2) 経営戦略策定プロセスのアセスメントによる「経営の成熟度」レベルの判定
  戦略策定情報 成熟度レベル 1
  戦略策定アプローチ 成熟度レベル 2 ; 戦略展開の仕組みあり
  戦略実行計画 成熟度レベル 2 ; 方針管理の仕組み定着
  戦略実行のモニタリング 成熟度レベル 1
(参考資料:
 JQAアセスメント基準に基く簡易アセスメント:「ITC専門知識教材テキスト 03」、経営の成熟度、P.115~118)
 RKS社には方針管理による「戦略策定プロセス」としての戦略展開のしくみが存在していた。 また、「戦略実行状況をモニタリングしコントロールするプロセス」に関連したプロセスとして方針管理のしくみが定着していた。 戦略の策定と展開にはこれらのしくみをうまく活用することとした。

4.経営戦略策定フェーズ、戦略情報化企画フェーズのプロジェクトの体制

 プロジェクト体制は、図1のように編成された。 決算期前に戦略を組織に展開するまでに許される納期から逆算して、プロジェクト期間は2ケ月間とした。 ITCプロセスに沿ってITCがリードしつつ周知を集めて行えば、2ケ月間で可能と判断した。実会合時間は48時間である。 メンバーの人選は、戦略を社員全員に浸透させる方針に沿った。組織への浸透のリーダーシップを出来そうな基準で選定した。 IT/S(情報システム)担当を加えたのは、次のフェーズ以降での戦略をよく理解した活躍を期待したからである。 このフェーズにおいて、ITCの役割として意識したことは、ITCプロセスの「コミュニケーションの基本6原則」の遵守に努めたことである。 また、事業戦略の狙いの軸がずれないように戦略展開し、方針管理のしくみにまで整合させるようにしたことである。

5.戦略目標の確認

 プロジェクトを編成した直後に、事業理念を再確認し、定量的な戦略目標、定性的な戦略目標をメンバーで共有化した。
(1) 事業理念の再確認:戦略は使命と理念に従う、という認識の基に、企業理念、行動指針、事業ビジョン、トップデザイヤを確認した。
(2) 戦略目標(定量目標)の確認:プロジェクトスタート時点で設定されていた中期的な成果指標と目標値を図2に示す。 当初は、財務的な目標値と顧客の観点の目標値が設定されていたことがわかる。
(3) 中期戦略目標の確認:中期的に、自社が「こうありたい」という姿につき話し合い、図3のように明文化した。 顧客価値、競争優位、変革目標、社員等の各観点で導くことにより、社員が納得できて、挑戦できるような表現を心がけた。 具体的な指標化に手間取り、納期以外の目標値の定量化は敢えて行わず、意味する姿・イメージの共有化に努め、定性目標にとどめた。
     



6.経営環境の分析

6-1.マクロ環境変化に対する認識とSWOT分析
 クールに受けとめるべき社会、政治経済、グローバル化、IT環境などトレンドの大枠とその影響を網羅的に把握して、SWOT分析へのインプットとした。

6-2.SWOT分析
 SWOT分析用のデータは関係者から広く集めてから、データのモレやダブリをなくして整理した。 SWOT分析は、知ったかぶりせず、定石とおりにクールに実行してもらい、メンバーの意識統合にも役立てた。 メンバーによるSWOT分析をする過程で戦略素案が幾つか出された。 また、戦略素案とセットにして強み・弱みや重要成功要因(CSF)も抽出された。 本当にCSFか否かの検証は、CSFが獲得されておれば勝てるのか、という逆算的な観点から調査を加えることにより行った。 各CSFの内容を定義し、戦略展開時の指標とするために定量化の仕方を決めた。実行段階でこの指標をモニタリングしていくという狙いがある。



6-3.コアコンピタンス分析と戦略の選択
 SWOT分析から出された強みとCSFからコアコンピタンスを選定した。 コアコンピタンスについて競合比較を行ったが、一人よがりでなくデータとしての客観評価を重視したため、競合情報の収集に時間を要した。 図5に示すように、戦略目標の観点からコアコンピタンスの評価を行い、評価点による競合比較をした。 ウェイトの係数は「学習サービス市場での顧客価値創出」という観点から設定した。評価点は5段階評価とした。



 ポイント数は、競合A社より低くB社と同等である。顧客価値の提供にフォーカスして、強み1,強み2を活かして、競合Aが弱く、 自社の強み1,2が活きる顧客に絞る集中差別化戦略とした。CSFと強みとは因果関係にある。

7.ビジネスモデルつくり

7-1.ターゲット顧客の絞込みと事業ドメインの具体化
 集中差別化戦略をとるという立場から、組織プロフィールに記載されているターゲット顧客をさらに絞り込んだ。 組織プロフィールに記述されている顧客層の定義はおおまかであったたため、顧客セグメントの決定に苦労した。 市場の魅力度、顧客価値を提供できるか、自社の得意点発揮等の観点から極力絞り込んだ。 ニッチャー戦略である。 事業ドメインの表現は「...の仕組みを活かして上記キー顧客層の信頼を得て、...の価値提供につなげることにより、ターゲット顧客...に貢献する」、 ということでメンバーが共通認識した。

7-2.顧客価値創出プロセスの認識
 顧客価値を創出するキーとなるプロセスを定めるための分析を行った。 まず、既存顧客の中からターゲット顧客を抽出し、リピート契約要因を探った。サービス提供頻度、サービス内容、接点対応などの観点から要因を見つけた。 次に、その要因を左右するビジネスプロセスを特定して「キープロセス」として位置付けた。 図6.は顧客サイドから顧客満足度の高いサービス価値創出を行うためのキープロセス設定例である。 結局、「指導・サービスからの情報」プロセスが顧客価値創出のためのキープロセスであると決定した。



7-3.ビジネスプロセスモデル作り
 プロジェクトメンバーによりビジネスの関与者(パートナー)を含めたビジネスプロセスのモデルを描いた。 次のポイントを意識しながら完成させていった。図7に①~④の手順で示した。① 先ず、7-1で定めた顧客価値を起点に置く。 次に、その川上の業務プロセスを付け加えていく。② 重要指標(顧客数)が増加するような正のフィードバックループを形成する。 ③ プロセスモデルにはコアコンピタンスのプロセスを含める。④ 7-2で定めたキープロセスをビジネスプロセスモデルに組み込む。 図7は、ビジネスプロセスモデルである。視覚化されているので戦略を共有化するためには重宝される。 IT化により競争優位にすべきプロセスを検討する場合にも役立つ。 重要なプロセスは戦略展開して、バランストスコアカード(BSC3))の指標設定にまでつなげるという腹づもりを持ちながらモデルを作る。



7-4.収益モデル作り
 収益モデルは、ビジネスモデルが収益性の原則を満たすことを表現したり、検証したり、収益シミュレーションに活用できる。 どのプロセスが収益確保に重要かの検討に活用できる。このプロジェクトで行った収益モデル作りの手順を図8の概念図にそって説明する。 先ず「再投資のための収益」を書き入れる。次にその「収益」をあげる為の6-3.で定めた「戦略パターン」を定める。 この事例の場合は集中差別化戦略をとる。 そのために新規ターゲットユーザーを獲得するプロセス、差別化商品サービスを実現するプロセス、それらのプロセスの基盤となる人材、ITインフラなどを表現する。 重点的に経営資源を投入すべきプロセスへの収益再投資のフィードバックループを書き入れと、収益モデルの閉ループが完成する。 この閉ループにより生まれる収益が正帰還するかどうか、すなわち収益が逓増することを顧客価値創造と競争優位性から検証する。 この場合は、サービス開発プロセスが収益源である、という認識をした。各プロセス間の関係が数式化されれば、収益モデルを使って収益のシミュレーションに使うことが可能になる。



8.戦略情報化企画

8-1.情報システムの現状
 1995年に販売会社が統合して出来た会社であり、その当時の複数の情報システムが独立に存在している。 販売システム、会計システムともに2000年前後ころのIT/Sの進化を優位に取り込むことがなされていない。 このまま継続すると、少なくとも7-3で述べたコアコンピタンスのプロセス③をIT化により競争優位に実現することは出来ない。 現状システムを評価し、ビジネスモデル実現という将来ニーズに照らし合わせてみると、プロジェクトメンバー全員が、 狙いのビジネスモデルの実現にはIT/Sの刷新が必要である、という認識を持つに至った。

8-2.情報化システムの成熟度とIT化の方針
 COBITの成熟度モデル5)による評価結果は「レベル2」であった。 顧客接点情報を商品サービス開発に結びつけるビジネスプロセスに重点を絞ってIT化を行う方針である。

8-3.経営改革を要するわけ
 戦略の実現を重視すると、経営戦略の展開と経営改革企画とをセットにすることが重要となる。 何を改革すべきかを決めるにあたって、作った戦略が実行されないことを問題化し、改革をしない社内要因を分析した。 過去になされた事業戦略答申がなぜ実行されないのだろうか。下記のような要因が出された。
(1) リーダーシップ、マネジメント関連の要因
・変革のリーダーシップが弱い ・人の価値観や信念、納得性を重視しない
・早くあきらめたり、抵抗があると撤回する ・抵抗勢力の既存のマネジメントを許容する
・不幸な人がいないようにすすめる  
(2) 戦略性
・たくさんの管理にエネルギーを分散 ・資源を手当しない
・重点思考しない  
(3) プロセス関連要因
・従来ビジネスモデルの中で進める ・プロセスを変革せず修正する
・ビジネスプロセスに焦点をあてない ・プロセスの再設計をしない

8-4.改革をしない要因への対策
(1) トップのリーダーシップを大前提で進める : 改革施策を全員に展開、経営計画への展開
(2) 明確化(顧客、強み、競合の明確化による共有化)
(3) 戦略展開目標に意識改革指標を入れ、展開する
(4) 改革目標の共有化
(5) ビジネスモデルの共有化、キープロセスの認識
(6) 変えるべきプロセスの共通認識
(7) キープロセスへの資源配分の実行
(8) 戦略の実現度合いを見えるようにする

9.戦略の実現度合いをモニタリング・コントロールするしくみ

 RKS社には半年を管理のサイクルとして回す方針管理のしくみが定着していた。 このしくみにBSC(バランドスコアカード)による戦略目標の管理、モニタリング・コントロ-ルのしくみをつなげた。

9-1.4つの視点



 販売会社であるRKS社の主な管理指標は、従来は売上や営業利益というものであった。 戦略の実現には、プロセス改革、人材の育成というような時間のかかる先行資源投入が伴う。 財務の観点や顧客の観点の指標と、社内プロセスや学習・成長の観点の指標とをセットにして、因果関係を保ちながらバランスさせて管理することにより、 戦略を実現に導こうと説いた。 また、現在の社内プロセスや学習・成長の指標と、将来の財務や顧客の指標とを時系列でバランスさせて仕組んでおく必要がある。 図9は、「~の仕組みを活かしてキー顧客層の信頼を得て、~の価値提供につなげることにより、ターゲット顧客の~に貢献する」 という共通目的に対して4つの観点の指標と目標値をバランスさせている。

9-2.戦略マップによる経営改革構造の共有化
 戦略の筋の通った論理構造をワンチャートで視覚化し、説得性を持たせたい。 そのために、メンバー自身の手で指標の因果関係を4つの観点に分けて図10のようにレイアウトした。 この戦略マップにより戦略の指標を視覚化し、メンバー自身が説明できるようにし、共感され易くした。

9-3.戦略目標の再設定
 図2.に示した当初の指標・目標値の他に、図11に示す指標を追加した。図11の指標は、プロセスの観点、学習・成長の観点の指標である。

9-4.戦略展開の仕組み
 戦略指標を重点施策展開の目標値として組織に展開し、モニタリング・コントロ-ルする仕組みを図12に示す。 指標と目標値を期初に確認し、期間・期末に評価することは以前からの方針管理の仕組みと同じである。 以前との違いは、期末において学習と成長、社内プロセスの観点の指標の達成度合いが顧客、財務の指標にどのように影響するかの考察がなされ、 顧客や財務の観点の結果指標に対する是正処置を手段系の指標で議論できるようになったことである。 図12は、このようなPDCAの管理のサイクルを回して目標値と実績とのギャップを是正する仕組みしくみである。 基本戦略を戦略展開したものに対し、半年ごとのマイルストーンを達成するための重点施策を立てる。 各重点施策の指標と目標値を財務、顧客、社内プロセス、学習・成長の観点にわけてバランスのとれた指標としてレイアウトする。 計画のコミットと実績のモニタリング・コントロールは組織階層を通じて行う。 目標値と実績とのギャップを是正する前向きな対処が戦略実現のために意味あるものにつながる。 8-3節、8-4節で述べた改革のための指標についても、自己変革施策、意識改革指標として学習・成長の観点の目標値として設定する。 各管理者は、改革テーマに対して上司との間で個別面談により自己変革・意識変革テーマと指標/目標値を約束し、期末の結果により人事評価につなげる施策をとった。 それにより、意識改革の実現を積極的に推進するしくみができた。







10.おわりに:ITCプロセスを適用したことによる成果
(1) 戦略の浸透効果:戦略策定、戦略情報化企画、コミュニケーションの各フェーズの原則に極力忠実に進めた。 ITCが進行をうまくリードしながら、情報を結集し、意思決定をしていった結果、比較的短期間に戦略が意志統合された。
(2) グループ会社の経営者のリーダーシップをモニタリング・コントロールするしくみができた。
(3) ビジネスモデルの絵、戦略マップによる戦略の視覚化と共通認識の促進ができた。
(4) 関与者全員への戦略浸透と管理指標の展開ができた。
(5) BSCによる重点施策の達成進捗/是正の仕組みが実行レベルになった。
(6) 意識変革の仕組みをBSCに織り込んだ。
  ITCプロセスの経営戦略策定フェーズ、戦略情報化フェーズでのITCとしての目標値は2月間で経営戦略を策定し、 関係者の同意を得て方針・施策として打ち出すことであり、ITCプロセスに沿って忠実に実行することにより、その目標を達成した。 IT/Sのメンバーはビジネスモデルの中のキープロセスをITにより実現することにより戦略実現に貢献することを自覚した。 顧客価値(顧客が商品を選択し契約を継続するための「顧客のつまずきポイントに対する解決策を提供する」という価値)を、顧客接点のキープロセスを大事にして提供し、 ITを有効に活かして指導員の記録をナレッジとして蓄積し、顧客接点を介して提供するという戦略により実現できる。 準拠という一律の商品を提供する事業から、顧客の学習ニーズに合う教材やサービスを提供する事業に転換していくというロジックの意志統合、仕組み、目標値ができたと認識した。


【用語解説】
  用語 解説
KPI Key Performance Indicator 重要業績評価指標。ITプロセスの実行状況を評価する尺度であり、どのレベルを達成すべきかを示す。
KGI Key Goal Indicator 重要達成目標指標。何を達成すべきかの評価指標であり、達成すべきゴールを示す。
BSC Balanced Score Card ロバート・キャプラン教授とデビット・ノートン氏が1990年代に提唱した戦略的経営管理コンセプトである。 ITビジネス活動でのモニタリング・コントロールではBSCの指標を使って行われる。 BSCの基本構成は、「財務の観点、顧客の観点、社内プロセスの観点、学習・成長の観点」の4つの観点で構成される。
CSF Critical Success Factor 重要成功要因。ITプロセスでは、目標達成のため資源投下を重点的にすべき最重要な成功要因である。
COBITの成熟度モデル Control Objectives for Interface and Related Technology 米国情報システム内部統制財団が作成した情報技術コントロール目標。 COBITの成熟度モデルはITプロセス管理の成熟度が現状どのレベルにあり、将来目標とする管理レベルを設定するために用いる。 成熟度を「存在しない」から「最適化された」(0~5)まで得点化する手法から構成される。
2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 POSデータを活用し地域1番店になった酒販店(J005)
事例報告者 土田 泰治 ITC認定番号 0012022001C
事例キーワード 〔業種〕酒販店
〔業務〕酒・食品販売
〔IT〕POSシステム

2.事例企業概要
事例企業・団体名 有限会社メガテン 企業概要調査時点 平成15年1月
URL http://www.mega-ten.com/
代表者 熊谷 仁志 業種・業態 酒販店
創業 平成6年7月 会社設立 平成6年7月
資本金 1000万円 年商 13億円 従業員数 18人
本社所在地 長野県飯田市
事業所 飯田市上郷店
下伊那郡松川町松川店
業界特性 酒業界は構造不況業界と呼ばれ、毎月のように倒産が発生している。
競合他社 2社あったが、当社に押されて元気がない
リード文  福祉関係のサラリーマンがまったくの経験のない小売業を始めるときから地域1番店になるまで、ベテランプロコンがどのようにリードしていったか

3.コーディネート内容概略
関与経緯  平成5年からコンサルティングを続けている。
事例対象期間
(執筆時点)
(平成15年1月執筆)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  ■情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  ■運用サービス・デリバリー
留意したこと  じっくりと何回も何回も繰り返していく。
主な成果 競合相手の店長や幹部社員が入社してきた。
NB(ナショナルブランド)メーカーと組むことができた。
全国に商友店ができた。
パッケージソフト情報  富士通のパッケージソフトを導入したが、業務に合わない部分はカスタマイズせず、アクセス・エクセルで外付け開発した。

【事例詳細】
1.経営とは意思決定也を地で行くスタートだった
 「河内屋さん、お酒って免許がなければ売れないのですか」・・・これは平成5年秋に商店経営指導センターが東京で開催した 「酒販店ゼミナール」の終了後に開かれた懇親会で、メインゲストの河内屋樋口社長(東京葛西に本店があり、当時は全国的な有名人)に対しての質問である。 質問者は60歳を過ぎているであろうと思われるご婦人であった。
 当時は酒のDS(ディスカウンター)が一世を風靡していて、この世の花であった。自分もこの花にあやかろうと、 酒ゼミがある事を聞きつけると必ず何人かの参加者がおいでだった。ほとんどが酒販店以外の方であった。 その訳は、酒販店の方ならば今から酒のDSを始めても「もう遅い」ことを知っているからである。このご婦人には連れがあって、聞くと弟さんである。 長野県の飯田市で郵便局長をしていたが定年で退職し、その後の身のふり方として酒販店を、と考えてゼミに参加したのであった。
 当センターの中にある「1億クラブ」の会員さんであったので翌月飯田市にお伺いした。
 私は開口一番「酒のDSは退職後の隠居商売では無理である」ことを伝えた。
手伝おうとしている姉の方にも「割れモノ・がさモノ・重いモノ」の三拍子で、とても年寄りのできる事ではないことを伝えた。 するとお二人とも、今サラリーマンをしているが辞めさせて、それぞれ次男を参加させると言い出したのである。その通りになった。 この4人の決断が、飯田地区20万商圏で1番店になる始まりだった。  経営とは意思決定である、と言われるが一番の決定者は河内屋さんに質問をした姉(熊谷加舟さん)であった。 その後も折に触れ決定的な意思決定をくだした。現社長熊谷仁志氏のご母堂である。(写真1)
(写真1)
2-1.小売業の成功は立地7割
 熊谷加舟さんは(有)飯田縫製という会社を経営しており、ワコールなどの下請け工場であった。この関係から一時婦人服店を経営しており、 小売りに関しては慣れがあり、理解も早かった。
 しかし、残りの3人は(熊谷仁志氏の夫人を加えると4人)商売は初めてであった。全くのシロウト、「あのー、ハチガケッて何ですか」などと聞いてくる。 説明に困ったりもした。
 まずはともあれ、熊谷さんが商売を始めたとすると競争相手になる店全部を見せてもらうことにした。立地と品揃えを見るためである。 全部の店に入って様子を探った。市役所に行って「都市計画図」を買い、店の位置をスポットし、幹線道路は重要度別に色分けした。 バイパスやトンネル、橋梁などなどについては計画段階なのか、 実施はいつ頃なのかできるだけ調べたりお願いして(地元政治家や役所へのコネなど)聞きまわってもらうことにした。
 小売業が成功する最大重要なものは「立地」である。自分が1番良い場所に出店することだ。
 次に行ったのは場所探しである。飯田市は河岸段丘で知られた街である。高段から低い段丘まで相当の高低差がある。ぐるぐる回って探し回った。 そうこうしているうちに、飯田縫製の工場跡に案内された。ここなら自分の物件だし、新規に買うなり借りるなりして出店するより有利になる。 立地としては良いが、工場の敷地が狭すぎる。しかし、国道から1本ずれているのが何よりも気に入った。 女性客が子供連れでも安心して買い物に来ることができる。場所的にも飯田市の「へそ」に当る。
 しかし、狭い。工場の隣接地には、元郵便局長の小池さんの家があった。向かいには熊谷さんの分家にあたる人の田圃があった。 ここでも極めて重要かつ容易な意思決定があった。
 小池さんの住居は取り壊して店の一部にする。熊谷さんの田圃は、借り受けて駐車場にする。 小池さんは自分の意思で決め、田圃は加舟社長の談判で押し捲って決めた。
 品揃え的には大丈夫である。偵察したときに、これなら勝てることを確信した。蔵や問屋を知っているし、自分が育成し成功した店は全国にたくさんある。 既にこの店たちで組織的に、PB品づくりや共同運営をしている。
 新規出店のオープンは4-5月か10月が良い。しかし、いろいろ検討したが翌年4-5月のオープンは無理である。7月に目標を定めた。 熊谷仁志氏には、修業のため短期間であるが住み込みで働きに行ってもらうことにした。 同様に、初めて酒販店の開店をし、その後繁盛店に成長した店が福島にあるので依頼して承諾を得た。 只働きながら、経験を積むのが1番だし、その後は一生つきあいが続く。

2-2.売れ筋情報の把握からスタート
 立地が決まると、あとは品揃えである。とりあえず日本酒については、初めから飯田一番の品揃えをすることにした。問題は仕入れ価格である。 酒の問屋には全国問屋と地方問屋がある。地方問屋では仕入れ条件を出せないことがほとんどである。しかし、地元は大切にしなければならない。 各問屋さんに集まってもらい、私は通告した、「少しくらい高くても取引はします、その代わりメーカー折衝は極力努力してください」。 と同時に「時々は全国の仲間と一緒に交渉したものについては仕入れます」。 細かい品揃えについては、小回りの聞く地方問屋から仕入れ、特売品や利益の取れるPBなどは独自のルートから仕入れる。
 ここまで決まっていくと、後は販売データをどう集めるかにかかってくる。 なるべくたくさんのアイテムを揃えて、お客さんに選択の機会をたくさん持ってもらいたい。
しかし、輸入ウイスキー・ブランデー・ワインなどはうっかりすると、死に筋在庫の山になってしまう。 特に今回のように初めて商売する人たちに難しいことは無理である。その代わり、売れている物の把握をしっかりすることのみからやることにした。

2-3.初代POS「商艦やまと」は簡易言語でつくられた
 当時70~80坪くらいの酒や食品店でPOSを導入すると、 レジが2~3台とコンピュータ・周辺機器などのハード・ソフト併せて1300万円から1500万円していた。 そして、そのリース代は、多くの場合経営を圧迫していた。酒DSの場合は粗利益率が低いので、年商の1%くらいしかITに予算は振れない。 しかし、これに合うPOSシステムを提供してくれるITメーカーやベンダーはどんなに探してもいなかった。
 最後に私は自分でやることにした。SEやプログラマーの経験はゼロであるが、簡易言語で経営帳票をプログラム化していたことと、 プロコンとして酒販店の経営指導には相当の実績があったので思いついた。 用いた簡易言語はリコーの「マイツール」である。そしてただ1社のレジメーカーさんのみレジデータの公開をしてくれたので、 POSデータをマイツールで処理できるようにトランザクションファイルとして落とし込むよう改造をしてもらった。そこからは私の仕事である。 目標は現行価格の1300~1500万円の半分である。結果、レジ2台使用店は700万円位であがった。その代わり欠点もあった。 予算の関係で、レジとPCを直結できなくてFD渡しにしたことであった。 稼動し始めて解った事なのであるが、店主の中にはFDをPCに取り込むことを忘れたり・しなかったりするのである。 ひまなうちはやるが、商品が売れ出すとレジデータ取り込みに段々と時間がかかってくたびれるためである。 当時のPCは300万円くらい売れた日のデータをPCに取り込むのに30分はかかったのである。積んで溜めているうちに壊れてしまうFDも出てくる。 データがデータでなくなるのである。ひどい場合は、信用できるデータはレジの清算テープになってしまう。これではただの少し便利なレジ。 悔やんでも遅い。私としては元の半分も回収しないうちに諦めざるを得なくなった。 しかし、メガテンの熊谷仁志氏とつき合っている内に、氏の真面目さと、取り組み始めたことはやり遂げないと気がすまない性格を知って、 「商艦やまとPOS」を薦める気になった。プログラムは全部公開なので、少し勉強すれば自分でカスタマイズが可能になる。 (事実、大阪の寝屋川市で自由自在に自店用に改造した店があった)

2-4.商艦やまとのMENUの一部を紹介
 商艦やまとのメニューは大きく4つに分かれている。1.販売管理 2.発注・仕入れ管理 3.在庫管理 4.経営・財務管理である。(図1)


2-4-1.販売管理
 一日の商売が終わるとレジは清算される。そのときスキャンデータはFDに落とされる。 FDをパソコンに差し込むと、スキャンデータはマイツールで処理・加工される形でDAYファイルと言う1日限りのファイルに取り込まれる。 DAYファイルは部門別売上日報などの帳票作成のため使用された後、決算期までの期間1年間、トランデータファイルURIという累積ファイルに転記されていく。 販売管理用の帳票は7つあるが、一番実務に使えたのは「SKU別売上ベスト100」であった。 しかし問題があった。日本酒の場合、遮光紙にくるんであったりするとソースマークされたJANコードを読み取ることができないので、 自社コードを貼り付けることになる。糊を強くしても貼り付けたものははがれる。 そんな商品をお客さんがレジに持ってきたときや、忙しくてお客さんがレジにならんでいる時など、仕方なしにその商品は部門の手打になってしまう。 「地酒が1本売れました」だけとなり、単品データが消えてしまうのである。 ラベルのバーコード部分の汚れ、レジの面倒くさがり、マスター登録の手抜きなどなどで部門の手打がなくならないのだ。 単品別の数量や粗利益などは信用がなくなってしまう。 かくして、多少の違いがあっても地酒の売上ベスト100が出力できるので、仕入れや販売促進には使えた。

2-4-2.発注・仕入管理
 SKU(単品)管理帳票には、最低在庫量が入力されているので、自働発注一覧表が作成される。 発注数量はマニュアルで入力されるが、原則としてこの1ライティングしかしない。人間の手入力は一番ミスがあるから、その防止のためである。 発注品が納品されると数量のチェックを行い、そのまま仕入れデータになる。零細企業でできる最低のEDIのつもりであった。

2-4-3.「商艦やまと」を含むIT導入の課題
 早稲田大学のシステム科学研究所の教える、「ゼネラリストとしてのシステム設計」の自習と通いのゼミ・泊り込みゼミは受けてはいるが、 これだけではITベンダーには対抗できなかった。
 「商艦やまと」を開発する前は、プロコンとしてお手伝いしている企業のIT化に何度が立ち会ったことがある。 ここで1番問題になったのは、ITベンダーの営業マンのタチの悪さであった。くちから出まかせもあり、ソリューションの代金のことにはふれず 「それやれます」など簡単にいってのけたりするのである。神戸ではある有名会社が、シロウト相手にオフコンの売りっぱなしをしていた。 筆者の教え子であった。
 ユーザーも似たようなもので、頻繁なシステム変更を平気でしてきて、代金を請求されて怒り出す。最後には若いSEがキレて「それ以上要求するなら、 ボク辞めます」と本当に会社を辞めてしまい、そのあとそのオフコンは白い布を掛けられて、続くのはファイナンス・リース。
 初期の食品POSを導入した、中小企業のSM経営者たちのほとんどは、まったく使いこなせないまま、 「コンピュータきらい」になっているのではないかと思われる。 ただ、POSレジでないと不便なので、この人たちはただスキャンすれば良い、便利なレジとして使っている。
 ITとは、導入する側の「心構えの改善」と「仕事の改革」が成功してからの導入でないとほとんど失敗すると思う。 (この部分を話し出すと本1冊でも足りなくなりますので省略します)
 (1)真面目に棚卸をしないので、粗利益が信用できない。
 (2)インストアマーキングのラベルの設計と糊の強さ・弱さに問題があった。
 (3)自分でカスタマイズできるので、結果的に壊してしまう。その機能を使わなくなる。
 (4)酒業界独自の商習慣があり、システム処理ができなくなる。
 (5)日本的な商習慣も同様。(特にこれはSCMがほとんど成功していない本当の理由かも)

3.2代目のPOSはカスタマイズをしなかった
 メガテンは順調に売上を伸ばし、開店の翌年には数量べースで飯田市1番になった。
その後もじりじり売上を伸ばし続けた。2番店の出店も視野に入ってきた。1日の売上が500万円を超える日も多くなってきた。 「商艦やまと」の限界がやってきた。熊谷社長から相談されたとき、2つのことが頭をよぎった。
 早大のシステム科学研究所が外部の研修者を対象とした合宿ゼミを受けたとき、 主任教授から「システム屋は自分の作ったシステムを捨てなければならない」と教わったことがある。 診断事例だが、自分で作ったソフトに愛着があるため、未だにカタカナ出力の帳票を捨てられなく使っている御殿場の店主を思い出した。
 新システム導入に積極的に賛成した。導入したPOSシステムは富士通のパッケージソフトTeamPOS5000/TeamPOS4000だった。 機能として使える部分のみ使い、カスタマイズは一切しないことにした。カスタマイズするから、いつまでたっても動かないし、どんどん費用も増していく。 必要な、欲しい機能は別に造ることにした。POSデータを「MS-Access」で加工するようにして約20帳票、さらに「MS-EXCEL」でもつくった。 この費用はしめて122万円であった。支店にはこの半分で済む。一部を紹介する。(写真2)
(写真2)

3-1.売上日報・月報
 これは日報というより月単位での推移や構成を見ていく。画面で見るだけにし、印刷してファイル化はしないほうが良いが、何故かそうしない店が多い。 その他詳細は省略。(図2)

                           図2 売上日報・月報


3-2.売上ベスト200
 部門というグループ毎に売れ筋ベストアイテムが解る。ベスト200としているが、ベスト50にすることもできるしベスト500にすることもできる。 帳票出力のときの範囲指定は自由なため、重要度合いによって決めるが、それは季節によって異なる。帳票列の最終にランクが出ている。 私はメガテンさんに行って、この帳票片手に売り場に立つとき、繰り返し言うことがいくつかある。 Aランク商品は「毎日目で見る管理」が必要であることを強く言う。B・Cアイテムはコンピュータに任した方が正しいことが多い。 (これはある上場企業の専務さんとお話をしたとき、「いただき」ました。)膨大なアイテム数になるB・C品はとても人間の頭で管理できるものではない。 人間のする棚卸より、システムの行う論理棚卸の方が正しいことが多いという経験学であった。
 目で見る管理ではしてはいけないことがある。写真3は1個だけ残ったサクランボである。
このサクランボは限界客しか買わない。限界客とは、よその店にはもう売り切れていてここにしかない・なにが何でもサクランボが欲しい、お客さんである。 SKUとはここでの場合、ストック・キーピング・ユニット、最低陳列量のことである。SKUぎれとは、いわゆる「売れ残し感」を出してしまうことである。 このサクランボは一度バックヤードに下げて、次の入荷まで売り場に出さないか、SKU切れになったとき、値下げをして完売しなければならない。 人間誰でも自分が大事、その大事な人に「売れ残し」を「買わせるのか」と思わしてはいけないのだ。
 写真4は月桂冠の上撰が品切れをおこしている。売れ筋は品切れしてはいけないが、やむを得ず切れたときは必ず品切れ札を出し、 つぎの入荷見通しを案内しなければ、お客さんは別の店に行ってしまうかもしれないのだ。
 最後のとどめに、商品ロスには大きく4つある。値下げロス・汚破損ロス・万引きロス・チャンス・ロスであり、 初めから3つのロスは店長以下販売員には仕方なく出すこともあろうが、最後のチャンスロスは「販売員の恥である」ことを強く言う。
(写真3)
(写真4)

 この他、グループ毎のベスト10アイテムを知っているかどうかを店長に聞くことも多いし、その売り場に案内してもらって、実際に手にとって見せてもらう。 また、販売員たちにも同様の指導をするように店長にお願いもすることにしている。
 販売データには数々あるが、私はこのデータを一番重要視している。 日本で超有名な酒販店さんの常務さんも常時手元において見ているのは、このベストアイテムと同様な帳票だけと聞いたことがある。(図3)

                         図3 売上ベスト200


3-3.売上・客数Zチャート
 今までの帳票の数値は全部本番データである。全体のデータではなく一部のものだから掲載した。しかし、この帳票からは全体がわかってしまう。 帳票名と票頭の項目を削除して掲載した。(図4)

                   図4 売上・客数Zチャート


 さらにメガテンでは(有)メガテンのほかにもう1社酒販店を経営している。当然ながら決算日が違う。それをまとめたのがこの表である。 表頭の項目は、左から年月・売上高・売上高累計・12ヶ月移動累計・客数・客数累計・12ヶ月移動累計・客単価である。
 メガテンのこのチャートまでの年別売上高は以下のとおりである。(図5)



 売上の12ヶ月移動累計の数値を見ると14年1月にピークを迎え、その後徐々に落ちはじめているが、対策として支店の移転・増床と本店の増床をしている。 この効果は11月からあがり始め、平成15年中には元以上に回復する予定である。
 (1)景気不安による買い控えやデフレ
 (2)酒販免許緩和による売り場面積の増大がもたらす新規の競争発生
 (3)ビールの発泡酒への切り替え
この3項目が売上低下の主な原因である。
また、客単価も低下してきている。新規の免許がSMやコンビニにおりると、これらの店はビールのケース売りをあまり好まない。 バラ売りや6缶パック売りが主力になる。
 この購買パターンが影響するのとビールの発泡酒への切り替えが客単価低下の主な原因であろう。しかし、将来楽しみなデータもある。 それは客数の12ヶ月移動累計の数値が一貫して増えつづけていることである。経営コンサルの方針としては、売上の伸びよりも客数の伸びを重視する 「客数主義」を採っている。お客さんさえ来てくれれば、必ず追いかけて売上が伸びてくる。経験則であるが、鉄則としてもらっている。

3-4.データ訂正
 POSシステムを正しく稼動させるためには、商品マスターのメンテナンスが欠かせないが、やはり人間はミスをしてしまう。 入力ミスや入力そのものを忘れたり・省いたりする。レジの手打と同様、どんなPOSシステムでもこの2つは解決できない。 しかし、なるべく訂正措置はとらなければならない。
 そこでEXCELで作成されたのが図6のデータ訂正である。

                     図6 データ訂正


 一日が終わりレジの清算を済ましたあと、本日の売上データの中から粗利益が50%以上のもの、5%以下のもの、マイナスのものをサーチする。 要するに、ありえないと考えられる数値を探し出して、平均的な粗利益に訂正してしまうのである。もちろんその後は商品マスターの点検を行う。 これを毎日繰り返している。

4.投資効果測定
 平成14年1月、決算事務を行った税理士さんに会った。税理士さんは「今飯田市にある企業の80%は赤字だと思うが、 それに比べるとメガテンさんは立派だ、しっかりと経常利益を出しています」と言った。
 当社は3店舗あって当期の売上は13億1千万円ほど。POSシステムのリース料は年間1008万円である。損益計算的には年商の1%以下なので合格である。
 メガテンは2社あって、当然だがそれぞれに決算をしている。創業当時からPOSシステムを導入しているので、導入以前との比較はできない。 そこで決算を連結させて、経営数値を調べてみた。
 (1)労働生産性、一人あたりの粗利益額は8696千円
 (2)坪効率、1坪あたりの年間売上高は9546千円
 (3)商品回転率、17.3回
 (4)一人あたりの年間売上高は58335千円
 このどれもが一般の酒販店と比べたら目が飛び出るほど、それこそメガ-テンになってしまうくらい良い数値である。 全国に散在する優秀な酒DSと比べてみると、労働生産性と坪効率は優れていると思われる。商品回転率と一人当りの売上高は少し悪いようだ。 しかし、飯田は陸の孤島的な立地だから、商品回転率は買い置きの商品やロット買いのPB(プライベートブランド)商品があるためなので合格である。 いまやPOSは必須道具なので、ことさら投資効果をうんぬんするようなことではないが、 ネット販売やFSP(フリークエント・ショッパー・プログラム=メガテンの売上の70-80%は2-3割のお客さんがあげている。 このお客さんを大切に囲い込んでいこうとする方法)、ワン・ツー・ワンマーケティングなど、戦略的に取り組む場合は投資的に考えなければならない。
 日本の場合、IT投資を損益計算書で捉えてしまい、費用的に年商の1%以下などと考えるのが普通である。 これに対してアメリカは何故日本より早く・優れてIT大国になったのかを考えると、それは貸借対照表つまり投資項目と考えて、 シミュレーションで投資効果をしっかり計算し、必要なら年商の2%や3%も果敢に投資したのが原因である。
 ワン・ツー・ワンマーケティングは必需的に捕らえることである。そのためには、現在のPOSシステムにカード・システムを外付けすることである。 また、このソフトウエアは商友さんが既に開発済みなので、当社システムと合体して新パッケージにすることも考えて欲しい。
 最後にPOSを導入していることで、導入をしていない場合と比べて有利な点があることである。 それはレジ教育をしなくても、簡単なレクチュアーをするだけで、すぐにチェッカーがつとまることである。

5.ビジュアル・運用・モニタリング
 「店は見せる」である。入り易く・回り易く・取り易く・戻し易く、そして今の季節と肌で感じられる1ヵ月後の季節が表現されていなければならない。 この故に、節の見出しにビジュアルを付け加えた。
(写真5)
(写真6)
(写真7)
(写真8)

 ビジュアルとしてのモニタリング例は写真3と4である。 ここではビジュアルな運用例を示すことにする。写真5は入店するとフロントエンド1本奥に清酒の島陳列があり、POPがついている。 こういうのを「エスプリPOP」と言う。お客さんの心理をくすぐるからエスプリと言う。 このPOPを見て怒る人はいない、逆に「ニャッ」とさせる。ニャッとしたついでに手が伸びて1本取ってくれるかもしれない。 POPの両脇にはキリンの「1番絞り」がTVコマーシャルで使っていた「旨い」の表現を「パクッて」いる。 とにかくすぐに目に入るし、これを可視率と言って、高ければ高いほど売れていくのである。 店は売れて「何ぼ」である。店長が偉いのではなく、売る人が偉いのである。
 写真6の売り場も「見せている」。お客さんの目線に合わせた陳列をしている。珍味は利益商品であることが多く、メガテンもしっかり売っている。 12月になると、ガイドにSカンをたくさんつけてスルメを売る。このように「ガーン」と迫ってくるような陳列をしなければならない。
 写真7は宝のレジェンドの量り売りである。メガテンではこの他にも焼酎甲の量り売り、清酒の量り売りをしている。 写真にもある通り「全国初」である。では何故? NB(ナショナルブランド)である「宝」さんがメガテンで初売りをしたのであろうか。 理由の1つはテストマーケティングであろう。飯田地区は南信州にあたり、長野市と名古屋市の間にポツンとある20万人の閉鎖商圏である。 この20万人を母集団として統計をとるためにメガテンで始めたのに違いない。 松川店で行っていた量り売りの成績が良いのでメガテンを選んだという理由もあろう。 しかし、メーカーにとってメガテンを選んだ理由の最大なものは、この商圏でメガテンと組めればあとはいいのである。 他の酒販店にもちかけなくても、自社の製品は商圏内にいきわたるからである。それほどメガテンは成長したと言える。 また、そうならなくては一人前の企業家とはい言えまい。
 写真8はメガテンの社長熊谷仁志氏である。温厚な人柄に見えると思う。また、素直な方でもあり、研究熱心でもある。 家庭で楽しめるビール・サーバーの開発をしたこともある。お客さんが安い生ビールを家庭で飲めるように冷蔵庫の中にサーバーを入れる試作品を開発した。
 筆者としては、熊会社長に絶対的に伝えたのは「店はお客のためにある」である。 この一言でジャスコの岡田氏もイトーヨーカドーの鈴木氏もユニーの西川氏も理解してくれる小売業の経営理念と哲学である。 値入MIXの仕方・チラシの打ち方・接客の仕方・サービスレベルなどなど、良く理解してくれた。実行してくれた。 この一連の活動が地域一番店に導いたのである。
 メガテンが創業する前には既に同様な業態店が2社あり、その後アピタなどの大手が1万平米を超える出店が続き、 また名古屋で有名なディスカウンターの出店もあり、酒販店の売り場面積は大きく増えた。 その中で一貫して売上を伸ばし続け、ゼロサムに負けた競合店2社からは、店長経験者や幹部社員のメガテンへの入社が続いた。 ITというデジタル機器を道具として使い、一方人徳というアナログが一体となって成功したケーススタディと言ってよいであろう。
 成功要因で、この他忘れてならないのは、企業というものは最終意思決定者がきちっと決まっていなければならないと言うこと。 これを摩擦をも恐れずに貫いたことである。小池元郵便局長は、会長職についたが今は退職している。 もめたわけではないが、この点のけじめを守った結果こうなったのである。「いつか解ってくれる」と言っていた。
 人を信じて任すことは任す、これも成功要因にいれて良いだろう。よくある事だが、オーナーとしてレジや金庫を人に任せられない人がいる。 仕入れは全部自分で抑え、部下には秘密にしておく人もいる。組織を知らないのだから仕方ないが、商店主にはこんな方がいるのだ。
2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 小規模事業者の特性に合わせたITコーディネート
事例報告者 太田垣博嗣 ITC認定番号 0038332004C
事例キーワード 〔業種〕卸業
〔業務〕販売管理
〔IT〕ASP

2.事例企業概要
事例企業・団体名 神戸商事株式会社 企業概要調査時点 2004年 6月
URL 無し
代表者   業種・業態 服飾アクセサリ卸
創業 昭和26年 会社設立    年   月
資本金 3000万円 年商 6億円 従業員数 約20人
本社所在地 神戸
事業所 神戸、大阪、東京
業界特性 中国・東南アジア製品の流入
競合他社 小規模事業者のため、不明
リード文 ITC Conference 2004で発表された事例。経営改革・IT化事例ではなく、ITコーディネートの推進方法に関する事例。

3.コーディネート内容概略
関与経緯 ITコーディネータ同士の勉強会から派生した企業訪問による。
事例対象期間
(執筆時点)
2003年10月 ~ 2004年6月 (2004年6月)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 ■基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  ■情報化資源調達
■情報システム開発・テスト・導入  ■運用サービス・デリバリー
留意したこと 対象企業のITに対する理解やスピード感およびITコーディネートに対する理解の深度に合わせて進めることに留意した。
主な成果 ITコーディネートプロセスの適用方法のひとつとして、「検証ユニット」を用いた方法論を用い、無理なくASP型の業務管理に移行したこと。
パッケージソフト情報

エムトーン社のASPサービスをカスタマイズして導入。
(販売管理、在庫管理、経理等)
 


【事例詳細】

この事例は、ITC Conference 2004にて活動事例報告として発表した内容に加筆し、文章にまとめなおしたものであり、いわゆる経営改革やIT化事例とは少々異なることをご了解いただきたい。

1 要旨

ITコーディネータがその行動規範としているITCプロセスガイドラインは、いくつかの理由からそのままでは従業員数数名等の小規模事業者には適用しにくい。そこで、短期間で成果を出してゆく「検証ユニット型」という実施方法を考案し、コーディネート現場に活用したところ良い成果が出た。

本事例では、ITコーディネータ(筆者)は小規模事業者と地場システムベンダー、地場コミュニティの関係や特性を活かし、地場システムベンダーの後ろ盾として行動した。

小規模事業者すなわちスモールカンパニーをITによって活性化するには、(1)IT化推進の共通言語としてITCプロセスガイドラインのフレームワークを柔軟に活用し、(2)地場企業の人的結びつきに着目し、(3)地域振興につながるIT化を意識すべきである。そして、地場のコミュニティがITコーディネータ等と共に信頼できる地場システムベンダーを見極めて、地方の成功例をその地方で育て、「ローカルスタンダード」を育成することが重要である。

『地域コミュニティのニーズに対応できる体制づくりをすすめることにより、日本の80%以上を占めるスモールカンパニー支援のスタンダードになり得るのではないか』という感触を本事例の実践を通して得ることができた。

2 地場システムベンダーとの出会い

本事例は、ITコーディネートを必要としている企業からの依頼ではなく、小さなシステムベンダー(この会社自体も小規模事業者)からの依頼から始まった。

このシステムベンダーの社長は、地場のユーザー企業にASP等のシステムサービスを提供する事業を行っており、ITコーディネート制度についても明るく、かなり勉強していたが、顧客事業とのコミュニケーションやプロジェクト推進等いくつかの悩みを抱えていた。ITCのプロセスガイドラインをシステムベンダーの立場やITコーディネータの立場で実践しようとしても、なかなか小規模事業者の実態と合わないという。

このシステムベンダーの顧客企業の多くは、従業員数、数名から数十名の会社、いわゆる「小規模事業者」であり、こうした顧客企業ではシステム部等はもちろん存在せず、「社内改革プロジェクト」なるものも構成できる状態ではない。

プロジェクトを開始するにあたり、システムベンダー社長と筆者は議論を重ね、最終的にひとつの考えで合意するに至った。すなわち、ITコーディネータの使命のひとつは、「中小企業の正しいIT化促進」ではないか。ならば、中小企業の80%を占める小規模事業者に適用できるITCプロセスを考えることが重要なのではないか、ということである。そして、「小規模事業者対応」という視点から、現実とITCプロセスガイドラインとのギャップを分析し、それを克服するための仮説を立て、ユーザー企業で実践してみようということになった。

3 神戸商事

今回事例として取り上げた神戸商事は、神戸に本社を持ち、大阪・東京に支店を持つ服飾アクセサリー(ハトメ・ホック・バックル等)の卸業を営む、従業員数約20名の典型的な小規模事業者である。

第二次世界大戦後に起業し、高度経済成長期を通じ、業容が拡大したこともあったが、近年では長期に渡る業界の構造不況、中国・東南アジア製品の台頭、そして1995年の阪神淡路大震災によって、長田区にある会社自体は幸い大災害を逃れたものの、数ヶ月に及ぶ実質的な業務停止状態となり、経営上大きな打撃を被っていた。

このような中、当然IT化投資には多額の資金を割くことも出来ず下手をすれば悪循環に陥るところまできていた。

この会社は従来、神戸、大阪、東京でバラバラに、伝票発行機やスタンドアロン型の販売管理パッケージなどを導入使用していたが、事あるごとにバージョンアップやハードウェアの買換え等が必要と言われ、データのバックアップ等にも不安を抱えていた。特に2000年問題の時には、震災復興もままならない時期にシステム維持のためだけに多大な出費を必要とし、大変苦しかった。そして何よりも操作が難しかったため、操作が得意な若い従業員だけしか操作できず、その従業員が風邪等で休んでしまうと大変であった。

あるとき、神戸商事の副社長が知り合いの社長から、「便利なソフトを作ってくれる会社が地元にある」という紹介を受けた。それが、前述した地場のシステムベンダーであった。

 

4 小規模事業者から見たITの認識とITコーディネートに対する不満

さて、筆者はこのような背景の中で神戸商事のIT改革に間接的に取り組むことが決まり、前述したように「神戸商事だけの特殊な業務改革モデルではなく、もっと小規模事業者全般に効果のあるモデル設定を考えよう」という話になった。

そこで、地場システムベンダー社長と筆者の間で何度か打合せを行い、おおよそ以下のような共通認識を得るに至った。

まず小規模事業者は、中小企業の中でも更に限られた人的資源の中で厳しい経営を強いられている。これらの企業は、

(1)地域コミュニティとの強い結びつき(ベンダーは紹介で決まりやすい)

(2)時間や予算の厳しい制約(数ヶ月で効果が求められる)

(3)意思決定権者による素早い決定(社長家族や永年勤続社員等の意向も強い)

等の特色を持つ。そのため、こうした文脈を無視した提案やIT化は致命的であり、逆にこうした特性を生かした情報化推進が成功の鍵を握っている。

ここでITコーディネータが行動規範としているITCプロセスガイドライン(この時点ではベータ版)を振り返ってみる。このプロセスガイドラインはいわば「器」であるため、当然上記のような小規模事業者の特性を意図した文脈は含まれていない。ITコーディネータ各人の力量によって、小規模事業者と打合せをする中で把握して行かなければならない。

従って、真正直にITCプロセスガイドラインを適用しようとすると様々な障害が発生し、なかなかうまく行かないケースが多い。例えば、彼ら小規模事業者のITコーディネートに対する不満は以下のようなところにある。

(1)ITコーディネート作業にかかるコストの相場観がわからず不安である。

(2)コンサルタントやITコーディネータの言葉は専門用語が多くて難しく、馬鹿にされているように感じることがある。

(3)システムの総額が100万円を超えると、「資金繰りの苦しさ知っているのか」、と言いたくなる。会社の規模も見ず、500万円、1000万円のシステムを検討し始める人がいる。

(4)打合せ相手が多すぎ(ハード屋、ソフト屋、ネット屋、ホームページ屋‥‥他)、それぞれに自分のような素人が説明するために、わけがわからなくなる。

(5)高尚な理論や理屈よりも、目に見える成果を数ヶ月ですぐに出して欲しい。

(6)システム会社やコンサルタントは、契約を交わすまでの、はじめの頃は調子が良く、顔を見せてくれるが、一旦契約が決まり、システムが納品されてしまうと何度も足を運んでくれる会社は少ない。

 

5 ITコーディネータから見た小規模事業者のITコーディネートに対する課題

一方、ITコーディネータの立場で考えた場合にも、プロセスガイドラインをそのまま適用しにくい要因がいくつかある。

(1)眼前の課題解決を強く求められているにもかかわらず、プロセスが長い。順調に進んでもシステムのサービスインまで1年かかる。

(2)各種企画書、DFD等の専門的な成果物は、ITコーディネータの作業の労苦ほどには、小規模事業者には期待されておらず、読まれないし、理解もされない。すなわち、これでは報酬を取れない。

(3)小規模事業者の現実のシステム導入では、システムベンダー1社丸抱えというケースは稀で、むしろ複数のIT業者(通信業者、システム会社、ハードベンダー等)のコラボレーションが必要なケースが多いが、その部分のガイドラインがなく、各々にすべて深く精通しているわけでは無いITコーディネータひとりではプロジェクトをコントロールしにくい。

(4)コーディネート作業に対する報酬に関するガイドラインがなく、肝心の契約時に、他と比較する術を持たない経営者が不信感を抱きやすい。

すなわち、ITCプロセスガイドラインは、あくまでガイドラインであり、弾力的な運用が望まれる。ITコーディネータの技量に頼る部分も多分にあるだろうが、会社や団体組織の規模、業種により、実例を通した継続的なバリエーションやパターンの研究促進が今後更に望まれる。特に小規模事業者に対しては、その特性を理解して運用する必要がある。

6 小規模事業者のITコーディネートを支援する場合の留意点

地場システムベンダー社長からは、小規模事業者を顧客にする場合に特有の過去の様々な苦い経験をヒアリングし、そこからいくつかの留意点を抽出した。これが神戸商事のITコーディネートを行う場合の生きた経験則として活用されることになった。

小規模事業者のITコーディネートを支援する場合の留意点を以下に示す。

(1)金銭面

1 机上理論を最小限にとどめ、常に実績や成果を感じられるように

2 投資効果を数ヶ月以内に確認できるように

3 資金繰り、初期投資軽減には十分に配慮する

(2)組織面

1 社長には細かい分析資料より、社員に語れる強力なキャッチコピーを

2 事業計画や方針は頭の中。近傍の有力者の意見で趣意替えする可能性もある

3 社長も手を焼く旧守派の存在には気を使おう

(3)現場対応

1 伝票管理など、あたりまえの作業徹底に問題解決のヒントあり

2 ノウハウを押し付けるのでは無く、共に体験し、改善する喜びを分かち合う

3 現場の反発(例外探し、不服従)を軽視せず早めに対処

小規模事業者は社員数が少ないぶん、それぞれの社員の発言力も強く、実に大変である。しかし小規模だからこそ、まだ改善の余地があり、一致団結してIT化を推進したときには激変する可能性を秘めている。だからこそ、ITコーディネータには、経営者といっしょになって汗をかく覚悟が必要である。

 

7 地場システムベンダーの裏方としてのITコーディネータ

ここまでの話でお分かりのように、今回の事例では、筆者(=ITコーディネータ)は、神戸商事と直接打合せをすることは少ない。地場システムベンダーと直接打合せをすることが多かった。先に、「ITコーディネータには、経営者といっしょになって汗をかく覚悟が必要である」と書いたが、これと矛盾するとも言えよう。

神戸商事のスタンスは極めて明白であった。曰く「ITは良くわからないから、とにかく一番いい方法でやって欲しい」。悪く言えば丸投げであるのだが、ITに関して詳しく勉強いただく時間が無いことも確かであり、致し方ないとも言える。それよりも、地場コミュニティの紹介によって繋がった地場システムベンダーとの信頼関係の強固さに感心した。

そしてなにより、地場システムベンダーは「神戸商事の事実上のシステム部門」としての気概で事業経営していることが何度かの打合せを通じ確認できた。そこで今回は、「ITと経営の橋渡し」というよりは、「事実上のシステム部門としてのシステムベンダー」と、経営との橋渡しの形を取った。

今回の事例では、経営者といっしょになって汗をかいたのは、ITコーディネータ制度の知識があった地場システムベンダーであり、筆者自身は主としてシステムベンダーの裏方や知恵袋として動き、時折神戸商事を訪問して全体の流れがIT中心にならないようにバランスを取った。

 

8 望ましいスモールカンパニー向けプロセス

先に示した小規模事業者(すなわちスモールカンパニー)の特性にフィットしたITCプロセスはどのようなものであるべきだろうか。細かい検討事項は数多く考えられるが、以下に示す3つのポイントが欠くべからざる最重要ポイントであると考えられる。

(1)小回りが利くものであるべき

小回りが利き、思いついたら(リスクを理解して)すぐに行動に移す。それがスモールカンパニーの良いところ。ITCプロセスがその良さを殺してはいけない。

(2)小さな投資と小さな成功から始めるべき

机上の空論にはお金を払わない。開発ベンダーにもリスクがある。小さな成功をコツコツ積み重ねる方法が向いている。

(3)ハードルが高い「戦略明確化」の扱いを考慮すべき

経営者と共に経営戦略立案、戦略情報化企画を立案するには相応の時間がかかる。中堅企業以上の手間と時間がかかる場合も多い。しかし、ここで時間を掛けて足踏みをしていると、経営者はイライラし、ITコーディネータへの信頼を落してしまう危険性がある。

従って、はじめは軽く、速く、安く、簡単なところから手を付けてゆくことが望ましい。そして、数ヶ月でコストに見合う成果がすぐに見えることが肝心である。

この方法から推論すると、時にはかなり粗治療が必要になる場合もある。例えるなら、事故現場で麻酔もかけずに開腹手術を行うような荒っぽい手法が必要となる場合もあるということである。たとえば、経営戦略もはっきりしていないときに、システムを入れてしまうケースもありうる。むしろ、システムを入れて初めて経営者がそれまでの経営戦略の甘さに気づくことも多い。たとえば在庫管理や入出金伝票など、足元の情報管理をしっかりやる必要性に気がつくのである。教科書的なITCプロセスからは逸脱することもあるが、これで救われる命はけっこう多い。

9 検証ユニット型ITCプロセス

上記の問題点を克服しながらなおかつ小規模事業者にフィットしたITCプロセスとして、「検証ユニット型のITCプロセス」を提言する。(本項は、ITCのプロセスガイドラインの内容を知っている方向けの記述となっている。)

この「検証ユニット型のITCプロセス」は、ITCプロセス4フェーズを簡略化して数ヶ月で1回転させる「検証ユニット」という単位を設け、大きな作業プロセスの流れのなかで、これを数回転させるというものである。

通常のITCプロセスガイドラインは、左図のようなフレームワークで構成されており、このフレームが最低でも半年程度、長くて数年のスパンで推進されることとなる。

しかしながら、これでは小規模事業者は疲れ果ててしまう。そこでこれを改良し、以下に示すように、大きなITCプロセスのフレームワーク中に「検証ユニット」という区切りを設け、短期間に評価ができるような体制にする。

 

検証ユニットは、下図に示すように小さなローリングサイクルから構成されている。このサイクルが数週間から数ヶ月という短い期間で回転することが重要である。たとえばそれは運用サービス・デリバリーから始まることもあれば、情報システム開発から始まることもある。

なぜそのようなことが起こるかというと、ITコーディネータがなんらかのプロジェクトに参画する場合、そのプロジェクトは途中まで進んでいることが多いからである。たとえば、場合によってはすぐにウィルス対策ソフトを導入したり、ホームページを閉鎖したりする必要がある。

 

 

あるいは、変な方向に進んでいる情報化資源調達を一旦保留にしながら、眼前の課題を解決しなければならない場合もある(例えば内税方式への表示変更等)。

従って、左図では回転する車輪の如く記述しているが、現実には参画当初の最初の回転は、この順序さえ変わってしまう場合もある。たとえば、とにかくありあわせのサービスで運用デリバリーを行って、必要最小限の手当てをした後、すこし余裕を持ってカスタマイズを行い、そこからゆっくりパソコン等の調達を検討し、その作業を通じて、どこに向かって進めばよいかという意識共有を経営者と行ってゆく場合などがある。

 

また、この検証ユニットは、闇雲にITコーディネータの都合で設定すべきものではない。あくまでも思考の中心に事業者を置くことを心がける必要がある。

 

左に示したのは、ユニット分けをする際の注意ポイントである。小規模事業者では、事業者自身の意識改革が次なるIT化推進の最も大きな原動力になる。また、事業者自身がユニットを順々に経験し、成功体験を獲得してゆく中で、ある程度モニタリングできるようになってくるので、もしもプロジェクトが途中で立ち止まることがあるとしても、そのリスクを受け入れる素地が出来上がっていること、あるいは受け入れられる程度のものに抑制できるようになることが最重要となる。

実際、小規模事業者にとってIT投資は非常に大きな賭けである。税理士に毎月支払う顧問料でさえ、大きな負担に感じている小規模事業者が多い。「センセイ」と呼ぶ人にお金を払う余裕は本当に少ない。

そんな中でIT化投資は、大きなリスクである。従って、必ずリスクを受け入れることが出来る単位のIT化でなければならないのである。たとえITによって非常に良い解決策が見つかったとしても、それが経営者自身で納得できなければ、一気に推進してはならない。ユニット化し、かならず納得のいく範囲で推進すべきなのである。

 

 

 

10 神戸商事のIT化 -環境変化対応型-

神戸商事の場合、IT化にあたっての一番大きなハードルは「後々追加コストが発生するのではないか」あるいは「使い方が難しいものは、システムを操作する事務員が固定化されるため、経費削減にならない」という不安感、不信感であった。もちろん、ADSLもASPといった用語もわからない。

一方で、地場システムベンダーは自らのASPシステムに自信があった。神戸商事の状況を見て、自らのASPシステムが小規模事業者にどのように役立つか、明確なビジョンを持っていた。そのもっとも重要なテーマを「神戸商事のITは、環境変化対応型にすべき」という点に絞った。ここでいう環境変化とはたとえば、消費税率の変更や2000年問題、新規取引先開拓に伴う伝票形式の追加や変更などである。

これらは、システム導入時にはシステムベンダーにも小規模事業者にも誰にもわからないことであり、コストとして請求されるリスクを抱えたくない部分である。ASPシステムがこうした根本的な不安を解消することに自信があったため、付随して以下のような具体的なメリットが活きてきた。

(1)ベンダーの意向によるシステム更新料の徴収が無くなる

(2)データバックアップやパソコン故障の心配が減る

(3)多少のカスタマイズが利く

(4)各事業所バラバラのシステム導入が一本化され、経営の見通しがよくなる

(5)利用者はリース契約に縛られる事無くいつでもシステムをやめることが出来る。

この考えは、神戸商事のIT成熟度と併せて考えると事実上の情報化企画であると言えた。そしてシステムベンダーとはいえ、紹介で入っているため他社との競合見積に悩まされることは少なく、神戸商事と中長期レンジで付き合うことが可能な環境にあることがわかった。

そこで、筆者はこの地場システムベンダーを事実上の神戸商事「システム部」とみなし、そのアイデアを事実上の戦略情報化企画とみなした。

11 検証ユニットの事前設計

ここから、本論の核である検証ユニットに入るわけであるが、「ビジネスとしてのITコーディネータ」を成立させるかどうかは、この最初の検証ユニットの成功如何にかかっている。この部分では、先に述べたように「事故現場で麻酔もかけずに開腹手術を行うような荒っぽい手法」を取らざるを得ない場合があり、しかも救急医療同様に手術の前にお金を請求できるような性質のものではない。形のあるモノを提供するシステムベンダーでさえお金を貰いにくい場面であり、ましてやITコーディネータとしてお金を貰える場面ではない。

この時点でシステムベンダーは、当然ASPを売り込みたいと思っていたし、この段階では神戸商事は信頼できる筋からシステムベンダーを紹介されたとはいえ、《疑心暗鬼》に思っていた。

神戸商事がハッキリ認識していた目前の課題は、データバックアップや操作などのシステム上の不安であった。しかし、ITコーディネータの立場として筆者の見立てでは、目前の経営上の根本課題は「正確な在庫管理」にあると思われ、地場システムベンダーもそれに同意した。そしてそのためには、正確で素早い伝票発行が必要とされた。元来、神戸商事はボタンや、服飾アクセサリーなど商品点数が多く、価格が安いものを扱うため、売上高の割には伝票枚数が多いという性質を持っていた。

従って、神戸商事と地場システムベンダーとが一致できる当面の目標を、正確な伝票発行に定めた。また、ITコーディネータの筆者の立場からは、ASPによる大量の伝票発行がシステムパフォーマンス上のネックになる危険性が高かったので、そのポイントでのチェックをきちんと行うように、両者に対し働きかけるようにした。

そして、正確な伝票発行が可能になった後、本丸である在庫管理へのチャレンジを仕掛けるように考えた。

12 最初の検証ユニット

最初の検証ユニットとして、この地場システムベンダーは、まず販売管理ASPをパソコンやプリンタ共々、オールインワンで貸出しを行い、神戸商事の反応を見ることにした。もちろんこの時点では評価導入であり無償である。

ASPだけではなく、パソコンからプリンタまでシステムベンダーが貸し出してくれるため、神戸商事には金銭的なリスクが一切無く、初期における実質投資は、ADSLの回線費用だけであった。

神戸商事で評価導入したところ、すぐにこのシステムとの相性が良いということがわかった。プリントアウト速度の懸念も支障が無かった。よいと判れば直ぐに方針が変わるのが小規模事業者のよいところである。評価導入からほんの2週間ほどで本契約を結ぶまでに至った。

ASP型であるため支払いは月払い。ハードやソフトのバージョンアップに悩まされることも無く、嫌になればいつでも解約できる。そして操作が簡単であるため(ちなみにマニュアルは無い)、多くの従業員が操作できるようになり、特定の従業員に負荷が集中するということも無くなった。

13 2回目の検証ユニット

システムの利用価値がわかった神戸商事では、その後数ヶ月のうちに問題意識の高い順番に、販売、請求、経理、在庫等を順次稼動させていった。一種のERP導入である。

経営者の問題意識は、まず「販売管理でインプットしたデータを請求側で使いたい」というところに向いた。これで伝票まわりの問題がスッキリとし、特定の従業員に作業依存する操作性の問題が大きく解消した。つぎに、そのデータを経理方面に繋げて会計上の判断が素早く正確になることに意識が向いた。そして、最後に正確な在庫管理に至った。このような少量多品種を扱う会社においては、在庫管理がある程度ドンブリ勘定になることも「仕方無い」と考えられていたが、在庫管理の導入の頃にはそういった認識も変化していった。

この怒涛の導入作業の間には、神戸商事固有のシステムカスタマイズも発生したが、大きなもので無かったため、このコストもASP料金内で実施できた。

いわゆる世間で言われるASPの場合は、ASPが特定の業務を提供し、その利用方法に利用者側が合わせる形態をとるが、このような地域密着型のASPシステムであれば、多少の融通は利くため、小規模事業者であっても改善提案が通りやすいというメリットもあった。

14 3回目の検証ユニット

ASPを導入してまもなく神戸商事の副社長は、自宅で使えるという長所に自ら気付き、副社長の自宅にもADSLを引いた。そして、土日等に出社しなくても仕事ができる便利さを実感し、ついには税理士の先生に見ていただけるように、先生にもIDを渡した。その結果、生の経理情報を直接見ていただき、指導してもらえるようになり、税理士、経営者の双方がメリットを感じるようになっていった。

税理士の先生にIDを渡すというアイデアは、ITコーディネータやシステムベンダーが出したものではなく、神戸商事の副社長自らが思いついたものである。すなわちADSLやASPの意味はわからなくとも、使い方の応用が利くようになり、システム化の視野が広がったのである。

この事例では、ASPをテスト導入するところまでが最初の検証ユニットであった。経営戦略や戦略情報化企画等と考える前に、目の前のコンピュータに対する不安を何とかしたかったのである。そして、導入を経てASPやERPの良さを体感し、次は何を導入するべきかを判断できるようになっていったのである。これが二つ目の検証ユニットである。

最後に、自宅や税理士事務所でも使えるということに気付き、実践する過程が三つ目の検証ユニットである。最初は「なんとか現状から抜け出したい」という意識であったのが、最後には「こういう使い方もできるのではないか?」と自ら考え、攻めのIT利用に変わってきたのである。

以下に、神戸商事のシステム構成図を示す。

以下に神戸商事における検証ユニットの展開状況を示す。

 

 

15 本システムの運用コストと導入メリットのまとめ

現在の運用コストは、月額9万円で、システムにかかった初期コストは0円。唯一ADSL回線にかかる数千円だけである。パソコン、プリンタはシステム開発会社からのレンタルであり、運用コスト9万円の中には、カスタマイズ費、バージョンアップ費、日常サポート費がすべて含まれている。

経営者自身が体感している導入メリットをまとめると、

(1)導入リスクが低い。即ちテスト導入による検証が容易で、リースと違い随時解約可能

(2)バージョンアップ費等の心配が無いため、(恐らく)トータルコストは下がっている

(3)自宅からでも業務が確認でき、自分でこまめに情報をチェックできるようになった

(4)税理士がいつでもチェックでき、迅速なアドバイスが受けられるようになった

(5)ソフトベンダーは地元コミュニティの信頼できる人からの紹介なので安心できた

(6)一般の販売管理ソフトはネット対応にすると急に高くなるが、ASPでは端末の増減が簡単

(7)パソコン操作が簡単になり、全社員が伝票入力作業などを行えるようになり、社員スキルに依存した経営から脱却できるようになった。

本来は上記メリットをすべて定量的な観点からモニタリングすべきであるが、残念ながら(これも小規模事業者のIT化推進の特徴かもしれないが)、使用前使用後を定量的に測定する余裕や視点はなかなか存在しない。すべては経営者の体感や感覚に依存する。

たとえば、経営者は現時点においても、自社のIT投資が他に比べて安いのか高いのか、セキュリティが高いのか低いのかなどといったことについては良くわからない、と自ら語っている。ただ、ITに関しては、いつでもしっかりとサポートされていて、相談できるという安心感は何ものにも換えがたいものであるとも語っている。

16 ITコーディネート作業

先にも少し触れたように、この事例では筆者は、神戸商事と深い打合せは行っていない。企業体力を確認し、情報システムへの習熟度を理解し、地場システムベンダーが無理の無い情報化企画を提案しているかどうかが最も重要なモニタリング事項であった。

また、コーディネート作業の処々のフェーズにおいては、筆者が所属する大阪のITコーディネータの勉強会メンバー(MAIDO Forum http://ekimae-it.com/)に相談を行った。例えばセキュリティ面での相談や税理士と経営者の関係など、一個人のITコーディネータではフォローできない広範な専門知識について相談を行った。

小規模事業者の体力を考えた場合、複数のITコーディネータが事業者とコンタクトを取り各自の得意分野に関してそれぞれミーティングすることは百害あって一利なしである。事業者と顔を合わせるITコーディネータは1名だけにとどめ、できればITコーディネータのプロセスガイドラインが理解できる地場のシステムベンダーがそのまま「よろずIT相談係」として対応することが望ましい。

各専門分野のITコーディネータは、彼らのバックヤードに居て、フロントラインのITコーディネータが専門知識を必要としたときにすぐにフォローできる体制(異能のネットワーク)を組んでおくことが望ましい。ITCプロセスガイドラインはその際の共通言語として有効に働く。

17 ITコーディネータから見た「神戸商事」IT化推進の成功要因

神戸商事のIT化推進の成功要因を分析した場合、以下のようなポイントが考えられる。

(1)経営者の理解プロセスと行動に重点を置いた

ITCプロセスのベースや根本思想は踏襲しながら、「検証ユニット型」のような応用型も有りうる事が実証できた。

(2)多様性を認識し、経営とITの橋渡しの形を考えた

ITコーディネータの役割をベンダーの競争提案を正しく受けることだけに限定せず、利用者とITベンダーの長期的Win-Winの関係性構築を考えた。

(3)地域コミュニティの存在が大きかった

見過ごされがちだが地域コミュニティは意思決定に大きく影響する外部要因である。本例では特に神戸という「大震災」以前からの助け合う土壌が強く影響していた。

18 地域コミュニティとのかかわりについて

成功要因のひとつにも挙げた、地域コミュニティとのかかわりについてもう少し深く掘り下げてみたい。大きな人脈を持たない小規模事業者にとって、地域コミュニティからの紹介は大きな保証となる。

ITコーディネータも地域コミュニティと深く関わりあいながら地場のIT化推進の一翼を担う必要があろう。ITコーディネータと小規模事業者の共通の人脈は、プロジェクトのリスク回避において重要であり、単にシステムの相見積もりを取って、システム化をモニタリングしているだけではITコーディネータとは言えない。

ITコーディネータは、人的にも金銭的にも制約が厳しい小規模事業者に対してだけ指導するのではなく、信用を重視する地場コミュニティの中で、その地域に根ざした地場システムベンダー等情報化のリソースをうまくコーディネートをしてゆくことが重要であろう。

更に言えば、地域コミュニティから継続的に信頼される、地場ITコーディネータや地場システムソフト会社、経営者集団によるIT化の仕組みが重要性を増してくることになるであろう。これを、得てして世間で評判の売れ筋ソフトに習うだけの(うわべだけの)「グローバルスタンダード」に対し、小規模事業者の現場を見つめた「ローカルスタンダード」と名づけたい。

実際、東京など大都市圏を除けば、地方では小規模事業者のためにきめ細かなIT戦略を一緒に練ってくれるITコーディネータはおろか、システムベンダーさえ少なく、数が限られているため、相見積もりを取ることさえ難しいケースがある。このような場合、ITCプロセスガイドラインのような比較検討し調達先を決めるスタンスではなく、調達先ありきで最善の策を考える必要も出てくると思われる。

また、先に述べたように、懐の厳しい小規模事業者がITコーディネータにコーディネート費を支払う所には心理的、物理的ハードルがある。従って、ITコーディネータは地場のシステムベンダーの経営をサポートしながら、地場にとって最も良い影響を与えるシステムサービスのあり方を考えてゆく必要があろう。今回の事例で筆者がとったフォーメーションは、地場システムベンダーの後ろに立って支援するという形であるが、場合によってはこの方式がうまくいくことを証明している。

逆の視点で捉えた場合、作業プロセス中、ITコーディネータにとってのビジネス上の山場は、初回のユニット検証プロセスである。地域コミュニティの輪の中に居ない場合は、このタイミングでひたすら無償ボランティアのような気持ちで相手の心の中に入ることが重要である。この時点で妙な守銭奴根性を見せてしまうと、小規模事業者は警戒してしまうであろう。この時点では報酬は取れないものと思うべきであり、小規模事業者の先にある地域コミュニティの輪に入れるかどうかという試練を受けていると考えるべきである。

以下に、本事例におけるフォーメーションを抽象化したモデルを示す。

 

様々な地域で、良心的な地場システムベンダーとITコーディネータとが手を組み、そのバックグラウンドに多彩なITコーディネータ人脈網が存在すれば、地域密着型の様々なソリューションが生まれてくる源泉になるのではないだろうか。すなわち各地に農産物や特産品、祭りがあるように、その地域に密着したオリジナルのITソリューションが生まれてくるのではないだろうか。

19 提言

最後に、本事例を通して得た教訓を、提言の形でいくつか披露し、将来のITコーディネータ制度の充実を願うものとしたい。

(1)地方の成功例をその地方で育て、「ローカルスタンダード」を育成しよう

(2)スモールカンパニーをITによって活性化するには、①IT化推進の共通言語としてITCプロセスガイドラインのフレームワークを柔軟に活用し、②地場企業の人的結びつきに着目し、③地域振興につながるIT化を意識すべきである。

(3)地域コミュニティのニーズに対応できる体制づくりをすすめることにより、日本の80%以上を占めるスモールカンパニー支援のスタンダードになり得る。

 【用語解説】
用 語 略  用 語
小規模事業者   「中小企業基本法」および「商工会及び商工会議所による小規模事業者の支援に関する法律」の定義によると、商工業者のうち常時使用する従業員の数が20人(商業又はサービス業は5人)以下のものを指す。
中小企業   「中小企業基本法」の定義によると、製造業等は資本金3億円以下又 は従業員数300人以下、卸売業は1億円以下又は100人以下、小売業は5000万円以下又は50人以下、サービス業は5000万円以下又は100人以下を指す。一般的概念では、この中には小規模事業者も含まれる。
ASP ASP アプリケーション・サービス・プロバイダの略。業務プログラム等をソフトとして販売せず、インターネット上のサーバー等に設置し、契約した利用者にインターネットなどを経由して利用させる事業者のこと。転じてそのサービス自身のことを指す。
VPN VPN バーチャル・プライベート・ネットワーク。インターネット経由で2拠点以上のコンピュータを接続するにもかかわらず、あたかも専用線のように外部からの干渉やデータ漏洩を防止し、安全な通信を可能にするセキュリティ技術。
ADSL ADSL エーディーエスエルと読む。定額制のインターネット通信サービスとして広く普及しているサービスで、月額数百円から数千円で利用可能。画像が多いウェブページでもストレス無く表示できる高速通信(いわゆるブロードバンド通信)が可能になる。
2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 ネットビジネスによる売上拡大と業務効率化(J013)
~新時代の卸売業(ニューミドル)を目指して~
事例報告者 塗茂 克也 ITC認定番号 0013192001C
事例キーワード 〔業種〕写真関連の専門商社
〔業務〕社内ITC・中小企業診断士としての中小卸売業改革
〔IT〕B2B、B2C両方の販売サイト構築

2.事例企業概要
事例企業・団体名 オリエンタル写真商事株式会社 企業概要調査時点 2003年7月
URL http://www.flashtrade.net
代表者 猪又 清志 業種・業態 写真関連の専門商社
創業   会社設立 1997年
資本金 4億5千万円 年商 40億円 従業員数 50人
本社所在地 東京都
事業所 札幌・仙台・東京・大阪・福岡
業界特性 ・デジタル技術の進化で、業界内だけでなく業界外との競争も激化
・大規模量販店・DPEチェーン店によるメーカー系販社との直接取引など卸売業者中抜きの危機
競合他社 メーカー系販社 地方卸売業者
リード文 さまざまな競争要因にさらされている専門商社が、ターゲットを絞り込み自社の強みを活かして、B2B販売サイトを立ち上げた。

3.コーディネート内容概略
関与経緯 社内ITコーディネータ・中小企業診断士として経営改革をする必要があった。
事例対象期間
(執筆時点)
2000年8月 ~ 2003年7月(2003年9月20日)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  ■情報化資源調達
■情報システム開発・テスト・導入  ■運用サービス・デリバリー
留意したこと ・立ち上げにおいては、小売店支援というコンセプトの実現方法
・運用においては、顧客満足度向上と業務効率のバランス
・現在は、評価制度との連携と新たなビジネスモデルの模索
主な成果 ・業界でも有名な存在になり、新規販路開拓の武器となった
・業界内のさまざまなアライアンスのきっかけとなった
・ネットビジネスによる売上拡大が今後も期待できる
パッケージソフト情報 マーケットプレイス構築用のパッケージをカストマイズ

【事例詳細】
<オリエンタル写真商事をとりまく環境>
 オリエンタル写真商事は全国のDPE(写真の現像・プリント)店・カメラ店・写真スタジオなどを得意先とする写真関連の卸売業者である。 あらゆるメーカーの写真関連用品を取り扱っていることから、中小専門店にとっては品揃えの心強い見方だ。 また、全国5ヶ所の営業所には、営業マン・技術サポート員・受注担当者が居り、商品知識の豊富さと面倒見のよさで顧客からも信頼されている。
 事業領域をまとめると、「図.1 事業領域」のようになり、タイムリーな提案と品揃えを優れた業務プロセスで提供することで、 小売店にとっての信頼できるパートナーを目指している。
 しかしながら、その得意先である専門店は量販店およびチェーン店との競争だけでなく、デジタルカメラ・インクジェットプリンターなどのデジタル化の進展で、 業界外との競争も激化している。
 それにともない、オリエンタル写真商事も既存得意先への売上減少および新規顧客開拓の際の販売価格低下により、収益が悪化してきていた。 これは競合他社も同様であり、数年前に比べ粗利益率が10%以上低下している商品群もある状況だ。
 このように粗利益率が低下してくると従来のようなルートセールスによる販売では採算の合わない得意先が増えてきた。 粗利から物流費などの変動費を引いた限界利益で、営業マンの活動コストを捻出できない可能性のある得意先が全口座数の50%近くに達していた。
 また、業界内の大手卸売業者と比較すると、従業員1人あたりの粗利益額は、ここ数年で差をつけられてきた。 こういった簡易的な活動基準原価計算(ABC)1)やベンチマーキング2)からも、改革の必要性が認識できる。
 ただし、見方を変え、写真市場というより画像(イメージング)市場と捉えると、まだまだ拡大しており、 先述のデジタルカメラ・インクジェットプリンターおよびその関連商品やインターネットによる画像のやりとりなどは急速に伸びているマーケットである。 2000年に295万台とフィルムカメラと並んだデジタルカメラの出荷台数は、2003年の予測では740万台である。 さらに、デジカメ付携帯電話の発売に伴い、カメラ全体のショット数は急激に伸びている。
これらの外部環境をまとめると「図.2 業界特性分析」のようになり、業界内卸売業の置かれた環境がよく分かる。





<ネットビジネス進出への経緯(経営戦略策定)>
 このような状況下、社長を中心とした経営幹部による「問題点検討委員会」という名称のミーティングの場が設定され、収益向上のためのさまざまな議論がなされた。 「粗利益率のよい商品に特化してはどうか」「小売に進出してはどうか」「新規開拓を増やすため、営業マンに歩合制を導入したらどうか」などである。
 ただし、自社の強みを見つめなおすと、品揃えのバラエティさ(写真関連業界におけるフルライン化)は卸売業の戦略の一つとして重要なことである。 さらに、業界内ではメーカー系列の商社が多く、フルライン化を実現できるのは販路を地方限定にしている2次問屋がほとんどである。 全国展開していてフルライン化しているという優位性を効率化だけの目的で失うことは最大のコンピタンスを失ってしまうことになる。 これは、社長はじめ経営幹部全員の思いでもあった。
 そこへ当時の親会社から出向していた私(社内ITC・中小企業診断士)と後輩(IT担当者)がネットビジネス(B2B7)販売サイト)の立ち上げを提案した。 ルートセールでは採算の合わなくなった得意先へもWebサイトで情報を提供し、注文をもらえれば十分採算に合うのではないかとの理由からであった。 それに、営業マンや受注担当者が、商品情報のめまぐるしい変化と得意先からの問合せ対応に追われて、有意義な業務が行えないという問題点を目の当たりにしていた。 商品仕入れ担当者がつかんだ情報をいち早くWebサイトに反映すれば社員の情報源としての価値も高く、得意先への返答のスピードアップにもつながると判断した。
 そこで、経営幹部の協力のもと、現在の強みを活かした営業活動そのものをWebサイト化した「小売店支援総合サイト」をコンセプトに、 ネットビジネスを立ち上げようという方向が見えてきた。
 しかし、当然問題になるのが、投資対効果である。 採算の合わない得意先への販売をWebに切り替えるといっても、当時(2000年)のインターネット普及率や営業マンと店主との結びつきを考えると簡単にはいかない。 だからといって、何年も投資に対する回収効果を待つ余裕はない。
 そこで、B2C8)販売サイトによる売上拡大を模索していた小売チェーン店との提携を考えた。 業界内のあらゆる商品を電子カタログ化できれば、そのB2Cサイトを運営受託することで収益の確保が可能である。
 また、競合他社も採算を重視し顧客選別を始めていたので、そういった小規模専門店を積極的に取り込めるチャンスがあると判断した。
 当時の業界における一般的な取扱商品群および事業(ネットビジネスは立ち上がった想定)を「図.3 商品や事業の状況」で表現すると、 市場が伸びている商品群の強化および事業の早急な育成がいかに必要であるかということがよく分かる。



<ネットビジネスへの期待(戦略情報化企画)>
 この段階で注意したことは、電子カタログのメンテナンス業務フローである。業界内商品は、20,000アイテムを越すといわれており、 それらの鮮度を保つことがこの事業の成否を分けることになる。 だからといって、大量のメンテナンス要員をこの事業に振り分ける人的余裕はないし、商品知識が豊富な人材でないと精度をあげることは難しい。
 そこで、商品部(バイヤー)を営業への商品情報提供、仕入れコストの低減、在庫管理の徹底、大口法人営業などを行う戦略的な部隊にすることで、人員を増やした。 従来は営業が指定した商品や在庫が少なくなった定番品を補充することが中心的な業務であった。
 そして、ネットビジネス事業の電子カタログメンテナンスを商品部(バイヤー)の兼業としたのである。 なぜなら、商品部(バイヤー)が一番早くメーカー営業マンから商品情報を収集するからである。 また、この電子カタログをメンテナンスすることが社内の各部署から何度も同じ商品に関する質問を受け付けなくてもよいという自身の業務効率化にもつながる。
 また、当初B2B販売サイトは業界内では初めてであり、話題になることが想定された。 そこで、思い切って今までの業務プロセスで非効率な部分を解消したいと考えた。具体的には小口販売先への集金業務と採算を無視した営業活動である。
 冒頭でも述べたように、取引口座数の半分以上が簡易的な活動基準原価計算(ABC)を行ったところ、採算割れであった。 具体的に言えば、営業マンが商談や集金のために訪問しても利益が確保できる取引先数は半分にも満たなかったのである。 それは、粗利益率の低下が近年著しく進行しており、その割には依然と変らない手厚いけれど、採算を十分に考慮しない営業活動を行っていたからである。
 そこで、ネットビジネスは会員制とし、既存得意先であっても、もう一度取引形態を見直した。 今まで一番コストがかさんでいた集金活動を撤廃するため、すべて口座引き落としによる購入代金決済とした。 さらに、新規取引で自社では与信ができない先とは金融機関と提携した債権買取りメニューでの取引開始とした。
 営業マンの裁量に任せていた返品も、納品書記載の出荷日から10日以内などのようにルール化し、電話対応したものがハッキリ返答できるようにした。
 また、フリーダイヤルでの商品問い合わせへ対応や購入金額の1%を売上値引きするポイント制度、 シーズン的なキャンペーンを企画して販促物を提供するなどの手厚いサービスの変わりに、多少の年会費を徴収することにした。 要するに、商品販売は低粗利で行う変わりに、サービスを有料化したのである。
 当初のコンセプトである「小売店支援総合サイト」を形にするために、他にもさまざまな付加価値機能を考えた。 経済紙誌から業界に関するキーワードを含む記事などを自動でクリッピングして掲示した。 商品情報だけでなく、納期情報や出荷完了情報、運送会社の送り状Noのお知らせなど、流通関連の情報を充実した。 小売店が消費者との接客に使えるよう仕入価格の表示がなく、市場での消費者お渡し価格の目安が分かる画面も作成した。
 これらの業界内卸売業とは一線を画した制度は相当の社内の反対にあったが、顧客満足度を向上させつつ、 非効率な業務プロセスを見直すという期待がネットビジネスには込められていたのである。

<パッケージ選定(情報化資源調達)>
 実は、戦略情報化企画による業務プロセスの見直しより先行して、パッケージの選定にあたっていた。 当社では以前に、基幹業務(販売仕入物流、会計)で既存のシステムをすべて廃棄し、パッケージの一斉導入を行った経験があった。 ましてやネットビジネスは、最初からのスタートであり、当初から作りこみによるアプリケーション開発は想定になかった。 この規模の企業では独自の業務プロセスは競争上優位ではあるが、システム化しなければできないものは少ないと考えている。
 選定の際、重視したことはB2B、B2C両サイトへの対応である。 高価なプロキュアメント(資源調達)パッケージや当時トレンドな話題であった外国製マーケットプレイス9)パッケージは、価格もさることながら機能が複雑すぎて選定から外れた。 B2Bであれ、B2Cであれ、我々は販売サイトに特化しており、要求される機能は比較的単純なモノであった。 ただし、販売サイトとしてのプロモーション機能や価格設定機能にはとことんこだわった。
 結局、ベンダー側の責任者とプロジェクトマネジャーの当社業務の理解度と上述のようなプロモーション・価格設定機能への対応をするという提案で、 以前からの取引のあったベンダーを選定した。もちろん、総開発費も他のベンダーより低く押さえられることが想定された。
 また、B2Cにおいてはカード決済が重要であり、さまざまな比較検討を行った。 まず、決済が完了するまでの画面遷移の分かりやすさや扱いカードの豊富さといったユーザー側の視点がある。 また、信用照会から売上確定までの管理画面の使いやすさや料率といった管理側の問題も重視した。

<開発メンバーとのコミュニケーション(開発・テスト・導入)>
 選定したベンダーとは以前から取引があり、信頼関係があった。 しかし、我々は開発メンバー個人個人とのコミュニケーションを重視し、開発現場には積極的に出向いた。 進捗報告会なども当社で行う必要があるステアリングコミッティ的なものを除いては、ベンダー側の事務所で行った。
 また、テストに関してもデータの作成から入力などの分担を行うことはもちろん、ベンダー側から協力依頼があれば積極的に参加した。 これらのシステム的な裏付けや知識により、導入時における社員教育や得意先へのプレゼンテーションを、自信を持って行うことができた。
 それに、サーバーの運用・保守はこのベンダー委託しているのだが、 運用時の不具合やアプリケーションの改良において、任せっきりではなく我々側も提案できるような知識を磨くことにつながった。

<プロジェクト体制>
 ここまで述べたような「小売店支援総合サイト」というコンセプトのもと、立ち上げまで何とかこぎつけることができたのは、 事前の検討が社長を中心としたミーティングの場(問題点検討委員会)でされたことが大きい。 社長のリーダーシップと経営幹部の新しいビジネスへの柔軟な理解がなければ、成功はなかったであろう。
 また、実際のWebサイト構築プロジェクトには、そのミーティングに事務局として参加していた、 筆者(社内ITC・診断士)およびIT担当者が積極的にベンダー側に参画したことで、戦略と乖離することなく進めることができた。「図.4 改革の体制」



<カットオーバー後の状況>
 無事、カットオーバーし、東京・大阪などで発表会を行った。当初の思惑通り業界誌では大々的に取り上げられ、 「10,000アイテム以上を持つ小売店支援総合サイト登場」とか「問屋の倉庫をデータベース化、小売店は在庫を持たずにデジカメ販売」などと評価された。
 2001年当時、インターネット環境はINSが主流で64Kと遅いこともあり、加盟が伸び悩んだ時期も合った。 しかし、近年のADSLの急速な普及により、写真業界の小売店の高速インターネット普及率もあがっている。 よって、先述のプロダクトポートフォリオマネジメント(PPM)10)「図.3 商品や事業の状況(内部環境)」で、花形事業になり、 当社の中核事業に育っていくことは間違いないと思われる。
 ちなみに、カットオーバーした2001年度に比べて、2002年度は会員店数で1.5倍、売上で約4倍に伸びている。 年会費が有料であることで、会員数の伸びがあまりよくないともいえるが、その分本当に使ってくれる店が残っているので、無駄なコストを省けているといえる。
 また、各メーカーからの商品情報提供が密になったことが、商品部(バイヤー)のカタログメンテナンスをスピードアップさせることにもつながった。 各メーカー営業担当者としては、オリエンタル写真商事に情報提供すれば、Webサイトを通じて、 小売店へスピーディーに告知することができるというように考えてくれているのであろう。
 「図.5 ネットビジネスと既存営業6)の運用体制」にあるように、商品部(バイヤー)は、基幹サーバーの商品マスタをメンテナンスし、 電子カタログに必用な情報はインターネット経由でハウジング先のサーバーへ追加するのだが、メーカーからの情報提供が迅速かつ詳細であるほど、当社側の負担は減る。
 実際にWeb経由で受注した内容は基幹サーバーへファイル送信され、物流の出荷指示まで自動で流れるので、 このカタログメンテナンスさえしっかり行えば、受注が増えても固定費が増えることはほとんどない。



<今後の課題と期待>
 ここまでは非常に成功している感じだが、実は大きな課題がある。それは既存営業とのバランスと評価制度である。
 営業マンはネットビジネスがどんどん進展しても評価があがらない。さらには自身の顧客がWeb経由で注文すれば売上が減ってしまう。 本来は最初に述べたとおり、営業活動の非効率な部分をネットビジネスが補うことで両輪をなし、会社が成長することが目的である。 また、Webサイトを武器に新規開拓を行い、大きな商談は営業がまとめるという流れが理想だ。 そこで、ネットビジネスの会員を増やした営業マンは自分の売上+ネットビジネスの売上で評価されるように社内のシステムを変更中である。
 これは、当初から想定されるべきことであり、戦略情報化企画と平行して、組織改革や評価制度の変更などの経営改革をもっとキッチリと行っておくべきであったと反省している。
 また、営業マンがネットビジネスとは違った付加価値を持ち、誇りを持って業務に取り組めるような社員教育の充実がかかせない。 営業からしか顧客に伝えられないコンサルメニューを開発できるような本部の体制も必要であろう。
 今後の大きな期待としては、このWebサイトを利用した他業界へのイメージング商品販売を考えている。 デジタルカメラの販売台数増やカメラ付携帯の出現などをビジネスチャンスと捉え、それらの関連商品である、 撮影道具、メディア、出力用紙、アルバム、フレームなどをこのWebサイトを使えば、タイムリーに効率よく販売できる。
 そして、次なるビジネスモデルの構築という夢もある。 今まで述べてきたような、ネットビジネスを中心とした卸売業の業務改革(ネットビジネスによる売上拡大と業務効率化)をASP11)的に他社へ展開できないものかと考えている。 開発ベンダーの協力を得ながら、ハード+ソフト+経験をパッケージにしたASP事業を行いたいと思っている。

<まとめ>
 自社の最大の強み(業界内商品のフルライン)を失わず、効率的な経営を行うために立ち上げたB2B販売サイトは他にも思わぬ効果があった。
 それは業界内で知名度があがり、メーカーや他の問屋とのアライアンスが持ち上がることである。 本来業界内でも決して大手とはいえないポジショニングであるが、ネットビジネスにおいては最先端企業であり、差別的な優位性を持っている。 この分野をもっと磨いて、既存営業との両輪で新時代の卸売業というポジションを確立していきたい。

 実際のWebサイトは「図.6 WebサイトのTOPページ」および「図.7 デジタルカメラのオススメ品を検索した結果画面」を参照。






【用語解説】
用語 解説
活動基準原価計算
(ABC)
Activity Based
Costing
活動ごとにコストを集め、活動ごとの原価を計算する原価計算手法。
ベンチマーキング   業界の優良企業の経営実例から目標を設定し,それとのギャップを埋めるために業務改善を行う。
印画紙
ペーパー)
  写真をプリントするために感光乳剤を塗布した紙(デジタルカメラの台頭によるホームプリントやパソコンでの鑑賞により需要減)
ケミカル   印画紙に写真をプリントするための薬品(デジタルカメラの台頭によるホームプリントやパソコンでの鑑賞により需要減)
ラボ機   プリントをする機械(フィルムからのみに対応するものとデジカメプリントができるものとがある)
既存営業   このケースでは、営業マンが小売店を廻って営業活動をするルートセールスのことを差している。Webによる新しい販売活動と区別するため
B2B Business to
Business
(企業対企業)。このケースでは卸売業者が小売店を相手に行う電子商取引(EC)を伴うビジネスを指す。
B2C Business to
Customer
(企業対消費者)。ここでは電子商取引(EC)のうち,消費者を対象とするものを指す
マーケットプレイス   買い手と売り手がn:nの関係でつながるインターネット上の取引市場。
10 プロダクトポートフォリオマネジメント
(PPM)
Product Portfolio Management 全社的な観点から個々の製品や事業の戦略的な位置付けをすることにより、最適な経営資源の配分を考えようとするもの。
11 ASP Application
Service Provider
アプリケーション・ソフトを販売するのではなく,インターネットを介してユーザーに"時間貸し"で利用させるサービス事業者を指す。
2010.07.05
経営改革・IT化事例
【事例概要】

1.事例報告者
事例題名 総合建設業における戦略情報化企画コーディネート 事例(J006)
事例報告者 普家 浩文 ITC認定番号 0007182001C
事例キーワード 〔業種〕総合建設業
〔業務〕土木工事管理
〔IT〕グループウェア

2.事例企業概要
事例企業・団体名 美保テクノス株式会社 企業概要調査時点 2001年12月
URL http://www.miho.co.jp/
代表者 野津 一成 社長 業種・業態 総合建設業
創業 1958年 会社設立 1958年
資本金 10,000万円 年商 84億円 従業員数 140人
本社所在地 鳥取県米子市
事業所 事業所は県内各所(工事現場等)
グループ会社14社(美保テクノス株式会社を含む)
業界特性  公共工事は、数量・金額ともに減少傾向にある。一方で、 地域特性として平成13年の鳥取県西部地震の影響でその修復・復旧工事が平成14年度一杯まで特需として存在する。
競合他社 県内随一の総合建設業社
リード文  美保テクノス株式会社は、設立後45年間土木建設業を営み、現在では地元の最有力総合建設業社に成長している。 美保テクノス株式会社からは、「現行グループウェアの活用についての相談」という依頼内容であった。 しかし、実際に訪問し、ヒアリングを行って、最終的には「土木事業全領域の今後のIT化戦略の提案」を行うに至り、 本ケースはIT導入段階を経過し経営成果を実感出来ない企業のIT戦略再構築の事例と云えるものである。

3.コーディネート内容概略
関与経緯 中国経済産業局事業一環で、ITに関する専門家派遣(6日間)において、美保テクノスより依頼があった。
事例対象期間
(執筆時点)
2001年12月 ~2002年3月(執筆時点2003年1月20日)
事例分野 □経営戦略  □IT戦略  ■経営戦略+IT戦略
事例範囲 □基礎調査
■経営戦略策定  ■戦略情報化企画  □情報化資源調達
□情報システム開発・テスト・導入  □運用サービス・デリバリー
留意したこと ・派遣事業として、最高の成果を残すため、経営系と情報系の2名のITコーディネータで支援を実施した。
・企業側の要望が、グループウェアの活用という比較的平易な案件であるが、 過去の経験からグループウェアの活用に悩む企業は戦略の無いまま導入しているケースが多い。 このため、当該企業の問題の本質を捉え、根本課題から解決できるよう留意した。
主な成果 グループウェア導入に力を注いでいた企業の情報化の方針と体制を、経営戦略に基づく戦略情報化推進へと変化させた点
パッケージソフト情報 グループウェア(ノーツ)

【事例詳細】
1. 事例総論
 美保テクノス株式会社(以下、美保テクノスと記述)は、設立後45年間土木建設業を営み、現在では地元の最有力総合建設業社に成長している。 ITに関する専門家を派遣(6日間)するという中国経済産業局事業の一環で、「現行グループウェアの活用についての相談」という依頼を美保テクノスから受けた。 美保テクノスを訪問し、事前ヒアリングを行った結果、「土木事業全領域の今後のIT化戦略の提案」を行うに至った。
 本ケースはIT導入段階を経過し経営成果を実感出来ない企業のIT戦略再構築の事例であった。
 当該企業は蓄積された土木施工技術をベースに公共事業主体の安定した経営で地域の優良企業としての知名度も高い。 また、ISO規定に則った経営計画・目標管理を運用しており順調な経営状態であった。 しかしながら、グループウェア改善のためのヒアリングを実施する中で、収益力や業務スピードに改善余地が見え、 また、経営計画と情報戦略の連動性がないことなどが明らかとなった。 そこで改めて経営戦略や課題に立ち戻って情報化戦略を明確にする事とし、内部外部環境の情報収集を行ってSWOT分析を実施し、 特に近い将来の電子入札化や公共事業の縮減など外部環境の脅威に対して、今後の重点課題(CSF)とそれを支援するIT戦略を再構築し、 CSFを実現するために経営計画の見直しを行うこととした。
 従って、当該企業支援の最大の成果は、「グループウェア導入に注力を注いでいた企業の情報化の方針と体制を、 経営戦略に基づく戦略情報化推進へと変化させた点」である。
 また、今回の事例からITコーディネータが経営とIT化の橋渡しを成功させる秘訣として以下の事を挙げたい。
 まず、成功のためにITコーディネータが考慮すべき点は次の3点である。
  (1) 最初に支援ストーリー(コンサルテングの進め方)を作る
  (2) 経営トップだけでなく現場の声も聞く
  (3) 他社事例を提供する
 一方、成功のために受け入れ企業がなすべき点は次の3点である。
  (1) 担当者任せにしない
  (2) 有望な中堅、若年層を積極的に参加させる
  (3) 要請のあった資料は提供する

2. 事例企業の現状
・経営理念:
  お客様第一主義、地域貢献の経営に徹する
  技術の向上を優先に考える経営に徹する
  風通しの良い明るい職場作りの経営に徹する
  社員の幸福と機会均等を実現する経営に徹する
・事業構成:土木工事50%、建築工事40%、住宅建設10%
・ISO等取得状況:ISO9002認証取得、ISO14001審査登録
・IT化の現状
 -社内LAN(本社1台/人)
 -経理系基幹システム
 -Notesによるグループウェア('98~);
  社内eメール、会議室予約、顧客管理データ、ISO書式集、各種掲示板、休暇申請、部門別計画書、
  営業日報、クレーム情報
・IT関連運用費:2百万円弱/月(除社内人件費)
・戦略の整備状況:
 -経営戦略;
  全社の「年度経営計画方針書」を作成後、各部ごとに「部門方針実施計画書」を整備
  主に重点課題をベースに計画立案
 -情報戦略;
  明確なものは存在せず

3.ITCの支援ストーリー
 以上のような事例企業の現状を受け、2名のITCで打合せを行って、 今回のITC派遣事業は5日間(半日)の企業訪問であることを前提にどこまでを成果とするかを決める必要があった。 そこで、当初の企業側要望はグループウェアの改善であるので、まず経営課題上の位置づけと経営課題解決を図る上で、 グループウェアとして何ができればよいのかを最初に把握する事とした。事前ヒアリングの結果では、経営計画書は目標管理として機能しているので、 経営計画書が明確な経営戦略に基づくものかを把握し、経営戦略を前提にしたグループウェアの改善提案とすることを一旦今回の成果とした。
 しかし、本格的なヒアリングに入って明確な経営戦略が存在しないこと、あるいは様々な経営課題が浮かび上がってきたことから、 経営戦略レベルの検討を行った上で情報化戦略およびグループウェア改善提案を最終成果とすることにした。
 勿論、当初の企業側の診断要望を修正することに対しては企業側の理解と合意が必要で、対応責任者と話し合って納得をして頂き方向変換を行った。 この納得がスムーズに得られたことが今回事例の成功のキーポイントであったように思う。 一つは対応責任者が企業の経営メンバーであったことに加えて、経営戦略見直しの思いもあったことが要因としてあるが、 ITCの説明に耳を傾け受け入れてみる経営者の懐の深さも忘れてならない成功の鍵であった。
 その上で支援の方向性を以下のように定め訪問5回のスケジュール具体化の検討を行った。



 診断企業である美保テクノスは、14社の美保グループを形成しておりその中核企業である。 またこの美保テクノスの中で中核事業は土木事業であり事業の50%を構成し、企業とグループに最も影響を及ぼす。 従って、美保テクノスの土木事業部のIT化展開を行うことで、美保テクノス自身とグループ企業にIT化インパクトと波及をしていこう、 というのが企業側の想いでもあった。以下に美保テクノスの組織概要を示すが、この土木事業を統括している担当常務が今回の対応責任者である。



 スケジュールを具体化するに当たって、
  ・5回の訪問のヒアリングと討議には必ず担当常務(対応責任者)に出席して頂く
  ・訪問回数が少ないのでITCから事前にヒャリングの項目を提示し資料を準備して頂く
  ・各回ITCより宿題を提示し次回に提案して頂く(可能な限り事前にメールして頂く)
  ・現場の責任者、第一線担当者の意見も聞く
  ・最終報告案は事前に提示し担当常務との十分なすり合わせを行う
  ・最終報告会には社長を初め経営メンバーに出席して頂きデイスカッションを行う
 以上を留意して以下のようなスケジュールを具体化した。



4.経営課題と解決の方向性
4.1 当該企業の抱える課題:ヒアリングと受領資料分析より
  ・経営計画が単年度の策定(年度間の関連性が低い)。
  ・経営計画で具体的な実行プログラムが明確にされていない。
  ・積算見積時点では実行予算見積していない。
  ・Notesの共有情報には殆ど検索されないものもある。
  ・システム投資の費用対効果は事前検討されていない。
  ・施工報告書で蓄積された情報を有効活用したい。
  ・粗利目標はこれまでの実績ベースであり根拠に乏しい。
  ・重点施策から重点課題への分解は部門長の想いであり、裏付け情報に乏しい。
  ・計画目標の指標や目標に曖昧なものがある。
  ・重点課題を実施しても重点施策が実現できないなど構造に不備がある。
  ・工程表などは各自がExcelなどで自由に作成しており非効率的な運営がされている。

4.2 当該企業のSWOT分析
 我々は、当該企業にSWOTの抽出を依頼し、その結果と、ヒアリング結果などを踏まえてSWOTを次のように整理した。


4.3 当該企業の重点課題と解決の方向性
 以上のヒアリング、SWOT分析などを踏まえ、当部門の外部環境の見通しはまことに厳しく、技術、コスト、工期、品質そしてこれらの管理能力、 全ての面で業界のトップクラスを目指して、以下のような事業体質の転換が焦眉の急であることを提言した。


 以上の重要課題と改善方向を、バランススコアカードの手法により重要成功要因に対するアクションプランと、 その達成目標を整理したものが図表5の経営戦略マップである。 なお、図表中、具体的な数値目標は、企業の機密上の問題があるため○○のように表現しているので留意して欲しい。



 以上のような提言を最終報告書(A4-20ページ)として、社長をはじめ役員などの列席のもと発表を行った。 当該企業では、これを受けて翌14年度から提言内容を実行し、特にノーツにおいては、 これまでより相当充実した活用が行えているとのコメントを頂いている。

5. 事例企業のコメント
 支援終了から約半年たったITCカンファレンスにて本案件を発表した。 その場に、ユーザ企業から責任者である大野木常務取締役に参加いただき、以下のような評価を得た。
 「上司と現場、あるいは現場間の情報共有にはグループウェアが有効ではないかと考えていたものの、どうすればうまくいくか分らなかった。 ITCと業務分析や戦略立案を進める過程で、組織階層を減らしてフラットにし、グループウェアで支援する体制を作ればよいと確信が芽生えた。」
 また、当企業では、支援終了後見直した情報化戦略に基づき、グループウェアを使った情報共有データベースの要件を洗い出し、この要件をもとに、 グループ内システム子会社に開発を依頼している。さらに、人的側面についても、4月に新年度が始まると組織改革を実施し、所長職をなくし、 課長職も人数を大幅に削減しているとのことであった。

6.まとめとITCとしての気付き
6.1 まとめ
 (1) 当企業は経営戦略からの前提なしにIT化を進められていた事例であった。
 (2) 当企業にはシステムサポート子会社があり、システム開発はその子会社が実施すればよい。
 (3) 当企業にとって、今回の専門家派遣の意義は次のようであった。
  ・経営課題解決の実施手順が理解できた
  ・経営課題解決に必要な業務改革(経営改革)とIT化が明確となった
  ・IT化戦略の必要性が明確になった
  ・参加した社員のモチベーション向上に繋がった。
 (4) 経営状態が順調に見える時に経営改革を全社レベルで一気に進めるのはリスクもあり不安を招きやすい。
  今回のように、全社に対し最も影響度の高い中核事業部門でまず実施し、成功事例を作り、次のステップで
  全社に横展開するやり方が、企業の納得を得やすく近道と云える。その場合、全社横展開を前提にした業務
  改革とシステム作りが重要である。

6.2 気付き
 (1) 経営とITの橋渡しによって、今回のような改善提案の巾と奥行きを拡大できる。
 (2) 経営戦略検討のないIT化戦略アドバイスは困難である。
   (経営戦略検討から進め、IT化戦略をアドバイスする必要がある)
 (3) 当企業のような経営成熟度ではSWOT分析から参画型でおこなうことが有効である。

【用語解説】
  用語 解説
積算見積   公共工事において、積算資料をベースにかかる必要を積み上げ、見積もったもの
実行予算   実際の工事を行うに当り、実際にかかる費用を積み上げたもの
ノーツ NOTES 世界的に普及しているのロータス社のグループウェアパッケージソフト名

前の30件 1  2  3  4  5  6  7

このページのトップへ